ヘクとパスカル|岩井俊二がバンド活動に見出した安息の場所

映画監督の岩井俊二(G)、ドラマや映画、CMなどの音楽を数多く手がける桑原まこ(Piano)、俳優でシンガーソングライターの椎名琴音(Vo)を中心としたバンド、ヘクとパスカルが1stフルアルバム「キシカンミシカン(既視感未視感)」をリリースした。

このアルバムには、映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」とネスレアミューズのコラボ企画「メモリぃプレイ」のテーマソング「君の好きな色」、映画「四月物語」の挿入歌「休日の歌」、岩井が作詞したNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」、映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の挿入歌である「Forever Friends」、1993年放送「FRIED DRAGON FISH」のエンディングテーマであるCharaの「Break These Chain」のカバーなどを収録。ピアノと弦を中心としたサウンドデザイン、映像を想起させる歌詞、豊かな表現力を備えた椎名のボーカルなど、このバンドの特徴が明確に示された作品に仕上がっている。

音楽ナタリーでは、岩井、桑原、椎名にインタビューを実施。ヘクとパスカルの成り立ち、アルバム「キシカンミシカン(既視感未視感)」の制作、中国をはじめアジア全域で人気を得ているバンドの現状などについて聞いた。

取材・文 / 森朋之 撮影 / 笹原清明(ライブ写真を除く)

リリースが冬になってよかった

──「ヘクとパスカル」は当初、岩井俊二さんと桑原まこさんのユニットとしてスタートしたそうですね。

岩井俊二(G) はい。まこちゃんと会ったのは中国で開催した「岩井俊二音楽祭」のときだったんです。僕の映画のサントラを演奏したのですが、まこちゃんにアレンジをお願いして。それが縁でいろいろな仕事を一緒にやるようになって、「ユニットとして活動したら面白いんじゃないか」と思ったんですよね。その後、椎名琴音ちゃんの歌声を聴いて、「ぜひ3人でやろう」という流れになりました。

桑原まこ(Piano) 岩井さんに声を掛けていただいたときは、「まさか私とユニットをやってくれるはずがない」と思ったんです。琴音ちゃんが入ることが決まったときに、ようやく「本当だったんだ」って(笑)。

椎名琴音(Vo) 最初は“蓮華”っていうユニット名だったんですよね?

桑原 そうそう。(岩井が音楽を手がけた)映画「遠くでずっとそばにいる」に蓮の花が出てくるからって。いろいろ候補があったんですけど、どれもイマイチで、Twitterで募集したんですよ。そしたら北川悦吏子さんから「ヘクトパスカル」という案が送られてきて。

岩井 “ト”を“と”にしたのは僕なんですけどね。

ヘクとパスカル

椎名 “ヘクとパスカル”だと私が入る場所がないなと思ってたら、「“と”をあげる」って言われて(笑)。ただ、私も最初はユニットとして音楽活動ができるなんて思ってなかったんです。当時私は駆け出しの俳優で、音楽は趣味みたいな感じだったんです。だから「風が吹いてる」(2014年に発表されたヘクとパスカルのデビュー曲)も、歌手としてではなくて“自分の声を使って表現する”という感覚で歌ってたんです。その後も、与えられる曲をお二人にいいと思ってもらえるようにがんばって歌ってきて。とにかく目の前のことを一生懸命やっていました。最初のミニアルバム(2015年発売の「ぼくら」)を出したときにやっと「ユニットとしてやっていけるのかな」と思えたんですよ。

──岩井さんはこのユニットの活動に対して、どんなビジョンを持っていたんですか?

岩井 3人の好きな世界が重なり合っていくようなものになるんだろうなと思ってましたね。今回のフルアルバムもまさにそういう作品になっていると思うし。実際には、1曲ずつ納得しながら積み重ねてきたんですけどね。

桑原 まさにそんな感じでした。「どうなるんだろう?」という不安もなく、「1曲ずつ、いいものを作っていこう」って。

岩井 映画に例えると、ショートフィルムを作ってる感じに近いかもしれないですね。

──アルバムからも、短編映画のオムニバス作品のような雰囲気を感じました。楽曲はどうやって作ってるんですか?

