華乃インタビュー|共感を生む新世代ラブソングシンガー本格始動

カ能セイ名義で活動していたGANG PARADEを脱退してからの約1年、華乃は一度、表舞台から距離を置いた。建築物を眺めたスペイン旅行、ひと息つけた胃腸炎。歌とダンスだけではない時間を過ごした先で、彼女はソロとして再び歌う決断をした。

ネットミュージックを原点に持ち、MAISONdesがソロの出発点になった華乃。新世代のラブソングシンガーとして新たなスタートを切った彼女が抱く、等身大の思いとは。

取材・文 / 西澤裕郎(SW)撮影 / 大橋祐希

ギャンパレ脱退、スペイン旅行を経て

──GANG PARADEでの活動を2024年7月に終えてから、華乃として活動を開始するまでの約1年間はどんな時間でしたか?

「1回ちゃんと休もう」「ちゃんと考えよう」という期間でした。また活動をするならできるだけ早く表舞台に立ちたい気持ちもGANG PARADEでの活動を終えた当初にはあったんですが、辞めたのがちょうど夏休みのタイミングだったので、ママと一緒にスペインに行ったりしていました。

──それは、旅行ですか?

旅行です(笑)。私、建築物を見るのが好きなので、スペインの建造物巡りをたくさんしました。でも、帰ってきてから胃腸炎になって、体調を思いっきり崩して。でもそれによって一気に力が抜けたんだと思います。当時はオーディションとか、自分に合うものがあれば挑戦してみようと思っていたんですけど、なかなかそういう機会もなく、1、2カ月くらいは本当にゆっくりして。SNSも、やるならちゃんと決まってから一気に動き出したいと思っていたので、結果的に時間はけっこうかかりました。

華乃

──なんだかんだ実りのある時間ではあったんですね。

本当にいい経験になりました。それまでの人生、歌とかダンス以外のことにあまり触れてこなかったので、そういう意味でもすごくよかったと思います。

ルーツにあるのはネットミュージック

──その期間も、ダンスや歌の練習はしていたんですか?

ボイトレも受けていたし、ダンスのレッスンに行ったり、自分でスタジオに入ったり、いつチャンスが来てもいいように準備はしていました。この業界って運とかタイミングもすごく大きいと思うんですけど、それが巡ってきたときに自分ができることを発揮できるよう、自分の強みをちゃんと伸ばしておきたいなと思って、そこは続けていました。

──そのときから、ソロ活動というのも想定していたんですか?

今はソロでの活動が自分に合っているなと思えるけど、正直、ソロで活動する発想はほとんどなかったです。当たり前ですけど、ソロって全部1人じゃないですか? ずっとグループで活動してきたので、自分1人だけで表に立つ経験がなかったから、ソロアーティストってすごいと思っていました。

──華乃さん自身が思う「自分の強み」は、どういうものなんでしょう?

やっぱり、歌とダンスですね。昔からオーディション番組もよく観ていたんですけど、誰かを推すというより、「自分だったらこうするのに」とか「この課題曲、めっちゃ歌いやすそう」とか、そういう目線で見ちゃうタイプだったんです。だから、自分が挑戦してみたいと感じられる場所で、歌やダンスの実力を見てもらえる環境があったらいいなと考えていました。自分は周りに引っ張られるタイプなので、周りのレベルが高い環境に身を置けたらいいなと思っているタイミングで、MAISONdesの“入居案内”をもらって。正直、不安もあったんですけど、もともと好きだった音楽ジャンルともすごくマッチしていたんです。ここなら自分の強みも生かせると感じたし、1人で歌うとなると、表現の自由度も高いですよね。その自由さにもすごくときめきました。あと、中高生の頃に、「nana」っていう歌ってみた系のアプリに投稿していたことがあって。“ちくわさん”みたいな名前で(笑)。

華乃

──ちくわさん(笑)。

知識も技術もなかったので、「歌ってみた」って言えるほどじゃなかったんですけど、ボカロを“歌ってみる”みたいな投稿をしていて。そういう経験があったからこそ、声をかけてもらったときに、「もしかしたら当時の夢を叶えられるかも」と思えたんです。自分が立ちたいステージとか、やりたいこと、出たい場所の可能性はここにあるかもしれないって。それで「じゃあ、やってみよう」と決めました。

──nanaで投稿していた頃は、どんな曲を歌っていたんですか?

