清塚信也がピアノ1台で描き出すディズニーの世界

ディズニー映画は音楽も主役

──アルバムの前半にはアラン・メンケンさんの作品が並んでいます。清塚さんはアランさんと2019年に番組でお会いしていましたね。

清塚信也

当時アランさんは実写版「アラジン」のPRで来日されたので「アラジン」の話を中心にしました。ちょっとしたシタールの音を入れたりなど、細部までいろんなことを考えていらっしゃって、すごくエレガントな方です。ご自身でもよく歌われるのですが、そのときものびのびとしたエレガントな歌い方になるので、そういう音楽性が体に染みついているんだなと感じたのを覚えています。

──今作を作るうえでアランさんの言葉やエピソードがヒントになったりは?

ありますね。作曲家って派手な演出をしがちなんですけど、アランさんは音楽そのもののことを思って自分のエゴをそぎ落とし、露骨な表現をしないところがエレガントさにつながっていて。例えば「美女と野獣」ではメロディとメロディの間がめちゃくちゃ空いてるんです。J-POPじゃあり得ないんですけど、これはベルと野獣がダンスをしているシーンを意識してのことなんです。私ならもっと飾っちゃうと思うんですけど、アランさんは余計な装飾を一切足さない。だからこそ子供も1回観ただけで口ずさめるような音楽ができるんでしょうね。そういう美学は見習いたいと思いました。

──確かにそうですね。映像のために作られた音楽なのに、映像から離れても成立しているという。

そう、映画の中で音楽が主役でもあるんです! すごいことですよね。リアルを追求するドラマや映画なら、本来そこに音楽が流れるのは不自然なことなんですよ。何かが狙われているときに「デンデンデンデン……」(映画「ジョーズ」のテーマ)と鳴るのは自然界ではありえないことだから。リアルを追求するのであれば音楽はないほうがいいんですけど、ディズニーは本当にその場に音楽が流れているかのように思わせるところが総合芸術だなと思います。

──今作の中で特に思い出深い1曲はどれですか?

今回演奏してみて特にいい曲だと再確認したのは「リメンバー・ミー」でした。コードの使い方が、メジャーコードとマイナーコード、明るいコードと暗いコードを交互に使っているんですよ。交互に使うのはわりと難しいんですけど、そうやって使うことによってこの曲の美しさや切なさ、悲しさ、そして絶望ではなくて前向きな様子が表せているんです。悲しいのに前向きってめちゃくちゃ難しい表現なんですよ。音楽では特に。だから「リメンバー・ミー」はほとんどアレンジをしていません。原曲そのままをドラマティックに演奏しただけなんです。

──話を聞くとすごく難しそうですが、実際に曲を聴くとそんなに複雑な印象は受けないですよね。

清塚信也

すんなり聴けるんですよね。でも弾いていると「もうメジャー出てくる?」「あー、またマイナー?」みたいに行ったり来たりするんです。すごく優れた曲だなと思いました。あとは「星に願いを」ですね。ここに来てこれをやる?っていう。世界中で演奏されているスタンダードをあえて入れるという勝負ですね。でもそんなプレッシャーを忘れた新しい「星に願いを」が出せたので、今までこの曲のアレンジをたくさん聴いてきたという方にも満足していただけるのではないでしょうか。今作ではなるべく過激なアレンジはしないようにしたんです。ジャケットのミッキーみたいに寝っ転がって、気軽に聴いてほしい。あまりに過激だったり重かったりすると、聴くのに勇気が要るときがあったりするので。

──身構えてしまう曲もありますよね。

クラシックとかテクニックがあるピアニストほど陥りがちというか、YouTubeでパッとスーパープレイを観る分には楽しめるけど、生活の中のBGMとして流すにはちょっと熱すぎるみたいな。それを避けるために過激なテクニックを控えた分、思いを込める間にはすごく気を遣いました。

──そうですよね。間は取りすぎても重くなってしまうし、取らなすぎても味気ないし。

そうなんですよ。自分の思いが確かにここにあるということを表現するためにこだわりました。

高井羅人のあどけなさを引き出した「君がいないと」

──さらにボーナストラックとして「彼こそが海賊」「君がいないと」が収録されています。この2曲には清塚さんと旧知の仲のピアニスト・高井羅人さんが参加されていますね。

