ヘクとパスカル|岩井俊二がバンド活動に見出した安息の場所

音楽にトライすることの喜び

──アルバムに収録されたカバー曲「Break These Chain」(原曲はChara。1993年公開の岩井俊二監督作品「FRIED DRAGON FISH」主題歌)、「Forever Friends」(映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」挿入歌)についても聞かせてください。

椎名 この2、3年の間にライブをたくさんやらせてもらって、その中でカバー曲もやってたんです。昔の曲をそのままやるのではなくて、新しく作り直して、自分たちのオリジナルにしたいという気持ちがあったし、ライブを重ねる中で、しっかり自分たちのものにできたという実感もあったので、アルバムにも収録することにしたんです。

岩井 お客さんに喜んでもらいたいという気持ちもあったし、自分の映画で使った曲を復刻することで、自己確認したいところもあったんですよね。こういう仕事って、作品のテイストを時代とすり合わせないといけない部分もあると思うんだけど、僕の場合はそれをまったくやってなくて。自分の映画や音楽の方向性もそうだし、ドラマなどのサントラで選んだ曲を含めて、学生時代から好きなものがほとんど変わってないと言うか。そういう曲をヘクとパスカルで演奏して、「古くなってない」と確認することでホッとしているところもありますね。ただ、どちらもまったく違うアングルからアレンジしたかったんです。カバー曲を聴いて、「FRIED DRAGON FISH」や「打ち上げ花火~」の場面を思い出す人もいると思いますが、それだけでは面白くないし、違った景色が浮かんでくるようにしたくて。それはアルバムのタイトル「キシカンミシカン(既視感未視感)」にもつながっているんです。聴いたことがある曲なんだけど、頭の中には見たことがない景色が浮かぶっていう。アレンジの方向性を見つけるのは大変でしたけどね。曲の中にある普遍性を残しながら、どういう演奏とアレンジで再生させるか……特に「Break These Chain」は原曲とはかなり違っていますね。

桑原まこ(Piano)

桑原 大工事でした(笑)。「Forever Friends」のアレンジは何度やっても納得できなくて、途中で「もうダメだ」って放置したんです。その後、岩井さんが「少年たちは花火を横から見たかった」の小説を送ってくれたんですけど、本に付いていたポストカードがすてきで、それを見たときに「できるかも」と思って。原曲のことを忘れて、でも、少しだけ心に残しながらリアレンジした感じです。逆にCharaさんの「Break These Chain」は、すぐにアレンジが浮かんだんですよ。

椎名 歌うのはどちらも大変でしたけどね(笑)。「Break These Chain」の原曲を聴いたときは、「これは無理かな」と思ったくらいなので。まこちゃんがアレンジで歌えるようにしてくれたんですけど、レコーディングのときも必死で……ライブもそうですけど、いつもギリギリな気持ちでやってます。

桑原 緊迫感のある音楽ではないけどね(笑)。

椎名 そうだね(笑)。ただ、やっぱり私は気持ちをしっかり乗せたほうが歌いやすいんです。レコーディング中も岩井さんに演技の演出をしてもらってるような感じでやっていて、そのほうがしっくりくるんですよね。どちらかと言うと、役に落とし込むようなイメージで歌ってます。

岩井 僕自身、そういうやり方しかできないんですよ。映画も音楽もどこかで習ったわけではないので、自分流にやるしかない。「これくらいはやれるはずだ」というのは経験上わかってるので、それを信じてやるしかないと言うか。映画作りもそうなんですけど、ボンヤリとしていて抽象的だったものがクリアになっていくのが楽しいんですよ。音楽にトライすることの喜びも、そういうところに存在している気がします。

岩井さんは「いないな」と思ったらスタジオで練習してる

──多くのトライ&エラーがあったと思いますが、完成したアルバムは楽曲、歌、サウンドを含めて、しっかりと統一された雰囲気があって。やはり3人の感性が近いんでしょうね。

ヘクとパスカル

椎名 そうですね。楽曲に関しては、この3人以外に意見を言う人もいないので。

桑原 我々が納得しながらやってるので、それが統一感につながっているんだと思います。

椎名 あとはやっぱりライブが大きいかな。ステージで演奏するたびに、自分のものになっていく感覚があるんですよね。

桑原 ライブのたびに譜面を書き直してるんですよ。譜面がありすぎて、「レコーディングで使うのはどれ?」って言われたりしますけど(笑)。

岩井 「Forever Friends」のアレンジも何度か変わったからね。「これじゃダメだ」とまこちゃんを苦しめて、やっとゾワゾワできるアレンジが上がってきたんだけど、今度は難しくて僕が弾けないっていう。呆然としてます(笑)。

桑原 (笑)。同じメロディでも1番と2番でコードが違ってたりするので。

椎名 去年、岩井さんとまこちゃんがライブで連弾したんですよ。

桑原 岩井さん、だんだんうまくなってるんです。「あれ? いないな」と思ったら、スタジオで練習してるので。

椎名 音大生みたい(笑)。

岩井 まだまだだけどね。ギターもピアノも、練習を始めて3年目なので。

ヘクとパスカル
「キシカンミシカン(既視感未視感)」
2018年1月24日発売
REM/SPACE SHOWER MUSIC
ヘクとパスカル「キシカンミシカン(既視感未視感)」

[CD]
3780円 / PECF-3196

Amazon.co.jp

収録曲
  1. 君の好きな色
  2. テレビの海をクルージング
  3. アルカード
  4. 花の歌
  5. 冬の小鳥
  6. 休日の歌
  7. 引っ越し
  8. Break These Chain
  9. 花は咲く
  10. Forever Friends
ヘクとパスカル アジアツアー
  • 2018年5月6日(日)
    大阪府 Soap opera classics
  • 2018年5月10日(木)
    中国 深セン 南山文体中心聚橙剧院
  • 2018年5月13日(日)
    中国 上海 上海東方芸術センター
  • 2018年6月1日(金)
    東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
ヘクとパスカル
ヘクとパスカル
映画監督の岩井俊二(G)、俳優でシンガーソングライターの椎名琴音(Vo)、作編曲家でピアニストの桑原まこ(Piano)によって2013年に結成され、2015年3月に1stミニアルバム「ぼくら」をリリース。その後、荒井桃子(Violin)、林田順平(Cello)、ヨースケ@HOME(G)をバンドメンバーとして迎え、6人編成でライブを中心に活動を始める。2016年7月には北京や上海など中国の5大都市でツアーを行い、4600人を動員。2018年1月にバンド編成での初のアルバム「キシカンミシカン(既視感未視感)」を発表した。