こゑだ|私は私、あなたはあなた。いくつもの世界が混ざり合う1stアルバム

こゑだの1stアルバム「Individuality」が6月23日にリリースされた。

若干15歳でsupercellのゲストボーカルを務め、2015年にソロデビューを果たしたこゑだ。これまでたびたびネットカルチャー発のクリエイターと楽曲制作をともにしてきた彼女だったが、全15曲が収録された今作には、自身が尊敬する黒木渚のほかヤマモトシンタロウ(LEGO BIG MORL)、阪井一生(flumpool)、Nob from MY FIRST STORY、LEGO BIG MORL、the McFaddinといったさまざまなジャンルで活躍するアーティストが多数参加している。

「Individuality」というタイトル通り、今作で自身とさまざまなアーティストの“個性”を融合させたこゑだ。リスナーと自分自身へのメッセージを込めたという今作を、信頼するクリエイターたちとどのように作り上げていったのか、じっくり語ってもらった。

取材・文 / 秦理絵 撮影 / 笹原清明

知らない世界を見に行こう

──これまでの作品はボカロ界隈のクリエイターと一緒に制作することが多かったこゑださんですが、今作は幅広いジャンルのミュージシャンを迎えた作品になりましたね。それはどうしてですか?

始まりは私が尊敬する黒木渚さんに「V.I.P.」(2020年8月に配信リリースされた楽曲)を提供していただいたことだったんです。そのときはまだアルバムを作ることは決まっていなくて、純粋に「黒木渚さんと一緒に何か作品を作ってみたい」という気持ちでした。でも「V.I.P.」が誕生してから、もともと大好きだった渚さんの世界観に触れられた喜びもありつつ、「この曲とはまた別の世界観を持った渚さんの“歌”をもっと表現してみたい」という思いが生まれて。それをマネージャーさんに伝えて、ニューアルバムではボカロではない世界を見に行ってみようという話になりました。

──もともと黒木さんのどんなところがお好きだったんですか?

普通だったらそんなに直接的なことは言えないと思ってしまうようなことも、鋭利な言葉で、でも決して残酷じゃない表現で歌われているようなところです。例えば、裸の女の人がただ描かれている絵があったら、「いやん、破廉恥!」と思ってしまうかもしれないけど(笑)、渚さんの場合は、それがそのまま作品になっているというか。

──ストレートながらもちゃんとアートとして成立していると。

そう! だから芸術ですよね。自分ではそういう曲は書けないと思っているので、すごく憧れています。

──今作の「滅亡前夜」も、「V.I.P.」と同じく黒木さんが楽曲提供およびプロデュースを担当された楽曲ですね。黒木さんには事前に「こんな曲が歌いたい」という希望は伝えていたんですか?

はい、最初にお伝えしました。というのも、もともと私が挑戦してみたかった渚さんの表現が2つあって。1つは恋愛の曲。渚さんの楽曲でいうと「君が私をダメにする」みたいな赤裸々なラブソングを歌ってみたかったんです。もう1つは、自分の中にあるふさぎ込んだ気持ちに訴えかけたり、社会に問題提起するような曲。それで渚さんに作っていただいたのが、恋愛の曲「V.I.P.」と社会に対する思いを歌った曲「滅亡前夜」だったんです。

こゑだ

──ちなみにソロデビュー以降、基本的にはご自分で作詞作曲をされてきましたが、誰かの提供曲を歌うことに葛藤はありませんでしたか?

なかったですね。昔から歌詞を書くことよりも歌うことのほうが圧倒的に好きだったので。音楽を始めたのも歌を歌いたかったからだし、作詞作曲を集中して行うようになったのはソロデビューが決まってからでした。私の強みは歌の表現が1色じゃないところだと思っているので、自分だけじゃなくていろんな人に書いてもらった曲を歌いたくて。今回のアルバムに入っている渚さん、LEGO BIG MORL、the McFaddinからの提供曲も私1人では生み出すことができないものなので、そういう自分とは違う世界の音楽をたくさん歌ってみたかったんです。

