俺らとは対極にいるような人や文化を否定する気はない
──先ほど「ディスリスペクト的なリリックはあまり好きじゃない」という発言がありましたけど、そういったHilcrhymeのスタンスは「EVIL」からも感じたんですよ。テレビドラマ「UNREAL -不条理雑貨店-」の主題歌として書き下ろすにあたって、TOCさんは「純然たる悪をテーマにした」とおっしゃっていましたよね。でも、実際に曲を聴いてみると、悪というよりも至極、真っ当。音楽や、それを求めているファンに対してのまっすぐな思いがつづられていますよね。
あー、確かにあんまり悪は書いてないですよね。求めてくれている人に俺らの音楽が届くなら悪魔にも魂売るぜっていうことですから。自分の中にある悪と向き合って書いたつもりだったけど、いい言葉になっちゃってる(笑)。まあ、この曲はドラマの内容を踏まえて書いたから、抽象的なリリックになったところもありましたね。具体的な悪いことを書いた曲にはしたくなかったので。
──それこそHilcrhymeらしさなのだと思います。ヒップホップという出自を持ちつつ、非常にクリーンな存在でい続ける部分に、多くのリスナーが共鳴しているところもあるはずですよね。
そうですね。俺らとは対極にいるような人や文化を否定する気はないけど、Hilcrhymeはそこから隔離したい気持ちはあるかな。そういった文化と隣り合わせでいつつも、自分はこうありたいという強い思いがあるから。その思いを持って15年続けてきたことが今、Hilcrhymeの大きな1つの個性になっているという自負はあります。
最近はとにかく声を立たせたい気持ちが強い
──トラックに関しても聞かせてください。前作に引き続き、ほぼすべての曲をTOCさんと同郷のクリエイター・WAPLANさんが手がけていますね。
はい。トラックはけっこう早い段階で全部集まってきていたので、僕のリリック待ちっていう感じでしたけど(笑)。今回は基本的に僕からイメージを投げて、それに合わせて作ってもらったトラックがほとんどです。彼はますますトラックメイキングの腕が上がっているので、今後も楽しみですね。
──今回、TOCさんが求めたトラックの傾向はどんなものだったんですか?
いろんな楽曲をリファレンスにして、それをもとに作ってもらったんですけど、基本はシンプルなトラックをオーダーしました。四つ打ちのものはもういらないし、今っぽいものを意識しなくてもいいから、8ビートでしっかりアップできるトラックがほしいというオーダーもしました。また違った嗜好になる時期も来るかもしれないけど、しばらくはこういうイメージで行くと思います。
──今のタイミングでシンプルさを求めたのはどうしてだったんですかね?
それはもうラップが聞こえやすいから。もともとトラック数の少ないシンプルなものが好きだし、ここ最近はとにかく声を立たせたい気持ちが強いんです。より自由にラップが書きたい気持ちもあったと思います。トラックがシンプルであれば、声を乗せる空間、隙間が多くなりますからね。10曲目の「Moments」のように、アンビエントなループを流しておくだけでもラップはできるわけで。極論として、ビートすらなくてもいいんだっていうところを今回はしっかり見せたかった。もっと言えば、今後のアルバムには1曲くらいアカペラの曲があったっていいわけだし。
TOCでやっていて、Hilcrhymeでやっていないことをなくしていきたい
──声で引っ張っていくという意味で言えば、「右肩上がり」が顕著ですけど、さまざまな声色を使い分けている印象も強くて。
そうですね。いろんな声を使うことは今回、けっこう意識しました。今後はさらに、もっとがならせたり、しゃがらせたりしながら、曲ごとにいろんなキャラを作っていきたいと思ってます。やっぱりね、同じ声でずっと歌ってて、フィーチャリングもいないとなると、自分自身で飽きてくるんです。ラッパーに関して言うと、いろんな声色を持ってるヤツのほうが強いと思うし。今回、「右肩上がり」ではその思いをわかりやすく出してみた感じです。
──ここまで声色を変えるのって、今まではやってきてないですよね。
TOC(ソロ名義)ではやってますけど、Hilcrhymeではやってなかったですね。今の思いとしては、TOCでやっていて、Hilcrhymeでやっていないことをなくしていきたいんですよ。そこで差別化しちゃうと、自分のよさが二分されてしまう気がして。今後はどんどん擦り合わせていくべきだなと。「Moments」は、その最初の作品になったと思いますね。
──その試みは必然でもあるような気がするし、面白さも感じるんですけど、でもそうなると2つの名義を持つ意味合いが曖昧にもなりそうですよね。
そこが一番悩んでるところですね(笑)。あまり細かいことを気にせず、Hilcrhymeでは好きなようにやっちゃっていいのかなとは思ってるんですけど。今このキャリアでいろんなことを試すのって、すごく度胸が必要で。でも、俺はあんまりそこを気にしないから、今後もいろんなことにチャレンジしていきたいですね。今回、声色を大きく変えてみた結果、それにフロウが干渉することにも気付いたんです。声色の違いによっていい引っかかりが生まれたり、逆に抜けができたりもする。そのあたりはまだまだ勉強する余地があるので楽しいですね。
瞬間瞬間を大事に生きようという気持ち
──アルバムのラストを飾るタイトルチューン「Moments」は、先ほどもお話があったように、アンビエントなループを用いたビートレスな1曲で。語るように紡がれるラップでは、未来に向けた強い決意がメッセージされています。同時に、TOCさんの弱さが随所に垣間見えているのも印象的です。
今回のアルバムは、この「Moments」に限らず、自分の弱さが全面的に出たような気もするんです。「スタープレイヤー」なんかにしても、強気な部分だけではないですからね。だからこそ、自分としてはロックなアルバムになったような感覚があったんです。ヒップホップにはいろんな定義があって、俺は稼いでる、俺はイケてるみたいな表現もあれば、悲しみを歌う表現もあるし、社会に対するレベルミュージック的な表現もある。でも、今回のアルバムは、そのどこにも当てはまらない気がした。それにロックという言葉が自分的にはハマったんですよね。
──楽曲のみならず、アルバムタイトルやツアータイトルにも「Moments」という言葉を使ったのはどうしてですか?