「彼こそが海賊」は最後まで入れるかどうか悩みました。心地よくうたた寝をしながら聴いていた人をこれで起こしちゃうんじゃないかって(笑)。アルバムのテーマがブレてしまうという懸念もあったのですが、それでもやはりピアノのスーパープレイを打ち出す楽曲が1曲くらい入っていてもいいかなと。いつもは彼と1台のピアノで連弾しているんですけど、今はソーシャルディスタンスを取らなければいけないので、1台ずつのピアノで離れて弾いてみました。2台のピアノで弾くことによって、ハンス・ジマーのリズミカルで高揚感のある曲が力強く表現できたんじゃないかと思います。

──「彼こそが海賊」と対照的な「君がいないと」では2人の間のバランスが素晴らしいと思いました。

最後はオマケじゃないですけど、「まあ、そんなこともあるだろう」という雰囲気で終わりたいと思っていて。この曲は「モンスターズ・インク」の中でサリーとマイクがお互いに「お前がいなきゃダメなんだ」と歌うミュージカルシーンで流れるので、幼馴染の彼と演奏するのは気恥ずかしい部分もありました(笑)。聴き込むと今どっちが弾いているのかわかってくると思いますよ。同じメロディでも弾き方のクセみたいな部分はけっこうあるので。

──お二人で弾くときはどのような打ち合わせをするんですか?

清塚信也

あまり打ち合わせることもないというか。彼とは中学校から一緒で、お互いの音楽性はよくわかっているし、私のアレンジのクセもよく理解してくれているので、弾きながら決めていくという感じですね。彼はバウンスのリズムが苦手なので、「君がいないと」でわざと入れたんです。案の定、レコーディングのときにリズムがうまくつかめなくて苦戦していたんですけど、そのあどけない感じがマイクとサリーっぽくていいかなと思って。その様子をニヤニヤしながら見ていました(笑)。

──収録曲は清塚さんが好きな曲を選んでいるんですね。てっきりディズニーのCDはディズニーの方が清塚さんに弾いてほしい楽曲をリクエストしているんだと思っていました。

任せてくださいました。もちろん違うケースもあるんでしょうけど、今作ではアレンジに関しても何も言われなかったし、すごく自由にやらせていただきました。

ジャケットをディレクション

──さっき話題に上がったジャケットイラストもアルバムの作風とめちゃくちゃ合っていますよね。これはディズニー側が用意したものなんですか?

ジャケットのディレクションも私がやらせていただきました。ミッキーがこのアルバムをタブレットからBluetoothで飛ばして聴いているというシチュエーションを描き下ろしてもらったんです。リスナーに「こんな感じで聴いてほしい」というイメージがジャケットから一発で伝わるようにお願いしました。

──すごいですね。自分が思い描いた通りのディズニーイラストを形にするって。

すごいでしょ!? 一生の思い出とはこのことですよね。撮影しているミッキーに自分がディレクションマイクで「もうちょっとリラックスしてください」って指示を出しているような気分でした。「ミッキーが自分の言うことを聞いてくれてる!」って。

──清塚さんのディズニー愛が細部にまで詰まったアルバムということがよくわかりました。

ごろごろしながら聴くのもいいし、落ち込んでいるときに真剣に聴いていただくのもうれしいし、いろんな聴き方をしていただければと思います。ただ、いちディズニーファンが作ったアルバムだということを忘れないで聴いてほしいです。収録曲はどれもディズニー作品の本当の劇伴として出てきても大丈夫だと思えるアレンジにしているんです。新しい提示であっても破壊行為ではないという点に重きを置いたので、ぜひそこを感じ取っていただきたいです。

公演情報

ディズニー・ファンタジア・コンサート2021
  • 2021年7月3日(土) 大阪府 グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)メインホール <出演者> ナビゲーター&ゲストピア二スト:清塚信也
    指揮:佐々木新平
    管弦楽:日本センチュリー交響楽団
  • 2021年7月14日(水) 神奈川県 神奈川県民ホール 大ホール <出演者> ナビゲーター&ゲストピア二スト:清塚信也
    指揮:佐々木新平
    管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
清塚信也