samの母の言葉
──本作の収録曲のうち、「桜のような恋でした」はsamfreeさんの代表曲の1つに数えられる名バラードです。
この曲はsamさんのお母様に「この曲は鹿乃さんに合うと思っていたから歌ってもらえてよかった」とおっしゃっていただいて。その言葉を聞いて、これからも大事に歌っていければと思いました。でも実は私、ラブソングがあまり得意ではなくて。どちらかと言うと「Daybreak」みたいに熱い曲が好きなので、これまでも意図的にラブソングは歌ってこなかったんです。でも今回はラブソングというより、samさんのことを思って、切ない気持ちで歌ったというか……別に恋をしていたわけではないけど、お仕事の中で初めて信頼してやり取りをした方、メジャーでのデビュー曲というすごく特別なものを作ってくださった方なので、友情とはまた違う強い思いはありますね。
──確かに今回の鹿乃さんが歌われているバージョンを聴くと、samさんのことを思わずにはいられないところがあります。鹿乃さんは先ほど「死を特別視するような内容にはしたくない」とおっしゃっていましたが。
「桜のような恋でした」に関しては、歌詞にそういう部分があるので意識せざるを得ないというか、どうしても引っ張られてしまうところがありました。2番の歌詞の「目を閉じたなら」と「もう二度と戻ることはないのに」のところは、歌いながらウルッときてしまいました。
──6曲目の「世界で一番近くに居るのに」はボカロPとボカロ、引いては作り手と歌い手の関係性を表現した曲ですよね。
この曲の歌詞を見ると、samさんは(初音)ミクちゃんを通して当時の環境をすごく大事にされていたのかなと思って。ミクとボカロP、歌い手とファンの関係とか、ニコ動の文化をすごく楽しんでたんだと思うんです。私はすごくネガティブな性格だけど、samさんはすごくポジティブで、この曲にはその前向きなところがすごく出ているなと思っていて。特に「心へ届くように 歌に乗せて」とか「この気持ち歌い続けているよ 君のために」という歌詞は自分に重なりますし、今回のアルバムは純粋にsamさんのためのものにしたいという気持ちが自分の中では一番強かったので、その気持ちを込めて歌えられたと思います。
楽曲という形で声をかけてくれた
──そして未発表曲の「人生ベリーハードモード」ですが、この曲は聴き手の背中を押してくれるような名フレーズがたくさん散りばめられていて、すごくポジティブな気持ちになれます。
この曲はマネージャーさんが音源を保管していたもので、本当はインストも含めて完成しているボカロ版があるんです。でもそれはいつかのために取っておくのがいいと思って。私、この曲の「頑張るくらい簡単なはずだし 酸いも甘いもてんこ盛りでもっと 楽しくなりたいもん」という歌詞が好きなんです。私にとってがんばる理由というのは、誰かのためだったり、自分が生きるためだったりするので、こういう歌詞は出てこないなって。この歌詞にはsamさんの明るい人柄がすごく出ていると思います。
──すごくいい曲なので、今回鹿乃さんが歌うことで日の目を見ることになってよかったです。
samさんもこの曲が完成したときは「これは勝ったな!」と思ったんじゃないかな。私の中のsamさんは明るい方というイメージだったので、どうしても明るく終わりたくて、この曲順にしました。
──そして最後にボーナストラックとして「瞬きの星団」が収録されています。こちらは言わば未完成の曲ですよね。
実はこの曲は「放課後のプレアデス」のオープニングテーマの候補曲で、すごくいい曲だけど残念ながら落選したものだったんです。もしsamさんと一緒に活動を続けてられていたら、おそらく自分のアルバムに入れていた曲なので、ちゃんとした形にしておきたい思いがあって。歌入れのときも懐かしい気持ちが強くて、もしかしたら歌いながら一番泣きそうになった曲かもしれないです。おそらく「放課後のプレアデス」をイメージして作った曲なので歌詞が前向きで、メジャーデビューしてから今までの私の活動に、samさんが楽曲という形で声をかけてくれたようにも思えて。
──メジャーデビューしてからの道のりには迷いもあったわけですよね。
がんばってもがんばっても、おそらく一生答えは出ないと思うし、全員がんばったからといって結果が出るかといったら、そんなに甘い世界ではないと思うんです。でもがんばり続けない限り明日はないので、この曲を聴きながら「ああ、がんばらなくちゃ!」と思ったんですよね。
──その考えは「マインドボイス」の「答えなんて無いという答えが見つかりました」というコメントともつながりますよね。それに今作に収録されている楽曲やコンセプト全体を通して、前を向いて進むことの大切さを教えてくれる印象を受けました。
そうですね。5、6曲目は少し後ろ向きな内容ではありますが、悲しいだけではなくて、そのことがあってよかったという内容の歌詞ですから。私は暗いことや悲しいことがあると「もう!」って否定しがちな性格なんですけど、そういう暗さをプラスに変えていくのがsamさんらしいところなのかなと思っていて。この前向きな感じがうらやましいし、私も見習いたいなと思いました。なので私の今後の作品の歌詞は全部前向きになってるかもしれないです(笑)。もしなっていたとしたら、きっとsamさんから受け取ったんだなと思ってください。
手紙のようなアルバム
──振り返ってみて今作は鹿乃さんにとってどんな作品になりましたか?
すごく前向きな内容ですし、アコースティックアレンジにしたことで、ファンやこれからsamさんの楽曲を知ってくれる皆さんに、samさんをより身近に感じていただけるものになったと思います。全部まとめて手紙のようなアルバムになりました。
──鹿乃さんからsamさんのファンに向けた手紙ということですか?
それもありますし、私からsamさんに向けてでもあるし、samさんのご家族に向けてでもあるし。samさんの手紙を私が代筆したみたいな感じですかね。ここに収録している楽曲は、samさんが誰かに聴いてほしくて、誰かに伝えたくて書いたものなので。なので、しんみりというよりは「いい曲だなあ」って、明るい気持ちで聴いてもらえたらうれしいです。
──samさんのポジティブな部分がたくさん詰まった手紙を、若干ネガティブな鹿乃さんが代筆するということですよね。
そうなりますね(笑)。
──こうやって話を聞いていて、今作はsamさんから鹿乃さんに宛てた手紙でもあるように思いました。
そうですね。samさんが私のデビュー当時に励ましてくれていなかったら、たぶん私は、2ndシングルをリリースしたあたりで逃走してマネージャーを困らせていたかもしれないです(笑)。ネガティブが極まりすぎて挫折していたかもしれない。今回はずっと目標にしていたものができたので本当によかったです。まあ、本当はボカロアルバムをリリースしたかったので、「鹿乃の歌でもいいけど、やっぱりボカロで聴きたいなあ」と思いながら楽しんでいただけるとうれしいです。
記事内に記載されている商品の価格は、公開日現在のものです。