ナタリー PowerPush - 古川本舗
変化への序章、アルバム「SOUP」全曲解説
06. emma brown
──「emma brown」は英語詞の曲ですね。
もともと「orbital」じゃなくてこっちがインストだったんですよ。タイトルはうちのネコの名前です。エマちゃんとブラウンっていう。僕はこのネコのことを溺愛してるんですけど、最近ちょっと病気がちで何度も手術をしてて。いつかこの子らは自分より先にいなくなっちゃうんだなって考えたら、自分はせっかく音楽をやってるのにこの子らの曲を1曲も作ってないなんて、本当にイヤだなと思ったんです。それで自宅のスタジオにネコ2匹を招き入れて、「鳴くなよー」って言いながらネコと一緒に録りました。
──この曲はブックレットに歌詞が載ってませんよね。
完全に個人的な内容なので、別に人に公開するものでもないかなと。ネコ2匹に対するお手紙みたいな感じです。まあ、元気で長生きしてねみたいな話ですよ(笑)。
──カセットテープレコーダーで録音したような音ですが、どういう意図があるんですか?
これは実際に磁気テープを使って録ってるんです。卓で録ったものをテープのマスターに落としこんで、卓にもう1回返してます。磁気テープって経年劣化するけど、デジタルデータって時間が経っても変化しないじゃないですか。「このネコたちもいずれ亡くなってしまうんだ」ということをちゃんと表現したいと思って、わざと経年劣化するようなテープ媒体で録音したんです。
07. 枯れる陽に燃える夜は
──「枯れる陽に燃える夜は」のような変拍子の曲って、今までにないアプローチなのでは。
そうですね。変拍子って実はあんまり好きじゃないので。「変拍子でございます。ほらすごいでしょ」みたいな曲がよくあるじゃないですか。でもこれは別に意識して変拍子にしたわけじゃないんですよ。録音のときにたまたまうまく弾けなくて拍子がはみ出したのが、意外と歌メロに合うから採用したという(笑)。
──確かに押し付けがましくなくて、意識しなければさらっと聴ける曲になってますね。
ありがとうございます。そう言っていただけると超うれしいです。
──これはどういうテーマなんですか?
2ndアルバムを出す前かな? 企画でちょっとバンドをやった時期があって、ひさびさにギターロック的なものを作ってたんです。その企画は単発で終わっちゃったんですけど、後になって聴いてみたらメロディがよかったから、じゃあ改めて古川本舗の解釈で作り直してみようと思って。だからバンドマンだった頃の自分を、古川本舗がリミックスしたようなイメージですね。
08. ストーリーライター
──「ストーリーライター」はどういう経緯で生まれた曲なんですか?
この歌はもともと、ほかの方に提供するつもりで作ってたんです。で、これとはまた別に「ストーリーライター」っていうタイトルの曲があって。最初はそっちを出そうと思ってたんです。
──それがなぜこうなったんですか?
僕の友達がどうも、東日本大震災でいなくなってしまったらしいという話を聞いたんです。僕は関東に住んでるし、家族も被災したわけじゃないから、震災については、他人事とは思わないけどそこまで実感がなかったんです。まあ、1stアルバムのレコーディング初日が地震当日だったりしたし、その後ナノウと一緒にチャリティーCDを作って募金活動もしてたんで、自分なりに震災を身近に感じてるつもりだったんですけど。でも、自分の近しい人がもしかしたら犠牲になったのかもしれないと思うと、初めて震災が自分の中でめっちゃくちゃ身近なものになって。
──友達は東北にいたんですか?
どうも彼女と一緒に旅行に行ってたらしくて、ちょうどそのタイミングで震災があって、それ以来まったく連絡がつかなくなっちゃったと。まだ死んでるかはわからないんですけど、もう何年も経ってるので覚悟しないとっていう話で。
──そうなんですか……。
で、身近になると考え方が変わってくるというか、急に恐ろしくなってきたんです。自分の身近な話になると態度が変わるって、ご都合主義でずるいと思うんですけどね。
──いやいや、そんなことはないと思いますよ。
僕はもともと、自分の音楽で啓蒙活動みたいなことをするのはちょっと違うなと思ってたんです。もちろん原発反対とかのメッセージソングを歌ってる人を否定するわけじゃなくて、あくまで自分の音楽でって話で。でも、いなくなった友人への今の気持ちを忘れちゃうのはイヤだなと思って、形に残したいと思ってこの曲を作ったんです。もし友人が彼女と一緒に「海外に逃げてたわー」って言いながら帰ってきたら、「なんだよーお前の曲作っちゃったよー(笑)」みたいなことが言えるといいなと思って。
──1番の最後の歌詞が「きえる」で、2番の最後が「消える」なのは何か意味があるんですか?
うまく言えないんですけど、ひらがなの「きえる」は失われたものに対して諦めもありつつ、認めたくなくて抵抗している心境。漢字の「消える」は現状を受け止めて、消失してしまったことを認識するというニュアンスで使ってます。
──この曲も「スカート」と同じく、PVはgaphが手がけてるんですよね。
これは「スカート」とは違ってコンテも自分で描いてます。「うまくいかなかったけど、これからも生きて進んでいかなきゃいけないよね」という曲なので、単純に暗いだけのものにしたくないなって。PVは「巨大な飛行船が突然現れて理由もなく女の子を連れ去ってしまい、もう1人の女の子が自転車に乗ってそれを追いかける」っていう内容なんですけど、「飛行船にもう少しのところで手が届かず、地面に落っこちて倒れた女の子が、最後に顔を上にあげる」っていう、暗いながらも前向きなラストにしました。
- ニューアルバム「SOUP」/ 2013年11月6日発売 / Head.Q.music / 2500円 / PECF-3062
- ニューアルバム「SOUP」 ジャケット
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収録曲
- スカート
- あいのけもの
- HOME
- 東京日和
- orbital
- emma brown
- 枯れる陽に燃える夜は
- ストーリーライター
- アン=サリバンの休日
- SOUP
- ライブ情報
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古川本舗 ワンマン・ライブ「.QII.」
- 2014年2月28日(金)
東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
OPEN 18:30 / START 19:30
前売3500円(ドリンク代別)
一般発売:2014年1月11日(土)
- 2014年2月28日(金)
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【先行抽選受付】
2013年11月10日(日)18:00
~11月23日(土)23:00
古川本舗(ふるかわほんぽ)
楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として、野宮真貴やカヒミ・カリィらをゲストに迎えた初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリース。2013年にはシンガーソングライターのキクチリョウタがすべてのボーカルを担当したアルバム「SOUP」を発表した。