柏木由紀なりのWACK|「柏木由紀なりのBiSH -BAD TEMPER-」MV撮影現場密着レポート

AKB48の柏木由紀が“ユキ・レイソレ”名義で音楽事務所WACK所属7グループに加入するというプロジェクトの始動がアナウンスされたのは、4月のことだった。柏木は2007年にAKB48としてデビューし、今年7月に30歳を迎えた今も現役メンバーとして第一線で活躍している。国民的アイドルである柏木と、王道の真反対に位置するであろう“邪道”WACKアイドルとのコラボは、WACK代表・渡辺淳之介が柏木をプロデュースするというプロジェクトから派生して実現したものだ。しかし6月に入り、柏木が脊髄空洞症の治療に専念するため一時的に活動を中止。手術が成功し、7月に活動を再開するも夏の終わりに予定していたコラボシングル7作品のリリース予定は延期となり、11月30日に同時発売されることとなった。

柏木のコラボ相手はBiSH、EMPiRE、BiS、豆柴の大群、GO TO THE BEDS、PARADISES、ASPの7組で、各グループとのコラボ曲のミュージックビデオもすべて柏木が参加する形で撮影された。音楽ナタリーではこの中からBiSHとのコラボ曲「柏木由紀なりのBiSH -BAD TEMPER-」のミュージックビデオ撮影現場を取材。BiSHの人気曲「オーケストラ」のMVでもディレクションを担当した大喜多正毅監督によるMV撮影は、9月上旬に東京近郊の廃墟スタジオで行われた。柏木は療養のためBiSHとともに練習をする時間が取れなかったダンスはぶっつけ本番という状態で撮影日を迎えることに。はたして撮影は無事に終わるのか、本特集ではその模様をレポートする。

取材・文・撮影 / 田中和宏

「主人公は柏木由紀」アイナが振り付けに込めた思い

アイナ・ジ・エンド

柏木由紀とBiSHのコラボ曲「柏木由紀なりのBiSH -BAD TEMPER-」はストリングスを取り入れた疾走感のあるロックチューン。作詞をJxSxK(渡辺淳之介)、作曲を松隈ケンタ、編曲をSCRAMBLESが手がけ、高揚感とエモーショナルさを併せ持った王道WACKサウンドに仕上がっている。この曲の振り付けを担当したのはアイナ・ジ・エンドで、彼女はそのコンセプトについてこうコメントしている。

「この曲には『何年経っても変わらないから』という歌詞があって、生きている中でうまくいかないこともあるけど何年経っても変わらないこともあると思うんです。この曲から私は『ここで歌う』と夢を持ってがんばってきた人がいろんな葛藤を抱きながら進んでいるようなドラマを感じていて、その主人公が由紀ちゃんというイメージ。由紀ちゃんにはAKB48の楽曲で好きな振り付けと苦手な振り付けを事前に聞いたんです。それをまぜこぜにして、由紀ちゃんが駆け抜けてきたAKB48人生や、ふと冷静になる瞬間というか、『今まで自分がやってきたことは正しかったのか?』と自問自答する瞬間もありつつ、『これからも変わらずやっていきます』という思いに至るというイメージで振り付けを考えました」(アイナ・ジ・エンド)

大喜多監督の手腕が光るソロシーン撮影

アイナ・ジ・エンドと大喜多正毅監督。

そんなダンスシーンにも注目したいMVの監督を務めるのは大喜多正毅監督。大喜多監督はBiSHの「オーケストラ」「My landscape」や、アイナのソロ曲でもメガホンを取ってきた。この日も大勢のスタッフに指示を出しながら、着々と撮影をこなしていく。まずはリンリン、アイナ、アユニ・D、モモコグミカンパニーのソロカットの撮影が順番に進められた。

廃墟内に積まれた大量の椅子の上を歩き、蹴り倒すシーンの撮影に入ったリンリン。彼女はスタッフとやり取りする際はリラックスした様子で笑顔を浮かべていたが、カメラが回ると凛とした表情を浮かべ、大喜多監督の指示を受けながら椅子を蹴るといった動きのあるシーンの撮影をこなしていく。続いてはアイナがトルソーと椅子に囲まれた雑然とした場所に佇むシーン。大喜多監督から「自由に動きも入れていいよ」と言われると、アイナは椅子に囲まれた狭いスペースながらもしなやかな動きを見せる。カットがかかり、大喜多監督から「盛れてるよ!」と言われると、笑顔を弾けさせた。モニターチェック時のアイナのまっすぐな眼差しが印象的だった。

