自身で作詞作曲、アレンジ、歌唱のすべてを担当するマルチな才能と、話題のアニメやマンガなどからインスパイアされてオリジナルソングを生み出すユニークな作曲方法で話題を呼ぶシンガーソングライター・珀。さまざまなタイアップ曲を発表し続けてきた彼女が1stアルバム「まだ誰一人と知らない話を」を完成させた。
このアルバムには、テレビアニメ「キングダム」第4シリーズのエンディングテーマ「眩耀」やBS松竹東急ドラマ「商店街のピアニスト」の主題歌「邂逅の旋律」、活動初期からの人気曲の1つ「碧落の地より」といった代表曲に加えて、新曲も多数収録。既発曲の多くはアルバム用に大幅にアレンジが変更されており、彼女の音楽性の幅広さを伝えるような作品になっている。本作の発売を記念して、音楽ナタリーは珀にインタビュー。キャリア初のアルバムの制作過程や、デビュー以降感じている変化について聞いた。
取材・文 / 杉山仁
「観てくれている人がいるんだ」という実感
──2020年12月のデビュー以来、初めてのアルバムが完成しました。これまでの活動の中で、特に珀さんの記憶に残っているのはどんなことですか?
私は本格的に音楽を始めるまでは趣味として曲を作っていたので、ライブをしたり、主題歌として自分の歌がテレビで流れたりと、めまぐるしく周りが変わっていったことが印象的で。聴いてくれる方もすごく増えましたし、「自分の音楽を求めてくれる方が、こんなにもいたんだな」と知ることもできました。最初の頃は自分の好きなことだけを反映した音楽を作っていたんですけど、「聴いてもらうための音楽を作りたい」と思うようになりましたね。
──リスナーの存在を実感できたことが大きな出来事だったんですね。
ずっと1人で音楽を作っていると、どうしてもひとりよがりなものになってしまうので……(笑)。YouTubeのコメントやSNSで「聴きました!」と言ってもらえると、「1人でやってるんじゃないんじゃん!」という気持ちになります。それもあって、今では「みんなが聴いたときに、自分に当てはめて聴いてもらえたらいいな」と考えるようになりました。「こういう状況のとき、みんなだったらどう思うだろう?」というふうに、自分以外の人が聴いたときのことも考えて作るように変化しているというか。そういう創作への姿勢みたいなものは自然と変わっていったので、「みんなが変えてくれた」という感覚です。
──2022年以降はアニメやドラマのタイアップなど、より活動が広がっていきました。その中で印象的だったことはありますか?
一番大きかったのは、やっぱり「眩耀」がアニメ「キングダム」のエンディングテーマになったことで、これは私の音楽活動をガラッと変えるきっかけになったと言っても過言ではない出来事でした。もともと私はアニメが大好きなオタクで、いちファンとしてコンテンツを楽しんでいたんですけど、ずっと手の届かない存在だった大好きな作品のエンディングテーマを担当できることになって、「これは夢なんじゃないかな?」と何回も思いました。アニメのエンディングになることを意識して音楽を作るのも初めてだったので、そういう点でも新しい経験だったと思います。
──オンラインライブも行ってきましたが、そちらについてはいかがでしょうか。
オンラインライブについては、最初は正直、不安しかなかったです(笑)。ライブ自体初めての試みということもあって、「観に来てくれる人はいるのかな?」と思っていましたし、音源はいつも自分の家で宅録しているので、自分の部屋ではないところで歌うのも初めてで。誰かと一緒に演奏することも初めてだったし、あらゆる面でドキドキしていて、不安70%という感じでした。
──文字通り、部屋を飛び出して歌う経験だったんですね。
はい(笑)。ライブ当日は、リアルタイムで観に来てくれる人がたくさんいてすごくうれしかったです。今までも曲を出すたびにコメントがたくさん届いてはいたんですけど、ライブでは私が言ったことにみんながその場で反応を返してくれたりして、「観てくれている人がいるんだ」という実感がさらに湧きました。ここまで濃い、新しい挑戦をした期間は、これまでの人生でもなかったんじゃないかと思います。いろんな人に出会ったし、いろんな挑戦をしたし、とても充実した期間でした。
──今回、いよいよデビューアルバム「まだ誰一人と知らない話を」がリリースされます。まずはアルバム制作が決まった際の率直な感想を教えてください。
最初は「えっ、私がアルバムなんて出せるんですか!?」という気持ちだったんですけど、すごくワクワクもしていて。活動を始めた頃から、「いずれはアルバムを作れたらいいな」と思っていたので、「それがまさか現実になるなんて……!」と、すごくうれしい気持ちでした。
──その時点で、どんなアルバムにしたいか考えていたんですか?
