ナタリー PowerPush - 小南泰葉

「アシュラ」主題歌で描いた「善と悪」

「希望」のカバーはプレッシャーだった

──今回のシングルに収録されている「希望」は、初のカバー曲になるんですね。

はい。この曲は映画会社さんから、「アシュラ」が発禁図書に指定された時代の曲を歌ってほしいというリクエストがあったんです。私はこの曲を知らなかったんですが、初めて聴いたときに世界観があまりにも出来上がりすぎててどう調理していいかわからなくて。

──結果としてオリジナルとは違う、振り切ったアレンジの曲に生まれ変わりましたね。

はい。元々人の曲を歌うことに対してすごく抵抗があったんです。人が作り上げたものを自分のテイストに生まれ変わらせて、責任を持って歌うことがプレッシャーだったんですよね。でも、大人になって失ったものに気付く、という歌詞のテーマが私の世界とリンクしたんです。

──カバー曲を歌ってみて、何か影響を受ける部分はありましたか?

うーん……影響はされてないかな。でも、このオファーをもらったときに拒絶するのではなく、自分に引き受ける許容量や柔軟さがあってよかったなとは思いましたね。自分のことってまだわかってなくて、こうやって取材を受けるたびに新しい部分を発見したりするし。こういう経験を通して、どんどん変化していく自分を受け入れることができたらいいなと思いますね。

──「希望」の歌詞の言葉って、泰葉さんの言葉の選び方とは違いますよね。そこはいかがでしたか?

そうなんです。言葉選びがすごくシンプルですよね。私は歌詞をシンプルにできない人間なので、すごくうらやましいなって。いつも、込み入った例えで表現しちゃうし。いつか「希望」みたいな、シンプルだけどどんな人の心にも届く歌詞が書けたらと思ってます。

「アシュラ」とつながりすぎてて気持ち悪いくらい(笑)

──3曲目に収録されている「NAME」はいつ頃作った曲なんですか?

この曲はインディーズ時代ですね。でも、作るだけ作ってライブでも演奏しなかったし、言ってみれば“育児放棄”していた曲(笑)。この曲は世界中にいる子供兵士のことを書いているんです。罪のない子供が、名前もなく麻薬中毒やアルコール中毒にされて、狂わされて、兵器として使われている事実を歌ってて。私たちのように名前を付けてもらって、年に一度誕生日を祝ってもらえるのは奇跡だと思うんです。私の通学路には地雷は埋まってなかったし、危ない道や横断歩道では大人たちが導いて守ってくれた。そんな記憶しかない私はすごく幸せだなって。その奇跡に気付きたいって思ったんですよね。もちろん名前があるから兵士として使われないという保証はないけど、自分に名前があることは忘れたくない。そんな気持ちで作った曲を、この「アシュラ」を読んだときに急に思い出したんです。アシュラと「NAME」の主人公の少年が重なったんですよね。

──そう考えるとシングルに収録されている曲は、「アシュラ」のための3曲と言っても過言ではないですね。

そうですね。あまりにもつながっていること多くて気持ち悪かったくらい(笑)。「NAME」は自分の中でも既に忘れられていた曲なので、改めて「アシュラ」が命を吹き込んでくれたんだな、って気もしてて。どれも意味のある3曲だし、映画とあわせて楽しんでもらいたいですね。

藁人形作りだけがちゃんと続いた

──話は変わるんですが、ライブ会場で売っていた手作りの藁人形が、目標の1000体になったそうで。

そうなんですよー! ずっと作ってたので、1000体を達成して作らなくなってからは生活の一部を奪われた感じがして、今何をしていいかわからないんですよ(笑)。今までは藁はどこで仕入れたらいいかとか、1日中藁人形のことについて考えていて、100円ショップを見つけたら必ず人形に付ける小物を買いに入っていたし。都内の100均は全部把握していたくらいですからね! まさか藁人形にこんなに愛着が湧くとは思いませんでした(笑)。

──今は長年付き合った彼氏と別れたような感じ?

あはは!(笑) 似てるかも! 学生時代に体育祭や文化祭で、みんなで何かを作った経験がなかったんですよね。中学も高校も途中で行かなくなったし、大学もドロップアウトしたし。人生も何度もドロップアウトしようと思っていたし……。音楽も一度辞めてるし。そんな中一度も諦めずに、ちゃんと続いたのが藁人形作りなんです。だからやり遂げられて感慨深いですね(笑)。

──1000体完成を祝う「お焚き上げライブ」をすると聞きましたが……。

そうなんですよ。今までみんなの身代わりになってくれた藁人形を供養したくて。ただ、お焚き上げをOKしてくれる場所がないんですよ。消防署の許可とかも必要だし……。でもちゃんと供養はしたいので、なんとかして実現させたいと思っています!

小南泰葉 メジャーデビュー後の変化ランキングTOP3

可憐なルックスとは裏腹に、独創的な世界を内に秘めている小南泰葉。今回はメジャーデビュー以降に自身に起きた変化を、エピソードを交えながらランキング形式で紹介してもらった。

第1位 ヘビ好きになった

デビューするまで“食べ物”の中でサソリとヘビが嫌いだったんです。すっごくまずいんですよ! 見世物小屋みたいなところでヘビを生で食べる女性に憧れて、実際に食べてみたんですが、本当にまずくて大嫌いになったんです。でも先日、爬虫類専門のペットショップに行って蛇を首に巻いたらすごくかわいく思えるようになったんです(笑)。なんかつぶらな瞳だし、愛らしいし……! その時点で「ヘビは食べ物じゃない!」って(笑)。そう気付いてからは、今はペットとして飼おうかどうか迷い中です。

第2位 人との距離感がわからなくなった

デビュー後、いろんな場所へ私の名前が広がることで、人間はめちゃくちゃ愛にあふれているけど、その分憎悪にも満ちていることを実感したんです。毒のある曲を歌っていても応援してくれる人もいれば、いきなり敵意を向けてくる人もいる。それをインターネットで「死ね」と書かれることでより感じることとなったんです。私自身に子供が生まれたら、絶対に「死ね」という言葉だけは言っちゃいけないって教えたいんですよね。それくらい私は「死ね」という言葉が嫌い。死ぬことがどれだけ大変で、迷惑をかけることかがわかっているから。なのに、普通に生活して、普通に学校に行っている普通の人が匿名で「死ね」と言える時代なんですよね。それがすごく悲しくて。人との距離って難しいなあって、デビューしてから余計感じてますね。毎日が葛藤です。

第3位 自分の“傾向”を再確認

元々SMショーなどで活躍する緊縛師さんが気になっていたんですが、実際にショーを観に行ったら、その世界にハマってしまって。人間フックといってですね……(以下略)。改めて自分の傾向のようなものを再確認しましたね(笑)。

小南泰葉(こみなみやすは)

小南泰葉

関西出身の女性シンガーソングライター。10代から音楽活動を始めるも、20歳になったときに活動を中断。その後、約5年にわたり音楽から離れていたが、2008年より活動を再開する。2010年6月に1stミニアルバム「UNHAPPY BIRTHDAY」をリリースし、毒のある刺激的な歌詞とポップなサウンドで注目を集める。2011年には「FUJI ROCK FESTIVAL'11」に初出演。2012年5月にミニアルバム「嘘憑キズム」でメジャーデビュー。同年6月に行った東阪名での初ワンマンツアーは、全公演完売と注目度の高さを伺わせる。9月に映画「アシュラ」の主題歌「Trash」をメジャー1stシングルとしてリリースした。