ナタリー PowerPush - 小南泰葉

「アシュラ」主題歌で描いた「善と悪」

1970年代に発禁図書となったジョージ秋山によるマンガ「アシュラ」が、ついに映画化。その世界に共鳴した小南泰葉が手がけた主題歌「Trash」は、極限状態の人間の「幸と不幸」を描いた楽曲に仕上がった。

9月26日に、この「Trash」を収録した小南のニューシングルがリリースされた。本作には、2曲目にマンガ「アシュラ」が発表された時代にレコード大賞を受賞した岸洋子の「希望」を、3曲目にはインディーズ時代に作ったという「NAME」を収録。この3曲に通じる、心の奥をえぐり出すような世界を堪能してもらいたい。

取材・文 / 吉田可奈 撮影 / 佐藤類

「アシュラ」と小南泰葉はリンクする

──ニューシングル「Trash」は映画「アシュラ」のために書き下ろしたんですよね。曲を作る前に原作を読まれていたんですか?

1年ぐらい前に主題歌のお話をいただいて、それから原作を読んだんです。1970年代に発禁図書になったものなので、それはそれはすさまじい内容で……。この作品がどうやって子供も観ていい映画になるのかはすごく興味深かったですね。結果的に観た映画は、内容こそ見やすくなっているものの、本質的な毒は薄めず、物語の芯はしっかりと表現してあったので驚きました。

──「アシュラ」の世界と小南泰葉の音楽がリンクするところはありましたか?

「アシュラ」も私の歌っている歌も、善と悪を包み隠さず描いているなって思ったんです。映画も極限状態に置かれた人間がどう動くのかというテーマもリアルに描かれているし。アニメ化にあたって見やすさを重視したことで否定的な意見を言う人もいるかもしれないけど、それはこの物語の持つ芯をより多くの人に伝えるための方法のひとつ。「Trash」に関しても、デビューからずっと曲を聴いてくれている人にとっては、今までの楽曲よりもよりシンプルでポップになったこの曲を“ぬるくなった”と感じる人もいるかもしれない。でも、私自身が作っている世界観は何もぶれていないんです。そういう意味でも芯の部分は変わってないけど、原作に比べて受け入れやすい雰囲気の映画と、過去の曲に比べて耳触りの良い「Trash」はすごくリンクした作品になったと思うんです。

──確かに聴きやすいとは感じました。でも歌詞の「光と影」の描写がすごくリアルで、やはり小南さん独特の毒もあるし。

私自身、いつも自分の歌では善と悪だけでなく、そのどちらかわからないグレーの部分を歌っているんです。「アシュラ」もそうですが、幸、不幸って見る角度で変わってくるんですよね。

──確かに。何が正義かなんて、その人のものさし次第ですもんね。

例えば、法律的に善と悪と切り分けられたとしても、結局はどちらも人間らしい部分を隠さず出した結果だと思うんです。映画では生きるために人を殺して人肉を食べてきた少年のアシュラが、いろんな人と出会うことで人間としての自我が芽生えていく姿が描かれてる。アシュラが人肉を食べて生き抜いていく姿って、観る人は嫌悪感を抱くかもしれないけど、完全には否定できないものだと思うんです。私たちは今、何不自由なく、飢餓になることもなく暮らしていますが、いつでも極限状態になる可能性はある。そのときになったら、生きるために飼っている犬や猫を食べたりするかもしれないし……。人は本能をどこまでさらけ出てしまうものなんだろうって考えさせられたんです。

死ぬときは誰かの幸せのために死にたい

──「アシュラ」を読んで、「Trash」の中で表裏一体である幸せと不幸を表現したんですね。

はい。いつも幸せと不幸は隣り合っていて、いつでも入れ替わる可能性があるんです。あと今も昔もいじめはなくならないし、弱者が必ずいて、その人たちの上に立とうとする人がたくさんいる。人間自体、食物連鎖のピラミッドの中で、動物を犠牲に生きていることは事実だし。みんな自分が上に立っていないと不安なんですよね。あと私の幸せって、誰かの不幸の上に成り立っているものだと思って。その分、私が不幸なときは影となって、幸せな人を照らしていると信じたいと思ったんです。

──なるほど。何かそう思うきっかけがあったんですか?

はい。今年は「SUMMER SONIC 2012」と「SETSTOCK '12」に出演したんですけど、サマソニは私のライブ直前に雷雨のために避難勧告が出て、2時間延期になったんですね。最初はもう演奏することができないのかなって思ったんですけど、2時間後に再開して。そしたら、2時間前の3倍くらいにお客さんが増えていてステージの前に人がいっぱいいたんです。その結果、雷をバックにたくさんの人の前で「嘘憑きとサルヴァドール」を歌う機会に恵まれて。そのときは、天気も運も味方に付けられたなって思ったんです。本当に幸せで楽しくて仕方なかったんですけど、他の場所では落雷で事故が起きてたりして。もしかしたら同じ状況が私のステージで起きたかもしれないって考えたら、次の日の「SETSTOCK」でステージに立てたことを素直に喜ぶことができなくて、お客さんに「来てくれてありがとう」とも言えなくなっちゃって。なんだか申し訳ない気持ちでライブをしてしまったな、ってすごく反省しているんです。でも改めて自分の幸せの下には、必ず誰かの不幸があることを気付かなくちゃって思ったんです。

──すごく考えることの多い夏だったんですね。

そうですね。だからこそ、死ぬときは誰かの幸せのために死にたいって思ったんです。自分が死んだら臓器でも目ん玉でもなんでも使えるものは提供して、誰かの命になればいいと思うし、何かを成しえてから死にたいと思ったんです。そもそも私の書く歌詞は毒を含んでいるし、誰かの毒になるかもしれないという覚悟のもとで歌詞を書いているんですよね。それにもかかわらず、誰かの人生に影響を与えたり、聴いた人に「ありがとう」と言ってもらえたときはすごくうれしくて。

──それにしても「Trash」(=ゴミ)って強烈なタイトルですね。

私自身は常に自分がゴミだと思ってるんです。今まで何度も家族や友達に迷惑をかけてきたし、何人にも嘘をついて裏切ってきたんですよね。だから絶対に褒められるような人間ではないんです。それにもかかわらず愛してくれる人、信じてくれる人はたくさんいて……。そんな人たちの期待に応えたいと思ってるんです。でもその反面、うまく生きられない、ごはんがちゃんと食べられない、電車にちゃんと乗れない、受け答えが下手、自分の語彙力で思っていることが引き出せない……そんなふうに人間としては欠陥だらけなんです。その思いをタイトルに込めました。

小南泰葉(こみなみやすは)

小南泰葉

関西出身の女性シンガーソングライター。10代から音楽活動を始めるも、20歳になったときに活動を中断。その後、約5年にわたり音楽から離れていたが、2008年より活動を再開する。2010年6月に1stミニアルバム「UNHAPPY BIRTHDAY」をリリースし、毒のある刺激的な歌詞とポップなサウンドで注目を集める。2011年には「FUJI ROCK FESTIVAL'11」に初出演。2012年5月にミニアルバム「嘘憑キズム」でメジャーデビュー。同年6月に行った東阪名での初ワンマンツアーは、全公演完売と注目度の高さを伺わせる。9月に映画「アシュラ」の主題歌「Trash」をメジャー1stシングルとしてリリースした。