西中島きなこ|「暗いからこそ楽しい音楽を作る」敬愛するトリプルファイヤー吉田と描くフルアルバム

吉田さんはダメ人間じゃなくてカッコいい男

──実際に吉田さんが歌ったものを聴いたときはいかがでしたか?

鼻ボーイ
左から西中島きなこ、吉田靖直。

すごくいいなと思いました。一瞬で「そう言えばああいう曲も、こういう曲もあったな」ってストックしているデモが頭に浮かんで、「もしよかったら吉田さん、ほかにも歌ってほしいのがあるんですけど」って提案させてもらいました。その曲たちにも歌入れしてもらったら、今まで感じたことのない満足感が僕の中に生まれて。「あっ、こういうボーカルを待ってた」みたいな感覚でした。

──それが5月に配信リリースされたミニアルバム「ナイスなヤング」ですか?(diskunionでは7月に楽曲を追加し「ナイスなユニオン」としてリリース)

はい、そうです。そのリリースを記念したインストアイベントを大阪のdiskunionでやったときに、吉田さんを西成にある僕のオススメのたこ焼き屋さんに案内したんです。吉田さんは裏表がなくて常にテンションが低めなんですけど、最初は「ちょっと怒ってはるんかなあ」って思ってて。たこ焼きを食べてるときに「すいませんけど、怒ってはりますか?」って聞いたんです。そしたら「いや、何もないのに怒んないです」ってちょっと笑って返してくれて。そのまま僕はたこ焼きを食べずに、吉田さんがたこ焼きを食べてるところをずっと見ていたんですね。そしたら吉田さんが急にポツンと「きなこさんの曲っていいですよね」って言ってくれたんですよ。

──へえ。

自分が声が好きでオファーをした人に、楽曲を気に入ってもらえたのがホントにうれしかったし、自信につながりました。しかもそのあと好きな音楽の話をしたらお互いに似ていて。サニーデイ・サービスに影響を受けているし、2人ともオオルタイチさんのセンスが好きだったりとか。そこで「もうちょっと一緒にやりたいな」っていう欲が出て……。

鼻ボーイ

──その欲が今回の1stフルアルバム「西中島きなこ+吉田靖直」につながってくるわけですね。

あっ、あともう1個、僕が吉田さんをすごくいいなと思ったとこだけ言わせてもらっていいですか。

──どうぞ(笑)。

けっこうテレビとかではダメ人間っていうふうに扱われてましたけど、僕の中で吉田さんはカッコいい男なんです。初めて吉田さんと駅で待ち合わせしたとき、クシャクシャのちっさい紙袋を持ってはったんですよ。で、電車に乗ってるときも道を歩いてるときも持ってはって、ずっと気になっていて。そしたら帰り際にいきなり「これよかったら」って渡されて、開けたら吉田さんが直島で買ってきてくれはった塩キャラメルのプレゼントだったんです。ラッピングもなんにもしてないクシャクシャの紙袋から塩キャラメルが出てきたのが、男っぽくてすごいカッコいいなと……!

──吉田さんのことが大好きなんですね。

はい。あと一緒にいる間ずっとお酒を飲んで、タバコを吸っているんですけど、そこでさらにめっちゃカッコいい昭和の男みたいだなって思いました。寡黙だし、さりげなくタバコを吸うし、煙がこっちに来ないようにするし。僕が好きな高倉健さんに見える瞬間もありました。

「人生そんな楽しいことばっかりじゃないよね」っていうのを楽しく歌いたい

──改めて西中島きなこ+吉田靖直名義で12月6日に同時リリースされる1stフルアルバム「西中島きなこ+吉田靖直」と配信限定アルバム「コミックパッション」について聞かせてください。新しく作品を作るにあたって、どんなイメージがあったんですか?

