キセルの通算9作目のオリジナルアルバム「観天望気」は、心が腰を抜かすほど素晴らしい。昨年、結成から25周年を迎えた辻村兄弟(兄弟としての歴史は45年)。アルバムとしては前作「The Blue Hour」から約7年半ぶり。その間にコロナ禍があったとはいえ、このスパンは長い。しかし、それは休止とは真逆の時間だった。新作はこの間も彼ら兄弟が自分たちの音楽の行方を考え続け、決して変化の歩みを止めずにチャレンジをし続けたことを証明している。
とりわけ、新作で耳を惹きつけるのは、共同プロデューサーに名を連ねた野村卓史(グッドラックヘイワ)との演奏 / アレンジ両面でのよきコラボレーションだ。両者が組んだリモートセッションバンド・yamomoでの活動だけでなく、兄弟それぞれの生活や興味のありようも今のキセルに大きく影響を与えている。野村も、長年のエンジニア・内田直之も、兄弟の変化を感じ取ったアプローチでキセルの現在形を見事に引き出した。
ゲストで参加した角銅真実、加藤雄一郎らが添える彩りも含め、確かに脈打つ音と言葉のグルーヴは、この時代を生きていくために必要なサイケデリアであり、希望の光を見失わずに生きるための静かな祝祭でもある。音楽ナタリーではキセルの2人と野村に、この新作について話を聞いた。
また特集の後半には「辻村兄弟が振り返る、キセルの25年」と題したプレイリストを掲載。辻村豪文(Vo, G)と辻村友晴(Vo, B, Musical saw)に25年の活動を振り返ってもらいつつ、キセルの今後についてつづってもらった。
取材・文 / 松永良平撮影 / トヤマタクロウ
アルバム制作に影響与えたyamomoの活動
──「観天望気」、素晴らしい内容でした。前作「The Blue Hour」(2017年)から時間はかかりましたが、その分の変化が豊かに反映された大傑作です。
辻村豪文(Vo, G) ありがとうございます。本当は2020年か21年くらいに出そうと考えていたんです。曲も溜まっていたし、早くアルバムを作りたいなとずっと思ってました。まあ、コロナ禍になってしまったので時間がかかったというのも大きかったですが。
──普通ならコロナ禍がネガティブな要素になってしまうと思うんですが、キセルの場合はすごく有機的な変化を促す時間になりましたよね。その1つが本作の共同プロデューサーであり、サウンドに欠かせないキーボーディストとして参加した野村卓史さんと、YOUR SONG IS GOODのギタリスト・吉澤“maurice”成友さんとのバンド・yamomoの結成です。あれは2020年のことでした。
豪文 もともと、2020年6月に岡山で予定されていたキセルとグッドラックヘイワのツーマンが中止になったのがきっかけでした。代わりに何かできないかと卓史くんに電話したら、「リモートでセッションできるアプリの噂を聞いたことがある」と教えてくれたんです。
野村卓史(Key / グッドラックヘイワ) そのアプリの存在を知ったのは何年も前なんです。リモートでのセッションができるようになったらしいと雑誌で見かけたのを覚えていて、「あのアプリはどうなったんだろう?」と実際に調べてみました。そしたら、わりと身近な環境で使えるようになっているとわかり、それを兄さん(豪文)に伝えて。
──実際に使ったのは、YAMAHAのオンライン合奏アプリ・Syncroomですね。
豪文 最初、僕と卓史くんで試しに使ってみたんです。
野村 あのときは謎のテクノセッションみたいでしたね(笑)。
豪文 でも、やってみたら「(演奏が)合うね」となった。これはいいなと。
──普通のビデオ通話だと音がズレて演奏のタイミングが崩れる傾向があるんですよね。
豪文 ただ、すぐ回線が落ちちゃうなどトラブルもいくつかあったので、それを改善しつつ実現に向かいました。同じ時期に予定されていたモーリスさんと共演するイベントもなくなってしまったので、そのとき集まる予定だったみんなでSyncroomに入ってみようという流れになり、それがyamomoのスタートになりました。
──毎月の早朝配信プログラム「yamomo morning」として正式にスタートしたのが2020年7月でした。
豪文 あの頃は、誰かと一緒に音を出すのも難しい時期だったので、僕はすごく楽しかったですね。そこからの流れは今回のアルバムにも影響していると思います。
──やっていたのはインスト曲だったし、兄さんはギターではなくドラム。キセルの2人がリズムセクションを担当して、上物はモーリスさん、卓史さんいう構成も新鮮でした。ある意味、キセルがほかの2人の手を借りてレアグルーヴ化したような驚きもあったんです。
辻村友晴(Vo, B, Musical saw) しかもネットでね。
豪文 わずかに音の遅延もあったから、そのズレ込みのグルーヴだったような気がしますけど(笑)。
野村 兄さんがドラムをやることは大きかったかも。
豪文 コロナ前に松本に引っ越して、家でドラムが叩ける環境になったのもあり、勉強も兼ねてちゃんとやってみたいなと思ってたのもあって。あと、キセルの場合、曲は自分たちで叩き台から完成まで作るので2人の色が濃いめなんですけど、yamomoの場合は4人が出す案で曲が変わっていくのが面白かったですね。
辻村兄弟のコロナ禍
──コロナ禍で具現化した要素としては、兄さんの個人配信「寝言の時間」でもやっていた、民謡を取り入れた宅録ソロプロジェクト・The Instant Obonや、友晴さん自作の弦楽器や笛なども重要です。
豪文 The Instant Obonも、松本に引っ越した環境の変化から生まれたんです。地元のライブハウス・give me little moreで行われている「DOPEなHOPE」というニューカマーイベントがすごく面白くて。それに出たくて、もともと好きで聴いてた民謡の素謡にヒップホップっぽいトラックが一緒になった音楽ができないかなと思ってThe Instant Obonを始めました。民謡については、ある意味断絶された感のある土着のものの懐かしさや新しさに惹かれるのはキセルを始めた頃から多少なりとあったんですが、田んぼ道とかで聴いてるとまた全然違って感じるのが面白くて、引越した当初特によく聴いてました。SP盤の音が単純に好きっていうのもあって。
──一方、友晴さんの自作楽器の始まりは?
