イギリス留学の経験から得た教訓
──続く「OMAJINAI」は作詞がクボタカイさん、作曲がクボタさんとTaro Ishidaさん、編曲がIshidaさんです。この曲だけ寿さんが作詞をしていませんね。
私はイギリスから帰国してすぐに、クボタさんがあるアーティストに提供した楽曲を聴いて「なんだこの最高の歌詞は!」と感動したんです。以降、クボタさんの楽曲を聴き漁ったりライブに行ったり、それこそ推し活のように楽しんでいて。なのでもし機会があったら、曲も歌詞も両方お願いしたいと思っていたんですよ。
──トラックに関しては、ディスコ風だけどアレンジはジャジーで、ラップパートもあり、おしゃれですね。
クボタさんの曲はバラード系も素敵なんですが、私はクボタさんのラップが特に好きだし、私もラップに挑戦したかったので、そういうざっくりした要望は事前にお伝えしました。「OMAJINAI」は、まずIshidaさんがワンコーラス分のトラックを作って、それを受け取ったクボタさんが歌いながら歌詞とメロディを付けて、またIshidaさんに戻して……という作業を繰り返して作っていったそうで。お互いに「そう来たか。じゃあ、こういう感じかな」とアイデアを投げ合っていく、セッションみたいな感覚だったとおっしゃっていました。だから、いろいろ盛りだくさんで楽しい曲になったんじゃないかと思います。
──歌詞の主人公は、おそらくは30歳前後の、都会で働く会社員ですよね。
歌詞に関しては、サビに「おまじないは“気にしない”」とあるんですが、ここは私がイギリス留学の経験から得た教訓みたいなもので。イギリスで生活する中で、細かいことを気にしていたら生きていけないというのを体感したんです。それだけクボタさんにお伝えして、あとはお任せしたところ「トイレ行くフリして帰りたい」とか「嫌な上司」とか、自分からは絶対に出てこないワードがちりばめられていて。だから最初はびっくりしたんですけど、絵面は浮かぶんですよ。友達からそういう話を聞くこともあるし、あと私はマンガもよく読んでいて、昔は少女マンガが好きだったのが、今はそれこそアラサーぐらいの働く女性が主人公のマンガが自分に突き刺さるようになっているんです。
──例えが古いかもしれませんが、「働きマン」みたいな?
そうですそうです。最近だと「メンタル強め美女白川さん」がお気に入りで。白川さんは基本ポジティブなので「OMAJINAI」の主人公とは少しキャラが違うんですけど、ボイスコミック動画で白川さんの声を当てているのがはやみん(早見沙織)なんですよ。それがぴったりハマっていたので「ああ、こういう世界なんだろうな」と想像できて、歌いやすかったです。
──とはいえ、技術的な難しさはありますよね?
レコーディングにはIshidaさんが立ち会ってくださったんですけど、ディレクションがいい意味でルーズというか、「面白く歌ってくれたら、それが一番いいです」みたいな。例えばサビの「おまじないは“気にしない”」でベンドダウンするときの具合も、私が「下げるのは半音ですか? 全音ですか?」と聞いたら「その間ぐらいの感じも面白いかも」と言われたりして。たぶん私は決まり事がある中で遊ぶことが得意で、逆にそれがないと「どうしよう?」と戸惑ってしまうことが多々あるんです。そのうえこの曲はテンポも速いので、余裕がなくなる瞬間もありましたけど、私っぽさは出し切れたんじゃないかなと。
──ラップパートも気持ちよくビートに乗っていますし、全6曲の中で、この「OMAJINAI」のボーカルが最も表情豊かに聞こえました。
やった。やっぱり私自身も声のお仕事をしていますし、歌詞に合わせていろんなニュアンスを込めたくて。「OMAJINAI」は3分しかない、一気に駆け抜けて終わるような曲なんですが、その中でちょっとでも爪痕を残してやろうと密かに思っていました。
ちょっとぐらい気を抜いたって、いいよいいよ
──5曲目、山崎真吾さん作編曲のR&Bナンバー「Chilling out」は、最初のほうでおっしゃっていた「自分がリラックスできる曲」ですね。
これはもう、自分に対して「ちょっとぐらい気を抜いたって、いいよいいよ」と言える私になりたいなって。歌詞に「忘れよう」「許そう」「緩めていこう」とあるんですけど、特に「緩めていこう」に私の願望が一番込められている気がします。
