ゴスペラーズ|18年の進化を歌声に乗せて……コロナ禍で切り拓いたアカペラの新境地

やっとメンバーと肩を並べられた

──北山さんが作詞・作曲・編曲を手がけた「ハーモニオン」は、「Pet Sounds」時代のThe Beach Boysを彷彿とさせるような美しいハーモニーに感銘を受けました。

北山 リーダーと同じく直接的には言及していないのですが、この曲は「この音とまれ!」というマンガからインスパイアされてできたんです。「この音とまれ!」は、琴職人の孫息子で札付きの不良少年の主人公・久遠愛が、琴に出会って音楽へのめり込んでいくストーリーなのですが、彼がヒロインである鳳月さとわの母親に言われた言葉が、僕自身の感じていた問題意識と完全にシンクロしてしまって。

──というのは?

北山 僕は27年間ゴスペラーズに在籍し、音と音の間にあるもの、それこそ「インターバル」という曲もありますが、そういう部分をものすごく考えてきたつもりなんです。でも、「この音とまれ!」に出てくるそのセリフによって、ほとんど答えに近い“気付き”を与えてもらった。そこからこの曲「ハーモニオン」のメロディとコーラス部分が生まれたんですよね。ネタバレになってしまうので、そのセリフをここでは言えないのですが(笑)。ただ、そのセリフは人生で5本の指に入るくらいの衝撃で。

酒井雄二

──それほどでしたか。

北山 数カ月は個人的にはコロナがどうとか言っている場合ではなくなって。とにかく頭の中に広がったイメージを形にすることでいっぱいになってしまいました。作り終えた今となっては楽しい思い出ですし、作詞家として「産みの苦しみ」を味わったという意味では、やっとほかのメンバーと肩を並べられたかなという気持ちですね。これまでメンバーと歌詞を共作したことは何度もありましたが、自分1人で最後まで書ききったのは初めてでしたので。

──なるほど。曲名の「ハーモニオン」は、北山さんの造語ですか?

北山 はい。ハーモニオンは、私とあなたの間、音と音の間にあるもの、それをつなぐものという意味で、もちろん架空の言葉です。しかも、歌詞の中に「ハーモニオン」という言葉は一切出てこないので、いったいハーモニオンとはなんなのかまったく理解できないと思うんですが(笑)。

──「風が聴こえる」の作詞作曲を務めた細井タカフミさんは、楽曲を一般公募したところ応募してきた方だそうですね。

村上 はい。彼は、地元の町内会などで「ひとり」を歌ったことからアカペラに取り憑かれたらしいです。こういう出会いがあったのは、今回初めてアカペラ楽曲を一般公募で募ったからこそなので、やってみてよかったと思っていますね。

北山 18年前は「とにかく自分たちだけでアルバムを作らなきゃ」みたいな、今考えるとかなり謎の強迫観念があって。「これがもし売れなかったら、日本におけるアカペラの歩みもすべてストップしてしまうんじゃないか?」くらいに考えていたんですよね、勝手に(笑)。今はもう、さまざまなアカペラグループがどんどん登場して、「自分たちがアカペラを1人で背負ってきたんだ」みたいな気持ちもないし。その意味では前作よりも、かなり肩の力を抜いて制作に臨めた気がします。

あの頃の気持ちをよみがえらせる「アカペラクロニクル」

──ちなみに初回生産限定盤のみ付属のDISC 2は、ゴスペラーズがこれまでに発表したアカペラ曲の歴史をたどることができる「アカペラクロニクル」が収録されています。この中で、特に思い入れのある楽曲というと?

村上 例えば年代的に最も古い「深呼吸」(1995年発表)は、オーバーダビングを一切していなくて。たった2分しかない曲なのに、「なんでこんなにつらいんだろう?」と思いながらがんばって仕上げた思い出があります(笑)。今聴くと、サウンドプロダクションにも時代性を感じますが、気持ちとしては熱いものが詰まっています。この頃の気持ちを忘れちゃいけないなと。

