プロの現場で学んだ“いい音”

──音楽に興味を持ち始めた時期の、“音”にまつわる印象的な体験はありますか?

PANASONICが出してた「Shock Wave」というポータブルカセットプレーヤーがあって。それはヘッドフォンに低音の衝撃が来る機能が付いてるんですよ。それで聴いたときに「やべえ!」と思いましたね(笑)。ラジカセでもSONYの「ドデカホーン」とか。

──ありましたね。BUCK-TICKがCMに出ていた、「重低音がバクチクする」のキャッチコピーでおなじみのVICTOR「CDian」は僕も持ってました。

低音を効かせること、大きい音が出せることが“いい音”だと思ってたところはありましたね。

KREVA

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──自分で音楽をやるようになってから、さらにプロとしてアーティスト活動をするようになってから、音に対する意識はどのように変わってきましたか?

サウンドのことに関しては、最初の頃はなんにもわかってなかったです。ステレオなのかモノラルなのか、音を右に置くのか左に置くのか、バランスなんて全然考えずに、いいと思った音をレイヤー状にどんどん重ねていただけで。それでいて「もっとクリアな音を出したい」だとか、今思えば無理な話で、みんな真ん中に並びたがっても背の大きい人しか見えない。つまり大きな音しか聞こえなくなってしまう。1人がちょっと左によけてあげれば、音自体を大きくしなくても聞こえる、ということすら全然わかってなかったです。それを自分でうまくコントロールできるようになったのは、ソロでやるようになってからです。3枚目のアルバムぐらいから自分でPro Toolsを使うようになって、そのあたりから音のことがわかってきた気がします。

──そのへんの感覚は手探りで?

そうですね。誰かに教えてもらうこともなかったし、見よう見まねで。“いい音”の話にもつながるけど、自分がいいと思う人がいいと言っているスピーカーを買ってみたり、同じヘッドフォンをそろえてみたり。そうやってどんどん、耳を鍛えていく、チューニングしていくというか。「心臓」(2009年の“クレバの日”9月8日に発売された4thアルバム)のときに、いいマイクを買って自分で録るようになって。そのへんから音作りについて特に自覚的に考えるようになりましたね。それまでも感覚でしっかり選んでたんだけど、より追い込んでコントロールできるようになってきたのは「心臓」あたりからだと思います。

KREVA

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──KREVAさんの音楽は、ビートを軸にしたヒップホップのメソッドを保ったまま、大衆向けのポップスとしても成立していると思うんです。立派なサウンドシステムで大音量で聴いても、コンビニのスピーカーから小さく流れていても刺さる音楽というか。それって“いい音”とは何かを考えるうえで大きなポイントだなと思っていて。

ありがとうございます。おっしゃる通りで、これはG.M-KAZが教えてくれたことなんですけど、いい音を聴くとついボリュームを上げたくなるし、作っているほうもテンション上げたいから大きいスピーカーの大きな音でチェックしちゃうんだけど、そうするとだいたいカッコよく聞こえてしまうんですよ。デカい音で聴くといろんなごまかしも利くんだけど、お店のスピーカーだったり、iPhoneのスピーカーで聴いても、大きなスピーカーで聴いたときの「あ、すげえ」って感じを閉じ込められるようにバランスをとる作業の大切さはG.M-KAZに教わりましたね。

ライブでの音作り

──ではライブにおける“いい音”とはどんなものでしょう。KREVAさんはホールやアリーナでのライブも多いですけど、ヒップホップを基軸としたサウンドを大会場で鳴らすのは、クラブやライブハウスとはずいぶん勝手が違うんじゃないかと思うのですが。

まさにその通りで、特にデビュー当時はクラブと大会場で同時期にやることが多かったんですけど、そこで大事なのはやっぱり“濃さ”なんですよ。ミックスもマスタリングもしっかりされていて、どんなシステムでも揺るがない芯の部分を残しておくことは常に考えてやってきたつもりです。ただ、音楽には時代というものがあって、そのときどきで鳴らし方が違う。特にヒップホップのようなデスクトップミュージックは流行の移り変わりが早いから、時代に乗っかって音を作っていると、少し前に作ったものが急に物足りなく感じたり、すぐに1周回ってよく感じたりということがたくさん起こるんですよ。ライブだと、いろんな時代に作った曲を1つにしなきゃいけない。そういうときにはライブ用に全部マスタリングをし直して音をそろえたり、そこは手間暇かけてやってきましたし、最近は時代の流れ関係なく聴けるように、残すところは残しつつバンドの生演奏を積極的に取り入れています。

──とりわけ大きな会場でライブをやるときに大事にしていることはなんですか?