1stアルバムは特別なものだと思うので、私がこれから音楽をやっていくうえでの決意表明を込められたらいいなと思っていて。始まりを意識したものにしたくて、これから旅に出る、旅行前のドキドキのようなものも伝えられたらいいな、と考えながら新しい曲を書いていきました。「まだ誰一人と知らない話を」というタイトルは、アルバムのプレリュードにあたるインストゥルメンタルの曲名でもあるんですが、「唯一無二の音楽を届けていきたい」「自分らしい音楽を届けていこう」という決意を込めたもので。その気持ちを表わすものとして、1曲目には字をつづる音や、本のページをめくる音を入れています。これから何かが始まるワクワク感を表現したいと思っていました。
この曲の一節をタイトルにしない手はない
──続く2曲目「糠星の備忘録」は、1曲目「まだ誰一人と知らない話を」と地続きの曲で、そもそもアルバムタイトルもこの楽曲の歌詞から取られたものになっていますね。
今回、一番アルバムを意識して書いたのが「糠星の備忘録」でした。この曲は書く前からアルバムの最初に入れようと決めていたので、この曲の一節をタイトルにしない手はない、と思ったんです。とあるマンガの、新しい感動と出会って人生が一変してしまうシーンにインスパイアされて作った曲なんですが、アルバムのテーマになっている「これから何かが始まるワクワク感や期待感」を表現できたらな、と思っていて。歌詞から作った曲なので、その歌詞をどうやってよりドラマチックにしていくかを考えていきました。
──そのときイメージしていたものが、珀さんが原案を担当したこの楽曲のミュージックビデオの映像にもつながってくるんでしょうか?
MVの映像がまさに私がイメージしていた世界でした。ずっと下ばっかり向いて生きていたけれど、パッと周りを見渡すと、夜空の星があたり一面に広がっていて、それで心を動かされる、という風景が浮かんでいて。それをイメージした音作りを意識しました。サビに広がりを持たせたかったので、音数もサビで一気に増やしましたし、民族楽器のような音も入れました。サビの音数や楽器の多さはお祭り感もありますよね。この曲に限らず、私は聴いていて「おっ」となるような、ちょっと面白い要素を入れたいと思っているんです。特に今回は、アルバムで収録曲数も多いので、全部似たような曲という印象は絶対に与えたくなくて。旅の中で、すごく楽しいこともあれば、困ることも寂しいなと思うこともあるように、いろんな一面を見せられる作品にしたいと思っていました。私の曲は切ないタイプの曲が多いと思うんですけど、「糠星の備忘録」は出会いや始まりがテーマなので、華やかな旅立ちを意識してアコーディオンを加えたり、お祭りのような華やかさを出したりしたいと思って。歌に関しては、Aメロがつらい過去を歌っていて、サビは前向きなものになっているので、Aメロは悲しいささやき声で歌って、サビはワクワクした気持ち全開で歌うという歌い分けを意識しました。
──ほかにも、今回のアルバムには新曲が多数収録されています。「Nocturnal」はどのようなことを意識して制作されましたか?
今まで書いたことのない曲調だったので、新たな挑戦をした曲になりました。音楽的には80年代を意識したシティポップの要素を取り入れていて。でも古いだけじゃなくて、今だからできるような音楽にしたいと思ってアレンジを工夫しました。
──シンセの音とギターのカッティングは、まさに80年代のシティポップの雰囲気ですね。
80年代っぽいギターフレーズも自分からリクエストしましたね。「寝れなくて夜道をちょっと歩いてみようかな、というときにピッタリな曲ってなんだろう?」と曲調を考えていって。夜だからといって寂しい印象ではない、むしろ楽しい音楽にしたいなと思って、「シティポップしかないな」と思ったんです。
──なるほど。途中、時計の針の音が入っているのにはどんな意図が?
夜って時間が経つのがゆっくりに感じますし、いろんな人が周りが静かで時計の音が聞こえることを体験したことあるんじゃないかな、と思って。みんなに「あのときこんなことがあったな」と思い出したりしてもらえるように、ただの沈黙ではなくて、時計の針の音を入れてみたんです。実は最初は時計の音は入っていなくて、その部分は無音だったんですけど、「この曲だからできる演出ってなんだろう?」と考えていて。それがちょうど夜中で、途中でヘッドフォンを外したときに「あっ、時計の音が聞こえる!」と気付いたんです。実際に夜に作ったからこそ思い付いたアイデアでした。
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深根のピアノが与えた影響