劇伴でできなかったことをfoxで試してみる
──アルバムの中でカワイさんが作曲したものでは「GOLD&TURQUOISE」が8月に先行配信されましたが、この曲はアシッドジャズ風のサウンドが印象的です。
カワイ アルバムを作るときは毎回「これまでやってないことは何か」と考えるんですけど、アシッドジャズ系はあんまりなかったんです。「夜間航路」がわりとアシッドジャズに近いイメージだったので、同じような曲が欲しい一方、そのまんま同じようなことをやるのもなと。なので中盤はサンバっぽいリズムのパルチダルトを取り入れてみたり、組み合わせの妙を意識して作ってみました。
──そこでサンバの要素が入ってくるのはカワイさんらしい部分ですよね。
カワイ そうですね。昔取った杵柄じゃないですけど、そういうのをひさしぶりに入れてみたくなって。タイトルはただ僕が「キンミヤ焼酎」が好きだっていうだけなんですけど(笑)。
──あのラベルのカラーリングですね(笑)。「夜間航路」はJamiroquaiのオマージュ的な側面がありましたが、これ以外でアシッドジャズっぽい曲はなかったかもしれない。それこそクラブジャズのカルチャーを通ってきた岸本さんからすると、もともと近いところにあった音楽性な気もしますけど。
岸本 アシッドジャズは1990年代を強く感じるから、2000年代のクラブジャズではむしろ避けていた部分があったかもしれないです。でも今だったら……。
カワイ リバイバルはいろんなジャンルで起こるけど、「アシッドジャズも、そろそろやっていいんじゃない?」みたいな感じになってね。
岸本 アシッドジャズっぽい歌ものをやっている人は多いですが、インストでやるのは意外と狙い目じゃないかなって。
──Suchmosなどの影響で、日本では2010年代にアシッドジャズのリバイバルがありましたが、確かにインストバンドだと珍しいかもしれないですね。カワイさんは前作からの3年の間でどんなインプットやアウトプットがあり、今回の制作に臨みましたか?
カワイ この3年間foxでは劇伴ばかり作っていたので、劇伴作家としての目線じゃなく、アーティスト目線で曲を作ってみたら新鮮な気持ちになったんですよね。そのついでに遊び心も過分に入れたので、「なんだこれ?」みたいな曲も多い(笑)。
──ブラストビートを使った「Vortex」もそうだし、ポリリズムを取り入れた「The curtain of night」もいい意味で遊んでいる1曲だなと。
カワイ 「The curtain of night」は意味がわかんない構成ですよね(笑)。「なんでここでポリリズムを入れるんだ?」みたいな、そういう意味深な感じを出したかったんです。実際は特に深い意味はないんですけど、聴いた人に「どういう意図で作ったんだ?」と思わせたくて。劇伴作家としての立場ではできずに溜め込んでいたものを、foxのメンバーという立場に切り替えることでアウトプットできた一方、ちょっとやりすぎたかもしれない(笑)。「Vortex」のブラストビートは最初のデモには入れてなかったけど、レコーディングのときに変なテンションになって、「入れようぜ!」とか言って。
──言い出したのはカワイさん?
