中国での岩井さんの人気はBeatlesみたい
──2016年7月には中国5都市でツアーを開催しました。アジアでの活動は当初から視野に入っていたんですか?
岩井 どちらかと言うと、成り行きでそうなったんですけどね(笑)。
桑原 中国での岩井さんの人気、ホントにすごいんですよ。「キャー!」じゃなくて「ギャー!」なので。
椎名 The Beatlesみたいです(笑)。
桑原 そうそう。1曲目から泣いているお客さんもいるんですよ。岩井さんの映画は中国で広く愛されているし、その楽曲を現地で演奏できるのは本当に貴重だなって。これからもできるだけ行きたいですね。
岩井 国民性もあると思いますが、中国の人は日本以上に多様性を受け入れてくれる気がするんです。日本は異業種の壁を超えるのが大変なんですよね。僕は映画界の生え抜きではないので、いまだにメインストリームの外にいるような感じがあって。ミュージシャンが音楽以外のことをやろうとしても、受け取り側が「自分が好きなのはミュージシャンとしての彼だから」という区切り方をすることが多いと言うか。中国はもう少し寛容で、作品がよければ評価してくれるんですよ。固定観念を超えるのは面白いですからね。僕自身、「受け入れられそうにないな」ということをやりたがるところがあるので。
桑原 ははははは(笑)。
岩井 僕は「同じ場所にいたら成長できない」と思っているんです。いろんな体験をしたほうが磨かれるし、できるだけいろんなことをやったほうがいいに決まってるっていう。
椎名 中国でのライブも、すごくいい経験になってますね。チケットは中国でしか買えないので、お客さんはほぼ全員、向こうの方なんですよ。
岩井 すごくウエルカムな雰囲気だしね。琴音ちゃんが風邪を引いて、声が出なかったときがあるんですよ。そのときもアットホームに迎え入れてくれて。
椎名 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだったんですけど、その何カ月後かに北京に行ったら、「声が出ないのにがんばって歌ってる姿に感動した」ってSNSで話題になっていて。ライブはいつも怖いですけどね。日本でも中国でも。
桑原 私は全然怖くないです(笑)。このメンバーと一緒だったら大丈夫と思えるし、音楽の神はどこにでもいると信じているので。中国語で自己紹介するのはちょっと大変ですけどね。
椎名 中国語で歌ったりお話をすると、すごく喜んでくれるんですよ。
「こうすればウケる」みたいなことを考えるのは、音楽に失礼
──5月には本格的なアジアツアーも開催。活動の幅はさらに広がっていくと思いますが、現時点において、ヘクとパスカルは皆さんにとってどんな場所ですか?
岩井 映画を作るのって本当に大変なんです。だから僕にとってヘクとパスカルは、安息の場所ですね。
椎名 「ここはオアシス」って言ってますよね(笑)。
岩井 そう(笑)。撮影は平気なんですけど、話を考えるのにとにかく時間がかかるんですよ。2時間の映画を構築するためには、まるでドミノを並べているような日々が続くので。その間は人とも会わなくなるし、ずっと閉じこもってるんですよね。原作モノに手を出せば苦しみはなくなるんだけど、そっちには全然興味がないんです。僕は“撮影したい”わけではなくて、どんなに苦しくても“物語を作りたい”ので。ただ、ずっとつらい状況が続くのはきついから、安息の場所、楽しい場所も欲しいじゃないですか。さっきも言いましたけど、楽曲の制作は短編映画作りに似てる部分があるから、お互いに影響しているところもあると思うんですよね。
椎名 私の場合は……俳優の現場は長くても1カ月、最近は1、2週間で撮りきっちゃうこともあるんですよ。いつも密な現場を経験させてもらっているし、そのたびに成長できるんだけど、撮影が終われば「バイバイ」じゃないですか。ヘクとパスカルはずっとあるから、そこが一番違いますね。バンドに参加したのは20歳のときで、それから4年間、すごく濃厚な時間を過ごさせてもらって。表現する力を付けさせてもらっているし、帰ってくる場所でもあるんですよ。今、舞台の稽古をやってるんですけど、ここに戻ってくるとホッとするので。
──歌手として成長できた実感もある?
