ナタリー PowerPush - 古川本舗

変化への序章、アルバム「SOUP」全曲解説

09. アン=サリバンの休日

──次は「アン=サリバンの休日」です。このアルバムの中で唯一と言っていいくらいの、全面的に明るくハッピーな曲ですね。

「ストーリーライター」を作ったことで、自分自身もなんかすごくどんよりしちゃって(笑)。せめて次は明るい曲を作りたいなと思ってできたのがこれです。そのときたまたまヘレン・ケラーの本を読んでいたので、英語詞の部分は「私は1人の人間にすぎないが、1人の人間ではある」っていう、ヘレン・ケラーの有名な言葉を使ってるんです。「自分の手足や目のような存在だったアン・サリバン先生を亡くしても、私は前向きに生きていく」っていう。

──「ストーリーライター」のラストにあった、ほんの少しの前向きさを引き継いでいる感じですね。

まさにそうです。自分の能力でなんでもかんでもできるわけじゃないけど、自分にできることって身近なところにもあるよね、ってことを歌ってます。

10. SOUP

──前作「ガールフレンド・フロム・キョウト」では明るい「ガールフレンド」が最後を飾っていたので、今回も「アン=サリバンの休日」で終わるのかと思いきや。

最後に陰鬱でド暗黒な曲が待っているという(笑)。こういうところが自分の性格の悪さなんですよね。1~2個くらいいいことがあったからって、浮上できるわけないんですよ(笑)。気休めでハッピーエンドみたいにするのはよろしくないなという気持ちがあって、後味の悪い終わり方にしてやろうと。

──わはは(笑)。

古川本舗

前回のアルバムが「ガールフレンド」で終わって、その流れに乗って次は明るい作品を作りたいなと思ってたけど、結局は自分から出るダークサイドから逃げきれなかった(笑)。僕、どんでん返しが好きなんです。映画とかでも、ハッピーエンドじゃんと思った直後に酷いことになるような。「ユージュアル・サスペクツ」とか「ミスト」とか、あの感じですね。

──確かにどんでん返しという印象はありますね。

今回アルバムジャケットも、ほのぼのした暖色系を使ってるように見えるんですが、よく見ると実は全面灰色だったりして。皆さんからよく「古川本舗を聴くと癒やされる」という話をしていただけるんですけど、僕の作る曲に実際は癒やしなんて何ひとつないと思うんです。共通してあるのは「がんばれ!」「大丈夫!」っていうエールじゃなくて「無理じゃない?」「ダメなものはダメ」という諦めなので。「俺に癒やされると思うなよ!」って言っておきたいですね(笑)。

──面白いなあ(笑)。しかもこれがアルバムの表題曲という。

あ、でも同じ「SOUP」でもアルバムとは全然別の意味合いで付けたタイトルなんですよ。アルバムのほうはいろんな要素のごった煮という意味で、アルバム全体を称する言葉としてふさわしいかなと。曲名のほうは、温かいスープを飲んだ後の冷えきった皿のイメージ。それでこういうすごく冷たいものを作ったんですけど、キクチリョウタの声って温かくてポジティブなパワーにあふれてるので、絶対そこまでつらい曲にはならないだろうなと思ってました。

アルバム「SOUP」を振り返って

──こうやって1曲ずつ振り返ってみて、どうでした?

性格悪いなと思いましたよ(笑)。

──わはは(笑)。

古川本舗

でも3枚目のタイミングでこれが作れたのはすごくよかったですね。一番怖いのはズルズル焼き直しを続けることなんで。僕の中で「古川本舗は何枚目で終わり」っていうのをもう決めてるんです。まあ、何枚目が最後かは言わないですけど。その全体の流れを見た中で、例えば1枚目はカタログ的な自己紹介アルバム、2枚目はそれをさらに進化させたアルバムだとして、3枚目は変化のタイミングなんじゃないかと思ってたんですよ。

──ああ、なるほど。

アルバムの曲順とか、それをどういう順番でリリースするのかとか、僕にとって文脈っていうのはすごく大事なんです。2ndアルバムは1stアルバムのやり方を踏襲して作ったけど、3rdアルバムでその流れを変えることができた。だから今回これを作れたことですごく気が楽になったというか、次のアルバムはもう別に今までの流れなんて考えないでどうにでもできるんです。まあ、最初は3枚目までを「三部作」として同じ方向性でやることも考えてたんですけどね。やっぱりそこも予定調和を裏切りたいって気持ちになって(笑)。

──今回のアルバムは今までで一番、作家性を感じるというか。別に奇をてらったことをしているわけではないのに、イントロを聴いただけでわかるくらい「古川本舗節」が確立したように思いました。今後もし音楽性を大きく変えることがあっても、その感じは残りそうですね。

ただ「古川本舗節」を感じてもらえたのはすごくありがたい話だし、自分自身でもわかるところがあるんですけど、だからこそ次はそういうのをなくしたいなって。

──4thアルバムがどうなるのか楽しみですね。

Metallicaの「Master of Puppets」みたいなアルバムになるかもしれませんね(笑)。

ニューアルバム「SOUP」/ 2013年11月6日発売 / Head.Q.music / 2500円 / PECF-3062
ニューアルバム「SOUP」 ジャケット
収録曲
  1. スカート
  2. あいのけもの
  3. HOME
  4. 東京日和
  5. orbital
  6. emma brown
  7. 枯れる陽に燃える夜は
  8. ストーリーライター
  9. アン=サリバンの休日
  10. SOUP
ライブ情報
古川本舗 ワンマン・ライブ「.QII.」
  • 2014年2月28日(金)
    東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
    OPEN 18:30 / START 19:30
    前売3500円(ドリンク代別)
    一般発売:2014年1月11日(土)
【先行抽選受付】

2013年11月10日(日)18:00
~11月23日(土)23:00

古川本舗(ふるかわほんぽ)

楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として、野宮真貴やカヒミ・カリィらをゲストに迎えた初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリース。2013年にはシンガーソングライターのキクチリョウタがすべてのボーカルを担当したアルバム「SOUP」を発表した。