音楽ナタリー Power Push - 岸谷香×和田唱(TRICERATOPS)

似た者同士の気ままな音楽談義

岸谷香ソロインタビュー

一貫しているのは「私の曲、私の歌」っていうだけ

──ニューアルバム「PIECE of BRIGHT」は、オリジナルアルバムとしては2006年の「RING TO THE HEAVENS」以来、10年ぶりとなりますね。

そうですね。ただ「RING TO THE HEAVENS」のときは制作の時間がなくて、人に任せていた部分も多かったんですよ。だから、私としては1998年に出した「香」以来、20年ぶりくらいのアルバムだと思っています。

──シングル曲の「DREAM」「Romantic Warriors」も収録されていますが、アルバムの制作も継続的に行っていたんですか?

いえ、全然コンスタントにやっていたわけではなかったんですよ。もともとはプリプリの再結成後の活動が2012年に終わったときに「やっぱり音楽って楽しいな」と思ってしまったのが、ソロ活動を再開したきっかけで。2013年は息子の受験があったから「2014年から始めよう」と思っていて、その時点ですでにアルバムを作りたいという気持ちはすごくあったんです。ただ「いつ出さなくちゃいけない」という締切もなかったから、いい曲を集めて「これだ!」って満足できるものを作りたくて。本当にスローペースの制作だったんですけど、そんなやり方が許されるのも初めてだったし、「いい曲ができるまで待とう」という感じでやれるのは最高でしたね。

──アルバムにはTRICERATOPSとのコラボ曲や、冨田恵一さんがアレンジした楽曲(「オーディナリーピープル」「レクイエム」)も収録されていて、新しいトライも多いですよね。

ちょっと珍しい作り方というか、グループごとに分かれているんですよね。一貫しているのは「私の曲、私の歌」っていうだけで、あとはやってみたいことを1つひとつ形にしていった感じでした。例えば「冨田さんと一緒にやりたいよね」というアイデアが出てきたら、時間があるときにお話しさせてもらって、曲を選んで制作に入ったり。その2曲を作ったのは2014年なんですよ。で、曲は書いてたんですけど、しばらくシーンとしてて。でも去年の夏あたりに「曲には賞味期限ってものがあるし、そろそろ決めにかかろうよ」ということになったんです。トライセラと縁あって一緒にやることになったのも、去年の8月くらいかな。ただ、彼らもツアー中だったから「ゆっくり作れるときでいいよ」なんて言ってたら、年が明けてしまって(笑)。

岸谷香

──確かにゆっくりしたペースですね。

そうなんですよ。でも、今年に入ってからは「もう全部やろう!」ということになって、そこからは怒涛のペースだったんです。まず“ニュー香セッション”というか、今までとは違うメンバーを集めて、1日に3曲録ったときもありましたね。ドラムが玉田豊夢くん、ベースが私、ギターが友森昭一くんで、鍵盤がヒイズミマサユ機くん(H ZETT M)なんですけど。

──すごいメンツですよね。

そうでしょ?(笑) とにかく、一番一緒にやりたい人に集まってもらったんです。あとは「これは絶対に打ち込みでやりたい」と思った「ナイトミュージアム」とか、ヒイズミくんとの連弾で作った「Rhapsody In White」とかいろいろ挑戦しましたね。今年の3月にプリプリのライブがあったからすごい忙しくて。「なんでもっと早くレコーディングを進めなかったんだ!」って反省しましたけど(笑)。でも、勢いよくやれたのはよかったと思います。

──U-zhaanさんが参加した「Romantic Warriors」「ナイトミュージアム」も素晴らしいですね。岸谷さんとU-zhaanさんの組み合わせ自体も新鮮でした。

U-zhaanとはまず「Romantic Warriors」を作って、そのあとにライブでも共演して。とにかく私が大好きなんですよU-zhaanのことが。人となりを含めて。アルバムの制作に入って「ナイトミュージアム」を打ち込みメインでやろうって決めたときに、「これはタブラの音が必要だな」と思って。最初、アレンジャーが「タブラだったら音源ありますよ」ってデモを作ってくれたんだけど、「これじゃダメ。シンセみたいなタブラの音が欲しいから、U-zhaanじゃないと無理!」って思って自分で電話をかけて(笑)。それを入れたら「チェロも生のほうがいいな」と思っちゃたから、「どうしても生にしたい。予算が足りなかったら、私、1日で歌を録るから」って、すぐにチェリストの江口心一さんに連絡したんです。

やりたいことを全部やろう

──すべての楽曲に明確なビジョンがあって、それがアルバム全体の特徴につながっているのも印象的でした。

そうですね。ソロとしても何枚かアルバムを出してますけど、いつも1つのバンドを作って制作してきたんです。つまりプリプリを解散した後も、同じような形態のバンドを作ってレコーディングしてた。「バンドじゃなくてソロです」と言っても、その頃はバンド以外にやりたいことも思い付かなかったし。でも、しばらく音楽から離れていて、ひさしぶりにやろうってことになったら「バンドじゃなきゃいけない」みたいなものはなくていいかなって。せっかくひさびさにアルバムを作れるんだから、やりたいことを全部やろうと思ったんですよね。たぶんスタッフは「こんなにいろいろやって大丈夫かな?」って思ってただろうし、私も途中の段階ではちょっと心配してたんですけど、最後は「私の歌が入れば大丈夫」って思えたし。あとは「とにかく極端にやろう」という気持ちもありました。そうじゃないと、新しいアルバムを作る意味がないから。

──音楽的な欲求も強かったんでしょうね。

欲求の塊でしたね(笑)。でも、「人の言うことをちゃんと聞こう」という姿勢でもあったんですよ。自分はある意味、浦島太郎だし、今の音楽業界の常識を全然知らなかったんですよね。レコーディングのシステムも、私が前にやっていたときと今ではまったく違うし。それもあって今回の制作は、今一番ノリノリの若手ディレクターにお願いしたんです。とても熱い男の子だし、私に対するビジョンもすごく持ってくれていたので、彼の言うことはとりあえず全部聞こうと思って。もちろん「どうしてもこうしたいから、変えてほしい」ということもあったけど、彼はそれも聞き入れてくれたし。確かに音楽的な欲求は強かったし、自分の中のビジョンもあったけど、「人の言うことは聞く」という柔軟性は持っていたつもりです。

収録曲
  1. 49thバイブル
  2. Kiss & Kiss
  3. ミラーボール
  4. My Life
  5. DREAM
  6. オーディナリーピープル
  7. Rhapsody In White
  8. precious
  9. Romantic Warriors
  10. レクイエム
  11. Dump it!
  12. ナイトミュージアム
岸谷香(キシタニカオリ)
岸谷香

1967年生まれのシンガーソングライター。1986年にガールズバンド・プリンセス プリンセスのボーカリスト&ギタリストとしてデビューし「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」などビッグヒットを連発する。1996年のバンド解散後、俳優・岸谷五朗と結婚。しばしの休養ののち、シングル「ハッピーマン」でソロデビューを果たす。以来出産を機にそれまでの奥居香から岸谷香に名義を改めつつ、コンスタントにリリースを重ね、また他アーティストへの楽曲提供、プロデュースワークなどを行う。2006年前後より育児中心の生活にシフトしていたが、2011年に東日本大震災復興支援のためにプリンセス プリンセスを期間限定で復活。東京・東京ドーム公演を開催し、2012年末の「NHK紅白歌合戦」にバンド名義で出演した。2014年5月にソロ名義のベストアルバム「The Best and More」をリリース。2016年5月に10年ぶりとなるオリジナルアルバム「PIECE of BRIGHT」を発表した。