Kradness|“死”と向き合い“生”を見つめ直した原点回帰の1枚

Kradnessが2月17日にニューアルバム「Memento」をリリースした。

「Memento」は、Kradnessにとって約4年半ぶりとなるオリジナルアルバム。彼は本作で初めて収録曲すべての作詞作曲を担当し、アレンジまでを手がけた。またアルバムには共同編曲として、かめりあ、kors k、lapixといったアーティスト陣が参加。GARNiDELiAのメイリアとtoku、tilt-sixが提供した“Extra Track”も収録されている。

今回のインタビューでは、自身の死生観を反映させたという「Memento」の制作秘話や各楽曲の魅力について語ってもらった。また特集の後半には、かめりあ、kors k、lapixによるそれぞれの参加楽曲に対するコメントを掲載する。

取材 / 倉嶌孝彦 文 / 下原研二 撮影 / Yuiki Hayakawa(superbus inc.)

4年半ぶりのアルバムで作詞作曲にトライ

──前作「MIND HACK」のリリースが2016年9月ですから、ソロ名義でアルバムを発表するのは4年半ぶりですよね。EDPのアメリカツアーへの参加やかめりあさんとのユニット・Quarksとしての活動もある中で、今作で全曲の作詞作曲に挑戦したのには何か理由があるんでしょうか?

前作「MIND HACK」は音ゲー関連の作家さんに書き下ろしてもらった全曲オリジナルのアルバムだったので、制作を終えた時点で「次は自分で作詞作曲をした楽曲でアルバムを作りたい」と構想していました。ただ4年前の自分にはスキルがまだなくて、いろんなジャンルの音楽に触れたり、インプットしたりする期間がずっと続いていて。2020年に入ってから本格的に作詞作曲の作業に向き合うことができたことが、今作につながっています。

──ソングライティングに関しては以前から興味があったのでしょうか。

Kradness

ボーカリストとして見られることが多いので意外かもしれませんが、実を言うと僕はもともとゲーム音楽の制作に興味があって、音楽専門学校でサウンドクリエイター科に通っていたんです。なので、作る側になる夢を持って上京したんですが、ちょうど同じタイミングで投稿していた“歌ってみた”のほうが注目されて、今の活動につながっているんです。Kradnessというボーカリストの活動が去年10周年を迎えたこともあって、自分が本当にやりたかったことを見つめ直したというか。

──シンガーソングライターと呼ばれる方の多くはピアノかギターで曲作りをしているイメージですが、Kradnessさんはそのどちらにも当てはまらないような気がしたんです。音楽ゲームの影響が強いからか、Kradnessさんの場合はビートから作り始めているような曲が多くて。

まさに今おっしゃっていただいた通り、ビート重視だと思います。メロディを作るときは鍵盤ベースなんですが、最初に作る土台となる部分はリズムトラックが多いです。なので、ビートに注目して聴いていただけるのはうれしいですね。

──それとサビの概念も一般的な歌モノとは違いますよね。一番盛り上がるとこで、歌が入らない、いわゆるドロップと呼ばれるパートが多くの曲で採用されている。

ここ数年の世界的なトレンドが打ち込み系の音楽で、もっと言えばK-POPの世界進出がすさまじくて。世界のチャートにランクインする曲を聴いていると、曲が盛り上がってビートが倍々になって最高に盛り上がるところで歌が入らず、みんなで体を揺らして音を楽しもうぜ、という構成の曲が多い。僕はボーカリストでもあるのですべての曲でその構成を採用しているわけではないんですが、一番盛り上がるところに言葉がなくても盛り上がれる確信はあったので、ドロップは積極的に採用しています。打ち込み系の音楽のよさは言葉がわからなくてもビートで盛り上がれることなので、海外のことも意識して曲作りをしたら、こういう形になりました。

──KradnessさんがYouTubeの生配信を行うと海外ファンからのコメントが多数寄せられていて驚きました。実際に海外のリスナーに受け入れられている実感はありますか?

もちろん海外でも通用するような曲を意識しているんですが、そもそも僕はネット発のアーティストの中でもYouTubeを始めるのが早かったのが強みかもしれないですね。ニコニコ動画で活動していた人たちがYouTubeにも投稿し始めたのって2014年頃だと思うんですけど、僕は2011年くらいからYouTubeに投稿していて。アナリティクスを見ると日本と海外の視聴者の割合が半々くらいなんです。海外の方に観てもらっているなら、言葉が通じなくてもリズムに乗って楽しんでもらえるダンスミュージックに力を入れたいな、と日々考えてはいます。

──ちょっと話は逸れてしまうかもしれないんですが、Kradnessさんの名前の頭文字「K」がいつの間にか大文字になっていますよね。これはこのアルバムからの変化だと思いますが……。

気付いちゃいましたか(笑)。今回のアルバム制作中にしれっと変えたんです。ニコニコ動画をはじめとしたネットシーンでは、頭文字が小文字の人が多かったので、僕も「kradness」と名乗っていました。でも英語が世界共通語と言われる中で、小文字のままだと海外の人が僕の名前を見つけてくれたときにわかりにくいんじゃないかと思って。英語で人名の頭文字は必ず大文字なんですよ。だから「Kradness」のほうが多くの方に名前であることを認知してもらえるかなと思って。このタイミングで世界基準に合わせてみました。

テーマは“生と死”

──「Memento」というタイトルはラテン語の「memento mori」から来ている言葉ですよね。かなりヘビーなテーマを据えた印象がありますが、どういう経緯でこのタイトルを付けたんでしょうか?