大喜多監督は現場で待機するアユニに向けて撮影内容について説明し、「WACKは生々しくすべてを見せるところだから」などとBiSHのイメージに沿った雰囲気で撮影することを伝えた。壁に掛けられた大きな鏡の中の自分と向き合うアユニ。監督から「いいですぞー!」と声をかけられ、静かに笑みを浮かべて頷く。MV撮影の現場は演者、スタッフともに常に臨機応変な対応が求められるようで、監督は想定していたアングルから微調整をして光の入り具合や実際の人物の映りの構図を確かめつつ、演者に細かい指示を出した。モモコのソロシーンは暗い階段で撮影。床にはチョークでたくさんの数字が書かれており、それぞれにBiSHが初ライブをした日など意味が込められている。「モモコはBiSHの歴史の証人としてこの階段を登っていく」という大喜多監督のイメージに沿って、モモコはときに振り返りながらも1段また1段と階段を上がっていった。

現場入りした柏木は緊張した様子

少し緊張した様子の柏木由紀。

柏木は少し時間をずらして現場入り。BiSHとの合同練習には療養期間につき参加できなかったため、ダンスに関してはぶっつけ本番だという。撮影前に意気込みを聞くと、柏木は「BiSHメンバーのパフォーマンス映像を確認したんですけど、一体感がすごいです。この中に私が入るのか!という感じで、今日はとても緊張しています」とわずかに表情をこわばらせた。彼女はBiSHのダンス映像を確認しながら1人で練習に励み、MV撮影の日も直前まで振りの確認をしてから現場に来たと話していた。はたして、撮影後半に待ち受けるダンスシーンの撮影はどうなるのだろうか。

柏木の合流後に始まったのは、柏木、リンリン、ハシヤスメ・アツコのリップシンクシーンの撮影。柏木が遠くを見つめ、リンリンとハシヤスメが時折、柏木に話しかけるように歌うという場面だ。大喜多監督が「普段の柏木さんの明るい雰囲気とは違う表情を」と声をかけ、柏木はうつろな表情を浮かべた。

撮影の転換中、何やらベースの音と笑い声が聞こえる。目を向けるとアユニがウッドベースを弾いていた。ウッドベースはスタジオに置かれていたもので、「初めて触った」とややテンションの高いアユニだった。

いよいよダンスシーン、柔軟さとスピード感をもって撮影をこなす7人

その後、柏木とBiSH全員によるダンスリップシーンの撮影へ。廃墟ステージで7人が歌い踊るという場面で、誰もいないフロアには椅子が雑多に並ぶ。7人は待機中も振り付けのチェックに余念がなく、セントチヒロ・チッチが大喜多監督と何やら会話を交わしていた。このシーンからは振り付け担当のアイナが指揮を執る機会が増えていき、各パートの振りをすり合わせていく。柏木が撮影前に話していた通り、ぶっつけ本番ながら、7人は慌てずに確認を重ねた。大喜多監督もメンバーの体力やモチベーションを考えながらも、必要な場面では細かく指示をしながら撮影を進めた。

セットチェンジを経て、次は椅子を並べたフロアでのパフォーマンスシーン。ここでもアイナが全体を確認しながら、フォーメーションをメンバーに伝えていく。大喜多監督はアイナに画角を伝え、パフォーマンスに細かな調整を加える。メンバーは定位置に着き、合間におどけることもあったが、「はい本番! よーい」と、監督から声がかかった瞬間にモードを切り替え、集中力を保ち続けていた。またアイナの正座でのリップシンクシーンでは、大喜多監督が手の位置について「ほっぺたがぷっくりなっちゃうから、手の位置を調整して。せっかく盛れてるから」と再び“盛れてる”と声をかけつつも指摘を入れる。思わず笑うアイナの隣に座った監督は、手振りを交えてディレクションを行った。

