疲弊するのはもういいんじゃないの?
──アルバムのキーワードとしては、「旅、誰かと一緒=togetherness」ですかね?
そうですね。「旅」「移り変わり」「togetherness」「happiness」あたりがキーワードですね。旅に限らず季節もそうで、変化や移り変わることに喜びを感じるんだと改めて思えたんです。去年から「春、桜見られるかな」「夏、泳げるかな」とか思っていたし、季節の変化も誰かと一緒に感じるほうがうれしさは倍増する。花見は1人じゃやらないし、雪だるまも1人で作るよりみんなで作ったほうが楽しいですからね。幸せな場所には絶対に自分以外の誰かがいるんですよ。それは独身だとか結婚してるとか、恋人がいるとかいないとかそういうレベルではなくて。どんなことでも隣に誰かがいたんだよなってことがわかっちゃったんですよね。
──それこそが、コロナ禍が教えてくれたこと?
そうですね。社会的なことを考えなきゃいけないけど、生きる者として、季節の変化を感じて、隣の誰かとそれを共有して……そういうことから大切にし始めれば、その先にある政治や経済のいろんな問題や分断は起きないと思うんです。とはいえ、いろんな作用があるから当然起きることは起きるんだろうけど、まずはそこからやっていこうよっていうのが俺の考えなんです。
──深いですね。それにしても、幸せは1人のものじゃないということは真理に近い気がします。すべての幸せなことって、誰かと一緒にいたり、つながっていたり……。
いるでしょ? 最低2人はいると思うんです。断捨離したあと、その真理が残ってたんですよね。
──無理に結び付ける必要はないですけど、コロナ禍の3部作で言うと、最初の2枚は一緒にいるところの幸せみたいな部分は希薄だった気がします。
もちろん過去の2枚があったから「ANY DAY NOW」までたどり着いたというのはあるんです。最初の1枚は脳内を旅行するというか、「心の旅」だったので当初は1人だったかもしれないです。今はそれを終えたというか、十分に睡眠を取ったので、「一緒に旅に出るでしょ!」みたいなノリだし、そこに気付いたら楽しいかもね、ぐらいの。
──プレゼンテーション?
うーん。それでもいいと思うけど……。
──コロナ禍の状況では1人でいることを強いられてきたけど、幸せってそういうもんじゃないよねという?
「そういうもんじゃない」ってわけじゃなくて、みんながんばってきた分、やっぱり希望を持ってもいいんじゃないの?とは思う。何かあったときは責任を求められちゃう時代だけど、別に今はそれをしなくていいから、希望を持って、目標を持って歩きながら、それは頭の片隅に置いておけばいいんじゃないの?って。そうしないともっと疲弊しちゃうので。疲弊するのはもういいんじゃないの?って思うんです。「そんなことお前は言うけどさ」なんて思われるかもしれない。でもそう思ってる奴には手を差し伸べてあげればいい。それが音楽じゃないの?って言ってるだけなので。それが僕のプロのミュージシャンとしての社会貢献かな。
究極に目指している音楽について
──サウンド的には前作2作に比べてさらにチルアウトしていますね。
そうですね。完全にチルですね。やるなら振り切ったほうがいいかなと。気持ちいいのは振り切ってるものだと思うので。ボブ・マーリー、U2、Oasis、Metallica然り。で、気持ちいいものはどこにでも合うんですよね。
──確かに「ANY DAY NOW」はどんなシチュエーションにも合いますね。時間も場所も関係なく聴けます。
結局はそういうものがやっぱりすごいなと思うし、そういうものを作りたいんですよね。
──ボーダレスでタイムレスな音をINORANさんの中では求めていると?