より吉田さんのイメージを色濃くしたいなと思いました。この作品を作る前、吉田さんといろいろとお話しをさせてもらったんですけど、吉田さんは僕が思ってた以上に、もっと魅力的な人だったことがわかったんです。例えば草食系だと思ってたらけっこうそんなことなかったり。

──では今回の楽曲は、吉田さんに聞いたお話からインスピレーションを受けているんですね。

ビンカン少年

「コミックパッション」の収録曲はほぼほぼそうですね。「ぶっ飛び隊」だけもともと作ってあった曲なんですけど、ほかの曲に関しては吉田さんをイメージして新たに制作しました。吉田さんって物静かな人じゃないですか。僕の中で「そんな吉田さんに歌ってほしい」って勝手に託している部分があって……言ったらもう吉田さんへのラブレター的な作品ですね。

──「西中島きなこ+吉田靖直」と「コミックパッション」を聴いて、西中島さんの曲のタイトルや歌詞には社会のトレンドがキーワードとして入っているのが特徴的だなと思いました。「ナイトプール」「相席が出来る店」「プレミアムフライデー」とか。

僕、毎日のニュースを観るのが趣味だから、それが一番の情報源なんです。例えば「今ナイトプールが流行ってる」とか言って女の子がすごい楽しそうにしてるところを見たり、「インスタ映え」という言葉を知ると、そういったものに対していろいろと自分で思うことが出てきて。ただ自分は実際、今回曲の題材にしてる相席屋さんとか女子大の学園祭に行ってもなじめないと思うんですよ。でもそこに吉田さんが行ったならと考えるとすごくいいなと思うし、ストーリーを作りたくなるんです。

──ナンセンスでシニカルな歌詞世界ですよね。女性ボーカリストを迎えてリリースされたシングル「調和と恵み / MELLOW / 春風の遊覧船」(2017年3月にタワーレコード限定で発売)の儚くてもの悲しい雰囲気とはまったくイメージが異なります。

そうですね。もともと、切なさを感じる世界観が好きなんです。シリアスなドキュメンタリー番組とか……映画だと「誰も知らない」のような是枝裕和監督の作品が好きで。そういう映像を観ていると、「世の中そんなに浮かれてる人ばっかりじゃないよね」っていうことがよくわかるじゃないですか。そこで共感できたり、安心できたり、「やっぱみんな一生懸命生きてるよね」っていうのを再確認させてもらえる。その気持ちをエネルギーにして「自分もがんばろう」って思えたりするんです。でもあるとき「自分が暗いからって、暗い音楽を作るのは面白くないな」とも思ったんです。「暗いからこそ楽しい音楽を作ったほうが面白いんじゃないかな」って。それで今回、元気がない吉田さんに、飛び抜けてはいないけど、ほどほどに楽しそうな曲を歌ってもらうことで、意味合い的にもバランス的にもいいものができるかなと思ったんです。あと今回吉田さんとご一緒してみて、ポップを再確認しました。

──と言うと?

ビンカン少年

吉田さんのことを意識しながらアウトプットすることによって、自分のことを客観視できたんです。自分が歌ってると「この歌い方あかんなあ」とか、そういうことばっかり気になってしまって。だから今回吉田さんが歌ってるのを改めてスピーカーで聴いたとき、参考になることがいっぱいありました。「次はこうしたいな、ああしたいな」「もっとポップなものが作りたいな」という気持ちも沸いてきて。それこそ次はJUDY AND MARYみたいに、ひねくれたポップなものがやりたいと思ってるんです。アンダーグラウンドとか暗いものはやろうと思ったらいつでもできるから、コミカルで楽しくて、だけどちょっとシュールで、寂しさも感じる……「人生そんな楽しいことばっかりじゃないよね」っていうのを楽しく歌いたいなって。それを吉田さんから学びました。

──「人に聴いてもらいたい」という意識も高まりましたか?

