「Fate/Grand Order Original Soundtrack V」芳賀敬太&毛蟹インタビュー(聞き手:石谷春貴) (2/3)

おぞましさすら感じる「アヴァロン・ル・フェ」の美しい音楽

──僕はアプリゲームの音楽を楽しみたくて、音域の広い性能のいいイヤフォンを買って爆音でゲームをやっているんですけど、イヤフォンを付けずにプレイする人もいると思うんです。制作の際には、人によって音楽を聴く環境が違うことについてはどう意識していますか?

芳賀 基本的にはあまり意識はしていないですね。ダイナミックレンジというか、山を作りすぎると谷が問題になってきて途切れているように聞こえてしまうのでそこは気を付けています。例えば弦のレガートの強弱は、ヘッドフォンで聴けば問題ないんですけど、そうじゃない場合は冒頭があまりに小さいと頭が欠けているように聞こえてしまうので。

──スマホで音が出力されることに意識を向けているわけではないんですね。

毛蟹 そうですね。作る段階からスマホに合わせてはいないですね。例えば小さいものは大きくならないですけど、大きいものを小さい箱に収めることはできるので。基本は自分が一番信頼しているスピーカーで聴いて、最後にスマホでチェックして、何か欠けてるように聞こえたらそこだけ調整しています。

芳賀 そこまで気を遣わなくても、普通に作れば大丈夫ではありますね。ただやっぱりスマホで聞こえる音域のレンジはここからここまでという感覚は持って音作りしています。すごく低音のリズムでもアタック感は出るようにしたり。でもどうしてもその音じゃないというときがあるんですよね。その調整で苦労したのが「夢幻 ~呪いの厄災~」。自分の中でキックの低音がどうしてもその音じゃないといけなくて、いつも聞こえるようにEQで調整するんですけど、それをやったら自分の理想と違う音になってしまって。オーガニックなパーカッションもガンガンに鳴っていたので、あまりデジタルな音を尖らせてしまうとそちらが立ってしまうんですよね。あの曲に関しては音数も多かったので、あれ以上はキックの音を出せなかった。あれが一番いい形だったのかなと思います。

石谷春貴

石谷春貴

石谷春貴

石谷春貴

──「アヴァロン・ル・フェ」の曲は、「はじまり~妖精円卓領域:アヴァロン・ル・フェ」ときて「おしまい~妖精円卓領域:O・ヴォーティガーン」とくる流れが本当に好きで。「おしまい」を聴いて「これだ!」と思ったんです。僕は穴に落ちていく感じや寂しさなどの印象を受けたのですが、たぶん聴いた人によって感じ方は違う。それがこの曲の魅力だなと思いました。

芳賀 そうですね。「おしまい」を作るにあたっては、羽海野(チカ)さんによるイラストがすごすぎて、そのイメージが一番強かったです。作り出してわりとすぐにあの形の曲調になったんですけど、複雑なキャラクターなのでこの方向性でいいのかかなり心配でした。奈須も一聴して少し悩んでいましたが、「これならユーザーはちゃんとわかってくれるはず」と言って、その後微調整したり膨らませたりして。奈須はそうやって聴き手にどう届くかまで考え抜いてるんだなというのが印象的でした。今おっしゃったように、いろいろな感じ方があっていい曲だと思います。苦しいと思ってくれたり美しいと思ってくれたり。

毛蟹 「アヴァロン・ル・フェ」の音楽は、「FGO」の中でもっとも美しく、もっとも無垢だという印象を受けました。無垢さや美しさって、度が過ぎると理解できないというか、おぞましさすら感じることもあるなと思っていて、それが表現されているんですよね。そういう表現が芳賀さんが“メルヘン”というテーマから導き出した新たな実験だと感じました。

芳賀 そもそも「アヴァロン・ル・フェ」の物語が奈須の美学の決定版だったので、それを汚すのは絶対にいけない、今できる自分の最大限の美学で応じないと、という思いはありましたね。

「Fate/Grand Order」第2部 第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻」のマップ。

「Fate/Grand Order」第2部 第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻」のマップ。

明日TYPE-MOONを辞めてもいいや

──第2部 第6章のタイトルにも冠されている曲「星の生まれる刻」について、芳賀さんはライナーノーツで「TYPE-MOONで自分がやるべきことはもう果たせたのではないか」と書かれていましたね。

芳賀 どのシーンで流れるかは事前に聞いていて、この曲がダメだったらほかでどんなにいい曲を作ろうがなんの意味もなくなってしまうと思っていたので最初に作りました。イベントの「セイバーウォーズ2」のときからずっと考えてはいたので、まずはそれを吐き出して。わりと長い期間温めていたので、単純に作ったあとの満足感は感じましたね。ここまでやってきてよかったというか、明日TYPE-MOONを辞めてもいいやくらいの気持ちになりました。

毛蟹 このライナーノーツ読んだだけで泣いちゃいますよ。

芳賀 ははは。ここで身を引いて、あとはこれを聴いた人たちが曲を作ってくれるならそれでもいいかなと思いました。実際はそんなことありませんけど(笑)。

──そう思うくらい大事な曲なんですね。

芳賀 そうですね。音楽的に複雑なことをやっているとかではないんですよ。ただ本当に思っていた通りの美しいものができたという。

──毛蟹さんも曲を制作していて、「やるべきことが果たせた」と思う瞬間はありますか?