妄想税とかDECO*27さんの曲。あと、カゲロウプロジェクト、HoneyWorksさんも。当時すごく流行っていた、いわゆるネットミュージックをめちゃくちゃ歌っていました。

──ネット発の音楽は、華乃さんの原体験というかルーツになっている?

そうですね。カラオケでもずっと歌っていました。キーがすごく高い曲も多くて、「高音厨音域テスト」という、ひたすら高い音が続く初音ミクの曲があるんですよ(笑)。それをたくさん歌っていたから、ちょっと高い声が出るようになりました。ボカロの曲は本当に難しいんです。早口だったり、音域がめちゃくちゃ広かったり。でも、そういう難しい曲が歌えるようになるのが、すごく楽しかった。誰に披露するわけでもないのに、ずっと練習していました。

──その経験は、今の歌にも影響していると思いますか?

めちゃくちゃしていると思います。今となっては当時身に付けたことが完全に自分の癖になってますけど、確実に影響されていますね。昔よく聴いていた鎖那さんという歌い手さんがいて、HoneyWorksさんの曲を歌っていたんです。その人の歌い方とかは自然と自分の中に入っている気がします。

──もともとは気持ちを伝えるというよりも、誰が聴いても「うまい」と思うような歌に惹かれていた?

そうですね。最初は完全にそっちでした。

──そこからGANG PARADEに加入し、うまさよりも気持ちや表現を大事にするというまったく違う表現方法に挑んだわけですが、その体験はいかがでしたか?

それは、私に足りなかったものだったなって思います。ネットで発信する音楽と、ライブで人に伝える音楽は全然違う。気持ちで伝える、表現することをちゃんと考えたのは、そのときが初めてでした。殻を破る、みたいな経験もあまりしてこなかったので。変な意味で完璧主義というか、「歌はうまく歌わなきゃ」という考えが強かったんですけど、気持ちを伝えることの楽しさを知れたのは、すごく大きかったです。

技術と感情……歌いこなすのが難しかった

──そして、2025年9月に「ならない日々 feat. 華乃, MIMI」がリリースされました。最初に楽曲のデモを受け取ったとき、どう感じましたか?

シンプルに、めっちゃいい曲だなと思いました。同時に、曲がいいからこそ、ちゃんと歌いこなすのが大変そうだなって。

──実際に歌ってみて、感触はどうでした?

難しかったです。音域が高いというよりも、歌詞や曲の雰囲気がすごく繊細で。ネガティブすぎるわけでもないけど前向きになりきれない、それでも生きていこうみたいな微妙な気持ちの揺れを、ちゃんと伝えられたらいいなと思って歌いました。声の質感とか雰囲気、歌い方は、できるだけ曲に合わせようと意識しましたね。

──まさに技術と感情、その両方が求められる楽曲だったわけですね。

曲自体が難しかったので、技術面もかなり意識しました。まずはちゃんと歌いこなせないと、そこに感情を乗せたらぐちゃぐちゃになっちゃう気がして。とにかく歌いこなせるようになるまで、めちゃくちゃ練習。ひたすら歌うことを繰り返して。レコーディングでは、そこに少しずつ感情を乗せていく、という感じで歌いました。

──それまでの華乃さんの明るくて天真爛漫という印象とはまた違う表情を見せる楽曲ですよね。

そういう一面って誰にでもあると思うんです。「実はこういうところもあるよ」っていう感覚で、聴いてくれる人に寄り添えたらいいなという気持ちで歌いました。確かにギャップはあるかもしれないですけど、誰しも持っている感情だからこそ、逆に身近に感じてもらえるんじゃないかな。

華乃

──この曲を通して、自分の中で新しく開花した部分はありましたか?

私、ブレスが苦手だったんです。「ならない日々」は本当に「どこで息すればいいんだろう?」と思ったし、ボイトレの先生から「そもそも息、吸えてないんじゃない?」と言われて。そこから、風船を使って、息を吸う・吐く練習をやるようになったんです。

──風船?

はい。今もやっているんですけど、毎日5分くらい、隙間時間にカウントしながら吸って、吐いて。12月末に「COUNTDOWN JAPAN」にMAISONdesで出させてもらうことになったので(※取材は12月25日に実施)、ライブで歌ううえでちゃんと息を使えるようになろうと決めてからずっと続けています。グループで歌っていたときは、息が続かないとか、正直あまり意識したことがなかったんですけど、1人で最初から最後まで全部歌いきるのは本当に大変。ソロアーティストってすごいなと改めて思いました。