「Enjoy Music!」特集 音楽プロデューサー保本真吾インタビュー|SNS発の新人発掘プロジェクトが育む 次世代の音楽

コロナ禍において“密”を避けなければならない状況は、ライブや撮影、スタジオでのレコーディングなどに影響を与え、多くの音楽関係者を悩ませた。これまでSEKAI NO OWARI、ゆず、井上陽水、家入レオ、Official髭男dism、SKY-HI、三上ちさこ、シナリオアート、でんぱ組.incらの作品のアレンジ、プロデュース、サポートを手がけてきた音楽プロデューサー・保本真吾も、その状況に疲弊した1人だった。しかしそんな中、彼がふとTwitterでつぶやいた「誰か僕と一緒に音楽を作りたい人はいますか?」というひと言から、業界でも類を見ない新たなチャレンジがスタートした。SNSで新人アーティストを募集および発掘し、保本自らが育成するスキルアッププロジェクト「Enjoy Music!」だ。

この企画のコンセプトは、“プロ・アマ、性別、年齢等は一切問わず、すべての垣根を取り払って、みんなで音楽を楽しもう”というもの。保本は自分のもとに寄せられたすべての楽曲をフルコーラスで聴き、それぞれにアドバイスを送りながら、ときには一緒にレコーディングを行ったりと、プロジェクト参加者の楽曲制作をサポートしている。その結果、彼はこのプロジェクトを通して魅力ある新しい才能と出会えたという。まずはその経過報告として、年内にコンピレーションアルバム「Enjoy Music! New Wave Generations Vol.1」の配信リリースが決定し、後日アナログ盤のリリースも予定されている。また2021年2月13日には東京・LIQUIDROOMにてライブイベント「ジョイミューフェスVol.1」を行うことを発表した(参考:音楽プロデューサー保本真吾による新人発掘プロジェクト「Enjoy Music!」、来春にリキッド公演開催)。音楽ナタリーでは、「#ジョイミュー」というハッシュタグのもとSNS上で緩やかにつながりながらその輪を大きくするこの実験的なプロジェクトについて、主宰である保本に話を聞いた。

取材・文 / ふくりゅう(音楽コンシェルジュ) 撮影 / 猪原悠

僕と一緒に音楽を作りたい人はいますか?

──このコロナ禍で、音楽業界は“三密”を避けるために人を集められないというかつてない事態を経験しました。今でこそイベントの開催も少しずつ増えてきていますが、事態が急変した当初は保本さんもダメージを受けられましたか?

保本真吾

周りの人間の仕事が全部止まりましたからね。当然、僕の仕事も止まりました。僕が所属するSHOW DESIGN INC.はライブ制作もやっているんですが、レコーディングをしてCDを発売しても、インストアライブといったリリースイベントがまったくできなかった。そもそも人を集めることができないというのが厳しいですよね……。

──確かに、CDを売る手法そのものにストップがかけられてしまいました。

もちろん命が大事ですから仕方ないことなんですが。とはいえ、国の施策はエンタテインメントは二の次というものでしたし、ライブの集客数にも制限がかかったりしてなかなか苦しい状況でした。安全面は絶対に考慮すべきなんですけど、でもそれを仕事にしていた人にとっては死活問題ですから。それでいろいろなことに直面して、自分が音楽を作る意味について考えてしまったんです。自問自答をしてしまったというか。

──なるほど。それで、「誰か僕と一緒に音楽を作りたい人はいますか?」とツイートしたと。

はい。そのときは落ち込んでいた時期で、自分は必要とされているのかなと悩んで書き込んだんですよ。誰の反応を求めていたわけでもなかったんですが、思いのほか反応があった。だったら、落ち込んでいるだけでなく前向きに音楽を作ることを考えてみようと。当時ステイホーム期間だったこともあり時間だけはいっぱいあったので、「一緒に音楽を作りたい」という返答をくれた人たちに、とにかくじっくり向き合ってみようと思ったんです。