毛蟹 なかなかないですね。僕もそう言えるような曲を作ってみたいです。

──僕がサウンドトラックを好きな理由は、曲を聴いた瞬間に物語を思い出せるという部分が大きくて。演じている役柄を通しての思い入れという部分もあるんですけど、「星の生まれる刻」は個人的にも輝いてる曲なので、「この曲を作ってくれて本当にありがとうございます」という気持ちが大きいです。余談ですが、僕、4人兄弟で。全員「FGO」が好きで、サントラも1人1枚ずつ買ってます。

毛蟹 すごい(笑)。

石谷春貴

石谷春貴

サンバホイッスルのトンチキ感

──毛蟹さんが制作に携わっている、夏のイベント「サーヴァント・サマーキャンプ! ~カルデア・スリラーナイト~」の曲についても聞かせてください。たくさんのイベントが開催されている中で、このイベントの曲を毛蟹さんにお願いしようと思った理由はなんだったんですか?

芳賀 けっこう曲数があって手が回らなくて、そういう現実的な理由もまず1つですね。あとは生のギターの音が欲しいなど、毛蟹さんのサウンドで表現してもらいたいと思ったのも大きいです。

──「Lakeside Country ~SUMMER BATTLE 6~」ではサンバホイッスルを取り入れてますよね。僕は昔ボーイスカウト活動で山に行ったことがあって、そのときにキャンプで「ピーッ」とホイッスルを鳴らしてたんですよ。それが頭によぎって「キャンプだー!」と沸きました。

芳賀 そうか、そういうホイッスルもあるんですね!「FGO」の夏イベのヤバい曲はだいたいサンバホイッスルを鳴らしていて、今回は別にサンバホイッスルが鳴るべき曲じゃないけれど、とりあえず入れてくれと発注しました。やっぱり夏イベのバトルはホイッスルありきで少しでもトンチキ感を出さなきゃという思いがあって、入れろとは言ったんですけどまさかずっと鳴ってるとは思わなかった(笑)。

毛蟹 入れるときはガッツリ入れます。この曲は、発注の段階では「山でキャンプ」という情報しかなくて。それで芳賀さんと少しお話させてもらって、カントリーな方向性というところで落ち着いてそういう曲調で作りました。そしたら今年の夏の期間限定イベント(「カルデア・サマーアドベンチャー! ~夢追う少年と夢見る少女~」)では、「去年とは違うキャンプ」という発注がきて、思わず頭を抱えました(笑)。

──大変ですね(笑)。「サーヴァント・サマーキャンプ!」の話に戻ると、「スリラーナイト」が怖くて印象的でした。ただ楽曲単体で聴いてみたらそんなに怖く感じなくて、やっぱりシナリオを読みながら聴くからこその相乗効果があるんだなと。

芳賀 こちらの意図としては、夜のマップ曲や「スリラーナイト」はわりとベタな音にしてコントっぽくしようというつもりでやったんですけど、ちょっと演出が怖すぎた(笑)。

──あそこまでは想定はしてなかったですね(笑)。

芳賀 してなかったですね。自分でプレイして冒頭の映像を観たときに「これはヤバい。コントじゃなくなってしまう」と思いました。

──あと僕は「偽りの輪廻 ~FGO~」がすごく好きで。わかりやすくホラーっぽい音楽だなと思って。去年の夏イベをやって、肝試しをした感覚になれました。

芳賀 それはうれしいですね! ありがとうございます。

──毛蟹さんが携わっている曲で言うと、今年復刻もした昨年のイベント「超古代新選組列伝 ぐだぐだ邪馬台国 2020」の曲「明鏡肆水 ~光と闇の狭間に~」もそうですよね。ライナーノーツでは、芳賀さんが「This is 毛蟹! 他に言葉はいらないほどThis is 毛蟹!」と書かれていました。

毛蟹 これは経験値さんからのオーダーと伺いました。

芳賀 はい。予定にはなかったのですが、いつも毛蟹さんにお世話になっているからゲーム中でも何か流したいなって。

毛蟹 ありがとうございます(笑)。

芳賀 そういう話を急に伺いまして。その時点であまり時間がなくて。通常の発注だと1曲あたり2週間くらいの作業時間を設定しないと怒られても仕方がないという業界ではあるんですけど、実際には「これ明後日までなんだけど……」と頼むこともあって、それに近い状態だったんですよね。最初に浮かんだアイデアでいいのでとにかくなんとかしてくれと頼んだら間に合わせてくれて。ただ届いたものを聴いたらまったく「FGO」の曲じゃなくて、全員唖然としてましたが(笑)。

毛蟹 それ、今初めて聞きました(笑)。

芳賀 もちろん時間があれば「FGO」的な表現の「明鏡肆水」を作ってくれるのはわかっているんですけど、そういう状態じゃなかったので。その結果何が起こったかと言うと、一番ピュアな毛蟹さんが出てきたんですよね。

毛蟹 暑苦しい方向に振っちゃいましたね。

芳賀 最初はイントロがなくて冒頭からいきなり激アツな感じだったので、そこは少し修正してもらいました。原型は本当に激アツな毛蟹でしたね。

毛蟹 「終盤のおいしいところ……? 激アツにしよう」みたいな感じでした。完全に脳筋で作っちゃったので裏でそんな話し合いが起きていたとは(笑)。