伊藤蘭インタビュー|キャンディーズデビューから50周年迎えるランちゃんが抱く“歌手”としての思い

1973年9月1日にスー(田中好子)、ミキ(藤村美樹)とともにキャンディーズのメンバーとしてデビューしたランちゃんこと伊藤蘭。キャンディーズ解散後はしばらく俳優活動を中心に行っていた彼女が、ソロアーティストとしてデビューしたのが2019年のこと。以降、コンスタントに作品をリリースし、コンサート活動も行うなど、音楽方面でもファンを喜ばせている。

そんなランちゃんがデビュー50周年を控える中、ニューアルバム「LEVEL 9.9」をリリースした。さらに新作アルバムを携えて、「伊藤 蘭 50th Anniversary Tour ~Started from Candies~」と題した全国ツアーを8月から開催し、ファイナルではキャンディーズ時代から思い入れのある東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)のステージに立つ。メモリアルなトピックが目白押しの状況の中、彼女は今どのような思いを抱いているのか。亀田誠治、森雪之丞、いしわたり淳治、奥田民生、トータス松本、売野雅勇という古今東西のヒットメーカーたちとともに作り上げた「LEVEL 9.9」の全曲解説を交えながらその胸の内を明かしてもらった。

取材・文 / 秦野邦彦撮影 / 須田卓馬
ヘアメイク / 平笑美子スタイリスト / 岡本純子

大人でもあるし、かといって大人になりすぎたくない思い

──いよいよデビュー50周年の記念日が目前に近付いてきました。今のお気持ちはいかがですか?

それがまるで実感ないんです(笑)。あっという間でしたし、本当に何をしてきたんだろうという感じがしますね。

伊藤蘭

──昨年11月のツアーファイナルで開催が発表されて以来、今年9月の50周年記念コンサートを楽しみにしている方もたくさんいらっしゃると思います。

そうなんです。頻繁にキャンディーズのコンサートに来てくださっていた方はもちろん、当時は幼すぎてコンサートに行けなかった方にも喜んでいただけるようなセットリストはどんな内容かなと考えながら、ようやくまとまってきたところです。

──「伊藤 蘭 50th Anniversary Tour ~Started from Candies~」というツアータイトルからも期待が高まるばかりです。それに先駆けて、ニューアルバム「LEVEL 9.9」が完成しました。2019年発表の1stアルバム「My Bouquet」の収録曲は110曲の候補曲の中から選ばれたそうですが、今回はどういう作り方をされましたか?

「My Bouquet」のときは今の自分に向いている歌はなんだろうって、まったくの手探り状態で。手がかりになるものを見つけるために、たくさんの候補曲の中から選ばせていただいたんです。そうしてできあがった1stアルバムの世界観に対して、また別の角度を持った2ndアルバム(2021年9月発表の「Beside you」)ができて。今回は3作目のアルバムということで、自分が歌いたい歌、似合う世界はなんだろうと改めて考えたときに、大人でもあるし、かといって大人になりすぎたくないのでそういう部分も表現しつつ、みんなが楽しい気持ちになれるものを作りたいと思ったんです。その結果、聴いていて能動的になれるような楽曲がそろったと思います。踊り出したくなる曲も多いですし。

──ディスコ、ファンク、ブルース、ロックといった洋楽のテイストも色濃く感じられます。

好きなんですよね。ジャンルとしては歌謡ポップスだと思うんですけれども、私の好きなテイストはかなり汲んでいただいたかなと思っています。

──サウンドプロデューサーの佐藤準さんを筆頭に、これまでのアルバム同様に豪華作家陣が参加しました。いずれも個性豊かな楽曲ですので、ぜひとも各曲に込めた思いをお聞かせください。

伊藤蘭による「LEVEL 9.9」解説

1. Dandy
[作詞:森雪之丞 / 作曲:亀田誠治 / 編曲:佐藤準]

この曲を作るとき、森雪之丞さんと打ち合わせをしている中で「蘭さん、次は大人でちょっと粋な感じの曲が作りたいんだよね」と言われて。「いいですね。私も“粋”という言葉は大好きです。米偏に九と十と書くじゃないですか。九じゃ足りない、十じゃ多い。その米ひと粒の差し引きを“粋”って言うんですよね」という話をしたら「それいいね! 今のをぜひ歌詞にしたい」と雪之丞さんが言ってくださったんです。「だけどポップスで漢字の世界観を表すのはちょっと難しいかもね」なんて言いつつ、そこは雪之丞さんが見事な手腕を発揮されて。「えーっ、こんな表現になるんだ」と思う詞が出てきて驚きました。

──「レベル“九”で“十”の手前」というフレーズが登場しますが、ここからアルバムタイトルの「LEVEL 9.9」につながったんでしょうか?

