ナナホシ管弦楽団こと岩見陸、セルフ歌唱プロジェクト始動インタビュー|ボカロではなく“自分の声”で届けたかったもの (2/4)

きっかけはVTuberのライブを観たこと

──では、セルフ歌唱プロジェクトについて伺います。まず、自分で歌った楽曲を本名の“岩見陸”名義でリリースすることになったのはどうしてですか?

以前から「セルフ歌唱プロジェクトをやろう」という意思はあったし、ファンの皆さんにも「いつかやります」と言い続けていたんですよ。ただ、2021年にP丸様。に提供させていただいた「シル・ヴ・プレジデント」のおかげですごい反響をいただいて、ありがたいことにVTuberさんの案件が多くなり、かなり忙しくなって。

──「シル・ヴ・プレジデント」を皮切りに、「美少女無罪♡パイレーツ」「ソワレ」「うい麦畑でつかまえて」とVTuberへの提供曲が次々とヒットしましたからね。

もともと、いろんなことを一度にこなすのがすごく苦手で。自分のキャパを超えてしまって、制作のバランスを取るのが難しくなってしまったんです。なので歌唱プロジェクトもなかなか始められなかったんですけど、「やっぱりやらないとダメだな」と思い始めて。きっかけとしては、VTuberさんのライブを観たことが大きいですね。宝鐘マリンさん、星街すいせいさんなどのライブに行かせてもらうと、応援してくれるファンの皆さんに対して、具体的な制作物でしっかり返していて。「もらった愛をちゃんと還元している」という感じがすごくあったし、同時に「アーティストって本来、そういうものだよね」とも思ったんです。それが自分の中で腑に落ちて、思い直したというか。本当に大事にしなきゃいけないのは、こういう活動だなと改めて気付きました。

岩見陸

──自分のファン、リスナーに向けた活動をもっとやるべきだと。

そうですね。もちろん自分がいいと思える作品を出してきたし、それを好きで聴いてくださった方がいっぱいいてくれた。ただ、自分の感覚としては「もらったものを返す」「みんなが喜んでくれるから」というより、「こんな曲ができたよ! 聴いて聴いて!」という気持ちが強かったんですよね。それは悪いことではないと思うけど、VTuberさんのライブを観て、意識が変わった。作品に込めるものは変えないにしても、曲が出ること自体でみんなが喜んでくれるのなら、完璧主義的なところをやめて、もっと積極的に作っていくべきだなと。さっきも言ったようにソロ楽曲は前から「やります」って言ってたし、「やってほしい」と望まれてもいたので、やらない理由はないよねということですね。

──ライブの現場に立ち会ったことで、ファンとアーティストの関係性を見つめ直したというのはすごくエモーショナルですね。特にVTuberアーティストのライブはめちゃくちゃ熱いので。

そうなんですよね。兎田ぺこらさんがライブの最後に手紙を読んだことがあって。それを聞いて、ボロ泣きしちゃったんですよ。VTuberとして活動している方が、手紙で生の気持ちを返すという……。やっぱり、こうあらねばいけないなと。いろんな案件もやってきたし、バンドもやりましたけど、僕のソロ活動を望んでいた人にとっては「お前はいったい、どこに行くんだ?」という不安もあったと思うんですよ。もしかしたらすごい回り道をしているように見えたかもしれないけど、いろんな活動を経て、ソロ活動にたどり着いたというのが伝わればいいなと。

基本的には「うまくやれなくてもいい」と思ってる

──セルフ歌唱プロジェクトの第1弾「Drip」は、華やかさと切なさを併せ持ったポップチューンですね。制作はどうでした?

意外と肩の力を抜いて作れましたね。自分で歌うので、できることとできないことがはっきりしていて。迷いはなかったし、わりとスッと作れた気がします。アレンジは大変でしたけどね。パートが多いし、基本的に引き算をしないタイプなので。

──R&B、ジャズ、ギターロックの要素が混ざり合ってますからね。でも、聴感上はスッキリしているというか。

それはもうエンジニアのNNZNさんのおかげですね。トラック数はめちゃくちゃ多いし、情報量もすごいんだけど、それをうまくまとめてくれたので。

──歌詞についてはどうでしょう? ままならない関係性を描いた恋愛ソングですが、岩見さんとしてはどんなテーマがあったんですか?

確かに恋愛っぽい感じはあると思いますが、「恋愛ソングですか?」と聞かれると、よくわかんなくて(笑)。「気付いてる 私たち / バラバラでいた方が 上手くやれてたって」という歌詞があるんですけど、それはいろんな関係の中で言えることだと思うんですよ。恋愛だけではなくて、友達、家族、バンドにも当てはまるというか。「Drip」の歌詞は、僕が人間全般に対してわりと思いがちなことかもしれないですね。

岩見陸
岩見陸

──でも、決してネガティブではないですよね。

そうですね。なんて言うか、うまくやることがすべてではないと思うんです。バラバラでいることが相手のためになるんだったら、そうする道を選ぶこともあるだろうし。「Drip」の中では「だったらいいじゃん 上手くやれなくたって」という結論になってますが、そこは聴く人によって違ってもいいのかなと。恋愛ソングだと考えれば「いやいや、一緒に暮らしてるんだから、うまくいってないとダメだろう」と感じる人もいるはずなので。基本的には「うまくやれなくてもいい」と思ってるんですけどね(笑)。

──確かに我々は、“うまくやること”に重きを置きすぎてるかも。ちょっとでも失敗したら終わりというか。

それは僕もすごく感じてることで。すべて整ってなくていいと思うんですよ、本当に。きれいな服ばかり着なくてもいいし、体にいいものばかりを食べなきゃいけないわけでもないので。

──完璧じゃなくていいというのは、音楽にも言えることですか?

