春野 1stアルバム「The Lover」インタビュー|自分をさらけ出し、外に向かって歩き出す (2/2)

yamaさんにあえてきれいじゃない言葉を歌ってほしかった

──「Limbo」(2022年8月発表)はフロウが気持ちよくて。言葉の響きとメロディの組み合わせが素晴らしいなと。

ありがとうございます。これもやっぱり“伝えるための言葉”を選ばなくなったのが大きいと思います。個人的な話なんですけど、2018年くらいから韓国のヒップホップやR&Bをディグっていて。翻訳してようやく意味がわかるという感じなんですが、ずっと聴いてるうちに「別に歌詞の意味がわからなくてもいいな」と思うようになったんですよね。「Limbo」も音としての気持ちよさを重視しながら歌詞を組んだところがあります。相手のことが憎いのにどうしても離れられない、敵わないというムードだけがある。聴き手をどんどん混乱させて、解釈の数を増やしたいという気持ちもあって。このアルバムはそういう心の余裕を持って作った曲が多いなと、今気付きました。

──6曲目の「U.F.O」(2022年9月発表)はギターのフレーズが軸になっています。

ギター、カッコいいですよね。この曲に限らず、最近、ギターを入れたいときはHISAさん(SIRUP、高橋あずみといったアーティストのライブに参加しているギタリスト)にお願いするようになりました。僕自身もギターが好きなんですけど、うまく弾けないんですよね。最初は「自分がやりたかったことを表現してもらえたらいいな」と思ってたんですけど、HISAさんはそれを超えてきてくれるんです。「U.F.O」もギターの力でより歌の説得力が出たと思います。

──「忘れないで 君にかわる人など 居やしないよ」と、かなりストレートな歌詞ですよね。

しっかり自分の思いを伝えようとして書きました。以前はこんなポジティブなことは書けなかったけど、書き方としては昔の自分に近いのかなと。こういう曲もこれからいろんなタイミングで出てくると思います。

──続く「D(evil) feat. yama」(2022年2月発表)も春野さんのポップサイドを感じさせる楽曲です。春野さん、yamaさんのボーカルの絡みも気持ちいいですね。

佐藤千亜妃さんと作った「Venus Flytrap」のときもそうだったんですけど、ボーカリストをフィーチャーするときは、相手の声を楽器として扱う感覚があって。言い方はよくないですけど「どんなふうに使ってやろうかな」と思っちゃうんです。yamaさんは言葉を伝えるのがうまくて。表現がとても丁寧で、言葉に心が伴うのがyamaさんの素敵なところの1つだなと思うんだけど、「D(evil)」ではあえてきれいじゃない言葉を歌ってほしかったんですよ。意地悪をしているつもりはないんだけど、普段とは違うことをやってほしいという思いがどこかにあるのかも。曲のイメージとしては、全体的には明るいんだけど、紐解いてみると切ない。「Venus Flytrap」「I'm In Love」ほどは振り切れてなくて、ちょっと背伸びして明るい自分を表現している感じですね。

「そして遠い国へ向かった」という歌詞がずっと胸の中に残っていた

──「Buddha」(2022年12月発表)はどこかダークな雰囲気の楽曲です。メロディ、歌詞はかなりシリアスで、曲名もインパクトがありますね。

この曲名は仏旗から来ています。仏旗は仏教を象徴する旗なんですけど、6色で構成されていて、それぞれの色が感情を表しているんです。アルバム全体を組み立てていく中で、足りない色を探していて、僕が欲しかったのは“怒り”だったんですよ。現状に満足できてない、「本当はこうしたいのに」という自分に対する気持ちをテーマにしようと決めたら、けっこうスラスラ書けましたね。聴く人によってはいろんな想像ができると思うんですけど、「俺は怒ってるんだ」ということをひたすら追求していました。BPM170のビートは今までの僕の曲で一番速くて。ドラムベースの要素やブレスの音も入れて、映画音楽みたいに感情を音で表したいという試みもありました。

──新たなサウンドにも積極的にアプローチしていた、と。

そうですね。春野というアーティストを紹介するときに、「スムーズでエモーショナル」だったり、「ローファイ」というキーワードが出てきがちなんですよ。それが気に食わないわけではないんですけど、自分がその枠にハマったり、落ち着いてしまうのはどうなのかなと。もちろん自分が「いい」と思って作ってきた曲なんですけど、外からのイメージを壊してみたいというか。やっぱり破壊願望があるんでしょうね。

──9曲目の「Los Angeles」は儚い雰囲気のメロディ、豊かな響きのトラックのバランスがすごくよくて。春野さんのサウンドデザインのセンスがしっかり感じられる楽曲だと思います。

