あふれ出る魂の叫び シンガーソングライター・畑亜貴の思考に迫る

“自分にとっての気持ちよさ”に忠実でありたい

──畑さんのボーカルスタイルに関しては、影響を受けたボーカリストなどはいるんですか?

私はエンヤがすごく好きで、自分の声だけを幾重にも重ねてあのサウンドを作っているのが衝撃的だったんですよ。「そうか、そういうことは1人でもできるんだ」「自分の声だけであんなにも広い世界が描けるのか」と。それまでもケイト・ブッシュとか、先ほどお話に出たCocteau Twinsとかのコーラスを重ねて畳みかけてくるような曲が好きで。たぶん、それは私が小学校で合唱をやっていたせいだと思うんですけど、そういう音楽に惹かれていた中でエンヤを聴いて、何かすごい機材とかを使わなくても、声を重ねていくことで宇宙が見えるんだなって。

──なるほど。

でも、声って人それぞれ違うから、言うなればみんなが違う楽器を持っているようなものじゃないですか。なので、私は自分の声を重ねるのも大好きだけれども、重ねるのは自分の声だけじゃなくてもよくて、自分以外の声をコーラスに混ぜてさらに世界を広げるのもいいなと思っていて。最近はそれにハマっていますね。別の方の声で囲んでもらったりすることによって、自分のちょっと芯が弱いというかふわっとした声がいい感じに支えられて、また1つの世界観を形成することもできるんだなって。

──少し先回りすると、その手法はカップリング曲「砂海パラソル」のほうにより顕著ですね。

そうなんです。自分の声だけだと「まあ、そうだよね。そういう世界観だよね」ってなんとなく想像できてしまうところを、いろんな楽器を重ねるように声を重ねることによって世界を拡張することができるかもしれない。今はそれが楽しくてしょうがないというか、まだまだここは追求したいところです。

──エンヤにしてもケイト・ブッシュにしてもただ美しい歌を聴かせるだけではなく、どこか癖がありますよね。それも畑さんの音楽に通じているように思います。

自分で言うのもあれなんですけど、変ですよね(笑)。私は“自分にとっての気持ちよさ”というのを無視したくないというか、そこに忠実でありたいというか。たとえ他人が聴いて気持ちよくなくても「私はこれが気持ちいいんだよね」と、実験的に、例えばだんだん下がっていくサビを作ってみたりするんです。普通は歌うにつれてだんだん盛り上がっていくところを、盛り下がっていく。当たり前ですが、それは需要がないので、人に聴かせると「大丈夫?」みたいな反応で。でも、自分では「盛り下がってる! 気持ちいい!」と勝手に喜んでいるんです。

──それ、聴いてみたいですね。あと、「蜿蜒 on and on and」の歌詞にある「消費だけの世界は虚だ! 虚だ!! 虚だ!!!」といったフレーズも畑さんらしいといいますか。過去にも「拝金聖者我が街を進まん」(2010年12月発売の5thシングル表題曲)など、やはり挑発的な曲を発表されていましたね。

けっこう怒ってます、世の中に対して(笑)。ただ、それはやっぱり作家仕事では書くべきじゃないし、自分としてもそこではみんなの心が慰められるような、キラキラした素敵なことをいっぱい書きたいんです。もしかしたら、その反動もあるかもしれないですね。明るい側面の裏側には、それと同じくらいの質量の暗さがないと人間としてバランスが取れないというか。

──今のお話は「砂海パラソル」の「喜びと 悲しみは 同じだけ生まれ」という歌詞にも表れていますね。

そうですね。「砂海パラソル」も今まさに私が本当に思っていることをお届けしているので。

なぜ、私は生きるんだろう?

──その「砂海パラソル」ですが、テーマは「蜿蜒 on and on and」と通底していますね。

「蜿蜒」が昼なら、「砂海パラソル」は夜という感じです。昼は「旅をしてみたい!」とテンションが上がっているけれど、夜は砂漠でポツンと「なぜ、私は生きるんだろう?」って。

──その中で“痛み”というものにフォーカスし、それは生きていくうえで必要なもの、あるいは引き受けなければならないものと捉えている?