桑原 曲を作りたくなった人から始めることが多いです。例えば「冬の小鳥」という曲は、私がメロディを作って、琴音ちゃんに歌詞を付けてもらって、それを岩井さんに送ったんです。そこで手直ししてもらって、また私が手を加えてという感じですね。

椎名 「冬の小鳥」の制作は面白かったんですよ。取りかかったのは2年くらい前なんですけど、「まだまだ曲が足りないから、私たちががんばって新曲を作れば、アルバムを出させてもらえるはず!」って(笑)。

桑原 2年かかっちゃったけどね(笑)。

椎名 私、ずっとこの曲の練習をしてたんですよ。アルバムのリリースが冬になってよかった(笑)。

ピアノと弦があれば、余計なものはいらない

──新曲の「引っ越し」も印象的でした。すごく映像が浮かぶ曲だなと。

椎名 ありがとうございます。映画「四月物語」(岩井俊二監督作品)に出てくる、松たか子さんの部屋を思い浮かべながら歌ったんですよ。

桑原 この曲は岩井さんとのやり取りの中で、かなり歌詞が変わったんですよね。最初に私が書いた歌詞は“彼と別れて部屋を出ていく”という感じだったんですけど、岩井さんに投げたら、“彼”の存在がなくなってて(笑)。

岩井 (笑)。

椎名 恋愛だけではなくて、“いろんなことがあったよね”と振り返るような歌になりました。

桑原 うん。そういうふうに岩井さんとの歌詞と私の歌詞が混ざることもあるんですよ。

──本当に共同作業なんですね。アルバム全体を通して、アコースティック楽器を中心としたサウンドデザインも印象に残りました。

岩井俊二(G)

岩井 ずっと映画音楽を作ってきて、ある時期「ピアノと弦があれば、余計なものはいらない」という気持ちになったことがあって。それは今も変わってないんですよね。電子的な音、アンビエント的なサウンドもやろうと思えばできるんだけど、ヘクとパスカルでは、あえてそれをやってません。音数も制限していますが、そのことで不便を感じたことはないし、あとは聴き手に想像してほしいんですよ。そこは3人の波長が合っているし、ブレることもないですね。

桑原 リズムの要素は、ギターやチェロが担ってくれているんです。私も弦は大好きだし、必要最小限の音で構成したいという意識はあります。

椎名 いろいろと変化はしてるんですけどね。例えば「テレビの海をクルージング」はけっこう前にレコーディングしたんですが、私の声も全然違うし、まこちゃんのアレンジも今とはだいぶ違っていて。

桑原 そう、けっこういろんな音が入ってるんだよね。「これだけの音では足りないんじゃないか」と思って、あとから加えたり……人間、不安になると余計なことをしちゃうんですよ(笑)。最近はよりシンプルになってますね。音数を増やしたくなったら、そうするだろうし。

椎名 うん、「こうじゃなくちゃいけない」という決まりはないので。今の音はもちろん、すごく気持ちいいですけどね。生楽器の音の中で歌うと、感情の入り方も違ってくるんですよ。

桑原 私は琴音ちゃんの声も楽器の1つだと考えていて。(バイオリンの荒井桃子、チェロの林田順平、ギターのヨースケ@HOMEを含めた)バンドメンバー6人が混ざって、ヘクとパスカルになる感じなんですよね。

椎名 アルバムを聴いていても、演奏しているみんなの顔が浮かんでくるしね。だから今回は、バンドメンバーみんなで写真を撮ったんです。荒井さん、林田くん、ヨースケくんがいないと、曲は作れないから。

桑原 アレンジはかなり緻密なんですよ。1音でも間違えたら崩れるような編成になってるので。

椎名 誰かがミスすると「はっ!」という感じになるよね(笑)。

桑原 そうそう。ただ、あまり窮屈にはなりたくないので、そこは試行錯誤してますね。

ヘクとパスカル
「キシカンミシカン(既視感未視感)」
2018年1月24日発売
REM/SPACE SHOWER MUSIC
ヘクとパスカル「キシカンミシカン(既視感未視感)」

[CD]
3780円 / PECF-3196

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収録曲
  1. 君の好きな色
  2. テレビの海をクルージング
  3. アルカード
  4. 花の歌
  5. 冬の小鳥
  6. 休日の歌
  7. 引っ越し
  8. Break These Chain
  9. 花は咲く
  10. Forever Friends
ヘクとパスカル アジアツアー
  • 2018年5月6日(日)
    大阪府 Soap opera classics
  • 2018年5月10日(木)
    中国 深セン 南山文体中心聚橙剧院
  • 2018年5月13日(日)
    中国 上海 上海東方芸術センター
  • 2018年6月1日(金)
    東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
ヘクとパスカル
ヘクとパスカル
映画監督の岩井俊二(G)、俳優でシンガーソングライターの椎名琴音(Vo)、作編曲家でピアニストの桑原まこ(Piano)によって2013年に結成され、2015年3月に1stミニアルバム「ぼくら」をリリース。その後、荒井桃子(Violin)、林田順平(Cello)、ヨースケ@HOME(G)をバンドメンバーとして迎え、6人編成でライブを中心に活動を始める。2016年7月には北京や上海など中国の5大都市でツアーを行い、4600人を動員。2018年1月にバンド編成での初のアルバム「キシカンミシカン(既視感未視感)」を発表した。