idom「EDEN」インタビュー|コロナ禍の喪失を経て音楽の道へ、異色の経歴持つ新人が“楽園”に込めたメッセージ (2/2)

次は自分が助ける番になりたい

──では、2022年2月にリリースされたEP「i's」は、idomさんにとって今振り返るとどのような作品ですか?

いろんなものがごちゃ混ぜになっているEPなんですけど、ありがたいことに収録曲である「Awake」「Moment」がソニーのXperia、「Freedom」がTikTokのCMのタイアップソングになりまして。世界に向けたCMだったので、英語で歌詞を書かせていただくなど、新しい挑戦をいろいろできたEPだったと思います。それに、「i's」は、コロナ禍から立ち上がっていく自分の内面を濃く描いた作品という感じもしますね。自分が音楽を始めるきっかけである、仕事を失ったことや、大事な人と別れたことの先に、音楽を始めて、いろんな人と出会って……自分に与えられた運命や使命を感じながら作っていった曲たちです。特に「帰り路」という曲は、友達や大事な人、特に自分が苦しんでいた時期に助けてくれた人に対して、「次は自分が助ける番になりたい」という気持ちで作りました。

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──この作品においても、身近な人たちに向けて曲を作っている部分は一貫しているんですね。

そうですね、やっぱり曲を作りながら頭の中に出てくるのは、身近な人たちなので。そこに向けて曲を書くことは多いです。

──今おっしゃった「大事な人との別れ」というのも、idomさんが音楽を始めるにあたり大きな出来事だったのでしょうか?

そこはかなり大きな経験でした。親友が病気で亡くなってしまって、自分もすごく落ち込んでしまったんです。でも、ただ落ち込んでいるだけは嫌だし、友人に対しての弔いというか、そいつの分もより濃く、いろんなことをやっていきたいなと思って。「じゃあ、今までやったことのないことをやってみよう」と。そうやって自分の気持ちを違う方向に持っていくことができたのは大きかったなと思います。

自分の殻を破り続けないといけない

──2022年9月にリリースされたメジャーデビュー作のEP「GLOW」は、振り返るとどのような作品でしょうか。

自分が今まで作っていた楽曲は20代くらいの人たちがメインで聴いてくれていたと思うんですけど、表題曲が月9ドラマの主題歌に使われたことで、年齢層が上の方まで知っていただけるようになりました。僕にとって新しい出会いもあったし、このEPをきっかけに、音楽に対しての考え方が変わったと思います。僕のパーソナルな部分を作品に落とし込みはするけど、それを年齢も性別も関係なく、幅広く聴いてもらえるものにできることが大事なことなんだなと。メジャーデビュー作ということもあって、自分にとって新鮮な1枚です。「GLOW」という曲は、サウンド的にはそれまでやったことのなかったザ・王道のJ-POPを目指しました。自分の中で葛藤や迷いもあったんですけどドラマの監督さんと何回もやり取りをさせていただきながら作った曲で、そういったもがいている部分や這い上がっていく部分が歌詞にも出ているなと思います。

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──「GLOW」に限らず、idomさんは創作を通して現実を乗り越えてきたという感じがしますね。

「idomくんのこういう曲が好きだな」と言う人たちのために同じような曲を作り続けることも悪くはないのかもしれないけど、それよりも、僕は「idomくん、次はこういう感じでくるんだ」と思ってもらえたほうが、エンタテインメントとしての面白さを感じるので。そうやって常に新しいものを放出し続けようと思うと、どうしたって、自分の殻を破り続けないといけないんですよね。それゆえに、葛藤や挑戦が作品に出てくるのかなと思います。

──そうしたスタンスは、新作EP「EDEN」にも如実に表れていると思います。「GLOW」とは印象の異なる、挑戦的な作品という印象を個人的には受けたのですが、制作において事前に考えられていたコンセプトなどはありましたか?

「GLOW」のときはJ-POP的なサウンドで、自分が今までやったことのないテイストを模索したんですけど、今回は少し原点回帰というか、それこそフランク・オーシャンなど、自分のルーツを改めて探求して作ろうと思っていました。なので、今回のEPは全体的に「チルくてエモい」みたいなテーマを掲げていました。ただ、作っていくうちにライブのことも意識するようになったんですよね。僕は2021年に初めてのライブを行いました。まだ人生で5回くらいしかステージに立ったことはないんですけど、それでもワンマンをやらせてもらったし、ライブにはたくさんの人が来てくれて。80歳くらいのおばあちゃんが会場に来てくれたこともあったんです。

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──すごい! 素敵ですね。

本当に幅広い年齢層の方が来てくれました。これまで自分はライブを意識して曲を作ったことがなかったんですが、ライブを経て「みんなでビートに乗ることができて、盛り上がることができるような曲を作れたらいいな」と、今回の作品を作るうちに思い始めました。自分のルーツであるR&B的なテイストは大事にしつつ、みんなが乗れるクラブっぽいビート感も足していくことで、そういう曲を作れないかなと。1曲目の「EDEN」は特にそういう曲になったと思いますね。この曲は、僕らしいチルR&Bでありつつ、ハウスビートも足しているという。