そうなんです。楽曲が次々とできあがり、アルバムの全体像が見えてきてタイトルの話が出てきたときに、「Dandy」の世界観……というか、雪之丞さんとのやりとりがスタート地点だったので、やっぱりそこをピックアップしたいなと思って。「LEVEL 9.9」、“10”のちょっと手前みたいな感覚は、お芝居の世界にもあって、やりすぎてもダメ、足りなくてももちろんダメで、そのさじ加減が大事だと思うんです。車のハンドルでいうところの遊びですよね。大人の余裕と言ってもいいですし。そういうところを雪之丞さんは“色っぽい”と捉えて「Dandy」の歌詞ができあがってきたのかなと思っております。

伊藤蘭

──この曲はサウンドも細部まで凝ってますね。作編曲の亀田誠治さんならではの存在感のあるベースのサウンドも心地いいです。

最初から最後までブンブン鳴ってますよね。


2. 愛と同じくらい孤独
[作詞:jam / 作曲:AKIRA / 編曲:是永巧一]

──「愛と同じくらい孤独」は70年代の香りが漂うブルースロックです。

完成した曲を聴いて「すごい! 是永さん、ギターで歌ってる」と思いました(笑)。オルガンの音など、アレンジしてくださった是永巧一さんのこだわりが感じられますね。この曲の歌詞はすごく深いんですけれども、私は理解できる部分が多いんです。愛と同じように、孤独を知ることで人の気持ちや痛みがわかる人でいたい……そういう願いが込められたカッコいい大人の歌になりましたね。「まるで琥珀 傷も嘘も 胸の中で 宝石になる」という表現が特に好きです。


3. なみだは媚薬
[作詞:松井五郎 / 作曲・編曲:山川恵津子]

──続いては、一転してニューオリンズ風味あふれる軽快なナンバーです。

アルバムの制作前から軽やかにリズムを刻む楽しい曲をやりたいとスタッフと話をしていたんです。いざレコーディングしてみると跳ねるようなピアノの音に歌を乗せるのがけっこう難しかったですね。「そう ないないない たぶん 関係ない」の部分のニュアンスも、いろいろ試してみました。松井五郎さんとご一緒するのはこの曲が初めてだったんですけれども、お願いして本当によかったです。“大人かわいい”歌になったなと思います。


4. 美しき日々
[作詞:いしわたり淳治 / 作曲:多保孝一 / 編曲:佐藤準]

──「美しき日々」は、去年のツアー(「伊藤 蘭コンサート・ツアー2022 ~Touch this moment & surely Candies!~」)で初披露された曲ですね。

今回のアルバムの中で最初に完成した曲ですね。ステージでずっと歌ってきた歌をアルバム用に新たにレコーディングしました。これもいしわたり淳治さんの詞がとても素敵なんです。自分を慈しんでいこうというメッセージが込められていて、私自身も歌っていて鼓舞される感覚があります。ライブでも皆さん楽しく盛り上がってくださるので、これからも大事にしていきたい歌です。


5. 今
[作詞:岩里祐穂 / 作曲:松本俊明 / 編曲:梅堀淳]

──5曲目の「今」は、シンセやハンドクラップを取り入れた80年代を思わせるサウンドに乗せて、「今を生きよう」というメッセージを歌う曲です。

改めてこのアルバムは前向きな歌が多いですね。前向きなことって伝え方によっては「そんなに押し付けがましく言われても」と感じることがあるじゃないですか。拙い歌唱ですけれども1stアルバム、2ndアルバムと比べると少しまろやかに歌えたかなと思います。

伊藤蘭

──伸びやかな歌声から楽しい気持ちがすごく伝わってきますし、こちらも自然と笑顔になります。ところで、レコーディングの手順もキャンディーズ時代と比べて大きく変わったのではないでしょうか?

変わりましたね。今は前もって資料的なものをもらえますし、準備する時間もあるんですけど、昔はスタジオに行くと譜面があって、1、2回練習したら「じゃあ、ちょっと1人ずつ歌ってみて」という感じで、そこから誰がどのパートを歌うか割り振りを決めていたんです。時間がなかったので今のようにじっくり作ることはできませんでしたが、スタッフの皆さんが一生懸命準備をしてくれたおかげで、私たちは歌入れに専念することができました。キャンディーズのレコーディングはコーラスの録りもあるのでソロで歌うより時間はかかるんですけど、それもまた楽しい作業でしたね。


6. Shibuya Sta. Drivin' Night
[作詞・作曲・編曲:安部純]

──この曲はシティポップ好きの若い世代に、ぜひ聴いていただきたいです。

おしゃれですよね。スタッフの女の子たちの間でも好評でしたし、アルバムを聴いてくださる方にも気に入っていただけるとうれしいです。この曲は最初起伏のない無機質な感じで歌って、声にエフェクトをかけてもらったんですけれども、作りながらまったく新しい世界観の楽曲と出会えたと思いました。

──タイトルにある渋谷に思い出はありますか?

はい。渋谷公会堂(TBS「8時だョ!全員集合」公録場所)もありますし、NHK(「レッツゴーヤング」公録場所)もありますし、パルコもあるし。よく通ってましたね。こういうふうに街のことを歌うのっていいですよね。