以前は「よくないもの出すぐらいなら出さない方がマシ」と思ってました。でも、自分の歩幅じゃそのスタイルだと、出したいもの出す前に死んでしまうなと。時間は有限だし、そういう完璧主義から抜け出していきたくて。それは「どれだけ自分や他人を許せるか」にもつながると思うし。ままならないことがあって不完全でも、それも着こなして愛していたいなと。「Drip」は、「この曲に出会えた私は今日無敵だ」と思ってほしくて書いたものなので、みんなもそういう感覚になってくれたらいいなと思います。

──「Drip」のミュージックビデオは、イラストレーター / 映像作家のSyoyoさんが手がけています。今回、SyoyoさんにMV制作をお願いした理由は?

以前からSyoyoさんの“BLEND ART”のイラストが好きで個人的に拝見していて、目にするたび憧れのような気持ちを覚えていました。色使いはもちろん、自分もこんなふうに服を着て、日々取り巻かれる世界をも身にまとえたらどんなにか素敵だろうと。ままならなさも着こなして“Drip”になっていこうぜ、というこの曲で伝えたかったテーマを考えたとき、ただきれいなだけでもおしゃれなだけでもなく、こういうふうに生きたいと思えるものを作る人にお願いしたかったんです。僕はテーマと情景をふんわり伝えただけで、曲中に登場する彼女のファッションはもちろん、マグカップの顛末や小物に至るまで、MVのすべてはSyoyoさんの感覚にお任せしました。そこから受けるものでアレンジを変えた部分もあって、例えば電話の音なんかは送られてきたラフを受けて追加したものですね。エンジニアのNNZNさんも、もともとすごく暮らしにフィットする素敵なミックスをすでに上げてくださっていて、映像を受けてよりきらびやかに再調整してくださったり。思い返せばSyoyoさんの表現する世界を通して僕らの色も鮮やかになっていくような、とても刺激的な制作でした。Syoyoさんにお願いしてよかったと心から思いますし、間違いなく僕らを含め、この曲を聴いてくれた人の生き方に彩りを与えてくれると思います。一生の宝物です。

やっぱり、みんなはライブを観たいじゃないですか

──岩見さん自身の価値観が反映されている曲なんですね。ボーカル録りはどうでした?

トラック数はかなり多いですね。コーラスを1本録って、それをLとRに振り分けるやり方があるんですけど、僕はそれが許せなくて。LとRで1本ずつ、必ず自分で歌うようにしたんです。もちろん音がズレるし、揺らぎができるんですけど、「それがいいんだ」と信じています。

──岩見さんが歌う意義にもつながりますよね。自身の歌声についてはどう捉えているんですか?

自分の声はそんなに好きじゃないですけど(笑)、音の帯域的に変な位置にあるんですよ。高いわけでも低いわけでもなく、ちょっと奥まっている感じがあって。たぶん発声の問題なんですけど、「これがウチの味なんで」という感じです(笑)。まあ、自分の声をジャッジするのは難しいですね……。歌い方で言うと、強いところはメガテラ・ゼロの影響、弱いところは島爺の影響があると思います。どちらも近くで見てきて、ボーカリストとしてとんでもない才能の持ち主なので。もちろん同じようには歌えないですけど、どこかで意識しているというか。どっちも僕が欲しかった声質を持ってるので、ムカつきますけど(笑)。

岩見陸

──先ほども話に上がっていましたが、「Drip」から始まるソロ活動を心待ちにしていた方も多いと思います。

思ったより大事になっちゃったなと。「Drip」で次の曲へのハードルが上がりすぎるのも怖いし、そんなテンポよく出していく予定じゃなかったし、どうしようかなと(笑)。ただ、どんなものでも出せるうちに出したいという気持ちが今はあります。ボカロ界隈でも若くして亡くなられる方を見てきたので、「いつか順番が来る」という覚悟もある。届けられるうちに届けていきたいなと。1月にもまた何か発表できると思うので、楽しみにしていてほしいです。

──期待してます! ライブはどうですか?

個人的にはライブがあまり得意ではなくて。自分のことはミュージシャンだと思っていないし、立場としてははっきりと作る側でいたい。ただ自分と世界を繋げる手段が曲だっただけで。作品にした時点で自分の中では完結していて、再演よりも作品そのものの美学を見たいタイプなんです。なのでライブに対して積極的な高鳴りを感じることは正直ないんですけど、やっぱり、みんなは観たいじゃないですか(笑)。それはわかっているので、うまい落としどころを見つけられたらなと思ってます。