「菜なれ花なれ」は、「SHIROBAKO」「花咲くいろは」などを手がけるP.A.WORKSのオリジナルTVアニメ。趣味も特技も性格もバラバラな群馬の女子高生6人がさまざまな人を応援するチーム・PoMPoMsを結成し、支え合い、ぶつかり合いながらも、活動を通して人々の背中を押す姿が描かれる。
コミックナタリーでは、最終回の放送を目前に控えた同作の特集を展開。第11話までの物語を振り返りながら、人々に応援を届けるPoMPoMsの軌跡とアニメの魅力を紹介する。なお本特集には第11話までのネタバレが含まれるため、未視聴の人はぜひアニメを視聴してから読んでいただきたい。
文 / 伊藤舞衣
「菜なれ花なれ」あらすじ
チアリーディング全国大会連覇を目指す名門・鷹ノ咲高校の1年生・美空かなたは、大会中のミスにより落下。イップスを発症し、飛ぶことができなくなってしまう。悶々とした日々を過ごしていたある日、かなたはパルクールでビルからビルへと飛び移りながら駆け抜ける女子高生・小父内涼葉を目にする。引き寄せられるように彼女の後を走って追い始めたかなたは、それをきっかけに涼葉のクラスメイト・谷崎詩音、同じく涼葉を追っていた杏那・アヴェイロ、杏那の幼なじみ・大谷穏花と出会う。そして杏那が投稿する動画の企画に誘われたことから、涼葉やかなたの親友・海音寺恵深も加えPoMPoMsを結成。チアリーディングの枠を超えた応援で人々に元気を届けていく。
イップスに苦しむ主人公へのエールから始まったPoMPoMsの応援
“チアリーディング”は声援・かけ声を意味する「cheer」、それを先導する「lead」に由来する言葉だ。現在は競技スポーツとして進化を続けているチアだが、もともとはアメリカンフットボールの試合での、選手への応援から始まった。「菜なれ花なれ」は、主人公・かなたが“応援すること”と向き合う姿を描く物語だ。第1話の冒頭は、かなたが出場したチアリーディング大会の回想シーン。大会の映像は淡い色合いに彩色され、やわらかな光の演出も相まってどこか夢の中のように感じられる。この物語は、自信に満ちた演技をするかなたが高度な大技を繰り出そうとしたそのとき、ミスが起こり落下してしまうという衝撃的なシーンで幕を開ける。この日を境に、かなたを長く苦しめることとなるイップスの症状が現れるのだ。イップスとは、外部や自身の内から生じるプレッシャーにより、これまでできていたことが突然できなくなってしまう症状のこと。飛ぶことができなくなってしまったかなたは、休養を第一に部活への出入りも禁じられ、チアリーディング部から距離を置くことになる。
部活を休みながらも、家族や友人と明るく話すかなた。大会の回想から一転、元気に振る舞うかなたの姿に、大会のシーンは夢だったかのようにも思える。しかし1人になった瞬間俯きため息をつくかなたの姿が、それが空元気であることを物語っている。そんなとき、かなたの目に飛び込んでくるのがパルクールで街を飛ぶように駆け回る涼葉だ。PoMPoMsの始まりとも言えるこの出会いは、第1話でも印象的に描かれる。落ち込むかなたが暗闇から抜け出すきっかけを掴もうとするさまが、繊細な表情や動作の描写、そして希望を感じさせる音楽とともに表現される。そしてかなたは走り去る涼葉の背を追ううちに、動画チャンネルを運営する杏那に声をかけられ、その後PoMPoMsのメンバーとなる仲間たちに次々と出会っていく。
ただ反響がありそうな動画企画としてチアをしようとしていた杏那と、なりゆきで協力していたメンバーたち。彼女たちが明確に“応援すること”を目的として活動し始めるきっかけとなるのが、第3話でのかなたの挫折だ。事故の起きた大会後、PoMPoMsのメンバーと関わる中で一時は飛べるようになっていたかなただったが、大会に出場するメンバーを選抜するセレクション中にまたも失敗の記憶が頭をよぎり、転倒して再び飛べなくなってしまう。これまで飛べないことを隠していたかなたは、それを涼葉に見抜かれてしまい、メンバーに本当のことを打ち明ける。
かなたを気遣いチアを辞める提案も上がる中、恵深が「かなたのこと、応援できないかな」と呟いたことをきっかけに、PoMPoMsはかなたを元気づけるためのチアの練習を開始。振り付けのみならず、楽曲までも自作して準備が進められる。仲間の思いに背中を押されたかなたは「私も、私を応援したい」と自身の応援に参加。初めは不安から思うように動けなかったかなたも、「応援って、どんなときでも応援相手を信じ切らなきゃいけないんだって」と穏花に言われ、自分を信じて再び飛べるようになるのだった。ここからオーダーメイドで作り上げていくPoMPoMsの応援が始まる。