北山 「クロニクル」は、年代をさかのぼっていくように聴ける曲の並びも面白いですよね。「深呼吸」の作曲は僕ですが、そのあと「星空の5人 〜WE HAVE TO BE A STAR〜」「参宮橋」「ひとり」と続く、初期の村上作品が興味深い。喧嘩アカペラというスタイルもそうですし、裏声の使い方もすごく攻めている。とりわけ「星空の5人 〜WE HAVE TO BE A STAR〜」は、「VOXers」の源流ともいえる楽曲です。「参宮橋」のようなファルセットも、当時はアカペラじゃなくてもほかになかったはずで。

──なるほど。

黒沢薫

北山 これは僕の勝手な見解ですけど、この曲が入っているアルバムを含む初期ゴスペラーズのアルバム数枚を、初来日したブライアン・マックナイトに渡してるんですよ。そしたら彼の次のアルバムに、フルファルセットの「Love Of My Life」が入っていて。「これは村上てつやにインスパイアされて書いたに違いない」と当時は確信していました(笑)。そう思うくらい、当時の村上作品の攻めっぷりは半端なかったことを思い出しました。

村上 確かに、メンバーそれぞれの個性を意識しつつ、盗めるところは盗んだり、盗めないところは手放したりしながらスキルを磨いていって、それでたどり着いたのが今作「アカペラ2」だったんだな、というのはこの「アカペラクロニクル」を聴くとよくわかりますね。

決まらないからこそ、今なお続けている

──日本におけるアカペラシーンの土壌が、ゴスペラーズ結成当初とは比べ物にならないくらい豊かになった今、5人でなければならない必然性についてはどのように感じていますか?

村上 まあ、そんな重たい話でもないんですよ。たまたま同じ船に乗っちゃった、くらいのもので(笑)。乗ってしまった以上、できるだけ楽しい航海にしたいよね?という。もちろん、今からメンバーを増やしたり減らしたりするつもりなんてないですけど、「ただ続けばいい」なんてそんな甘いものではないし、できない日が来るかもしれない。続けることが目的になっているようなグループになって、いいことなんておそらく1つもないので。

北山 そうですね。そういうグループにいたいと思っているメンバーは、おそらく1人もいないと思う。

村上 もちろん、ゴスペラーズの音楽が必要かどうかはお客さんが決めることですが、自分の人生に関してはゴスペラーズを選んだことに対して、人のせいにはできないじゃないですか……って、俺がみんなを巻き込んでおいて言うのはおかしいけど(笑)。

安岡優

──「声」は生身の体から発せられるものですし、日々それは変化しているはずなのですが、それが5人で合わさったときに、その時々のコンディションがあるにもかかわらず、毎回ハーモニーが絶妙なバランスでバチっと決まるのは、やっぱりものすごい奇跡だなと僕は感じるんですよね。そういうことを本作「アカペラ2」を聴きながら何度も思いました。

村上 ありがとうございます。ただ、毎回バチっとは決まらないんですよ(笑)。決まらないからこそ、今なおグループを続けているところもあるかもしれないですね。

北山 確かに。

──今作「アカペラ2」を、お二人はどんなふうに聴いてもらいですか?

村上 これは毎回言っていることですが、「アカペラということを忘れるようなアルバムになっていたらいいな」と思っていますね。そして、何度も繰り返し聴いてほしいです。中華料理の五味(5つの味)じゃないけど、酸味や苦味、甘みなど全部がちゃんとそろっていないとおいしくならない、みたいな感じかな(笑)。

北山 はははは!(笑)

村上 それとアカペラの場合、歌っている人の顔が浮かんでくるところが楽しみの1つだと思いますよ。中華料理の隠し味みたいに「あ、こんなところにこの人の声が重なっている!」みたいな、聴くたびに新たな発見があるような、そんなアルバムとして聴いてもらえたら何よりですね。

北山 アカペラのアルバムだけど、普通のポップスとして聴いてもらってもうれしいし、誰がどこのパートを歌っているのか、そのハーモニーの構造を分析的に聴き込んでもらえるのもうれしい。5人それぞれまったく違うパーソナリティが1枚のアルバムにこうやって収まっていることの特別な意味を、さっきおっしゃっていただいたみたいに感じてもらえるのもありがたいです。そういう意味では今回、階層の深い作品を作れたと思っていますね。きっとこの記事を読んでいる方たちは、僕らに少なからず興味を持ってくださっているはずなので(笑)、そういう階層をじっくり楽しんでもらえたらうれしいです。