Kradness

「memento mori」は「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」とか「死を思え」という意味の警句で、Kradnessとして音楽を届けることで生きた証を刻みたい、僕のことを知ってくださっている人には忘れないでほしいという思いを込めてこのタイトルにしました。

──曲の中でつづられている言葉には、Kradnessさんなりの死生観が表れているようにも感じました。もしかしたらこのご時世もKradnessさんの表現にかなり影響を与えているのかなと思いますが……。

僕、これまでの人生で人の死に触れることがあまりなかったんです。でもコロナ禍で自殺のニュースを見る機会が増えたり、自分に近しい存在である祖母が亡くなってしまったこともあって、否が応でも死について考えるようになって。「死んだあとの世界はどうなんだろう?」「自分は最終的にどうやって死んでいきたいんだろう?」みたいな思いをアルバムに詰め込もうと思ったんです。だからといって暗い作品にはしたくなかったから、ダークでシリアスな展開の曲と、前を向けるような楽曲を配置するなどバランスは考えました。

──死について考えることでKradnessさんの中にどんな変化がありましたか?

特定の宗教にこだわりはないんですけど、この1年で知った仏教の「諸行無常」という言葉が持つマインドに感銘を受けました。「諸行無常」という言葉は何事も変わりゆくことが世の常であるという意味で、僕も歳を重ねることで変わっていくし、変化のないように見える人や社会も、実は少しずつ変わっている。もちろん、去年は新型コロナウイルスの影響もあって、いろんな当たり前が変化しましたよね。なんでも移り変わっていく世の中で、自分の芯をちゃんと貫いて生きたいな、という思いが強くなりました。

当たり前にある“死”を音で表現

──アルバムにはこれまでのKradnessさんの活動にも深く関わってきたかめりあさん、kors kさん、lapixさんの3名が共編曲として参加していています。アルバムの冒頭を飾る「Diorama」と2曲目「Dent de lion」は、Quarksとしてユニットを組む相方・かめりあさんが参加した曲です。

かめりあさんは僕と一緒にユニットを組んでくれているのもあって、僕の要望を充分に汲み取ったうえで、さらに音をブラッシュアップしてくれるので本当に頭が上がらないですね。かめりあさんに楽曲データを渡す前に自分でも編曲を詰めるんですが、僕の技術不足もあり、頭の中で鳴っている音を完全には再現できないんですよ。かめりあさんは僕のつたない説明をもとに、それをちゃんと音で再現してくれる。おそらく彼に再現できない音はないんじゃないかと思っています。「Diorama」はアルバムの中でも最初に完成した曲なので、特に気に入っている1曲ですね。

──死生観というテーマと、展示模型などを意味するジオラマを結び付ける発想に驚きました。

ありがとうございます。おっしゃる通りジオラマと言うと一般的には小さな模型を想像すると思うんですが、この曲は自分の人生を三人称視点から覗いているようなイメージの曲にしています。自分の人生を頭上のカメラから撮り続けたら面白いな、みたいなイメージがあったので、それを曲にしてみました。メロディについては、夜コンビニに向かって歩いていたら、急にドロップのメロディラインが頭の中に流れてきて。ジャンルとしてはフューチャーベースで、ド派手さはなくても美しい部分をちゃんと表現して、ドロップは乗れるようなビートにする、というのを意識しました。

──もう1曲の「Dent de lion」はKradnessさんがVtuberの花鋏キョウさんと獅子神レオナさんに提供したデュエット曲です。そもそも楽曲を提供すること自体がKradnessさんにとっては珍しいですよね。

2020年に入って作曲に力を入れていこうと思っていたときに、タイミングよくお話をいただいたんです。 “花と獣”というテーマをいただいていたので、だったらフランス語で「タンポポ」を表すDent de lionという言葉なら、花と獣の両方を表現できるなと思って。それにタンポポってアスファルトの隙間に生えるくらい生命力の強い植物なんですよね。お二人の活動を見て、強い女性像を描きたくなったので「どんな環境に置かれても根を深く張って、強く生きていくぞ」みたいなメッセージも込めています。

──アルバムにはこの曲のセルフカバーが収録されています。デュエット曲として作ったものを1人で歌うのは大変ではなかったですか?

そこはけっこう割り切って考えていて、完全に自分のものにしないとなと考えました。曲のテーマは「1人でも強く生きていく」なのでソロで歌唱するのも合うな、とは考えていて、孤高な雰囲気は意識して歌っています。それに提供曲ではあるんですが、自分で作った曲なので、歌いやすかったです(笑)。

──かめりあさんが参加したのはもう1曲、8曲目の「Lay」ですね。この曲はどこか不思議な浮遊感を感じさせる曲だと感じました。

その浮遊感で現実離れした空気を作りたくて。「Lay」はアルバムの中でも「死」を前のめりに表現できた曲だと思っています。この曲を作るきっかけになったのが先ほどお話した祖母の死なんです。昨年11月に94歳で亡くなったんですけど、そのときに死というのは自分の周りに当たり前のようにあるんだということに気付いて。裏を返すと、当たり前にあるからこそ「死」ってめちゃくちゃ怖い恐怖の象徴みたいな存在でもないと解釈できると思うんですよね。現実離れしているけど、どこか美しさも感じさせる、そんな音像が表現できないかと思い、かめりあさんにはいろんな音を入れてもらっています。