友晴 2022年の春に日比谷野音で行われたカクバリズムの20周年記念イベントに、木を切り出して作った口弓を持って行ったことですね(参照:カクバリズム20周年野音ライブ、思い出野郎Aチームが堂々トリ務める)。
豪文 そういえば、yamomoをやってるときも「何で彫刻刀を持ってるのか」って話をしてた。
友晴 もともと木を削るのは好きだったんです。それと、身の回りにあるものってちょっと工夫するとカッコいい楽器になるんじゃないかなという思いも、キセルを始めた頃からずっとあって。なので、コロナ禍の時間を利用して、まずは口弓などの弦楽器から始めて、そこから竹笛にも興味を持って、いろいろ広がっていった感じです。
共同プロデューサー・野村卓史との化学反応
──アルバムの話をすると、民謡の要素はタイトル曲「観天望気」に顕著だし、自作の弦楽器や竹笛はいろんな曲ですごく効果的に配置されていますよね。野村さんは今回、共同プロデューサーとしてどういう役割を担っていたのでしょう?
野村 キセルは2人だけのライブもあるから、兄弟2人のリハはいっぱいやってるじゃないですか。参加するにあたって意識したのは、2人がリハや曲作りで行き詰まったと感じたら、その場で思ったことは言っていこうと。そういうことは俺しか言えないんじゃないかと思うし。
友晴 手癖で作った部分について「ここはどういう意図の2小節?」と聞かれて、やるべきことに気が付くタイミングはありました。
豪文 僕ら兄弟は関係が長いから「ああ、うん」みたいな感じで音楽的に無理矢理成立させてるようなところもあるんです。3人でやっているときには、むしろそこを音楽的に詰めて煮込んでくような感覚だったけど、卓史くんからしたら薄めてるような感じもあったんですね(笑)。
野村 薄めてるというか、一方向へ向かうエネルギーがすごく強くなってる状態で、「全然違う、こっちの角度で考えてみたらどう?」みたいなことをよく言った気がする。
豪文 そういう作業はyamomoで初めての経験だったんですが、今回のアルバムに向けて、ライブをこの3人でやっていきたいという相談を卓史くんにしたんですけど、僕らとは違う角度から意見を言ってもらえるような関わり方をしてほしいと思っていました。曲の土台は2人で作るけど、発展の仕方は3人で考えられたらなと。新鮮っていうのももちろんあったんですが、2人だけでやるより明らかに曲がよくなるし、やってて単純に楽しいっていう発見もあったので。
──そういう発見を象徴する曲は新作でいうと、どれですか?
豪文 わりと全部ですね。でも、予想だにしなかったという意味では、タイトル曲の「観天望気」です。加藤雄一郎さんに吹いてもらった管楽器のアレンジも卓史くん。
──この曲があることでアルバム終盤の景色がパッと開けるし、作品の中で際立つ存在になってますよね。
友晴 去年ライブでやったときは、もっと渋い曲だったよね?
野村 ライブでやってるシンプルなアレンジもいいけど、もう少し音を重ねていくのはどうですか?と提案しました。「観天望気」はアルバム収録曲のうち8曲を録ったあと、ひと月以上空けて取りかかったんですよ。
豪文 レコーディングに入った時点では、これと友晴さんの曲(「たくさんのふしぎ」)は、まだ曲の全貌が見えてなかったから。
──実際のレコーディングもSyncroomがかなり役立った?
豪文 そうですね。
野村 デモはずっとSyncroomで作ってました。直接会わなすぎるくらいだったから、一度心配になってレコーディング前に友晴くんと一緒に松本まで兄さんに会いに行って(笑)。飲みながら話しましたもんね。
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内田直之のミックスを経て