椎名 あります。最初は本当にダメダメだったし、2人(岩井と桑原)に言われたことをこなすだけで必死だった。今は言われたことにちゃんと応えられるようになったし、自分で考えられるようにもなったので。このアルバムが完成したことで、初めて歌手として存在できたと思います。
桑原 私は普段からずっと音楽を作っているので。テレビや映画、CMなどの音楽を作るときとか締め切りがある仕事の場合は、制作のテンポもわかってるし冷静にやれるんですけど、ヘクとパスカルのときはそれが崩れてしまって、自分が剥き出しになるんです。それがすごく恥ずかしくて……だから私は、ヘクとパスカルでは全然安心できないです(笑)。
椎名 はははは(笑)。
桑原 実家に帰るときに似てるかも。親に会いたい気持ちはあるけど、うまく話せるかわからないっていう(笑)。一番ヒリヒリするし、一番泣いてるし、褒められると一番うれしいけど、ダメ出しされると一番イヤで。自分の情けないところが出ちゃうし、成長できる場所でもありますね。
──自分自身をさらけ出せる場所なのかも。
桑原 みんなが受け入れてくれてるんだと思います。こう言うと、ずっと反抗期で甘えてるみたいだけど(笑)。ほかの現場で新しい音楽のエッセンスを得たときは、「これをヘクとパスカルの曲に使おう」と思ったりもするんですよ。おみやげを買って帰る感じかも(笑)。
岩井 3人共普段はまったく別の場所にいるんだけど、やっぱり重なり合うところがあるんだろうね。
──純粋にいい作品を作りたいという思いも共通してますよね。「こうすればウケる」みたいなことを一切考えていないと言うか。
桑原 そういうことを考えると、音楽に失礼だと思ってるんです。やっぱり、自分からスッと自然に出てきたものを表現しないと。人間だから「ウケる」みたいなことをまったく考えないとは言えないけど、邪念はなるべく払いたいですね。
椎名 ただ、せっかく作ったものが世に出ないのは悲しいですからね。そこはスタッフ皆さんにお任せしてますけど、今回のアルバムでやっと「いろんな人に聴いてほしい」という自覚が芽生えてきたので。
桑原 そうなんだ。
椎名 ずっと「興味がある人に聴いてもらって、いいなと思ってもらえたらうれしい」と思ってたから。必死すぎて、それ以上のことが考えられなかったんだと思います。今はそうじゃなくて、みんなに聴いてもらいたいなって。森本千絵さんが描いてくれたジャケットも好きなので、ぜひ手に取ってほしいですね。
──「いいものができた」という実感を得たからこそ、「これをどう伝えるか?」ということに意識が向かい始めたと。
椎名 そうですね。
桑原 その順番が逆になると、岩井さんにすぐバレちゃうんです。例えば「私がいいと思うメロディは別にあるけど、こっちのほうが喜んでもらえるかな?」みたいな感じで作ると「全然ダメ」って言われたり。
岩井 そのアンテナがどういうものなのかは、説明できないんですけどね。そこは自分の感覚を信じるしかないので。
桑原 そこは厳しいんですよ、本当に。岩井さんに嘘はつけないなって思います。
- ヘクとパスカル
「キシカンミシカン(既視感未視感)」 - 2018年1月24日発売
REM/SPACE SHOWER MUSIC -
[CD]
3780円 / PECF-3196
- 収録曲
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- 君の好きな色
- テレビの海をクルージング
- アルカード
- 花の歌
- 冬の小鳥
- 休日の歌
- 引っ越し
- Break These Chain
- 花は咲く
- Forever Friends
- ヘクとパスカル アジアツアー
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- 2018年5月6日(日)
大阪府 Soap opera classics - 2018年5月10日(木)
中国 深セン 南山文体中心聚橙剧院 - 2018年5月13日(日)
中国 上海 上海東方芸術センター - 2018年6月1日(金)
東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
- 2018年5月6日(日)
- ヘクとパスカル
- 映画監督の岩井俊二(G)、俳優でシンガーソングライターの椎名琴音(Vo)、作編曲家でピアニストの桑原まこ(Piano)によって2013年に結成され、2015年3月に1stミニアルバム「ぼくら」をリリース。その後、荒井桃子(Violin)、林田順平(Cello)、ヨースケ@HOME(G)をバンドメンバーとして迎え、6人編成でライブを中心に活動を始める。2016年7月には北京や上海など中国の5大都市でツアーを行い、4600人を動員。2018年1月にバンド編成での初のアルバム「キシカンミシカン(既視感未視感)」を発表した。