木下百花|好きなものを好きに作る こだわり抜いた“本当の自分の音楽”

何も知らなかったからこそ作れた曲

──ここからは収録曲について伺います。まず1曲目の「家出」はタイトル通り家出の情景を歌った曲ですが、どこか現実味がないというか、あまり切実なものとしては描かれていない印象を受けました。

基本的に重いのが嫌いで、悲観的になるのがすごく嫌なんですよ。「嫌なことから逃げる」というより「楽しいことのために逃げる」みたいな方向に考えたい人なんで、そのバランスが出てるのかなと思います。

──パッと聴いた感じはさわやかなギターポップなんですけど、しれっと挟まれる変なコード感がすごくいいなと。オーギュメント(増三和音)などの特殊な和音も使われていますが……。

それはね、ホントわかんないです(笑)。「家出」はめっちゃ前、本当に曲を作り始めた頃にできた曲で、どう弾いたのかも全然覚えてなくて。今回それを掘り起こしてメンバーに投げてみたんですけど、みんなが「なんだろうね、このコード?」と相談してるのをずっと脇で見てました(笑)。それで上がってきたものが「なんやこれ?」「なんでこう行くん?」みたいなものになっていて。何も知らなかった頃だからこそ作れた曲かなと思いますね。今も知らないですけど。

木下百花

──2曲目の「タクシードライブ」では、なぜかエレキシタールが使われています。確か前作でも使ってましたよね?

使いました。エレキシタールはYouTubeでたまたま見て「何これ? 変なの」と思い、使う予定もなんもないのにとりあえず買って、ずっと家にあったんです。「これ、使わへんのもったいないな」と思って使ったというだけなんですけど(笑)。ギターにだいぶリバーブをかけてスライドで変な音を弾いてるときに「それ、シタールでやったらいいんじゃない?」という提案を受けて、「確かに」と思ってやってみたんですよね。そしたらハマったんで。

──ちょっとした違和感じゃないですけど、何か「そんなはずはない」を入れたいみたいなことなのかなと。

うんうん、そうですね。

──ただ、構造としてはむしろ平板な流れになっていて。サビが“サビサビ”していないところがアンチJ-POPな感じがしていいなと思いました。

そうなんですよ。最初はけっこうJ-POP感があったんですけど、ダサいなと思って(笑)。それでもう1回アレンジをやり直しました。歌も同じで、これを明るく歌うのはダサいなと思ったんで、かなり力を抜いて。

──そのボーカルの感じは全曲で一貫していますよね。温度感をなるべく低く低く、リラックスした歌い方をしていて。

レコーディングにもパジャマを着て行って、「歌いまーす」ってバーっと2回か3回歌って終わり、みたいな。ずっとそのテンションでやってましたね。「直す?」みたいな意見も全然出てこなくて。変に整えてもつまらなくなるだけということが全員わかってるから。

「人の関係ってダルいな」と思ったときの感情

──3曲目の「グリルパインベーコンブルーチーズアボカド」は、ハーフタイムシャッフルの軽快なビートに乗せた、おしゃれでかわいい曲です。ただ、ずっとコード進行が変わらずにメロディだけがどんどん変化していくという、技巧的な作りの曲でもありますね。

その作り方に関しては、初めに作った「わたしのはなし」という曲もそうなんです。ただただ「コード進行を考えるのがダルい」という理由で(笑)。最初はギターもわかんないし、コード進行も覚えられないし、いろんな理由が重なって“4つだけコードを使う”っていうところから始まってるんですよ。

──そういうソウルミュージック的な手法で作られていて、リズムもブラックミュージック由来のものなのに、できあがった曲が全然ソウルテイストになっていないのが面白いです。

(笑)。最初はドラムがハネてなかったんですよ。アレンジを進めながら「なんか違うんですよねえ……」って言ってたら、ドラムの吉澤響さんが「ハネてみたら?」と提案してくれて。私は「ハネたら何か変わるんですか?」みたいな感じやったんですけど、いざハネてみたら「めっちゃいいやん!」ってなって、そこからはトントントンと進んでいきましたね。