痛みがなくなるのは、たぶん死ぬときですよね。やっぱり生きている限りは誰しもが何かしらの痛みを抱えているはずで、どんなに幸せで恵まれている人であっても、その人なりの痛みが必ずあると思うんですよ。むしろまったく痛みを感じない人がいたとしたら「あなた、半分死んでるんじゃない?」みたいな。じゃあ、生に痛みは付きものだとして、なんで生きているのかといえば、それはわからないんですよ。少なくとも私には。

──わからないですか。僕もわからないですけど。

けっこう頻繁に考えているんですけど、わからないですね。生きることに意味があるのかもしれないし、ないのかもしれないし……っていうふうに考えること自体がもう痛いじゃないですか(笑)。でも、そう考えている時間も生きているんだよなあって。とはいえ、わからないなりに、旅をするモチベーションにはなりますよね。生きている意味がわからないから探しにいこうというので、自分の曲にもそういうつながりを感じたりはしています。

──ちなみに“砂海”というイメージはどこから?

ちょうどこの曲を作りたいという塊が自分の中にあったときに「蜿蜒」のジャケット撮影で鳥取砂丘に行ったんですけど、私が抱えていた感情と、砂というのがすごくしっくりきたんですよね。しかもそのとき、通り雨がけっこう降りまして。当たり前なんですけど、砂丘にも雨は降るし、その雨はちゃんと砂に染み込むんだなというのがわかって、それも自分の考えていた世界とカチッとハマった感覚があったんです。

──「砂海パラソル」もやはりスケールの大きい、よりニューエイジ感のある曲になっていますね。

ヒントは鳥取砂丘からもらいましたけど、心は地球から飛び出すような感じで。もし火星とかに入植していたとしたら、地球のほうを眺めながらこういうことを考えていたかもしれないなって。やっぱり自分の中では宇宙感は外せないというか、たぶん生きている間は無理だと思うんですけど、実際に地球を宇宙から見てみたいんですよね。

──めちゃくちゃに稼げば民間人でも自腹で宇宙旅行できるのでは? 元ZOZOTOWN社長の前澤友作氏がやろうとしているみたいに。

仮に私が大富豪だったとしても、たぶん今の技術力では……私はけっこう乗り物酔いするんですよ。

──酔い止め飲んで成層圏の上を目指しましょうよ(笑)。

大丈夫かな? 船でさえヘロヘロになっちゃうんですけど(笑)。

畑亜貴

最近、やっと人間に近付いてきた

──「砂海パラソル」の編曲は西岡正通さんで、先ごろリリースされたセルフカバーシングル「鏡の名前 – 懐古庭園 Vol.05 –」(2021年6月発売のシングル)の収録曲の編曲も担当された方ですね。

最近、西岡さんにはいろいろな曲をアレンジしてもらっていて、やっぱり何曲か一緒にやっているとだんだん通じるのが早くなってくるというか。「こういうことがやりたいな」とお伝えしてラフアレンジが返ってきたときに「そう、それなの!」ってなる感じがすごく楽しくなってきたところなんです。

──間奏パートなどはトリップ感がすごいですね。

そうなんですよ。これはたぶん西岡さんの特性だと思っていて、彼はギターを弾くんですけど、前に出るギターじゃないんですね。どこにいるのかわからないような感じでスッと入ってきたり、ソロを弾くときもなぜか10歩ぐらい後ろにいる感じなんです。「いやいや、普通はボーカルより前に出てくるでしょ?」っていう。

──なんならお立ち台に立ちますもんね。

そうそう。だからすごく面白いミュージシャンで、あらゆる場所から素敵な雰囲気を投げかけてくるようなスタイルがアレンジにも表れていると思うんですよね。それがまたどこか幻想的で、すごく私のツボを突いてくるんです。一聴すると派手な圧はないけれど、気が付くと取り囲まれているというか、不思議な気持ちよさを形にしてくれるアレンジャーだなと。だから今言ったように楽しいんですけど、音楽をやっていて楽しいと思うのは、音楽だけでコミュニケーションできるというか、音楽について語り合っているだけでいいという気になってきちゃうところなんですよね。瑣末なことは置いといて「この曲がこうで、ああで、そうだよね!」と言っているときが、自分にとって人とつながっていられる瞬間かもしれません。

──普段はあまりつながっていられないんですか?