カワイ 確かそうかな。最初はもうちょっとシンプルだった。
井上 「もっと速くていいかも」とか言われて、俺がやってみたのかも。
──「The curtain of night」のドラムもかなりすごいことになってますよね。
カワイ つかっちゃんには自由にやってもらいました。僕と岸本がしっかり曲のコードとメロディを支えるから、つかっちゃんは放し飼いで(笑)。あと、この曲を作っていたときにボコーダーのシンセを買ったので、使いたい欲望だけで入れちゃいました。劇伴だとボコーダーはなかなか使えないので、ここで入れてみたかった。遊び心の1つだと思ってもらえたらうれしいです。
3人でガッツリ作るからこそのバンド感
──司さんが作曲した曲では「Waterfilm」が10月に先行配信されています。組曲的というか、かなり展開がある曲で、司さんらしさが出ているなと。
井上 最後のエモくなるところは、スタジオで合わせていくうちにそういう感じになって。最初は打ち込みで、途中から生ドラムになって血が通う、みたいな瞬間を作るのは当初から決めていました。
岸本 ピアノの演奏はこの曲が一番難しいかもしれない。機械的なことを人力で再現していて、そうじゃないと生まれない質感になっています。
井上 もともとはローテンポで打ち込んだフレーズだったところ、テンポを上げて生で弾いてもらったんです。
──司さんは2022年に「EVOLVE」、2023年に「Helix」と2枚のソロアルバムを出していて、ドラマーとしてだけではなく、コンポーザーやトラックメーカーとしてもさらなる経験を積みましたが、その活動がどのようにfoxに反映されていると言えますか?
井上 ソロ名義でのライブはドラムを叩いていますけど、音源では打ち込みを多用しているので、自分がドラムを叩く必要性をそこまで感じていないというか、ドラマーという認識が年々薄くなっています(笑)。ソロのときはまず1人で作って、あとからいろんな人に音を足してもらったのに対して、「DEEPER」はひさびさに3人でガッツリ作ったので、やっぱりバンド感のある曲が欲しくて。だから僕の作った「Waterfilm」「December」はどちらもギターロックをイメージしているんですよね。ゼロ年代のエモ系みたいな。
──確かに、「December」はより明確にその雰囲気がありますね。
井上 この曲は本当にギターロックですね。イントロからして僕が聴いてきたエモのイメージだし、曲名に関しても、僕の好きなMineralとか、月名を楽曲タイトルにするエモ系のバンドは多いから、僕も1回やってみたかったんです(笑)。もちろん「DEEPER」が12月発売というのもあったけど。
劇伴だけどfoxらしさが強い「アンメット」テーマソング
──「DEEPER」には劇伴を担当したドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」のメインテーマも収録されていますね。
岸本 劇伴用に作った曲はアルバムによって入れたり入れなかったり、わりと気まぐれなところがあるんですけど、作品全体のカラーにハマるときは積極的に収録しています。「アンメット」の劇中ではこのメインテーマのアレンジバージョンが多く使われていたんですが、もともと「アンメット」はfoxの得意な音楽性を受け入れて、象徴的に使ってくれたドラマでした。だから僕たちの音楽をよく知っている人からすれば、「アンメット」のテーマソングはすごくfoxらしさの出ている曲で。
──ピアノのリフレインが印象的だし、ウッドベースが使われているし、それこそfoxの原点的な要素もちょっと感じる。だからこそ今回のアルバムには収まりがいいんですね。
岸本 そうですよね。「アンメット」のサウンドトラックにはストリングス入りのバージョンが収録されましたが、「DEEPER」ではトリオで演奏したバージョンになっているのもポイントです。
──このアルバムに収録するなら、やっぱり3人の音で成立しているものがいいですよね。劇伴は相変わらずたくさん手がけていて、最近だと実写の劇場版とドラマ版の「【推しの子】」が話題ですけど、このドラマのメインテーマはどんなイメージで作りましたか?
