INORANが18年の時を経て4thアルバム「ニライカナイ」と向き合う理由 (2/2)

キャリアを重ねたINORANが手にしたもの

──「ニライカナイ」の歌詞はすべてINORANさんの手によるものです。アルバム「2019」(2019年)以降の作品では、INORANさんは作詞を外部の作家にお願いしていて、かつ英語詞で歌うことが中心となっています。すべてご自身が日本語で紡いだ本作の歌詞を改めて歌ってみて、いかがでしたか?

表現のバリエーションが変わってるような気もするんだけど、やっぱり人間ってそんなに大きくは変わらないんですよね。1曲の中でもあるパートでは以前持っていた表情を用いたり、あるセクションに入ると今持っている表情のほうがよかったり、あるいはオリジナルのときと同じ表情をしようとしても、今はもう出せない表情もあったりする。結果としては、キャリアを重ねたことで自分の表現が豊かになったと思いますし、それが深みにつながっているんじゃないかな。

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──それと同時に、INORANさんのボーカルも大きく変化したと思います。今おっしゃった深みが年々増していることで、同じ曲でも受け手側への伝わり方が大きく変わったものも少なくありません。18年前の作品という比較対象があることで、歌に関して意識したことはありましたか?

ボーカルに関しては、今作において一番挑んでみたかったことかもしれないです。過去に取り組んだ作品に新たな状態で取り組むと、いくらオリジナルと同じように歌おうとしても必然的に変わってしまうところも多くて。それがこの18年間に積み重ねた、自分のスキルであったり表現力であったりするんでしょうね。

──ギターに関してはいかがでしょう? ご自身のプレイスタイルやギターアレンジにおいても、この18年で変化したところも少なくないと思いますが。

これも歌と一緒で、ギターも過去に弾いたプレイをなぞることができない。今素直に出てくるものがあったり、もっと言えば……18年前の音源の中でいらないものはないんですけど、何かを際立たせたりするために、もともとそのスペースに収まっていた音をバサバサと断捨離していくというか、そういう整理をしたところもあります。

アーティストとしての意思とリスナーとしての意思

──完成した作品を聴いて、ご自身で一番変わったなと感じた曲は?

別にひねくれた意見ではないですけど、どの曲も進化していると思いますよ。自分自身のスキルも18年前とは全然違うんだなと思いましたし、今の自分ならこう表現するなというポイントも多々ありました。インストの2曲(「Anything」「Discus」)なんて、進化の度合いが一番大きいですね。なので、オリジナルと比較することがナンセンスに思えるくらい、どれも新鮮な仕上がりになったと思います。

──個人的には、前半に並ぶロック色の強い楽曲はオリジナルバージョンの雰囲気を残しつつ、今の感覚で鳴らしている、歌っているなと感じたんですが、後半のメロウなミディアム&スローナンバーからはオリジナルとの変化が大きく伝わってきました。特に「Cloudiness」以降の楽曲のアレンジにおける味付けであったり、歌の強弱の付け方であったりがいい意味でオリジナルとは違っていて、そこが今回のリレコーディングの肝なのかなと感じました。

なるほど。実は今回、1曲目の「Determine」から順番にレコーディングしていったんです。なので、アルバムの進行とレコーディングの進行の時系列が一緒で、流れの中で全体的に足りているところ、足らないところ、欲しいところを考えながら録っていった結果、後半に向けてこのように変わっていったのかもしれません。

──それは興味深いレコーディング工程でしたね。オリジナルにいかに忠実にセルフカバーするか、今の色を取り入れて新しいものとして再構築するかは作り手側次第だと思いますが、ファンの中にはオリジナル原理主義といいますか、新たな癖やアレンジが加わったセルフカバーに否定的な方もいると思うんです。

それはリレコーディングだけじゃなく、ライブにおいても音源に対しての再現をどう捉えているかってことでもありますよね。もちろんそこはアーティストによりけりだと思うし、もっと言えばそのアーティストの偉大さにもよるかもしれない。例えば、ボブ・ディランが全然オリジナル通りに演奏しないこと、すごく有名な曲のギターソロを崩しまくって弾くことに対しては、むしろそういうことが求められているところもあるので、ケースバイケースかなと思うんです。そんな中、このアルバムに関して言うと、過去を否定する意味で再録したり、納得していないからやるとか新しいネタがないからやるとか、そういうことではなかった。こういう行動を起こすことで、何か新しいことや未来に対して輝くものを発見しやすくなるんじゃないかと思っていたので、「ニライカナイ」をリレコーディングするのは自分の中で自然なことだったんです。ただ、生み出された音楽は最終的には聴く人のものになると思うし、そこにおいての正しいか正しくないかは俺が決めることじゃないかな。例えば、日本でも有名な曲の歌い回しを変えて歌う大御所の歌手の方がいますよね。それってその人がそう歌いたいから、伝えたいことがあるからそうしているんだと思うんです。だから、俺は受け入れられるかな。そもそも音楽ってただのデータではなくて生きているものだしね。自分はアーティストとしての意思とリスナーとしての意思の両方を尊重しながら、ライブやレコーディングでプレイしているつもりです。

──なるほど。

今は世の中にリメイクとかリレコーディングされた作品がいっぱいあるじゃないですか。リレコーディングされてより素晴らしくなった作品もたくさんあるし。

──もちろん最初に聴いたオリジナルバージョンに対する思い入れが強いのは、リスナー視点では仕方ないことだと思います。ただ、その曲を演奏したり表現したりするアーティスト側はその作品を録音したあとも、どんどん成長を続けているわけで、同じように演奏したとしてもまったく同じになるとは限らない。その差異や変化を聴き比べるのも音楽の楽しみ方のひとつだと思いますし、かつそれが音源として比較対象が存在する今回のようなケースはとてもぜいたくだなと、個人的には思っています。

