鹿乃|samfreeとの約束を果たすための“手紙”

鹿乃が2015年3月に逝去したボカロP・samfreeの楽曲をカバーしたトリビュートアルバム「いつかの約束を君に」が、9月25日にリリースされた。

メジャーデビュー曲「Stella-rium」を提供するなど、鹿乃のアーティスト活動に深く関わっていたsamfree。今作「いつかの約束を君に」には「ルカルカ☆ナイトフィーバー」「桜のような恋でした」など、鹿乃がセレクトしたsamfreeの楽曲がアコースティックアレンジで計8曲収録されている。鹿乃というシンガーが大成するためになくてはならない存在だったsamfree。メジャーデビューから4年が経った鹿乃は、どういう思いを持って本作「いつかの約束を君に」を完成させたのか。当時の2人のエピソードなどを振り返りながら、じっくりと話を聞いた。

取材・文 / 流星さとる

メジャーでsamさんのアルバムを出すことに意味がある

──鹿乃さんは最近、イラストレーターとのコラボレーションによるアパレルブランド「anone」を立ち上げたり、バーチャルグループ「花寄女子寮」のメンバーとしてVTuberとしての活動を始めたりと、シンガー以外の活動にも勢力的に取り組まれていますよね。

実はそのことも今回のミニアルバムリリースに絡んでいるんです。私はメジャーデビューシングルの「Stella-rium」(2015年)で初めてsamfreeさんとお仕事をご一緒したんですけど、そのときにsamさんが「メジャーでベストアルバムを出したくてがんばってるんだよね」というお話をされていて。その後、samさんはご病気で亡くなってしまわれたので、その願いは叶わなかったのですが、私は「自分の活動の中でいつかsamさんのトリビュートアルバムをリリースする」という大きな目標を立てたんです。今回、トリビュートアルバムのリリースが決まって、1つ自分の中での目標を達成することができたので、歌以外にも自分にできることはないか挑戦してみたくてアパレルブランドを立ち上げました。

──なるほど。samfreeさんのトリビュートアルバムを作ることは、鹿乃さんにとってそれほどまでに大切なことだったんですね。

はい。私とsamさんは事務所が一緒で、私のマネージャーはずっとsamさんを担当されていた方なので、samさんがメジャーでアルバムを作るためにすごくがんばっていたことを知っていて。samさんとしてはきっとボカロアルバムとしてアルバムをリリースしたかったと思いながらも、その夢を私が叶えることは難しくて、私が歌ってリリースするのが一番現実的なのかなと思ったんです。私は同人活動も行っているので、同人作品としてリリースすることもできたんですけど、samさんが目標としていたことに近付けたくて、今回テイチクさんからリリースさせてもらえることになりました。

samさんと行った神社

──先ほどお話にあったように、samさんは鹿乃さんのメジャーデビュー曲「Stella-rium」を作編曲したほか、同シングルのカップリング曲「Walk This Way!」も提供されています。いわばsamさんは鹿乃さんのデビューを支えてくださった方でもあるわけですが、その頃はどのような交流がありましたか?

私は当時、音楽業界について何も知らなかったので、デビューのお話をいただいた当初は、ニュースとかでよくあるような“デビューさせてあげるよ詐欺”みたいなものに引っかかったんじゃないかという疑いが消えなかったんです。これは今となっては笑い話なんですけど、担当してくださるマネージャーさんの顔が怖すぎて、出会ってすぐ、事務所の社長さんに電話して「担当の方を変えてください……」とお願いしたぐらいで(笑)。

──今日現場にいらっしゃっているマネージャーさんですよね。別に普通の顔立ちだと思うのですが……。

(マネージャー) 彼女は目が悪いので(笑)。

私から見て、当時のマネージャーさんは顔が「バキ」の花山薫さんみたいに見えていたんです(笑)。でもsamさんにいろいろお話を聞いて、怖い人でないことを教えてもらって、メンタル面でも支えられていました。それと私はデビューするまでライブを一切やったことがなかったので「ライブなんてできる気がしない……」と、ずっと泣き言を言っていて。samさんには「僕が後ろでギターを弾いて一緒に出てあげるから大丈夫だよ」と言っていただいたり。結局最初のライブでsamさんにギターを弾いてもらうことはできなくて、そのときはsamさんのギターをお借りしてライブをやりました。

──samさんとの印象的な思い出はありますか?

「Stella-rium」のトラックダウンをしているときに待ち時間ができたので、samさんが「近くに神頼みしにいこうか」と誘ってくださって、事務所の近くの神社に絵馬を書きに行ったんです。実はそのときの思い出をイラストにしていただいたのが今回のミニアルバムのジャケットで、(イラストの鹿乃が)手に持っている絵馬も、私とsamさんが実際に書いた絵馬を模写したものなんです。その絵馬に「『Stella-rium』がたくさんの人に聴いてもらえますように」と書いて、「また一緒にやることもあるだろうから、そのときにはまた絵馬を書きに来ようね」というお話をしたのが、たぶんsamさんとちゃんとお話をした最後だったと思います。

──今回のミニアルバムのタイトル「いつかの約束を君に」は、そのときの約束のことですか?