音楽以外で人と正常なコミュニケーションが取れないのかもしれないとすら思います。普段思っていることを伝えづらいというか、音楽以外での人としての人生がへっぽこすぎて。だから音楽の話をしているときだけですね、私がまともなのは(笑)。

──今日お話を伺っていて、いくつかぶっ飛んだ発言もありましたが、概ねまともにコミュニケーションが取れているのではないかと。

まあ、基本は音楽の話ですし(笑)。あと最近、やっと人間に近付いてきたのかもしれません。

──やっと? どういうことですか?

ええと、私は昔から、地球にいる自分に異物感があるというか、自分は小さい頃に宇宙船から落っこちてきちゃったんじゃないかって。どんな中二病だよって話なんですけど(笑)。

──やっぱりぶっ飛んでますね(笑)。

だから「地球って生きにくいな」と思っていたんですけど、ようやく慣れてきて。たぶん、音楽を作るということにあまりに熱中しすぎていて、周りが見えていなかったんだと思うんです。とにかく音楽を作ることが最上位にあって、それ以外のすべては最下位に置くような感じで生きてきちゃって。自分が音楽のことしか考えていなかったから、音楽以外のことを考えている人のことがわからなかったんです。でも、最近は「地球の人もいろんなことを考えているんだな」と思うようになったというか、ちょっと人に優しくなったような気がしています。

──地球に慣れてきたタイミングでお話を伺えてよかったです。とはいえ、音楽が最上位にあるというスタンスは今後も変わらないんでしょうね。

そうですね。やっぱり自分の気持ちを嘘偽りなく音楽で表現したいし、そこに誠実でありたいと思います。それが人の求めることじゃなかったとしても、自分はそこに向かっていくしかない人間だという自覚があるので、いちアーティストとしてはそれを地味に地道に追求していきつつ、作家としては求められるものに対して「もっと素敵な世界が描けるよ」という気持ちで挑んでいきたい。作家は作家で挑戦だと思っているので、いずれにせよ挑戦し続けて、挑戦し続けたまま死にたいです。

──話題がループしてしまいますが、求められないということはないのでは?

伝わりにくいだろうことは確かだと思います。でも、「それそれ、それが聴きたかったの!」とはならないまでも、ちょっとでも誰かの魂に残ればいいなと。「なんで生きるんだろう?」とか「死んだら何も残らないよね」とかそういう気持ちって、ふと差してくるじゃないですか。そんなときに私の音楽を聴いて「まあ、そうだよね」とか「それはそれでしょうがないか」と軽く流してくれてもそれはそれでうれしいし、あるいは私みたいにずっとそういうことを考え続けている人には、「ここにもいるよ、そういうこと考えている人が!」と手を振りたいというか。私の音楽が人生の友になってくれたら最高ですね。

畑亜貴(ハタアキ)
シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家。1996年12月に1stアルバム「棺桶島」をリリース。2000年5月にシングル「微痛の楽園」をランティスから発表し、2006年12月にベストアルバム「浪漫月裸の娘達」、2007年12月にベストアルバム第2弾「隷属快美の娘達」をリリースした。2019年に時を経て生まれ変わる音を届ける“懐古庭園”シリーズを開始し、2021年までに「どうしよう?」「離岸流に乗って」「水中飛行」「雨月物語」を発表。2021年8月に配信シングル「蜿蜒 on and on and」をリリースした。また2002年にテレビアニメ「あずまんが大王」の主題歌「空耳ケーキ」で作詞家としても注目され、テレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」「ラブライブ!」といった人気作で作品のファンに愛される印象深い歌詞を量産。これまでに作詞または作曲で携わってきた曲数は、JASRAC登録曲で1870曲(2021年3月時点)を超える。