究極はそういうものを目指して進んでいるつもりです。メキシコの繁華街だろうが、スイスの雪山だろうが、日本の地下鉄だろうがどこでもはまる曲。偉大な人の音はどこでも合うんですよ。ボブ・マーリーのレゲエは自然の中でも東京の地下鉄でも合いますから。
──先ほど出てきた季節の話をすれば、ボブ・マーリーは夏に限らず冬聴いてもいいですしね。
そうなんですよね。そこを僕はずっと音楽で探究しているんです。それって何なんだろう?って。けどまだわからない。でもね、最終的にそれは音楽ジャンルを指していなくて、何かのエナジーなんですよ。ビートでもなく、作っているミュージシャンが持つなんらかのエナジーなんですよね。あとはその周りにたくさんのファンがいて、それを背負っている責任も情熱にしてプレイしてるんじゃないのかなと思って。そのへんまでしか僕にはまだわからないです。
哲学者とアーティストの重なる部分
──「ANY DAY NOW」のタイムレスでボーダレスな雰囲気は、聴いた人みんなが感じる部分のはずで、そこはINORANさんが意識してきたことが音に出ているんでしょうね。
そうですね。昔から音楽はもっとボーダレスになっていかないと、なんて言っていたけれど、こんな時代だからこそ、よりそういう気持ちでやらないといけないですよね。今はボーダーを如実に意識せざるを得ないですからね。
──コロナ禍では国境だけじゃなく、県だって越えられなかったですし。
本当にそうなんですよ。台湾の友達から「もう少しでボーダー(国境)が開くよ」みたいな知らせが来て、「あ、そうだ、国境封鎖だったんだ」と実際にボーダーを感じる出来事もあって。まさかそんな時代が来るとは思ってもみなかったわけで。
──移動の自由の制限に関して言うと、去年の3月ぐらいにイタリアの哲学者のジョルジョ・アガンベンが言った「剥き出しの生」という言葉がありました。
うん。動画でアガンべンの主張を観て、すごくいいなって思ったんです。「剥き出しの生」って、人間はただ生きてるだけじゃ意味なくて、尊厳ある死を大切にすべきだ、と。けど、コロナで亡くなった方は身内でも死者を弔うことができない。そんな生は意味がないんだという主張でしたよね。
──そうです。しかも人間は移動の自由を獲得してきたので、「移動を禁止するロックダウンを受け入れるな! 一度受け入れたら元には戻らない!」と主張して炎上していました。その移動の部分はINORANさんの旅やボーダレスの話とつながるなあと。
アガンベンの論理はいいなって思ってました。去年BSか何かで観たんですけど、俺もアガンベンの思想に少なからず影響されていると思います。
──不思議と哲学者とアーティストの思考って重なるんですよね。
哲学者って常に否定じゃないんですよね。哲学者の思想は未来的な感じがあって、すごく惹かれるんです。未来志向という点ではアーティストと重なりますね。あと問題提起するのがうまいなと思うんです。そう! だから、「ANY DAY NOW」は僕からの“プレゼンテーション”ではなく、僕なりの“問い”なんです!
──なるほど。で、このアルバムが“togetherness”に対する問いだとしたら、先日のライブイベント「TOKYO 5 NIGHTS」でひさしぶりにファンとの“togetherness”が実現したので、それがどういう形で熟成して次の作品に出てくるのかもまた楽しみですね。
自分でも楽しみです。学んだことは1つ、やっぱり予測はできないってこと。予想していても、いい意味で変わった未来が訪れる。だからこそ心豊かにしていられるように生きていきたい。
──今後の予定ですが、アコースティックライブもありますね。
はい。11月、12月、1月とマンスリーで、Billboard Liveでの「PREMIUM ACOUSTIC LIVE」があります。
──LUNA SEAは1月にさいたまスーパーアリーナ2Daysライブがありますので、ファンと同じ時間を共有するという意味でも“togetherness”な楽しみが続きますね。
はい。ソロの経験もそうだけど、LUNA SEAでこの状況の中、刻々と条件が変化する中で、延期になったホールツアーができていることがすごく大きいんです。待っていてくれてるからうれしかったとか、そんな簡単なものではない。いろんな状況の中で、みんなが信用してくれているということが自分にとってとても大切な宝物です。だからこそ、その瞬間にフォーカスしてプレイしたいと思っています。
──最初の話に戻りますが、皆がINORANさんを信用しているのは、これまでINORANさんが真摯に音楽と向き合ってきた神様からのギフトなのかなって思えます。
真摯にできたかどうかは、照れ臭くて言えないです。いろんなことがありすぎて(笑)。でも純粋にはやってきた。それは誰にも負けるつもりはないですね。
ライブ情報
INORAN 2021-2022 PREMIUM ACOUSTIC LIVE
- 2021年11月23日(火・祝)東京都 Billboard Live TOKYO
[1stステージ]OPEN 15:30 / START 16:30
[2ndステージ] OPEN18:30 / START 19:30 - 2021年12月25日(土)大阪府 Billboard Live OSAKA
[1stステージ]OPEN 15:30 / START 16:30
[2ndステージ] OPEN18:30 / START 19:30 - 2022年1月16日(日)神奈川県 Billboard Live YOKOHAMA
[1stステージ]OPEN 15:30 / START 16:30
[2ndステージ] OPEN18:30 / START 19:30
「INORAN 2021-2022 PREMIUM ACOUSTIC LIVE」公演詳細発表! | INORAN OFFICIAL
プロフィール
INORAN(イノラン)
1970年生まれ、神奈川県出身のギタリスト / シンガー。5人組ロックバンドLUNA SEAのギタリストとして、1991年にメジャーデビュー。同バンドの活動と並行して、1997年にソロアルバム「想」をリリースする。2000年のLUNA SEA終幕後からは本格的にソロ活動をスタートさせ、2002年にはロックユニット・FAKE?を、2005年にはRYUICHI(河村隆一)らとロックバンド・Tourbillonを結成。さらに2010年に“REBOOT”と称して再始動したLUNA SEA、2012年に結成したMuddy Apesなど、活動の幅を広げた。ソロ名義でもアルバムのリリースを重ね、ライブツアーで各地を回るなど精力的な活動を展開。コロナ禍の影響でライブの中止や延期を余儀なくされるも、2020年9月に「Libertine Dreams」、2021年2月にBetween The World And Me、そして10月に「ANY DAY NOW」とソロアルバム3作品を続けて発表した。
INORAN KING RECORDS OFFICIAL SITE