伊藤美来「This One's for You」インタビュー|胸を張って届ける歌の“ギフト”、10のキーワードでアーティストとしての魅力に迫る (2/3)

キーワードその④ 自分のやりたい音楽

──ソロアーティストとしてのデビュー後は、ただ与えられた楽曲を歌うだけではなく「自分がやりたい音楽とは?」みたいなことも考えるようになっていきますよね。

そうですね。先ほども言いましたけど、最初の頃はとにかくイエスマンで(笑)。そのイエスマンだった理由も、私が音楽に詳しくないからなんですよ。どんな音楽をどんなふうに届けたら聴いてくれる人に喜んでもらえるのかがちゃんと見えていなかったから、それを客観的に判断してくれる大人の皆さんに託したほうがいいだろうと。もちろん私個人の好みについて「aikoさんが好きです」みたいなことは伝えていたんですけど、そういう楽曲が私に歌えるのか、声質に合った音楽性なのかというところは自分では精査できないなと思ったので。

──そこから場数を踏んでいくに従って、だんだん自分のやれること、やりたいことも見えてきますよね。それについてはどんな変遷をたどっていきました?

作ってもらったものを歌っていく中で「この歌は歌いやすかった」「こっちの歌はもうちょっとがんばらないと表現しきれない」という傾向がわかってきたこと、ずっと一緒にやってきてくれているチームとの絆が強くなって「私が発言しても受け入れてもらえるだろう」という信頼関係ができてきたこと、その両方が一緒になったタイミングがあったんですよ。2017年に1stアルバム「水彩 ~aquaveil~」を出したあとぐらいですかね。そのあたりから「次に出す曲はこんな感じがいいんじゃない?」とか「こんな曲もあったらいいなあ」みたいなことをちょっとずつ口に出すようになっていきました。

伊藤美来

──そうなってくると、おそらく「楽しい」という感情もどんどん出てきますよね。

そうですね。自分の考えたものが形になってお客さんに届いて、ちゃんと評価をいただけたときはすごくうれしかったですし、「楽しい!」と思いました。まあ、そこから新たに大変なこともすごく増えていったんですけど(笑)。その分、達成感みたいなものも得られるようになっていった感じですかね。

キーワード⑤ “伊藤美来の音楽”

──そして今現在、改めて「伊藤美来の音楽とはどういうものですか?」と聞かれたらどう答えますか?

そうだなあ……聴いていて「明日ちょっとがんばろう」と思えたり、ちょっと疲れたときに聴いて心地よかったりとか、1人でいるけど誰かに寄り添ってほしいときに聴いたらふっと肩の力が抜けたりとか。そういう……なんて言うんだろうなあ……。

──なんとなく言いたいことは伝わります(笑)。逆に「こういうものにはしたくない」と思うものはありますか?

一方通行なものにはしたくないですね。「私の気持ちはこうだ! 聴いてくれ!」みたいに押し付けるのはイヤで、できるだけ聴いてくれる人に寄り添える音や歌詞にしたい。第一優先はそこですね。

──お話を聞いていると、学生の頃にカラオケへ行っていた頃から伊藤さんの中で音楽というものの意味合いがまったく変わっていないですね。みんなに楽しんでもらうことが第一、という。

本当にそうです。「これ歌って」と言われたものを歌うことで友達が楽しくなれるんだったら、それが一番いいなっていう。やり方としては今と全然変わらないですね。聴いてくれる人と私とで、ちゃんとお互いにキャッチボールできるようにこれからも歌っていきたいなと思っています。

伊藤美来

キーワードその⑥ 作詞

──作詞を始めたきっかけはどういうものだったんですか?

小さいときから日記やお手紙なんかを細々書くのが好きだったこともあって、もともと作詞には興味があったんです。「作曲は音楽的な知識がないから難しいと思うんですけど、作詞なら興味があります」ということを以前から言ってはいたので、最初はアルバムの中の1曲やシングルのカップリングといった、あまり縛りのない比較的自由に作っていいところから始めようとスタッフさんに言ってもらって。

──これは単なる個人的なイメージなんですけど、声優アーティストと呼ばれる方々には「あくまで演者でありたいから作詞作曲は極力したくない」という方と「ソングライティングは役者業と正反対の視点でもの作りに関われるから積極的にやっていきたい」という方、大きく2種類に分かれる印象があるんです。

なるほどー。どちらの気持ちもすごくわかる気がします。

──それで言うと、伊藤さんはどちら寄りでしょう?