──そうして反応があった人たちとの音楽制作のやりとりがオンライン上でスタートして、それが「Enjoy Music!」というプロジェクトへ発展していったんですね。

次第にたくさん音源が届くようになって、そのどれも、クオリティがめちゃくちゃ高かったんです。「あ、こんなに才能が埋もれているんだ」と驚いて。だったら、こういう子たちを集めてコンピレーションCDを作ったり、自分ができることで情報発信できたら面白いかなと。なので、“プロ・アマ、性別、年齢等は一切問わず、すべての垣根を取り払って、みんなで音楽を楽しもう”というコンセプトは動きながら固まっていきました。

新しい波となれ

──コロナ禍の中では外出もライブもできなかったので、この期間は創作活動に向き合っていたというアーティストの方も多いようです。

スタジオで機材を操作する保本真吾。

そうみたいですね。Twitterでやり取りしてみてわかったんですが、若いアーティストの卵は音楽業界のプロと交流する機会がないから、手探りで音楽を作っていたみたいで。単純にプロの音楽プロデューサーからの意見が聞きたいという理由で「Enjoy Music!」に応募してくる子、特に地方で暮らしている子が多かったです。

──作品の客観的な意見が欲しかったんですね。保本さんはどんなアドバイスをされたんですか?

僕は人が作った音楽を否定できるような立場ではないので、批判だけはしないでおこうと決めているんです。とにかくいいところを見つけて、そこを伸ばしたくて。なので届いた楽曲は全部、フルコーラスで聴くんですよ。1度だけではわからないこともあるので何度も。で、「この部分はいいから、こっちはこうした方がいいよ」とか「この部分を直して送ってきて」「リピートは何度でも受け付けるよ」と返します。

──1人ひとりとしっかり向き合うと。

なぜそうしているかといえば、たいていの場合、戻ってくる作品は前よりもよくなってるんですよ。だったら、お互いウィンウィンだなって。アーティストにとってもそうだし、「Enjoy Music!」にとってもその作品がよくなるのであればプロジェクトがより面白く育っていくわけですから。

──保本さんご自身にとってもプロデューサーとしての才覚が試される取り組みでもありますよね。

それはあるかもしれません。あと、意外だったのは録音について根本的なことを知らない子が多い。そういうやり方はYouTubeで動画にして教えてあげたりしました。「ちょっとお金をかけてでもマイクで録ったほうが、息遣いが伝わるからいいよ」とか。

──今は技術が進歩してPCやスマホだけでもレコーディングができるようになりましたもんね。でもそう言われると、レコーディングの基礎や楽曲制作の第一歩について教えてくれる人やメディアが足りてないのかもしれない。「サウンド&レコーディング・マガジン」や「キーボード・マガジン」は、もっと上級者向けというか。

保本真吾のプライベートスタジオの様子。

うん、それを感じました。あとは弾き語りミュージシャンの多さにも驚きました。送られてくる音源の8割方がそうで、だいたいが定点ワンカメ撮影の映像。でも、それだと表現しきれないことってたくさんあるんですよ。バンド向けのコンテストやオーディションはいっぱいあるから、デビューへの道が明確というか。でも弾き語りや打ち込み系の楽曲を作っている子たちにとっては、そういう機会は少ないというか、あまりデビューの入り口が開かれていないみたいなんです。

──であればそういった方々にとっては、「Enjoy Music!」でのやりとりはよきアドバイスになったでしょうね。それに保本さんにとっても、今の子たちがどんなことを考えているかを知るチャンスにもなったという。

コロナで落ち込んでましたけど、音楽に夢と熱量を持ってやっている若い子がこんなにたくさんいると知って、勇気をもらえました。なので、この子たちをちゃんとアウトプットして、新しい波となるように音楽シーンを盛り上げていきたいと思いました。そういう思いを込めて、コンピレーションアルバムは「Enjoy Music New Wave Generation」と名付けました。「音楽は死んでないぞ」とわかったことが、何よりもうれしかったですね。