ありがとうございます。「Angels」に「そして遠い国へ向かった」という歌詞があるんですが、それがずっと胸の中に残っていて。相手が亡くなってしまったのか、それとも自分の前からいなくなっただけなのか。自分でもすごくイメージが膨らむ言葉だなって、ずっと刺さっていたんです。そこから発展して、“会いに行けないぐらい遠くに行ってしまった人”を形容するために「Los Angeles」という言葉を選んだんですよ。僕は根本的に、今隣にいる人よりも、遠くに行ってしまった人の存在のほうが心に残るみたいなんです。「近くにいる相手に対して誠実じゃないな」と嫌になることもあるけど、それも自分だし、このアルバムのコンセプトは現時点の自分、今生きている自分をなるべく出すことなので。最初に「幸せに生きてる」と言っておいて、まだこんなにグチグチしてるのかと思われそうだけど、自分から出てきた心象は変えられないですからね。

──感情の揺り戻しも含めて、今の春野さんが表現されているというか。

そうですね。こうやって向き合いながら生きていくしかないんだろうなと。そういう割り切りやあきらめも、このアルバムには入っていて。曲を聴いてくれた方がいい意味で自分のことをあきらめたり、次に進むことができたりしたら、アーティストとしての役割が果たせたことになるのかなと思います。

春野

春が来たときの、外に出たくなる感覚

──「Love Affair」(2021年8月発表)はゆったりしたファンクネスを感じさせるナンバーです。

「Love Affair」も「Angels」のあとに書いた曲で。最後に「連れて行って まだ見ぬ世界のその先へ」という歌詞があるんですが、それは「Angels」の「遠い国へ向かった」に呼応しているんですよね。自分も連れて行ってほしかったという思いを描いた曲なので、アルバムにも絶対に入れたくて。

──「Up In The Clouds」はピアノと歌を軸にしたバラードです。このピアノは春野さんが演奏しているんですか?

はい。ピアノのバラードを作りたかったんですよ。ピアノの弾き語りをiPhoneのボイスメモで録って、一緒にアレンジしてくれたphritzくん(音楽ユニットPAS TASTAとしても活動しているクリエイター)に送って、バイオリンやギターなどを入れてもらいました。その後ピアノを弾き直したんですけど、ギターやバイオリンのノリと合わなくて、結局、デモの音源をそのまま使ってるんですよ。歌詞は「Angels」と同じく、手紙をしたためるように書きました。少し粗さもあるけど、言葉がしっかり残る曲になったんじゃないかなと。この曲だけはポップスから少し離れているけど、アルバムでしかできないアプローチだと思うんですよね。

──そしてアルバムの最後を飾るのは「Angels」です。これまでの話にも何度も出てきている曲ですし、アルバムの起点と言えるのでは?

そうですね。「Angels」は僕が初めて前を向いて書いた曲であり、春野のアーティスト像の外に出ようとした曲なのかなと。そのときは気付いてなかったけど、こうやって振り返ってみると、大きな起点だったんだなとしみじみ思います。「Up In The Clouds」の歌詞には冬の描写があって。「Angels」には“春”という言葉が出てくるんですけど、2曲を通して時系列を作りたかったんです。

──曲と曲が有機的につながっているんですね。7月には大阪と東京でワンマンライブ「HARUNO "THE LOVER RELEASE ONEMAN LIVE"」が開催されます。アルバム「The Lover」を完成させたことで、この先のビジョンも開けたのでは?

以前は決まった角度、カッコいい角度だけを見せたいと思いながら活動をしていて。でも、このアルバムを作ったことで、それを取り壊す大きな布石になったと思っています。やりたいこともたくさん増えたし、もっと突き進んでいきたいなと。春が来たときに外に出たくなる感覚みたいな……そういうポジティブな変化はあると思いますね。

春野

ライブ情報

HARUNO "THE LOVER RELEASE ONEMAN LIVE"

  • 2023年7月9日(日)大阪府 Music Club JANUS
  • 2023年7月15日(土)東京都 UNIT
  • 2023年7月16日(日)東京都 UNIT

プロフィール

春野(ハルノ)

2017年よりボカロPとしてオリジナル楽曲を投稿。その後シンガーソングライターとしての活動を始め、2019年8月に1st EP「CULT」をリリースした。2020年8月に2nd EP「IS SHE ANYBODY?」、2022年2月に3rd EP「25」を発表。6月には東阪で初のワンマンライブ「HARUNO #25-26 ONEMAN LIVE」を開催した。10月にはバカリズム脚本・原案のドラマ「住住」に主題歌「U.F.O」を提供。2023年2月にはかねてより敬愛する佐藤千亜妃を迎えた楽曲「Venus Flytrap」を配信リリースした。5月に1stフルアルバム「The Lover」を発表し、7月にワンマンライブ「HARUNO "THE LOVER RELEASE ONEMAN LIVE"」を行う。