どっちでもないかもしれない(笑)。役者業がアーティスト業に還元されることもあれば、アーティスト業で得たものがお芝居に生かされることもあるから、そこを別々のものとして分けている意識があまりないんですよ。どっちもどっち……っていう言い方はアレですけど(笑)。

──伊藤美来という存在の核が「役者」や「歌手」ではなく、あくまで「人間」である、みたいな感覚ですかね?

どうなんだろう……なんか、どっちもあったらいいなと思います。1本芯が通っているのはすごくいいことだと思うので、その要素が2つとか3つとか、だんごみたいにつながっていて……。

──串刺しになっていて?

そう(笑)。バーベキューみたいな感じで1本の軸になっていたらいいなあと思いますね。

キーワードその⑦ 作曲

──先ほど「作曲は知識がないから難しい」というお話もありましたけど、今回のアルバムにも収録されている9thシングル曲「パスタ」では作曲に初挑戦していますよね。

作曲に関しては、ずっと逃げてきていたんです(笑)。音楽理論の知識もなければ楽器の経験もなくて、自信がなかったので私には無理だと思っていたんですけど、アーティスト活動5周年の節目にリリースするシングルということで「何か新しいチャレンジをしてほしい」とスタッフさんに言っていただきまして。「じゃあ、やってみるかー」って感じでチャレンジしてみました。

──やってみて、いかがでした?

やっぱり、すごく難しかったですね。作曲のルールを何も知らないので、まずどんなルールがあるのか調べたほうがいいんじゃないかとも思ったんですけど、スタッフさんに「好きなように書いてみてください」と言ってもらえたので、じゃあまずはゼロから生み出してみようと。ゼロから生み出す作業って本当に難しいんだなあと思いながら必死にやりました。

──手応えとしては?

手応えは……どうだったんだろう(笑)。でも、私の脳みそから生まれたものが具現化されて肉付けされて、最終的に私の気持ちをしっかり乗せた歌が歌えて、それを聴いてくださる方に届けられて反応をもらえて……という一連の過程にすごく感動しました。楽曲が作られる工程の中身を初めてしっかり全部見たような感じがしてすごく衝撃的だったし、本当に今までに味わったことのない感情でした。難しいこともいっぱいあったけど、最終的にはやってよかったなあと思いましたね。

──作曲は今後もやっていくんですか?

今後はまだ何も決まっていないんですけど……一旦はお休みですかね(笑)。

──個人的には「パスタ」がものすごく好きなので、作曲の作法やセオリー的なものを覚える前にたくさん作っておいてほしい思いがあるんですが……。

ええー! うれしい。

──というのも、あの曲ってメロディの整合性が全然取れていないじゃないですか。特にサビの部分。

それ、シングルリリース時のインタビューでもいろんな方に言われました。「なぜこんな曲になったんでしょう?」みたいな(笑)。

伊藤美来

──辻褄とかを一切考えず、ただただ「美しいメロディを紡ごう」という意識だけで作られた曲に聞こえるんですよね。

本当にそういう感じです。自分が好きだなと思える音とか、ぱっと出てきたメロディをただつなげただけ、みたいな。

──職業作家ではないアーティストが作る曲というのは、本来そういうものであるべきだと思うんです。今のアーティストって若手も含めてみんな曲作りがすごくうまいので、それ自体はもちろんいいことなんですけど、型破りな曲があまり出てこないことに寂しさも感じていまして。なので個人的には「まさか伊藤美来がそれをやってくれるとは!」という喜びが大きかったんです。

わあ、そんなふうに受け取ってもらえるなんてうれしいです。そこまで言っていただけると、また作りたい気持ちにもなってきますね……今、日本コロムビアのスタッフさんが「言ったな? 聞いたぞ?」という顔をしてますけど(笑)。