──寿さんは過去にも「brilliant focus」(「My stride」収録曲)や「小さな手紙」(「Tick」収録曲)といったR&Bテイストの曲を歌ってきましたが、「Chilling out」はよりビートが強めで、ゴスペルっぽさもあります。
そうなんですよ。「Chilling out」は仮歌さんの歌い方がけっこうかわいらしかったこともあって、最初は軽やかさを重視していたんです。でも、ディレクターさんに「これ、ゴスペルっぽく歌ったらどうなる?」と言われて、軽やかさとゴスペルっぽさの間を取る感じで歌いました。あとコーラスの「La la la」の部分は、実は後輩の、ミュージックレイン3期生の5人(相川奏多、橘美來、夏目ここな、日向もか、宮沢小春)がちょうどレコーディングを見学しに来てくれていたので、彼女たちに歌ってもらったんですよ。
──「おいお前ら、ちょっとこっち来て歌ってみろ」と。
違います!(笑) むしろ恐れ多かったですね。私ができるのは自分が歌っているところを見せることぐらいだし「よかったらレコーディング見に来てよ」と、ちょっとだけ先輩風を吹かせたんですけど、なにしろ当日その場でコーラスをお願いすることになって。それなのに快く引き受けてくれて、「ライブでもこんなふうにみんなで歌えたらいいな」と思いながら収録させてもらいました。
──「OMAJINAI」には働く女性の忙しなさや苛立ちがにじんでいましたが、この「Chilling out」は……。
ウィークエンドって感じですよね(笑)。ここでチルアウトしておかないと、またやってくる平日に立ち向かえない。
──まったり過ごす休日の午後の雰囲気がよく出ていると思います。
2番の歌詞に「コーヒー片手に」とあるんですけど、この曲の作詞をしたのがちょうどツアーグッズの制作をしている最中で。そのグッズを手がけてくださったのが、イラストレーターのCOFFEE BOYさんなんですよ。私自身、毎日自分でコーヒーを淹れていて、何杯も飲むんじゃなくて1杯をゆっくり飲む感じなので、そういうユルさもこの曲の世界にハマるんじゃないかなって。
──ここまでのお話を伺う限り、作詞に関してはわりと行き当たりばったり?
その通りですね。結果的になんですけど、最初のほうで言ったように「Curious」を起点に、制作の過程で「これ、いいかも」と思ったものを取り入れていくことができました。
最高にゴールデンなセットリストになることは間違いない
──EPの最後に収録されているのが、川口圭太さん作編曲の「Golden hour」です。“golden hour”は夜明け頃または日没前にスカイラインが金色に輝いて見える時間帯を指しますが、まさにそんな光景が浮かびますね。
もう、イントロから上昇していく感じがありますよね。「Golden hour」は最初にできあがった曲なんですが、まずタイトルも歌詞もない状態でキーチェックをしたんですよ。そこで、低いキーから始めて、徐々に上げていって今のキーになったときに「あ、『Golden hour』見えたわ」みたいな(笑)。実は「Golden hour」というのは、そのときすでに決まっていたツアータイトル(「LAWSON presents 寿美菜子 Zepp Live Tour 2023 "Golden hour"」)なんですよ。だからこれも行き当たりばったりで、ツアータイトルに引っ張られて、今までツアーを待ってくださっていた皆さんに向けて歌詞を書きたいと思ったんです。
──へええ。
今言ったキーチェックのときは「ラララ」で歌っていたんですけど、ずっと同じ低い音と高い音を行ったり来たりしていたんです。圭太さんが言うには、私の声が一番よく聞こえる音階だけで作ったらこうなったと。そんなオーダーメイドで作られたような楽曲に出会えたこともすごくうれしかったし、ツアーも約5年ぶりなので、その間に考えていたことを言葉にしたくて。ただ、この曲の規模感が「地球! 太陽! 宇宙!」みたいな感じだったので、歌詞にもそういうスケール感を持たせられるかが、私にとって大きな課題でした。