──ソングライターとして「これは自分にはできない」と素直に認められるところも、こゑださんの強みかもしれないですね。

実は以前、歌詞を書くために言葉を増やそうと小説をたくさん読もうとしたことがあったんです。でも全然続かなくて。そうやって無理やりひねり出して表現するのは違うなと感じて、行き詰まってしまって。私がなんとなくで使っていた言葉を、自分の中にちゃんと落とし込んで使っている人もいっぱいいて、その人たちより私は劣っているなと感じてしまったんです。それで「私ってなんなんだろう?」と考えた結果、自分の中から自然に出てくる言葉が私の作品なんじゃないかと思って。たぶん最初は「自分で歌詞を書きたい」という気持ちもあったと思うんですが、自分が書く曲だけを歌っていると、本来やりたいと思っていたことができないんじゃないかと気付きました。

──自分の歌を最大限に生かすために楽曲を提供してもらうというのは、ミニアルバム2枚を自分で作詞作曲して、作詞にしっかり向き合ったからこそたどり着いた結論だったと。

そうだと思います。今回のアルバム曲の中には私自身の考え方とは違う言葉やキャラクターも登場するんですけど、それを「私とは違うから」と否定するのではなく、「この人だったらどう感じるかな?」と想像して自分の中で肉付けをしていきました。ほかの方に書いてもらった曲を歌うことで、そうやってどんどん新しい世界が広がっていく。私はその工程も好きなんですよね。

デイジーの花言葉を胸に

──「V.I.P.」に続き、昨年12月にはLEGO BIG MORLのヤマモトシンタロウさんとflumpoolの阪井一生さんが編曲を手がけた「Little Daisy」が配信リリースされました。疾走感のある曲ですけど、こゑださんが作ったデモの段階ではバラードだったそうですね。

そうなんです。子供から大人へ成長する瞬間のつらい気持ちを書いた曲なんですが、バラードアレンジのデモは2018年にはできあがっていて。で、いつもデモでギターやピアノを弾いてくれる友達が「この曲すごく好き」と言ってくれたり、私自身もすごく好きな曲だったので、発表するときはしっかり注目してもらえる形で出したいなとリリースするタイミングをうかがってたんです。それで今回、シンちゃん(ヤマモトシンタロウ)とカーちゃん(阪井一生)にアレンジしてもらえることが決まってから、2人に参加してもらえるならやっぱりライブで盛り上がるようなアップテンポの曲にしたいと思って、その方向でお願いしました。あとから2人には「無茶苦茶だな」って言われましたけど(笑)。

──なるほど。今回のアレンジに対してはどう思われましたか?

デモのときは、ただただつらい気持ちを表現する曲という印象でしたが、2人のアレンジでイメージがガラリと変わりましたね。さわやかさがあって駆け抜けていく感じが、お願いした通りの音だなと思ったし、自分が伝えたかったことにピッタリだなと思いました。もともと、この曲の仮タイトルは「Little Daisy」じゃなくて「キリン」だったんですけど……。

──「キリン」って、首の長いキリンですか?

はい、そのキリンです。子供から大人に移り変わるときって、無理して背伸びをする瞬間があると思うんですが、その感じをキリンの首に例えていました。でも、最終的に曲をリリースするときに、このタイトルはかわいすぎるかなって(笑)。もっと迫力のあるタイトルにしたいと思い直して「Little Daisy」に決めました。

──なぜデイジーの花に?

デイジーの花言葉には「無邪気さ」や「希望」という意味があるそうなんですが、それって子供のときは持っているけど、大人になるにつれて自然と失ってしまうものだと思ったんです。だから、まだ無邪気さや純粋さを持っている子供と、そういうものをなくしてしまった大人の対比をデイジーの花で表現しました。あと私の中には、できれば大人になっても大事なものをなくさずにいたいという思いもあるので、変化するときのつらい気持ちや葛藤だけじゃなくて、いい方向に変わっていこうという前向きな気持ちも歌詞に込めました。

こゑだ

ロックに、カッコよく、轟かせたい

──4月には今作のリードトラックである「パープル」も発表されました。この曲はMY FIRST STORYのNobさんが編曲を手がけていますが、どういった経緯で実現したんですか?

