辻村兄弟&野村卓史が語る、“中年期キセルの1stアルバム”「観天望気」 (2/3)

内田直之のミックスを経て

──エンジニアは長年のパートナーと言える内田直之さんですが、今までのアプローチとかなり印象が違うように感じました。絞った音数で、じわーっと広がっていくようなサウンドのイメージがこれまでのキセルにはありましたけど、今回はもっと音が生々しいし、ぼこぼこしている。

豪文 うっちーさん(内田)の録り方が今回も特徴的でした。ベーシックはアナログテープで一発録りだったんですよ。歌もギターと一発録りの曲が何曲かあります。すごい集中力で録ってもらったと思うんですけど、今までとも違う温かめやけどくっきりした音の感触が、自分たちの今回の感じにすごく合っているし、自分はあんまり聴いたことない音像で驚きもありつつ、すごく好きな音でした。

友晴 ピアノもベースもほとんどEQ調整してないらしくて、録った音をほぼそのまま使ってるみたいなんです。うっちーさんは「どのマイクで、どの角度で録るか」に徹底的にこだわってました。あと「わたしは知らない」は、アルバムの中でもシンプルすぎるかもと不安になっていたんですが、うっちーさんのミックスを経てその不安が払拭されてすごくカッコいいものになりました。「これが大丈夫だったら、いいアルバムになるぞ」と思えた。

辻村友晴(Vo, B, Musical saw)

辻村友晴(Vo, B, Musical saw)

豪文 ただ、自分のドラムが不慣れで一発録りというのはめちゃ緊張しました(笑)。勉強になったし録り終えてからまたいろいろと見直し練習中です。

──そのリズムの揺れがむしろいいという判断だったんでしょうね。ドラムだけでなく、ベースもキーボードも生き物っぽい。

豪文 あ、わかります。リズムは揺れてはいますけど。自分の娘もよく聴いているような細部まで整えられた音楽とは、なるべく違う方向でやりたかったんです。まあもとからそうなんですが、こんなのもあるよというか。どっちがいい悪いではなく。

「お前が来なくちゃ始まらない」

──もともとキセルのリズムは打ち込みのループだったけど、虫の声や人の声のコラージュまで含めて、すべてが自然なリズムとして溶け込んでいて、生活や自然から生まれるサイケデリアってこういうことかもしれないと思う瞬間があちこちにあるんです。その世界観の始まりを最初に感じたのは、2022年からライブでやり始めて、先行シングルにもなった「縁歌」だったと思います。

豪文 もともとあの曲は、友晴くんがコロナになって岡山でのライブ(2022年2月開催の「雪恋まつり in 湯原」)に来れなくなったとき、1人でライブをやらなきゃいけない状況になって宿で作ったんです。

──それで「お前が来なくちゃ始まらない」という歌詞になっている。

豪文 その日、朝からなんでか長渕剛の「とんぼ」がずっと流れてたことと、弟から電話があったときに、コロナ禍でずっと感じてたことの本質みたいなものが初めてすとんと腑に落ちてきたこと。その2つが合わさってあの曲ができました。レコーディングでは卓史くんのシンセベースがめちゃ効いてます。この曲は「パッとやった感じを1回やってみよう」と卓史くんが提案してくれて。

野村 Syncroomで奇跡的にいいテイクが録れるときがあるんですよ。

豪文 今回もそういうテイクが採用されてます。ラストの音が「終劇」みたいなクレジットが入る感じなのもいい。

左から辻村友晴(Vo, B, Musical saw)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村豪文(Vo, G)。

左から辻村友晴(Vo, B, Musical saw)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村豪文(Vo, G)。

野村 「たくさんのふしぎ」は、松本のお兄さんの自宅でデモを聴かせてもらったんですが、デモは竹楽器と鼻歌とドラムだけで。すごく変な、面白い曲だと思いました。

豪文 あれは2人で作ったデモで、リズムもまだ固まってなかったと思います。

野村 鼻歌のバージョンで作業は進めていて、歌詞が上がったのってレコーディングの1週間前くらいでしたっけ? 歌詞が入って「すげえ!」となりましたけど。

──あのメロディに「ゆりかごから墓場まで」と歌詞が乗るのは衝撃的です。

豪文 弟の曲はいつも変ですが、今回特にだったので歌詞は最後になりました。卓史くんは最初、あの曲を「テクノっぽい」と言ってて。

野村 デモはもっとシンプルでツーコードだったんでそう聴こえたんです。ニューエイジ感とも言ってた気がします。

豪文 今回の「観天望気」というタイトルもそうなんですけど、全然詳しくないながら、変な主張のないニューエイジ感というか環境音楽っぽい雰囲気が出せたらいいなとは思ってました。普通に歌ものなので全然違うんですが。

左から辻村豪文(Vo, G)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村友晴(Vo, B, Musical saw)。

左から辻村豪文(Vo, G)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村友晴(Vo, B, Musical saw)。