第3話のエンディングでは、シンガーソングライターを夢見る詩音が作詞・作曲を手がけたかなたへの応援曲「YOU for YOU」が流れる。光の射すほうへと導くような明るいメロディに「かけた時間の分だけ助走をつけ飛べるように あの日よりも遠くまで」「君の背中 気持ちさえも全てを受け止めるよ」と、みんなに元気を与えてきたかなたへのお返しのような思いが込められた歌詞が重なる。さらに曲に乗せてPoMPoMsがチアを初めて披露。恵深が撮影しているかのような手作り感のあるカメラワークのチアシーンが展開される。ダンスは手描きアニメと見紛うほど自然な3DCGで表現されており、かわいらしくも3Dならではの細やかなモーションが楽しめる。メンバーそれぞれに個性が感じられる表情や動きにも注目だ。なお「菜なれ花なれ」のチアやダンスシーンは、モーションキャプチャを使用して制作されている。手の動きにいたるまで細やかに制作・監修された美しくもダイナミックなチアシーンは、同作の見どころの1つだ。
意外性を持ちあわせた等身大の女子高生たち
いつも明るく振る舞いながら1人で抱え込んでしまうかなた同様に、PoMPoMsのメンバーはそれぞれが意外な一面を持ち合わせている。新体操選手としての活躍から巷では“沼田の妖精”と呼ばれており、優しく謙虚で勤勉、一見してパーフェクトなお嬢様の詩音には、実はとても音痴という秘密がある。無表情で無口な涼葉は登場当初冷たい印象を与えるが、第3話からそのイメージが一変。実は詩音に憧れており、その思いの強さのあまり緊張してうまく話せないだけだということが判明する。涼葉が詩音をはじめとしたPoMPoMsのメンバーとうまくコミュニケーションとれないときは、動揺している心の声を語るミニキャラが登場。もちろん他人にその声が届くことはなく、すれ違うことも多いが、涼葉が少しずつ歩み寄ろうとする姿はいじらしくかわいらしい。徐々に縮まっていく涼葉と詩音の関係の変化も見逃せない。
第4話で意外性を見せるのは天真爛漫なブラジルからの帰国子女・杏那だ。アルバイト先のレコード店であり、杏那が幼い頃から自分の居場所としてきた大切な店・スタウトレコードが閉店すると知ると、途端に心に余裕がなくなり、親しい穏花に八つ当たりをする。さらにはPoMPoMsの面々をも「関係ない」と突き放す一幕も。自分の無力さに苛立ちをおぼえるシーンでは、特技のカポエイラでサンドバッグを蹴りまくり、むき出しの怒りをぶつける激しい一面も見えてくる。頑固な一方、最終的には仲間の意見を受け入れることができる寛容さも持ち合わせており、第5話ではメンバーの思いに突き動かされて、スタウトレコードを応援するためのチアをすることとなる。このエピソードの挿入歌「FeverFestaFever!」は、杏那の出身にちなんだ情熱的なラテン調の楽曲。杏那が日本に溶け込んできたことを示すように、振り付けにはラテンだけでなくチアや盆踊り、そして穏花が好きなヨガの要素が取り入れられ、唯一無二のパフォーマンスとなっている。
優しくて人に頼られやすい穏花は、それゆえに頼まれごとが負担になったり、周囲に振り回されたりして、思わず不満を口にしてしまうことも。第7話では依頼人へ応援を届ける“お届けチア”を開始したPoMPoMsが、穏花の通う御前嘴高校からの依頼で野球部を応援することになる。このエピソードでは大きく心が揺さぶられることが苦手で、よくも悪くも心の振れ幅を小さくしようとする穏花にスポットが当たる。穏花は、以前流されるように入った応援委員会で熱血的なメンバーについていけなくなってしまい、委員の活動を休んでいた。「一心同体」や「一蓮托生」という言葉に抵抗を覚える穏花に、共感する人は少なくないだろう。穏花はこれまで、どんなに気合を入れて応援してもプレイするのは選手だからと、応援が選手の力になることが信じられずにいた。しかしこの依頼でPoMPoMsや応援委員会の心からの応援、それを受けて奮闘する野球部を見て、穏花もまた奮い立たされていく。最後に穏花が叫ぶシーンは、彼女に共感する人にこそ響くのではないだろうか。また第7話では、普段は穏やかな穏花の表情が不機嫌な顔、困り顔、コミカルな顔とクルクルと変化するところも見どころだ。
PoMPoMsの活動と恵深の心に見え始める翳り
第8話では忙しくも順調だったPoMPoMsの活動と、メンバーの関係に翳りが見え始める。野球応援をきっかけに、PoMPoMsには次々と依頼が舞い込む。1つひとつの依頼に向き合い、作曲や振り付けをして依頼をこなしていく一同だったが、積み重なる依頼に焦りと疲弊が表われ、ついにお届けチアの数を絞るため一部の依頼を断ることを決心。モヤモヤを抱えながらも活動を続けていく。1人でも多くの人に応援を届けるため奮闘するPoMPoMsだが、次なる問題が発生。動画に「部活では飛べないのに、自分が楽しい時だけ飛べるんだ」という、チア部と思わしき人物からのかなたに向けたアンチコメントが書き込まれたことをきっかけに、心無いコメントが続々と投稿される。さらに依頼を断った人たちに、かなたが密かに1人でお届けチアをして謝って回っていたことが発覚。かなたがメンバー全員で考えた決断に反した行動をしてしまったことから、PoMPoMsの心がバラバラになっていく。