岸本 制作サイドからは「fox capture planらしいものを」と言っていただいたので、自分たちらしく作りつつ、ストリングスや電子音をけっこう入れています。アルバムだと「DISCOVERY」「NEBULA」「XRONICLE」あたりのサウンドとリンクしている部分があるので、foxのファンの人にもぜひドラマを観てもらいたいです。
カワイ ドラマの宣伝になってる(笑)。
──年明けにはバカリズムさんが「ブラッシュアップライフ」に続いて脚本を手がけた新ドラマ「ホットスポット」の劇伴を担当することが決まっていて、そちらも楽しみです。ただ途中でカワイさんも言ってくれたように、やっぱりオリジナルアルバムだと劇伴ではできない、3人それぞれの個性やプレイヤビリティを存分に生かした楽曲がそろっていて。全員の見せ場がある「Delight」で締めくくられているのも、本作にふさわしいなと。
岸本 「Delight」はアルバムの中で最初にできた曲で、最後を飾るとは想像していなかったですけれど、確かに聴き直してみると一番しっくりきます。「Delight」はコロナ明けの希望をイメージして作っていたし、「Deep Inside」もさらにアクセルを踏み込んで、「ここから行くぞ!」みたいなイメージで作ったので、アルバムの頭に「Deep Inside」、最後に「Delight」があるのは、結果的に1つのストーリーを連想させるような曲順になったなと思います。
井上 「DEEPER」は今までで一番曲数が多いアルバムでもあるので、今の自分たちの魅力が詰まっていると思います。
どんな人にもインパクトを残せる自信があります
──アルバムのリリース後には中国ツアーも決まっていますね。
井上 コロナが収束してから海外に行くのは初めてなんです。中国には一時期毎年のように行っていたんですけど、今回は7年ぶりなので、すごく楽しみですね。
──近年は「海外でも人気がある日本の音楽はシティポップ」みたいな感じになっていますが、もともとインストのシーンが日本発の音楽としてアジアで人気だったわけで、その状況が今どうなっているのか、楽しみですよね。そして来年2月のキックオフライブを皮切りに、3月から本格的な全国ツアーもスタートします。
岸本 10月のブルーノート東京公演でライブ初披露の曲を一気に5曲ぐらい演奏したとき、めちゃくちゃ緊張しましたが、お客さんがかなり盛り上がってくれたんです。やっぱり「DEEPER」の収録曲はどれも個性があって、ライブ向けだと思う。さらにこれまで発表してきた10枚のアルバムから厳選した楽曲も織り交ぜていくので、僕らもどんなツアーになるかすごく楽しみです。あと1月にはつかっちゃんの地元の山形でもホールワンマンがあるんですが、そこでも新曲を積極的に放り込んでいきつつ、今までの代表曲も演奏したいです。もちろんアルバムを聴いて予習して来てくれたらうれしいですが、最近はあんまり音楽を聴かない方も多いみたいで。そんな人でも絶対に発見があるライブになると思うし、インパクトを残せるだけの自信はありますね。
公演情報
fox capture plan LIVE
2025年1月11日(土)山形県 山形市民会館 大ホール
fox capture plan "DEEPER" Release KICK OFF LIVE
2025年2月11日(火・祝)東京都 SPACE ODD
fox capture plan TOUR2025 "DEEPER"
- 2025年3月21日(金)大阪府 BananaHall
- 2025年3月23日(日)石川県 金沢GOLD CREEK
- 2025年4月5日(土)広島県 福山Cable(ゲスト:Alter Ego)
- 2025年4月6日(日)香川県 sound space RIZIN'
- 2025年4月20日(日)北海道 SPiCE
- 2025年4月25日(金)愛知県 THE BOTTOM LINE
- 2025年4月27日(日)東京都 日本橋三井ホール
- 2025年4月29日(火・祝)福岡県 INSA
- 2025年5月10日(土)群馬県 前橋DYVER
- 2025年5月11日(日)新潟県 GOLDEN PIGS BLACK STAGE
- 2025年5月16日(金)宮城県 仙台MACANA
プロフィール
fox capture plan(フォックスキャプチャープラン)
岸本亮(Piano)、カワイヒデヒロ(B)、井上司(Dr)の3名からなるインストゥルメンタルバンド。“現代版ジャズロック”をコンセプトに掲げて2011年に結成され、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」といった大型フェスに出演し、近年では「コンフィデンスマンJP」、「アンメット ある脳外科医の日記」、実写版「【推しの子】」などドラマやアニメの劇伴も多数担当。2023年には「紅白歌合戦」のオープニングテーマを手がけた。2024年には新レーベル「CapturisM.」を発足し、12月にニューアルバム「DEEPER」をリリースした。
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