そうですね。今までは自分だけでやってたから「別に聴いてくれなくてもいいや」「そこまで広まらなくてもいいや」みたいな気持ちがどっかにあったんです。だけどこんなに面白い作品ができたから、たくさんの人に聴いてほしいです。

また何かインパクトのあることをやって、自分に刺激を与えたい

──1月27日には大阪・ロフトプラスワン ウエストで新作発売記念イベント「笑美天」(えびてん)が行われます。西中島きなこ+吉田靖直のほか、ぱいなっぷるくらぶ、オオルタイチさん、曽我部恵一(サニーデイ・サービス)さん、バレーボウイズ、印象派、オカザえもんというそうそうたるアーティストが出演しますね。

「ちょっとお誘いするの、難しいかな」と思いながらお誘いさせてもらったんですけど、皆さん気さくに答えてくれて。特に、僕としてはリスペクトするオオルタイチさんや曽我部さんが出てくれるのがうれしいです。

──先ほどサニーデイ・サービスから影響を受けたとおっしゃっていましたもんね。

関西エリアでやってる番組でサニーデイ・サービスの1stアルバム「若者たち」(1995年4月リリース)に入っている「いつもだれかに」のミュージックビデオを観て、「こういう方いるんや」「懐かしい感じやな」と衝撃を受けて。そこから「東京」「愛と笑いの夜」でさらに衝撃を受けてハマっていきました。多大な影響があると思います。だから今回、夢が叶ったような感じで……その日が来るのが逆に怖いところもあります。

──吉田さんとのコラボを経て、この先の新たな目標があれば教えてください。

西中島きなこ

東京で企画ライブをしたいです。「東京でライブしてください」ってメッセージをいただいたりもするんですけど、実は僕すごく虚弱体質で。例えば新幹線でも乗り物酔いとかめまいがするんです。でも条件が合えばがんばって行きたいなと思ってて……日帰りだったらもしかしたら行けるかもしれない。自分の家以外の枕では寝られないので。

──それほど東京でライブをしたい気持ちが強いんですね。

「生で見たい」とか「東京でライブをやってほしい」って言っていただけるのがすごくうれしいから、その気持ちに応えたいんです。だからもうちょっと自分ががんばるしかないなって。あと作品はしばらくリリースしないと思うんですけど、また誰かとインパクトのあることをやって、自分に刺激を与えたいなと思います。

西中島きなこ+吉田靖直
「西中島きなこ+吉田靖直」
2017年12月6日発売 / BINKAN
西中島きなこ+吉田靖直「西中島きなこ+吉田靖直」

[CD]
2160円 / OTOBIN-012

Amazon.co.jp

TOWER RECORDS

diskunion

収録曲
  1. ぶっ飛び隊
  2. ジューシー
  3. お前を予約
  4. Bボーイ
  5. グイグイ来る人
  6. うまくはいかない
  7. ナイトプール
  8. 地元の不良
  9. EDMはポップコーン
  10. 若者
  11. 地獄の魔術師
西中島きなこ+吉田靖直「コミックパッション」
2017年12月6日配信リリース / BINKAN
西中島きなこ+吉田靖直「コミックパッション」
収録曲
  1. 女子大の学園祭
  2. プレミアムフライデー
  3. ウォシュレットイットビー
  4. コミックパッション
  5. 花の好奇心
  6. 相席が出来る店
  7. うまくはいかない配信MIX
  8. ぶっ飛び隊

イベント情報

西中島きなこ+吉田靖直 レコ発イベント「笑美天」
  • 2018年1月27日(土)大阪府 ロフトプラスワン ウエスト
    出演者西中島きなこ+吉田靖直 / ぱいなっぷるくらぶ / オオルタイチ / 曽我部恵一 / バレーボウイズ / 印象派 / オカザえもん
西中島きなこ(ニシナカジマキナコ)
西中島きなこ
ソロプロジェクト・音に敏感として2014年から宅録を中心とした創作活動を開始。2016年からは西中島きなこ名義で活動を行う。2017年3月、タワーレコード限定シングル「調和と恵み / MELLOW / 春風の遊覧船」をリリース。吉田靖直(トリプルファイヤー)をゲストボーカルに迎え、5月にミニアルバム「ナイスなヤング」、7月にdiskunion限定アルバム「ナイスなユニオン」を発売した。さらに12月には吉田とのタッグによる1stフルアルバム「西中島きなこ+吉田靖直」と配信限定アルバム「コミックパッション」がリリースされた。