今年の頭ぐらいから“Moments”という言葉は自分の中にあったんです。窓のないスタジオにこもっていると、自分は“瞬間”を積み重ねて生きていることを強く実感するんです。リリックにも書きましたけど、死と隣り合わせで生きていることも感じてしまう。今年はそういう死生観みたいなことを考えることがすごく多かったので、そういう意味でも“Moments”という言葉が出てきたんだと思います。年齢的なことも関係してるはずですけど、一瞬一瞬、瞬間瞬間を大事に生きようっていう気持ちが今はすごく強い。それこそが自分の音楽の大きなテーマにもなっているので、それを今回のアルバム、ツアーのタイトルにも掲げました。
──命が有限であることは案外、忘れてしまいがちですから、しっかり刻んでおくのは大事かもしれないですよね。
そうそう。マジで忘れがち。最近はファンの人たちも若返ってるから、余計に忘れちゃいますよね(笑)。忘れないようにしないと。
目指すは連続リリース
──全国ツアー「Moments」は、11月3日の新潟公演からすでにスタートしています。
すごくソリッドで、めちゃめちゃいいツアーになってます。前半の公演に来てくれた人はアルバムを聴けていない状態だったのがホントに申し訳なかったんですけど、アルバムの新曲たちでみんなすごく盛り上がってくれる。もちろん旧譜でもワッと盛り上がってくれますけど、みんなその先、今のHilcrhymeをちゃんと期待してくれているのかな。しかも、純然たるラップ作品になったアルバム曲たちも、みんなしっかり歌詞を聴き取ってくれていることが伝わってくるのもうれしくて。そんな光景を見ると、無理にメロディに乗せる必要はないんだなって、改めて思ったりもしますね。で、そうやってラップに没頭していくと、また自然とメロディが必然的に生まれてくることもあるでしょうし。
──ツアーは12月末まで続きます。そこで得たものは、また次の動きにしっかりとつながっていくんでしょうね。
そうなんでしょうね。今はライブにきっちり向き合いつつも、すでに新しい曲のことばかり考えてますから。やりたいことは明確にあったりもするので、次もまたいいペースで皆さんにお届けしたいですね。今回のアルバム制作はホントに血反吐を吐くようなつらさだったので、今度はしっかり作っていきますよ。細かくデッドラインを設けながら(笑)。目指すは5カ月連続リリースとか。それがマジで自分にとっては理想的なんで。
公演情報
Hilcrhyme TOUR 2025「Moments」
- 2025年11月3日(月・祝)新潟県 新潟テルサ
- 2025年11月8日(土)静岡県 LIVE ROXY SHIZUOKA
- 2025年11月9日(日)兵庫県 Harbor Studio
- 2025年11月16日(日)福島県 郡山HIP SHOT JAPAN
- 2025年11月22日(土)愛知県 Zepp Nagoya
- 2025年11月23日(日・祝)大阪府 Zepp Namba
- 2025年11月29日(土)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
- 2025年12月6日(土)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
- 2025年12月7日(日)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2025年12月12日(金)福岡県 Zepp Fukuoka
- 2025年12月13日(土)香川県 高松festhalle
- 2025年12月21日(日)宮城県 仙台Rensa
- 2025年12月27日(土)北海道 札幌PENNY LANE24
プロフィール
Hilcrhyme(ヒルクライム)
2006年6月に結成されたラップユニット。インディーズでの活動を経て2009年7月にシングル「純也と真菜実」でメジャーデビューを果たした。続く2ndシングル「春夏秋冬」がチャートトップ10ヒットなど、ロングセールスを記録。2010年1月リリースのメジャー1stアルバム「リサイタル」も大ヒットした。2014年には初の東京・日本武道館公演のチケットがソールドアウト。もともとは2人組ユニットだったが、2018年にMCのTOC1人となって再始動。2025年11月に13thアルバム「Moments」をリリースした。2026年6月に結成20周年を迎える。
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