木下百花

──途中に謎のジャングルビートセクションがありますが……。

あそこはデモに入れていたギターソロが元になってるんですけど、伊東さんがその上にホーンみたいな変なギターを重ねてきて。それで「もう終わりや、ここはもうおしゃれにはできません」と思って、とことん振り切った感じですね。おしゃれな感じだけで終わるのも違うわと思ったし。

──4曲目の「月が見える」は、今作で最も浮遊感のある曲ですね。

私事なんですけど、めっちゃメンヘラが寄ってくることがあるんですよ。みんな、他人に好意を向けてるように見えても結局は自分に好意を向けてもらいたがってるという結論に至って、「君らが言う“愛する”とか“愛される”の話って、ホンマしょうもないことやな」みたいに思った瞬間があったんですよね。そのことを「気持ち悪いな!」みたいに思いながら書いた歌詞です(笑)。サビでそのまま「愛するなんて大したことない」って歌ってますけど。

──具体的な情景を描いているというよりは、心象風景のようなものなんですね。

ですね。「人の関係ってダルいな」と思ったときの感情を書いてます。

──音作りもそういう感じですよね。まずコード感があまりないですし、単純に歌うのがすごく難しそうだなと。

ああ、なんかそれメンバーからも言われました。でも、まったく難しいとか感じないんですよね。たぶん自分に基礎がないから。逆に、みんなができることを私はできないので、「それすごいですね」ってなる。それこそさっきの「ハネたら変わるんや」みたいなこととか(笑)。みんなが知ってることは全然知らないけど、みんなが難しいって言うことは全然普通にやっていて……何も難しく考えてないからやれてるのかな。

──完全に天才の人が言うセリフですね。

あははは(笑)。まだ勉強するのはよくないなと思ってて。何か壁にぶち当たったときには勉強しようかなっていう思いはありますけど、今はまだ全然できてるから、とりあえずは今のままで。周りは困ってるかもしらんけど。

──一応、打ち込みだけは覚えたし。

そうですね(笑)。

直球で伝えようと思った、悲しい曲

──ラストの「誰かの隣でパーティーしていたい」は、近しい方が亡くなったことで作った曲だということですけど。

そうです。

──そういう曲をバラードで表現するというのは、木下百花にしてはちょっと直球すぎるんじゃないかとも思ったんですが……。

直球で言わないと汲み取れない人というのが世の中には確実にいるんですよ。この曲は、そういう人たちにも伝えたいと思って。私、SNSとかで「いつか会いに行きます」みたいなコメントする人がめっちゃ嫌いで、そういう人はすぐブロックするんです(笑)。「いつか」とか言ってるやつが会えると思うなよって。「君が今手にしていると思ってる幸せも、いつ崩れるかわからんやん」「いつか会いに行くとか言ってるけど、その前に私が死ぬかもしれへんよ」ということをちゃんと直球で伝えようと思ってできた曲です。だからミュージックビデオにもコメントを載せて、ホンマにわかりやすく悲しくなるものを作りました。脅しみたいな感じですよね(笑)。バカでもわかる悲しい曲みたいなことにしようと思ってたんで。

──とはいえ、ボーカル的にはいわゆる歌い上げ系ではないですよね。

ああ、歌い上げる系は嫌なんで(笑)。

──ですよね(笑)。まあ歌い上げないまでも、もう少し感情を吐き出すような歌い方もあり得る曲かなと。

サラッとしてたほうが好きというのもあるし、そこまでやらへんとわからんやつはもう近寄ってくんなと思ってるんで(笑)。

──音色の選び方も面白いです。鉄琴や木琴、リコーダー的な音など、人の死を描く曲には一見似つかわしくなさそうなイメージの楽器が多く使われていて。

私、教育テレビがめっちゃ好きなんで、そういうのを1回作りたいと思って、おもちゃ楽器をたくさん入れました。これも歌と同じで、切ない曲だけどサラッとした感じになるようにというのは意識しましたね。