みんなもそうやってポジティブに変化を楽しんでもらえたら、作り手としてはとてもうれしいです。

INORAN
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INORANにとってのニライカナイは

──アルバムリリースから3日後の9月27日には、新たな全国ツアー「INORAN TOUR Determine 2025」がスタートします。このツアーも2007年当時に行った「TOUR 2007 Determine」を踏襲したものになるそうですね。

LUNA SEAのときと同様に、アルバムを出したあとのツアーもできるだけ同じような形でやれたら面白いなと思って。ただ、そこに最近の楽曲や「ニライカナイ」以降に発表した楽曲も入ってくると思うので、過去を踏襲しつつ現在進行形のINORANを見せられるんじゃないかな。

──楽曲制作の取り組み方自体、2007年当時と最近とでは違いが生じてますし、そうした時代の異なる楽曲たちが混ざり合ったときの化学反応が今から楽しみです。かつ、このアルバムとツアーを経験したことが、この先のソロ活動にどんな影響を及ぼすのか。2年後にはソロ30周年も控えていますし、この先が気になります。

まさにおっしゃる“この先”を見たかったからこそ、今一度「ニライカナイ」の時期を追体験したわけですし。この体験は確実に生きていくと思いますよ。

──2025年のINORANさんは3月にBillboard Live TOKYOでの「PREMIUM ACOUSTIC LIVE 2025」があり、4月から5月にかけては初の主催対バンツアー「SONIC DIVE 2025」を、6、7月にはTourbillonとして「Tourbillon Debut 20th Anniversary Tour 2025」を行いました。このあとに控える「INORAN TOUR Determine 2025」も11月まで続きますし……相変わらず活発に動き回ってますよね。

だって、動かないとファンのみんなに会えないですからね。みんなに会いたいってことが、今の行動の原動力になっているんで。

──ただ、これだけ長く活動を続けていると、それだけ年齢も重ねるわけですよね。体力的にしんどくないですか?

そこは、何を餌に生きていくかですよね。もちろん体力が若い頃以上に上がることなんてないし、ここからどんどん落ちていくと思います。思考に関しても、熟成感はあるもののスピード感は落ちていくわけだしね。でも、こういうアルバムを作ったりライブをやったりすることで、人に会う機会は増えていく。要は、いかにして旅を続けていくか……そこだけなんですよ。

──僕はINORANさんと同世代ですが、50代も半ばになったことで終活を考えるようになったなんて話もよく周りから耳にします。INORANさんはそういったことを考えたりしますか?

何もかも永遠ではないってことは考えますよ。結局、人生においてゴールはないと思うし、あったとしても俺はそこにたどり着けないと思うんですよね。どこをゴールにするか自分で決めたほうがいいのかもしれないけど、自分はそういう性分じゃないですし、1日1日を積み重ねていった先に思いがけない未来が待っていると信じているので、今は日々を楽しむことを最低限忘れないようにする……そう振舞っていくことしかないと思います。

──終活とちょっと関連するのかもしれませんが、今作のタイトル「ニライカナイ」は理想郷という意味の言葉です。INORANさんにとっての理想の世界はどういったものか、言語化することはできますか?

そうだな……たぶん自分の中では、ずっと続いているものではなくて一瞬一瞬とか1日1日とか、そういうはかないものを指すのかな。俺の中には今まで経験したり感じたりしたものがいっぱいあって、それをひとつに束ねることで見えてくるものがある。それはどれも決して同じものではないし、同じ景色や同じシチュエーションじゃないっていう……ちょっと抽象的な表現になってしまいますけど、それが俺にとっての「ニライカナイ」であり理想の世界かなと思います。

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公演情報

INORAN TOUR Determine 2025

  • 2025年9月27日(土)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
  • 2025年10月3日(金)福岡県 DRUM Be-1
  • 2025年10月5日(日)広島県 広島セカンド・クラッチ
  • 2025年10月11日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2025年10月12日(日)兵庫県 神戸VARIT.
  • 2025年10月18日(土)宮城県 darwin
  • 2025年10月25日(土)茨城県 mito LIGHT HOUSE
  • 2025年10月26日(日)千葉県 KASHIWA PALOOZA
  • 2025年11月1日(土)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2025年11月2日(日)静岡県 LIVE ROXY SHIZUOKA
  • 2025年11月15日(土)東京都 渋谷CLUB QUATTRO

プロフィール

INORAN(イノラン)

1970年生まれ、神奈川県出身。ロックバンドLUNA SEAのギタリスト、コンポーザーとして、1992年にメジャーデビュー。1997年にソロアルバム「想」でソロ活動を開始。2000年のLUNA SEA終幕以降、本格的にソロ活動をスタートさせ、2002年にはロックユニット・FAKE?を、2005年にはRYUICHI(河村隆一)らとロックバンド・Tourbillonを結成。2010年のLUNA SEA再始動後も、2012年に結成したMuddy Apesなど、活動の幅を広げる一方、ソロ名義でもアルバムのリリースを重ね、ライブツアーで各地を回るなど精力的な活動を展開。コロナ禍の影響でライブの中止・延期を余儀なくされるも、2020年9月に「Libertine Dreams」、2021年2月に「Between The World And Me」、10月に「ANY DAY NOW」とソロアルバム3作品を続けてリリースした。2022年6月にソロ活動25周年を記念したライブレコーディングアルバム「IN MY OASIS Billboard Session」をリリースした。2025年9月に4thソロアルバム「ニライカナイ」を再レコーディングした「ニライカナイ -Rerecorded-」を発表。同月よりライブツアーを行う。