打ち込みと同期させてバンドの音を鳴らすとき、何を残して何をバンドで演奏するか、そのチョイスを間違っちゃうとダイナミズムが消えてしまうから、そこは大事ですね。また打ち込みで残した音にも手を加えて、バンドの音とうまく合わさってきちんと奥行き感が出るようにしています。

KREVA

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──やっぱり会場が大きくなればなるほど難しいですか?

難しいです。せっかく海外でしっかりマスタリングしてるんだから、そのままのオケでDJでやったほうが安定感のある音を鳴らせると思うんですよ。ただ、ライブでは自分のパフォーマンスに付いてきてもらうことを重視しているから、バンドが作り出す徐々に上がっていくような高揚感を取り入れるほうをチョイスしていますけど。それもやっぱりバランスで、全部生にしてしまうと、自分の音楽が持っているループの気持ちよさとかが出せない部分もあるので、そこは差し引きのバランスと鳴らす分量を考えて。

──何カ所かを回るツアーだと、会場によって音作りのバランスも変わってきますよね。

はい。ベースになる音はしっかり作り込んで行くけど、出音についてはいつも一緒にやっているエンジニアに委ねてますね。「この会場ではこうしたほうがいい」というノウハウを持った職人に任せたほうがいい。その代わり準備はしっかりしたいですね。準備した音にしっかりとした奥行きがあれば、エンジニアが「あ、こういうふうに鳴らしたいんだな」というメッセージと受け止めて、しっかり鳴らしてくれるから。

音を“濃く”する作業を追求した4年ぶり新作「嘘と煩悩」

──ご自身の作品の中で、“いい音”という観点で「これはよくできた」という自信作を挙げるとしたらどの曲ですか?

うーん、難しいなあ……そのときそのときですごく満足しているものはあるんですよ。でも最近新しいのができたばっかりだから、「これと比べるとなあ」という気持ちになってしまいますね。

KREVA

──およそ4年ぶりのアルバム「嘘と煩悩」ですね(参照:KREVA、SPEEDSTAR移籍第1弾アルバムは「嘘と煩悩」)。ひと足早く聴かせてもらいましたけど、“いい音”という観点からもすごく聴き応えのあるアルバムでした。ヒップホップのメソッドで音数は極限まで絞られているのに、ポップスとしての色鮮やかさを感じるというKREVAさん独特のサウンドが、より研ぎ澄まされている印象で。

今日してきた話とつながる部分も多いと思うんですけど、ミックスやマスタリングで音を“濃く”していく作業を、自分でも意識的に追求して作ったアルバムです。機材がどんどん進歩して……G.M-KAZは「音楽の進歩は機材の進歩でもあるからね」と言ってたけど、ホントその通りで。Pro Toolsによって音楽は変わったと思うし、機材のことがよくわからない人でも、プリセット音の中からいいものを選べる耳さえ持っていれば“いい音”が出せる。自分もプラグインソフトで音楽を作ることが多くなりましたけど、「なんかしっくりこないな」というときは、昔から使っていたAKAIのサンプラーを1回通してパソコンに戻す。

──先ほどおっしゃっていた「1つ膜をかぶせることによって、音を濃くしていく」作業ですね。

はい。MPC3000とMPC4000を持ってるんですけど、4000は24bit、3000は16bitなんです。3000を通したほうがしっくりくることが今回は多かったですね。MPCには機材が持ってる独特のノリがあって、それを求めているところもあるんですけど、自分が聴いて育った、慣れ親しんだサウンドの濃さを加えることで腑に落ちたというか。4年かかっているから、それぞれの曲のトラックを作った時期にはバラつきがあるんですけど、最終的に1つの方向にうまくまとまったかなと思います。


2016年12月21日更新