──「EDEN」はアレンジとプログラミングで、「GLOW」のアレンジも担当されていたNaoki Itaiさんがクレジットされていますね。

僕が作ったデモの段階でハウスビートは入っていたんですけど、そこからさらにポピュラリティのある要素を追加したいなと思っていました。僕が作ったサウンド感を生かしつつ、そこからさらに盛り上げるようなアレンジをしてもらえたらいいなと思っていたんですけど、Naokiさんは一発で「こういうのが欲しかった!」というアレンジをしてくれました。

──歌詞はとてもメロウで耽美な世界観ですよね。2人だけの世界に没入していくような。そんなメロウネスの中に出てくる「将来なんて僕ら次第」という一節の強さに惹き付けられました。

他人のことなんか気にせずにいられる、自分と大切な人だけの空間と言いますか。「この空間さえよければ、それでいいんじゃないか」と感じてしまえるようなムードを、この曲には乗せたかった。周りからいろいろ言われることがあっても、結局何かを決めることができるのは自分だけだし、「2人さえよければ」と思えるほどの深い愛情がこの世界にあってもいいのかなと思うんです。もともと恋愛的な世界観を書こうとしたわけではなくて、深い愛情に包まれるような曲を書くことができれば、それが僕からリスナーに対しての愛になるのかなと思ったんです。日本だと、スキンシップも恥ずかしくて人前ではなかなかできないけど、そういうことを気にせず、みんながもっと自分の気持ちに正直になって、愛する人への愛情を表現することができればいいなと思うんですよね。たとえ包み隠さず愛情表現をしたとしても、それは「2人だけのヒミツ」にもなる。ほかの人に知られたい、というよりは、「お互いが、その愛をわかっていればいいんだ」というイメージで作っていきました。

──例えば、2曲目の「Memories」は、大切な人との記憶をモチーフにしているように感じましたし、4曲目「Loop」も、“俺”と“君”の物語を紡いでいるような曲で。「EDEN」で描いた“2人だけ”の愛にあふれた世界というのは、このEPに通底しているイメージとも言えますかね?

そうですね、このEP全体を通してのイメージだと思います。例えばMONJOEさんにアレンジで入ってもらった「Loop」。2020年頃にすでにデモがあった曲なんですけど、「EDEN」で描いた楽園の中のストーリーと通じるものがあるんじゃないかと思って引っ張り出してきたんです。「Loop」は「繰り返す」という意味ですけど、当たり前のように過ごす何気ない日常の中にも幸せはあるし、大切な人といることができれば、いい日も悪い日も意味があると思う。それを受け入れて、深い愛情の中でつながっていよう、ということを描きたかった曲です。あと3曲目の「Control」は、周りとは相容れないがゆえに普段は抑圧してしまっている、自分の才能や持ち味を爆発させるようなイメージがありました。

──周りの目や社会性を意識するより、自分自身の衝動や愛情を大切にしようというメッセージが一貫していますよね。こうして新たなEPを作り上げて、今はどのような気持ちですか?

ひとまずホッとしているんですけど(笑)、僕の場合、とにかく音楽を作っていくだけでなく、“届け方”もちゃんと考えたかった。映像含め、作品をよく見せるための別の作品も生み出していきたいと思っているので、どうすればこのEPをたくさんの人に聴いてもらえるか、今はいろいろ計画しているところです。それが落ち着けば、また楽曲を作りたいですね。制作期間ってインプットがあまりできないんですよ。なので、「EDEN」の制作が終わった今のタイミングは、ひさしぶりにほかの人の曲を聴いたり、映画を観たりして、インプットする時間を大切にしています。そこから「次、こんなことをやってみたいな」というアイデアが出てくるものなのかなと思っています。

──ちなみに好きな映画はありますか?

えぇー……難しい質問ですね(笑)。ホント、たくさんあるんですけど……特に好きなのはクリント・イーストウッド作品かなあ。「グラン・トリノ」とか。あと、フランク・オーシャンが好きなのもあって、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」もお気に入りですね。自分の感情と向き合わせられるような作品が好きです。

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プロフィール

idom(イドム)

1998年3月18日生まれ、兵庫県神戸市出身で岡山県在住のシンガー。大学時代にデザインを専攻し、2020年4月よりイタリアのデザイン事務所に就職予定だったが、新型コロナウイルスの影響で渡伊を断念したことをきっかけに楽曲制作を始める。2021年、ソニーのスマートフォン・XperiaのCMソングに採用された「Moment」や、TikTokのCMソングとして使用された「Freedom」で脚光を浴びる。2022年7月、「GLOW」がフジテレビの月9ドラマ「競争の番人」の主題歌に決定し、同年9月に同名のEPでメジャーデビューを果たす。2023年4月に2nd EP「EDEN」をリリースした。