このエピソードでフォーカスされるのは、中学時代に大病を患い、今も車椅子生活を送りながらリハビリに取り組んでいる恵深の苦しみだ。みんなの力になりたいという思いに反し、言うことをきかない体に焦りと苛立ちを募らせていく恵深。さらにかなたとともにチアの大会に出ることができなかったという中学時代から抱えてきた悔しさや、そこからこぼれ出したかなたへの嫉妬心から、かなたにつらく当たってしまう。いつも面倒見がよく、優しくメンバーを包み込んできた恵深が、初めて苦しみをかなたにぶつける瞬間だ。
恵深の言葉やアンチコメントに傷つき、再び飛ぶことができなくなったかなたもまた焦りを感じ始め、一度飛ぶきっかけを掴んだ坂へ向かい、危険なジャンプを試みてしまう。かなたと恵深が希望を持って約束した「高校でも一緒にチアで全国優勝する」という目標が、一方で2人を苦しめる要因になってしまっていたのだ。かなたを傷つけてしまったことを後悔する恵深に、かなたが坂で怪我をして病院に運ばれたという連絡が飛び込んでくる。病院で出会ったかなたが笑顔で「大丈夫」と言う痛々しい姿を見て、恵深が一番強く叫んだのは「私にだけはちゃんと話して! もう逃げないから。かなたのこと、全部受け止めるから」という言葉。それでも戸惑うかなたに、恵深が精一杯のかなたへの応援を見せる。
恵深がかなたに送ったのは、かなたへの応援曲「YOU for YOU」。雨の中笑顔で歌い、必死に踊るシーンは力強く描かれ、より一層歌詞のメッセージも強く響く。立ち上がり、ジャンプする恵深は、雨を弾きキラキラと輝くように映し出された。かなたは恵深の応援に奮い立たされつつ、自身もまた踊る恵深を応援するようにしっかりと恵深を見据える。性格も境遇も異なるかなたと恵深だが、お互いを思うあまり気丈に振る舞ってきた似たもの同士。そんな2人が初めて思いをぶつけ合い、絆を強めたエピソードとなった。
過ちを犯した人をも包み込む、優しくも力強い最後の応援
恵深の応援がかなただけでなく、PoMPoMs全員の心に届き、再び心を1つにしたメンバーたち。第10話では困難を乗り越えたメンバーが成長した姿を見せる。動画の投稿を続けることや再生数にこだわっていた杏那は、真に相手の心に届く応援をするため、動画の投稿をやめる決断をする。涼葉は表情の変化がわかりにくいながらも少し微笑むようになり、詩音は作曲の勉強を開始する意欲を見せた。穏花はチアを続けるために応援委員会に復帰。焦りが消えたかなたは、まだ飛べないながらもチア部の練習にも参加し始める。恵深もまた焦りはなくなり、今できることに専念するのだった。それぞれが再び前向きに進み出した頃、かなたはチア部の先輩・愛江田毬から、アンチコメントが書き込まれるきっかけとなった投稿をしたのは自分であるという告白をされる。
尊敬していた毬の告白に動揺するかなた。毬はかなたがイップスになった原因の大会で怪我をしており、彼女もまたイップスの症状を抱えていた。毬はPoMPoMsの活動を通して回復していくかなたへの嫉妬や焦りから傷つけるようなコメントを書き込んでしまい、それを悔やんでチア部に退部を申し入れる。第11話で印象的なのは、毬とは顔見知り程度の恵深が、毬をPoMPoMsに引き入れるシーンだ。かなたを見てきたことからイップスの苦しみを理解し、そしてかなたを見て焦る気持ちにも共感する恵深。そんな恵深だからこそ、毬の気持ちに寄り添いPoMPoMsのもとに連れてくることができたのだろう。毬の加入を素直に喜ぶかなた、合理的に承諾する涼葉、毬に対し素直に怒りをぶつけながらもメンバーの意見を受け入れる杏那といった、それぞれのリアクションもキャラクターの長所が感じられて微笑ましい。
毬の加入に初めは戸惑っていたメンバーも徐々に打ち解けていき、かなたも毬と過ごす中でついにイップスを克服する。ところが自身の取り返しのつかない行動を責め続けていた毬は、かなたのイップス克服を見届けた第11話の最後でどこかへと姿を消してしまう。これまでそれぞれの問題に向き合い、自分や人の痛み・苦しみに寄り添ってきたPoMPoMs。成長を遂げたメンバーたちは、きっと毬の苦しみを理解したうえで彼女の再起を信じてエールを送ることができるだろう。PoMPoMsにとって、応援とは相手を信じ抜くことだ。そしてチアはチームの心を1つにして挑むもの。「毬を応援したい」という気持ちが1つになったPoMPoMs最後の応援が毬の心にどう響くのか、最終回をぜひ見届けてほしい。