──おっしゃる通りスケールがデカい曲ですよね。ビッグルームとロックのミクスチャーと言えばいいのか、野外フェスなどでも映えそうです。
うんうん。MVでもそういった自然を感じるような、ロードムービーっぽいシチュエーションが合いそうという話になって、キャンピングカーを運転させてもらいました。その撮影で、例えば夕日でオレンジ色に染まった空が徐々にピンク色になっていく様子や、私たちは「鶴みたいな雲だね!」とはしゃいでいたんですけど、すごく美しい雲まで見ることができて。そんなミラクル感が、繰り返しになりますが「Sense of Wonder」につながっていくという流れもありました。
──「課題」とおっしゃった歌詞に関しても、最後に「終わりのない 今のはじまり」とあるように、“今”以降のことしか言っていない。それも含めて、どんどん視界が開けていくようで。
よかった。やっぱり、今をどう生きるか……ちょっと宮崎駿さんの映画みたいになっちゃいましたけど(笑)、今というのは、過去の1つひとつの“今”の積み重ねでできているんだなと日々感じていて。だとすれば、これから訪れる“今”に対しても同じことが言えるんじゃないか。そんな今の気持ちを「Golden hour」には詰め込みました。
──その「Golden hour」をタイトルに冠した……いや、ツアータイトルのほうが先に決まっていたとのことですが、ひさしぶりのツアーが11月に予定されています。EPの6曲すべてライブで化けそうで、楽しみですね。
お客さんがどういうふうに楽しんでくれるのか、それを見るのが楽しみな曲たちでもありますね。今回のツアーでは私も演出に関わらせてもらっているので、より皆さんと深くつながれるライブになるんじゃないかと期待しています。そしてデビュー10周年を超えたライブでもあるので、今までの軌跡が見えるようなものにできたらいいな。
──アルバムのリリースライブの場合、セットリストのうち12曲前後が自動的に埋まってしまいますが、今回は6曲入りのEPなので、いろんなことができそうです。
そうなんです。いろんなことができそうだからこそ、先日も過去の曲を振り返りながら打ち合わせをしまして。自分で言うのもなんですが、捨て曲がないんです(笑)。なので私たちとしても苦肉の策というか、断腸の思いで曲を選んでいる最中で。それが皆さんにとってのベストになっているかは蓋を開けてみないとわかりませんが、今、私がお出しできる最高にゴールデンなセットリストになることは間違いないです。
ライブ情報
LAWSON presents 寿美菜子 Zepp Live Tour 2023 "Golden hour"
- 2023年11月5日(日)神奈川県 KT Zepp Yokohama
- 2023年11月12日(日)大阪府 Zepp Osaka Bayside
プロフィール
寿美菜子(コトブキミナコ)
1991年9月17日、兵庫県生まれの声優、アーティスト。2009年にテレビアニメ「けいおん!」で主要キャラクターの1人、琴吹紬を演じ注目を集め、同年に同じミュージックレインに所属する高垣彩陽、戸松遥、豊崎愛生と共にユニット・スフィアを結成した。2010年9月にシングル「Shiny+」でソロデビュー。2012年には1stアルバム「My stride」を携え、初のソロツアー「First Live Tour 2012 "Our stride"」を行った。その後もソロ、そしてスフィアとして幅広く音楽活動を行い、2018年1月に作詞に初挑戦した3thアルバム「emotion」を発表。2019年1月に表題曲、カップリング曲ともに自身で作詞を手がけたニューシングル「save my world」をリリースした。2020年より1年半、イギリスへ留学。帰国後、2022年9月には音楽朗読劇「シャーロック・ホームズ#2」に出演した。2023年10月に約5年ぶりの音楽作品となるEP「Curious」を発表。11月に神奈川・KT Zepp Yokohama、大阪・Zepp Osaka Baysideでワンマンライブ「LAWSON presents 寿美菜子 Zepp Live Tour 2023 "Golden hour"」を開催する。