Gentle Forest Jazz Band「GENTLEMAN's BAG」 PR

Gentle Forest Jazz Band|ビッグバンドの醍醐味を届けるために

ジェントル久保田率いるビッグバンド・Gentle Forest Jazz Bandが、ニューアルバム「GENTLEMAN's BAG」を3月4日にリリースする。

在日ファンクのトロンボニストとして活躍しながら、自身のバンドではリーダー兼指揮者を担当し、さらには俳優業や司会およびナレーター業までこなすなど多彩な顔を持つ久保田。音楽ナタリー初登場となるこのインタビューでは、久保田が楽器と出会ったきっかけやビッグバンドという形態の音楽に目覚めたエピソードなど、彼の音楽遍歴をたどりながら、大編成の音楽の醍醐味について語ってもらった。また彼が理想とするビッグバンドのサウンドをCDに封じ込めることに成功した新作「GENTLEMAN's BAG」へのこだわりについても解説してもらった。

取材・文 / 松永良平 撮影 / ナカニシキュウ
取材協力:JOHN HENRY'S STUDY

スカパラに憧れて

──Gentle Forest Jazz Bandは、日本の若手ジャズビッグバンドの中ではかなり知名度の高いバンドだと思います。ジェントル久保田さん自身もバンドを率いる一方で、浜野謙太さんの在日ファンクのメンバーとして、またピンのお仕事でもご多忙ですよね。もともと浜野さんとは和光大学のサークルで一緒だったんですよね?

そうです。和光のジャズサークルでは僕が先輩にあたります。

──そもそも、久保田さんはなぜビッグバンドが好きになったんですか?

入り口は大学に入ってからなんですよ。僕はそれまで管楽器どころか、ジャズですらまるで聴いてなかった。

──そうなんですか。てっきり中高生の頃から生粋の吹奏楽少年で、大学でもビッグバンドに一直線だったのかと思ってました。

ジェントル久保田

高校を卒業して、一度は植木屋に就職したんです。そのあと大学に入学したので、1年生のときに僕は22歳くらい。きっかけにあまり大学は関係ないんですが、家で中学生の頃からファンだった忌野清志郎さんの40周年のライブの映像を観ていたんです。その中にスカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)と竹中直人さんが出てきて、北原(雅彦)さんがステージでトロンボーン吹きながら暴れていて、その瞬間に「カッコいい! トロンボーンやりたい!」と思った。それで、改めて大学に行ったらちょうどサークルの新入生歓迎の時期で、和光のビッグバンドが演奏をしていて。そこにトロンボーンが置いてあったんで、「ちょっとそれ、やらせてくれない?」と言って。そこから始まったんです。

──暴れている北原さんが持っていたのがトロンボーンだったから自分もそうしたってことですよね? 音色とかは関係なかった?

音色はまだわかんなかったですね。だけど見た目がカッコよかった(笑)。

──ちゃんと吹けました?

まったく音が出なかったってわけじゃなかったです。それなりに音は出ました。ただ音が出たときに「やべえ、これはメチャクチャ練習しないと絶対うまくならないやつだ」とわかったんです。そこからのめり込んで練習していきました。

Vディスクでビッグバンドに目覚める

──当時お手本としたプレイヤーはいたんですか?

最初は薦められたものを聴いて参考にしてました。Blue Noteのカーティス・フラーとか、名人と呼ばれている人たちを手当たり次第に。ドン・ドラモンドとか、スカも聴いてみました。それでトロンボーンを始めて1年くらい経った頃かな、中古CD屋で「Vディスク」っていう特殊な音源を収めたCDを買ったんです。

──第二次世界大戦中に、米軍兵士たちに配られていた特殊なレコードですよね。有名なアーティストの、そこだけにしか入ってない音源がけっこうたくさんある。

それを買ったんですけど、その中に入ってたカウント・ベイシーの録音がめちゃくちゃカッコよかった。そこでバーン!ってやられて、完全にビッグバンドに目覚めちゃったんです。

──そのカッコよさって、具体的にどういうものだったと思います?

なんでしょうね。簡単に言えばリズムが湧き上がってきて、バーン!と鳴る音がカッコよかった。スカやジャズのコンボ演奏も聴きに行ってましたけど、それまではそういうカッコよさを感じたことなかったんです。それがビッグバンドにはあった。カウント・ベイシーの演奏は、そのカッコよさが最初からすごく前のめりに出てたんです。聴いた瞬間に「うおー! これが好きだ」と思ったのは、それが最初でした。

──そのカッコよさを、どうやって自分でビッグバンドとして実現させていったんですか?

最初は実現しなかったんです。僕が「これがやりたい」と言っても、まだ全然下手くそだったんで(笑)。でもそのとき明治大学のビッグバンドサークルがカウント・ベイシーを専門にやっていると知って、大学2年生のときにとりあえずそこに行ったんです。まだ全然吹けないのに。

──武者修行的にいろいろな大学のサークルを行き来することってアリなんですか?

大学のサークル同士ってけっこう自由な行き来があるんですよ。でも、明治大学はすごく厳しかった。僕みたいな下手くそが行くと、音を出した瞬間にみんながこっちをにらむんです。それで「こんな下手くそにやらせるくらいなら高校生に吹かせたほうがいい」ということになって、バンドをクビになっちゃいました(笑)。どうしようかなと思っていたら、その明治のサークルに中央大学の人もいて「ウチのサークルでやらないか?」と誘ってくれたんです。それからはずっと中央大学で練習していて、みんなも態度が柔らかかったんで、「カウント・ベイシーやろうよ」って自分から曲をいろいろ持ち込んで、ちょっとずつやってました。