──今作では全般的に複雑な感情が歌われてはいるんですけど、音の手触りとしてはすごくリラックスしていて、どこか超然とした雰囲気がありますよね。

「がんばろう」も嫌いだし、落ち込むのも嫌いだから。さっきも言ったように思考は常にグルグル回ってはいるんですけど、最終的には「個々がそれぞれ楽しめばいいやん」っていう結論に至るんですよね。

──かといって突き放しているわけでもなくて、ただ「そういうものだ」とフラットに見ている感じがします。

ホント性格がそれなんだと思いますね。どっちかに偏るのが嫌なんですよ。感情として人に見せるものは「好きなものは好き、嫌いなものは嫌い」というゼロか100かだけど、結局のところはいろんな人がいてそれぞれの人生があって、「それぞれが楽しければそれでよくない?」っていうだけやから。そこで変ないざこざも生みたくないし、そういう性格なんやろうなと思います。

しっかりしたらいい話やん

──そうした考え方も含めて、あまり現状に不満などを持っているようには見えないんですけど、実際のところ「こんなはずじゃなかった」と感じるようなことはありますか?

ないですね。「本当はこんなつもりじゃなかった」とか言うなら、最初からそんなつもりにならなければいいだけの話ですから。「こうしなくちゃいけなかったのに」みたいなことを言う人もいますけど、そもそも「こうしたい」って口で言ってるのになんでそうせえへんのやろみたいな。「俺がもっとしっかりしなくちゃいけないんですけど……」「しっかりしたらいい話やん」みたいな(笑)。だから、現状に不満があったら私は別に辞めるし。

──テレビなどでヤバい人という扱いをされることに関してはどう思っているんですか?

もう慣れましたね。慣れたし、そう見えるならもういいやというか。テレビから見えている面だけを見て「ヤバいやつ」とか決めつける人がすごく多いけど、私はそういう人に対して「そういうふうにしか思われへん人なんやな」としか思わなくて。「こう思われるのが嫌や」とかは全然ないんですよね。

木下百花

──じゃあ、バラエティ番組に出演すること自体は大して嫌でもないと。

あ、めちゃくちゃ嫌ですよ。

──(笑)。

テレビはめっちゃ嫌いなんですけど、「アウト×デラックス」の人たちは自由にさせてくれるんで。最初は「カメラ嫌い、初対面嫌い、でかい声嫌い」ってめっちゃ断ってたんですよね。「マジで向いてないから嫌です」って言ったんですけど、「本当にそのままにしていいんで」と言われて。実際、収録のときに全然笑わずやってても「それでいいです」って言ってもらえたし、そういう特殊な現場だからやれるけど、それ以外は全部断ってます。

──まさに「こんなつもりじゃなかった」にならないように「こんなつもり」だけを選択しているんですね。

そうですそうです。

──人間・木下百花としては「もうちょっとこういう人間だったらよかったのにな」と思うことはありますか?

全然ないですね。何もないです、悩み的なものは。

──そうなってくると、逆に将来に希望があるのか心配になりますけど(笑)。何か未来へのモチベーションになる目標などはあるんですか?

うーん……あ、家買いたい。

──へえ。

山に家を買いたいです。今回のアルバムにパーカッションで参加してくれている伊豆のとおるという人が伊豆に家を買ってて、うらやましいなと思って。だから私もいずれ家を買って、固定資産税だけ払って暮らしたいなっていうのがちょっとありますけど……あとは将来的に「苦しまずに死にたい」くらいですかね。

木下百花

ツアー情報

木下百花 「また明日」リリースツアー
  • 2021年7月17日(土)愛知県 CLUB UPSET
  • 2021年7月18日(日)大阪府 Music Club JANUS
  • 2021年7月29日(木)東京都 渋谷CLUB QUATTRO