長時間でも途切れない集中力

撮影はいよいよ終盤。続いては椅子に座ってのシーン。メンバーは力なく椅子に座り、歌った。その後、7人で最後のシーンは、赤いベロアや透明なビニールのカーテン、イルミネーションに使われるような電球などが背景に配されたセットで撮影が行われた。長時間におよぶ撮影でも元気な姿を見せる柏木とBiSH。アイナは演者ながらも振り付けの面ではリーダーシップを発揮しており、細かい部分にまで常に目を配らせる。メンバーもアイナの意見に耳を傾け、ぶっつけ本番のパフォーマンスシーンを無事に終えた。また柏木とBiSHは撮影の合間にCD購入特典のチェキ撮影などもこなしており、スタッフを含め1日を通してフル稼働といった状況だった。そんな中、23時過ぎに7人でのパフォーマンスシーンの撮影が終了。残るは柏木、チッチそれぞれのソロシーンのみ。

柏木はゆっくりと歩くシーンとベロアの床に膝を突くシーンを撮影。大喜多監督が柏木の歩く速度や顔を向ける位置などに指示を加えながら撮影が進められた。その後、リップシンクシーンの終わりには、大喜多監督からリクエストが。「最後これだけ! “マックス切ない顔”をしてほしいんだよな。さっきの感じで大丈夫!」と声をかけられた柏木は、アウトロのフレーズを指示通り儚げな表情で歌い、「オッケー!」とカットがかかった。最後にチッチのソロ撮影があり、チッチはベロアの布をつかんだり、ビニールのカーテン越しに歌ったりしつつ、まるで演劇のような躍動感のある動きと表情を見せた。昼過ぎに始まった撮影は深夜におよび、終了した。

撮影を終えて、アイナ&柏木コメント

アイナ・ジ・エンド「BiSHにとって刺激的な体験」

由紀ちゃんにはびっくりしました。こんなに完璧に踊れて、ミスも全然ない。本当のプロってこういうことを言うのかなと思うくらいすごかったです。今日はぶっつけ本番で、事前に合わせて練習は1回もできませんでした。8月にBiSHが活動休止したこともあって1カ月以上は練習してなかったので、BiSHメンバーで合わせるのも1カ月ぶり。最初は空気感的にひさしぶりな感じが出るのかなと思ってましたが、2回目のダンスを通したあたりからばっちり雰囲気をつかめました。そこに由紀ちゃんが交わってくれて、奇数で7人という編成もバシッと締まった感じでよかったです。

今日の振り付けはその場でけっこう変えました。由紀ちゃんがきれいに見える角度とかを考えながら。由紀ちゃんは淀みがなくて、キラキラした感じがどんな表現をしてもにじみ出てくるんです。それがすごくきれいで真似できないものだったので、その由紀ちゃんらしさを一緒に研究しながら作っていった感じです。手の動きもいろいろ試して、「お任せします」と言ってくださったので、私が考えた由紀ちゃんが一番きれいなラインが出ていると思います。

MV撮影で柏木由紀さんのプロ根性をひしひしと感じられて私もうれしかったし、BiSHにとっても刺激になりました。そして大喜多監督はBiSHでかなりお世話になっていて、アイナ・ジ・エンドのソロでも撮っていただいている監督です。映像から大喜多さんの愛も汲み取ってもらえたらいいなって思います。

柏木由紀「BiSHは私を新しい柏木由紀にしてくれた」

今日は楽しかったです! 緊張していたんですけど、皆さんとお話したり、アイナくん(アイナの希望で“くん”付け呼び)が振り合わせをすごく細かくしてくれて。現場で私の振りを変えてくれたりして、勉強になりましたし、BiSHの一員になれた気がしました。7人目のBiSHなんて言ったらファンの方に怒られるかもしれませんね(笑)。でも最初にあった緊張はBiSHの皆さんがほぐしてくれたので撮影はあっという間に感じました。

アイナくんはかなり細かく教えてくれるのに最後は「由紀ちゃんの気持ちで」と任せてくれることもあって。私はアイナくんに絶大なる信頼を寄せています。私に対してだけではなく「この振りが一番きれいに見える」とほかのメンバーにも伝えていて、本当にすごくメンバー思いで、いい作品作りを毎回しているんだろうなということがそんなやりとりから窺えました。AKB48にいるとき、私は「一番目立ちたい!」という感じなんですけど、今日はずっと右目と左目で隣にいるメンバーをずっと見るようにして、とにかくきれいに混ざれるように心がけました。