キセル中年期の1stアルバム

──歌詞と言えば、角銅真実さんとのデュエット「卯月の夜半」は、石川啄木の詩にメロディを付けた曲です。

豪文 何十年前からの詞先なんだ、という(笑)。コロナ禍のときに使ってたカレンダーにこの詩が載っていたのがきっかけでした。詞先ということで言えば、これまでは歌詞は曲ができたあとから考えてきたんですけど、今回は言葉と同じくらいのタイミングで曲を作ったのもけっこうあります。「寝言の時間」(2022年)からそういう出来方のする曲がなんでかわからないけど少し増えてきて。詞先ではないですけど、「観天望気」をアルバムタイトルにしようというのはけっこう前から決めてましたし。もともとはコロナ禍の2021年ツアーのタイトルにしてたんです。

──そうでしたね。“観天望気”は天気図やデータではなく、空や山の色とか自然現象から天気を読み解くような言い伝えを指す言葉ですよね。

豪文 松本に引っ越してから畑仕事をちょっとやるようになったんですが、気候変動とか大きな言葉で考えなくても、体感で普通に変だとわかるくらい天気が極端だし、娘の宿題を手伝ってても「どうしたら温暖化を止められると思いますか?」って大人にも答えようのない問題が普通に出てたりして、えらいとこまで来たなあって。コロナ禍もそういうことと全然無関係じゃないと思うし、誰も雲行きの読めない中で“観天望気”という言葉はとてもしっくりくる感覚がありました。曲ができるまで時間はかかりましたけど。もっと弾き語りっぽい感じとかも試行錯誤してたんですけど、最終的には都節の感じが一番しっくりきました。

──タイトル曲の「観天望気」や「楽しい明日」もそうなんですが、今回のアルバムでは、兄さんの歌詞に表れるメッセージ性が、聴く人の生活や実感と混ざり合ってより深いものになっていると思うんです。「明るい幻」(2014年発表の7thアルバム)や「The Blue Hour」(2017年発表の8thアルバム)の頃はもっとストレートだった言葉が、詩的で曖昧な表現になり、でもそこからまた新たな広い景色を獲得しながら言うべきことを届けている。

豪文 世の中的に深刻な問題はたくさんあるし、いくらでも悲観はできると思うんですけど、当たり前と思ってたことを学び直したり感じ直すことで気分が変わるのは楽しいし、当たり前が壊れてくときの心の支えとしてすごく大事なんじゃないかなと思うんです。

左から辻村豪文(Vo, G)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村友晴(Vo, B, Musical saw)。

左から辻村豪文(Vo, G)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村友晴(Vo, B, Musical saw)。

──単なる前向きとも警鐘とも違う、生きてる人間の矛盾と生の希望が渾然一体とある。そこに静かな極彩色のようなイメージが生まれていて、素晴らしいアルバムだと思います。ジャケットもそうですけど、このアルバムってすごくカラフルな印象があるんですよ。初期のキセルのサイケデリックな色彩とはまた違うムードで、もう一度色を感じた。これまで受けてきた影響が、ブラジル音楽や民謡も含めてキセルだけにしかできない、さりげないけど力強い文法で昇華されてる。

豪文 それはプロデューサーとしての卓史くんの存在が大きいと思います。

友晴 何を説明して、何を説明しないか。僕ら2人のその部分を卓史くんは敏感に感じ取ってくれていて、すごいなと思ってました。

野村 この2人を生かすことが大事なんですけど、自分がやりたかったことのフィードバックにもなりました。グッドラックヘイワではできないことをキセルの場を借りてやらせてもらってるというか。しかも2人は「いい」って言ってくれるから(笑)。

豪文 卓史くんのやることに違和感を感じたことがないから。僕らはやりたいことを説明するのがそんなに得意じゃないので、そういう存在は貴重だなと思います。曲のよさをめちゃくちゃ引き出してくれました。勉強なります。

野村 いや、曲がいいのはもとからだから(笑)。

豪文 僕らは「ここ変だな、面白いな」と思ったらそこを色濃くしたくなっちゃうんですけど、今回はその按配がすごく絶妙で聴きやすいと思います。

──今のキセルは、活動が始まった頃ともはや全然違うことやってると思うんです。兄さんはドラムを叩きながら歌ってるし、友晴さんは自作楽器を弾いたり吹いたりしている。なのに、キセルの根幹はずっと地続きで変わらない。変化し続けていることが変わらないことの表れでもあるって、本当にすごいデュオなんですよ。今回はそれを野村くんが加わって最良の形で作品にした。この先もどんどんキセルは変わっていくんだろうし、それが希望であると思えます。100歳になった頃もキセルが続いていたら、そのときも“変化し続けながら変わらない”をやってるんだろうなと信じられる。

豪文 よくやれてるなと思います。

友晴 すべてが合わないのにね(笑)。

豪文 友晴くんがいないとキセルじゃないんで。

左から辻村友晴(Vo, B, Musical saw)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村豪文(Vo, G)。

左から辻村友晴(Vo, B, Musical saw)、野村卓史(Key / グッドラックヘイワ)、辻村豪文(Vo, G)。

──まさに「お前がいなくちゃ始まらない」(笑)。コロナ禍は災厄ですけど、こういう関係性が生まれたといういい面もあった。

豪文 キセル的には、コロナ禍をきっかけにいい意味で変化した部分もあったりします。今回はいろんなことが自分的にはすごくしっくりくるし、気分的にも新鮮なところがある。キセル中年期の1stアルバムという気がするんです。制作中は「またここからいろいろやりたいな」と考えていました。