私はもともとボカロ曲だけを聴いてきたので、J-POPにあまり詳しくなくて。実はマイファス(MY FIRST STORY)さんの楽曲も、Nobさんにアレンジをしていただくことになってから初めて聴きました。自分で「パープル」を書き上げたとき、マネージャーさんに「こういう重厚感のある曲にしたい」と私が参加していたsupercellの「The Bravery」を参考音源として渡したんですけど、それに対してマネージャーさんが「こういうサウンドはどう?」と教えてくれたのがマイファスだったんです。

──こゑださんがここまでロックボーカリスト然としたパワフルなボーカルを聴かせているのは新鮮でした。

「パープル」って、ソロデビュー以降はやらなかったタイプの曲ですよね。“やらなかった”というか“やれなかった”ですけど。ソロになった当初は「supercell時代にできなかったことをやりたい」という気持ちが強かったんですが、今はもうやりたいことはだいぶ消化できたし、もっと自分の声に合った音楽を歌いたいなという気持ちなんです。とにかくロックな楽曲で、カッコよく、自分の声を轟かせたいなって。これまでの経験がなかったらここまで強く歌い上げる曲を作ろうとは思わなかったかもしれません。

──なるほど。ちなみに今作のアレンジャー陣は、いわゆるプロデューサー的な立場の方々というよりも、バンドや1プレイヤーとして活動されている方が多いですよね。そこについてのこだわりはあったんですか?

バンドをやっている方がいいというよりも、単純に自分にとって未知な世界を体験したかったんです。それで、ボカロとは遠いところにいる方々にお声がけしたら、結果的にバンドをやっている方が多くなったという。今回私自身からお願いしたいと決めたのは渚さんだけで、ほかの方はマネージャーさんにいろいろ教えてもらってつなげてもらいました。

こゑだ

the McFaddinが描く、気だるいこゑだ像

──京都のインディーズシーンで活動しているバンド・the McFaddinが提供した「Straw」は、こゑださんの歌い方などにも新たな表情が垣間見えて印象的でした。

「Strow」のデモを聴かせてもらって初めてthe McFaddinのことを知ったんですが、枠に囚われずに音楽を作っている方々だと感じましたし、今までの私とはまったく違う世界観を持っているなと。だから「Straw」のボーカルに関しても、McFaddinがこの曲で描こうとしているこゑだを、そのまま表現してみようというスタンスで録りましたね。

──the McFaddinが描こうとしているこゑださんとは?

気だるさのある歌い方というか、何かを強く演説するというよりも、ポロッと言葉をこぼす感じがいいのかなと。難しいことはせずに、「こんなふうに歌ってほしい」とリクエストしてもらった歌を忠実に再現しました。私の解釈で「Straw」を歌うと、きっと今みたいな形にはならないので、自分にとってもかなり新鮮な楽曲になりました。

──歌詞にしても、「藁も掴んで離せばいいさ」とはこゑださんは書かなそうですね。

そうですね。私は藁をつかんだら離さないタイプなので(笑)。

こゑだ

──同じくthe McFaddinがアレンジした「18」(じゅうはち)の話も聞かせてください。いわゆるAメロ、Bメロ、サビという流れを繰り返すオーソドックスな構成の曲ではないですが、それが彼ららしいオルタナティブなギターロックのアレンジと合っていると思いました。

そうですよね。実はデモの段階では、Aメロ、Bメロ、サビというよくある展開だったんですが、途中でthe McFaddinが崩してくれたんです。

──楽曲の構成を変えるとは、アレンジャーの仕事としてはなかなか大胆ですね。

そこは私が「崩してください」とお伝えしたんです。あるパートを削ることで曲がよくなるのであれば、削ってもらって大丈夫ですって。私自身、もともとあるものに自分が色を付けようとするときに「こうしたほうがよくなるのにな」と思う場面もあるので。今回はまったく違う世界観を融合させるわけだから、そもそも感覚が完全に一致するなんてあまりないだろうなと思っていたんです。そうしたらthe McFaddinがそれに応えてくれて、メロを1ブロックまるごと削ってくれたんです。私も曲がすごくスッキリしたなと感じましたし、「あ、これがいい」って素直に思いました。