大喜多監督は的確な指示をしてくれるし、絶対に「ダメ」って言わないから優しかったです(笑)。私、いつも監督さんに緊張しちゃうんですけどね。今日はホントにずっと「いいよ! いいよ!」と声をかけてくれて。それで現場のテンションも上がりますし、いいですよね。これまでAKB48だとかわいいが一番だったんですけど、今日はかわいいを1回も求められなくて。AKB48で見せたことのない素というか、「人を元気にする気のない柏木でいい」ということだったので、今まで見せたことのない柏木由紀を監督に引き出していただいたと思います。MVのできあがりが楽しみです。ロケ地がAKB48ではないような暗い場所で新鮮でしたし、BiSHの皆さんも私が加わったこの状態を「新しいBiSHだ」とおっしゃってくれていてうれしかったです。私をさらに新しい柏木由紀にしてくれたと思います。

あとMV全体で99がBiSH色なんですけど、AKB48色が1だけ振り付けで入っています。その1だけ入っているAKBらしさの部分を見つけてもらえるとうれしいです。

柏木由紀(カシワギユキ)
柏木由紀
1991年7月15日生まれ、鹿児島県出身。2007年4月、AKB48旧チームBの一員としてデビューを果たす。選抜メンバーとして数々のシングル曲に参加。グループ最年長メンバーとしてグループを牽引し、プロデュース公演も行っている。個人活動としては2013年2月にシングル「ショートケーキ」でソロデビュー。同年11月に神奈川・横浜アリーナでソロライブを開催。以降、全国ツアーや、AKB48グループ在籍中のメンバーとして単独で初の海外ツアーも行った。2018年にはNHK大河ドラマ「西郷どん」で西郷園を演じ、MBS / TBSドラマ「この恋はツミなのか!?」で主演を務めるなど女優としても活躍。2020年に立ち上げたYouTubeチャンネル「ゆきりんワールド」はファンのみならず、新たな支持層を獲得している。2021年3月にWACK代表・渡辺淳之介プロデュースにより、約7年5カ月ぶりのソロシングル「CAN YOU WALK WITH ME??」を発表した。5月にWACK所属7グループに“ユキ・レイソレ”名義で加入し、シングルを発売することを発表したが、6月に脊髄空洞症の治療に専念するため一時的に活動を中止。誕生日である7月15日に復帰を果たした。11月30日にBiSH、EMPiRE、BiS、豆柴の大群、GO TO THE BEDS、PARADISES、ASPとのコラボシングル7作品を同時リリース。12月27日に東京・TOKYO DOME CITY HALLにて全グループとのプレミアムライブ「柏木由紀なりのWACK EXHiBiTiON and SELECT 7」を開催する。
BiSH(ビッシュ)
BiSH
アイナ・ジ・エンド、モモコグミカンパニー、セントチヒロ・チッチ、ハシヤスメ・アツコ、リンリン、アユニ・Dからなる“楽器を持たないパンクバンド”。2015年3月に結成、2016年5月avex traxよりメジャーデビュー。全国のライブハウスから横浜アリーナ、幕張メッセ展示場、大阪城ホール等での大型アリーナでワンマンライブを開催。収益全額を全国のライブハウスに寄付する初のベストアルバム「FOR LiVE -BiSH BEST-」、メジャー3.5thアルバム「LETTERS」が連続でアルバムチャート1位を獲得。2020年12月24日に332日ぶりとなる有観客ワンマン「REBOOT BiSH」を代々木第一体育館にて開催。2021年5~7月に全12組のゲストとの対バンツアー「BiSH'S 5G are MAKiNG LOVE TOUR」を実施し、各地で盛況を収めた。5月からは全国各地のアリーナ会場でワンマンライブを開催している。8月にはメジャー4thアルバム「GOiNG TO DESTRUCTiON」を発表。各メンバーはグループ活動の枠を越えて、個性豊かなソロ活動も積極的に展開している。

2021年11月29日更新