それだけじゃなくて、一緒にごはんを食べているときに、「一緒にアルバムを作ってみたいよね」というお話もしていたんです。だからsamさんとのいろんな約束事を踏まえて「いつかの約束を君に」というタイトルにしました。

いつかボカロのベスト盤が出てほしい

──鹿乃さんが2016年にリリースした1stアルバム「nowhere」には、samfreeさん、鹿乃さん、ゆうゆさんの共同クレジットによる「プリマステラ」という楽曲が収録されていますが、こちらはsamさんが遺された楽曲だったのですか?

そうです。ワンコーラスだけデモが完成していた曲で、忘れられてしまうのが悲しかったので、2番以降の歌詞は私が書いて、ゆうゆさんに曲を作っていただきました。本来であれば、私の1stアルバムにはきっとsamさんが楽曲を書き下ろしてくださったはずなので、そういう意味でもどうしても収録したかった1曲でした。

──今回のミニアルバムに関しても、samfreeさんという人を思い出してもらえるような作品にしたい気持ちがあったのしょうか?

そういう気持ちに加えて、私自身が音楽をやっている者の端くれとして思うことがあって。やっぱり曲を作ったからには自分が死んだ後にも聴いてもらいたいんですよね。だから「こういう曲があったんだよ」って聴いてもらえるきっかけになればいいなと思って。

──鹿乃さんは本作のリリースを発表されたタイミングで、samfreeさんのご遺族にご挨拶しに行かれたことをツイッターで報告されていましたね。

ご家族の方へのご挨拶と、samさんに「できたよ」ということをお伝えしたくて。明るくマイペースなsamさんと同じで、ご家族の方も皆さん明るくて、そのときはなぜかアルパカのお話をしました(笑)。ご家族の方とお会いするのは2回目なんです。1回目のときはあまりにも悲しくて自分が泣いてしまっていたので、今回は絶対泣かないようにしようと思って。samさんとご一緒した期間は短かったけど、悲しい思い出よりもうれしい思い出のほうが多いので、泣いてばかりなのは嫌だったので。

──今回のミニアルバムにはボーナストラックを含め全8曲のカバーが収録されていますが、選曲はどのような基準で決めましたか?

まず「マインドボイス」は、samさんが生前最後に投稿したボカロ曲なので絶対に入れたいなと思っていました。それと「ルカルカ☆ナイトフィーバー」「闇色アリス」「Daybreak」の3曲は、「Stella-rium」を作っていただくときに、キー確認のために歌ってsamさんに送った曲なんです。あとは初期の頃の曲を入れたかったのと、samさんが生前に完成させていた未発表曲「人生ベリーハードモード」。それとボーナストラックの「瞬きの星団」は「プリマステラ」と同じようにワンコーラスだけできていた楽曲で、今回はそのままワンコーラスのみで収録しました。

──今作は全曲ピアノとアコースティックギターによるアレンジで統一されていますが、こちらにはどのような意図が?

個人的にはいつかsamさんのボカロ版のベストアルバムがリリースされてほしいので、それを考えるとオケを原曲のままにするのは違うなと思って。かといって誰かにガチガチな編曲をお願いするのもそれはまた違う気がしたので、すべてアコースティックアレンジにしました。「人生ベリーハードモード」と「瞬きの星団」の2曲も、いつかsamさんが作ったバージョンで聴いてもらいたいですね。

鹿乃「いつかの約束を君に」
2019年9月25日発売 / インペリアルレコード
鹿乃「いつかの約束を君に」

[CD+DVD] 3300円
TECI-1655

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CD収録曲
  1. マインドボイス
  2. ルカルカ☆ナイトフィーバー
  3. 闇色アリス
  4. Daybreak
  5. 桜のような恋でした
  6. 世界で一番近くに居るのに
  7. 人生ベリーハードモード

ボーナストラック

  • 瞬きの星団
DVD収録内容
  • ルカルカ☆ナイトフィーバー Music Video
鹿乃(カノ)
鹿乃
2001年1月に動画共有サイトに“歌ってみた”動画を投稿し、アーティスト活動をスタートさせる。2015年5月にテレビアニメ「放課後のプレアデス」のオープニングテーマを収録したシングル「Stella-rium」をリリースし、メジャーデビューを果たした。2016年5月には1stアルバム「nowhere」を発表。同年7月には1stライブ「ばんび~の」を成功させた。「ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン」「ソード・オラトリア ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝」「狐狸之声」など、数々のテレビアニメのタイアップソングの歌唱を担当している。2019年9月にsamfreeのカバー曲で構成したトリビュートミニアルバム「いつかの約束を君に」をリリースした。

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