表情がなくても表情が伝えられる声
──佐橋さんはそれこそ、1980年代の終わりから現在までありとあらゆるタイプの歌い手のレコーディングに携わってきたと思いますが、そんな中で花澤さんの歌にはどんな個性を感じましたか?
佐橋 レコーディングしていてわかったんだけど、香菜ちゃんはキーのレンジが思った以上に広いんですよ。だから「この言葉を一番おいしく響かせるには、どのあたりの高さがいいんだろう」と、この3曲を通していろいろ試すことができてよかったなと思います。香菜ちゃんは声優として、表情がないところ……例えばアニメーションの場合、香菜ちゃんがしゃべっているんだけど表情を表現しているのはキャラクターという、不思議な世界でものを表現してきた人で。そこがボーカリストとしても強みなんじゃないかなと思う。表情がなくても表情が伝えられる声。それは初めから音楽を目指してやってきた人とは、少し違う才能なんじゃないかな。
──確かに。
佐橋 今でこそMVとかあるけど、昔はラジオで聴いて「なんだこのいい曲!?」と思ったら最後にDJが言ったアーティスト名と曲名をメモしてレコード屋さんに走ってたわけでしょ。音だけですべてを表現するという意味では、声優さんは音楽に対して特別な才能があるんだと思う。だから歌入れのときに調子に乗りすぎたんだよ(笑)。なんでもできちゃうから。
花澤 いえいえ。「春に~」は佐橋さんの意見を伺いながらいろんな歌い方を試した結果「こんなにドラマチックになるんだ!」とすごく驚きました。「夜は伸びる」はミュージシャンの皆さんが、なんと言うか……ある一定のゾーンに入ってしまって。
佐橋 そうそうそう(笑)。急に入ったんだよね。
花澤 どんどん進んでいくような状態だったので、私の歌もそれにつられてスルッと出てきたみたいな。
佐橋 皆さんそれぞれ表現力が豊かなので、譜面を渡せばいくらでも自分なりの表現ができるわけですよ。なんだけど、一緒にガンと鳴らしてみたらみんな「ハッ!」と何かに気付いてくれて。2回目以降はみんなどんどん同じ方向に向かってたよね。かなり青かったものが淡い緑の色合いにスーッと流れていくような。
──「夜は伸びる」はフリューゲルホルンの印象もあって、どこか1960年代のソフトロックを彷彿とさせる優しい雰囲気ですね。
佐橋 パイドパイパーハウスに通って育った人間ですからね(笑)。確かにA&Mっぽさはあるかもしれない。僕の中では「マンハッタンの街中を歩いている花澤香菜」のイメージで作ったんです。それも最初に水野くんの曲があったから膨らんだイメージですね。「春に~」がこうなるんだったら、こういう曲もできるかなって。アイデアは本当にすぐに出てきましたね。早かったんだよなあ。そこからは本当に面白かった。
──先ほど声優独自の表現という話がありましたが、「春に~」のミュージックビデオでは逆に、女優としての演技、表情での表現に挑戦していますよね。歌唱パートでは、これまでのMVにはなかったほどにカメラ目線が多くて。
花澤 そうですね(笑)。酒井(麻衣)監督とは「あたらしいうた」(2016年6月発売のシングル。参照:花澤香菜「あたらしいうた」インタビュー)に続いて2回目なので、私も安心して表情がほぐれやすくなっていて。歌っているパートは「もう自由にやってください」みたいな感じだったんですけど、ドラマパートは「ちょっと色香を出してください」と言われました。お風呂上がりみたいな感じだったり、そういうのはちょっと新鮮でした。
佐橋 僕は「河川敷がこんなに似合う子がいるのか」と思いました。
花澤 うふふふ(笑)。
どんでん返しの作戦会議
──シングル発売後のライブ「KANA HANAZAWA Concert 2018 "Spring will come soon"」も佐橋さんとのタッグとのことですが、どんな感じになりそうですか?
佐橋 メンバーを決めるうえで、まずは堀江博久くんを呼びました。堀江くんは木村カエラちゃんで再結成したときのサディスティック・ミカ・バンドだとか、GREAT3の片寄明人くんのソロ(片寄明人 feat. ショコラ「Veranda」2000年4月発売)だとかいろんなところで一緒になって。面白い奴なんで、自分のプロジェクトでいつかお手伝いしてほしいと思ってたの。堀江くんを中心にその仲間たちを……って考えたんだけど、香菜ちゃんは彼の仲間たちとすでにお仕事してるんですよね。これは話が早いなと。それで、まずは堀江くんとどんなライブにするか話し合ったんだけど、うっかり盛り上がっちゃって「香菜ちゃんとバンドメンバーでメシ食いに行くぞ」って。
花澤 その日の打ち合わせが全部どんでん返しになるくらい、飲み会が盛り上がっちゃって(笑)。曲順を決めるだけでこんなに盛り上がるかというくらい。
──今作の3曲を軸に、過去の曲をセレクトするわけですよね。
佐橋 その前のスタッフとの打ち合わせで、一応このへんの曲かなとだいたい決まってたんだけど、その飲み会で「曲順まで考えちゃおうぜ!」って。
花澤 衣装替えのタイミングまで決めてました(笑)。毛利(泰士)さんも面白かったですね。
佐橋 毛利くんは「春に~」のプログラミングをやってくれている、槇原(敬之)くんとかYMO周りの人をやってるマニュピレーターなんだけど、彼はもともと香菜ちゃんのファンだったらしくて。俺よりよっぽど香菜ちゃんの曲に詳しいの(笑)。毛利くんは音大出身で打楽器全般できるので、今回のライブではマニュピレーターじゃなく演奏で参加してもらうんです。同期は使わずに全部生でやります。あと、これは言っちゃってもいいかな? カバー曲もやろうと思ってるんです。香菜ちゃんに「歌ってみたい曲を教えて」とお願いしたんだけど、そのリストが面白くて。裏方で入ってもらう古い知り合いにリストを見せたら「……どういう人なんですか」って驚いてたもん。
花澤 うふふふ(笑)。
佐橋 その中から「これだ!」というものを1曲選んでやりますんで、それも期待しておいてください。
- 花澤香菜「春に愛されるひとに わたしはなりたい」
- 2018年2月7日発売 / SACRA MUSIC
-
初回限定盤 [CD+DVD]
1728円 / VVCL-1164~5 -
通常盤 [CD]
1296円 / VVCL-1166
- CD収録曲
-
- 春に愛されるひとに わたしはなりたい[作詞・作曲:水野良樹 / 編曲:佐橋佳幸]
- ひなたのしらべ[作詞:花澤香菜 / 作・編曲:佐橋佳幸]
- 夜は伸びる[作詞:花澤香菜 / 作・編曲:佐橋佳幸]
- 春に愛されるひとに わたしはなりたい(Instrumental)
- 初回限定盤DVD収録内容
-
- 春に愛されるひとに わたしはなりたい(Music Clip)
- KANA HANAZAWA Concert 2018 "Spring will come soon"
-
- 2018年2月10日(土)東京都 新宿文化センター
- 花澤香菜(ハナザワカナ)
- 1989年2月25日生まれ、東京都出身の声優。2006年放送の「ゼーガペイン」で初のヒロインとなるカミナギ・リョーコ役を演じ、2007年には「月面兎兵器ミーナ」「スケッチブック ~full color's~」「ぽてまよ」といった作品で次々と主要キャラクター役に抜擢された。その後も「こばと。」「化物語」「海月姫」などの人気アニメでヒロインを演じるかたわら、多数の作品でキャラクターソングを歌い、2011年放送の「ロウきゅーぶ!」では声優ユニット「RO-KYU-BU!」のメンバーとしても活躍。2012年4月にはシングル「星空☆ディスティネーション」でソロデビューを果たした。2013年2月には1stフルアルバム「claire」を発表し、同年3月には大阪・NHK大阪ホール、東京・渋谷公会堂にて初のワンマンライブを行い、いずれも大成功に収めた。2014年2月には2ndアルバム「25」、2015年4月には3rdアルバム「Blue Avenue」、2017年2月には4thアルバム「Opportunity」を発表。2018年2月には佐橋佳幸をプロデューサーに迎えた12枚目のシングル「春に愛されるひとに わたしはなりたい」をリリースし、同じく佐橋とのコラボレーションによるワンマンライブ「KANA HANAZAWA Concert 2018 "Spring will come soon"」を東京・新宿文化センターで開催する。
- 佐橋佳幸(サハシヨシユキ)
- 1961年9月7日生まれ、東京都出身のギタリスト。中学生時代にギターと出会い、1983年にバンド・UGUISSのメンバーとしてプロデビューを果たした。UGUISS解散後はセッションギタリスト、作編曲家として、山下達郎、竹内まりや、佐野元春、小田和正、渡辺美里、氷室京介、藤井フミヤ、松たか子ほか多彩なアーティストの作品やライブで活躍している。1994年4月には初のソロアルバム「TRUST ME」を発表。2015年11月には32年のキャリアを凝縮した3枚組コンピレーションアルバム「佐橋佳幸の仕事(1983-2015)~Time Passes On~」がリリースされた。また小倉博和とのギターデュオ・山弦やDr.kyOnとのユニット・ダージリン、Dr.kyOn、渡辺美里とのユニット・三ツ星団でも個性を発揮している。