ナタリー PowerPush - EGNISH

被災地から広がる、優しさの「大きな輪」が世界を変える

東日本大震災が起きた2011年3月11日、仙台在住のEGNISHはツアー先の福島県で移動中に地震に遭遇。外部からの情報もなく状況が飲み込めないまま迂回路を通って11時間かけて宮城県に戻り、沿岸部の工場地帯が戦場のように燃え上がっているのを目の当たりにして事の重大さに気づき、大きなショックを受けたという。

その彼らが地震からちょうど1年後となる3月11日にニューアルバム「The World」をリリースし、同日に仙台MACANAで震災復興支援イベント「EGNISH presents『OUR UNION』-未来を担う子供たちへ-」を開催する。「The World」は過去に英語詞で発表された楽曲に新たに日本語詞を乗せた再録曲や、震災後に制作された新曲「Peace Maker」を含む、初の全編日本語詞によるコンセプトアルバム。被災地・仙台で過ごす彼らがどのような思いを込めてアルバムを作り、イベントを企画したのか、佐々木一史(B, Vo)にその真意を訊いた。

取材・文 / 橋本尚平

震災があって、バンドの絆が深まった気がする

──震災があってから、バンド内の雰囲気は変わりましたか?

インタビュー写真

言葉で説明しづらいんですけど、前よりも仲良くなったっていうか、絆が深まった気がします。地震で天井が落ちて、当時暮らしてたアパートには住めなくなっちゃってたし、10日くらいかかってやっと電気やガスが復旧しても今度はガソリンが手に入らなくて。そんな状況では当然スタジオにも入れないし、本気でこれからバンドをどうするかって話になったんですよ。

──どうするというのは、もうバンドをやめるってことですか?

それも込みで話しました。今すぐバンドをやるなんて考えられなかったし。でもドラムの(渡邊)公夫が「今後どうするこうするっていう話の前に、落ち着いたら1回音出そうよ。近況報告も含めてさ」って言ってくれて、一緒に演奏してみたら何にも代えがたい気持ちになったんです。そこからメンバーの仲はお互い良くなった気がしますね。

──被災地には震災をきっかけに活動をやめてしまったバンドもいるんでしょうか。

僕の周りにはいないけど、知らないだけかもしれないですね。それどころじゃない人もいっぱいいるし。震災直後は仙台のバンドの間で「チャリティライブやろうよ!」っていう動きがあったみたいです。僕らはガソリンがなくて行けなかったんですけど、特に告知をせずに「来れる人だけ来て」って感じで仙台の匂当台公園に集まって。僕らも規模は小さいですけど、知り合いの飲み屋で「物資が足りてない友だちにいろいろ買って持ってってやろうぜ」っていう目的のイベントやりましたし。

──地震からしばらくはバンドマンだけでなく、決まっていたイベントが中止になったり営業再開できなかったりで、ライブハウスもかなり体力を奪われていたんじゃないでしょうか。MACANAも旧店舗は地震被害でテナントビルが取り壊しになりましたし。

知り合いの箱とかは1カ月後には電気も復旧して少しずつ営業してたんですよ。でもライブハウスで働いてる人が言うには、地元のバンドは動けるんだけど、県外のバンドが嫌がって来てくれなくなったって。そりゃ県外のバンドさんの気持ちもわかりますよね。原発問題もあるし余震もなかなか収まらないし、大丈夫だなんて言えませんから。4月7日にも結構大きい余震がきて、ウチのあたりはまた電気止まったんですよね。

この曲で伝えたいことは、あくまで「日常」

──アルバムの冒頭を飾る新曲「Peace Maker」は、そんな被災体験を経て生み出された楽曲なんだろうなと思いました。

「Peace Maker」は地震のことを歌ってはいますが、でもきっかけが震災だっただけで、伝えたいことは「日常」なんですよね。日々にありふれてる当たり前のことを当たり前と思っちゃいけないよとか、自分が手を差し伸べることで優しさが少しずつ広がって大きな輪になるんじゃないかっていう歌なんで。この歌詞を書こうと思ったのは震災を経験したからですけど、この曲もそのほかの曲も震災を特別に意識したわけじゃないですね。

──確かに、何気なく聴いていると震災を思い起こさせるフレーズが耳に飛び込んでくるんですけど、歌詞カードを見ると全くそういう曲じゃないんですよね。表現が直接的じゃないから、今の時期だけでなく何年後に聴いても普遍的にメッセージが感じられる曲だなと思いました。

インタビュー写真

10曲それぞれに別の世界があって、その世界にも聴く人によって違う感じ方や捉え方があるんで、聴いてくれる人の中のどこかに刺さるような世界が作れていればいいなと思ってます。

──「Peace Maker」以外の収録曲はほぼ全て、元々英語詞だった楽曲を日本語詞に差し替えた再録音源ですよね。でも僕はこれらの曲も、歌詞を聴いて震災以降のことを強く感じたんですよ。

まじっすか!? でもまあ、どれも震災後に書いたものなんで、もしかしたらそういう気持ちがにじみ出ているのかもしれないですけど。今回の曲って、元々ある曲の歌詞をただ日本語に訳しただけじゃないんですよ。英語で歌ってたときに伝えられなかったこととかを、比喩とかも使って自分の言葉で書けるから。どの辺りが震災っぽいですかね?

──例えば「Lily」に出てくる「いつものコンビニで今は好きなだけ買えるから」とか。1曲じっくり通して聴くと震災と関係ないことはわかるんですけど、耳から入ってきたときにすごくインパクトがあって。そういうフレーズが全体的にいくつかありました。

あーっ! それ全然震災とか関係ないんですよ!(笑)全く意識してなかったです。でもそうか……そういう捉え方でもいいですね。人それぞれの捉え方で、自由に聴いてもらえるのはうれしいです。

ニューアルバム「The World」/ 2012年3月11日発売 / 2400円(税込)/ FABTONE RECORDS / FABC-109

CD収録曲
  1. Peace Maker
  2. Life Is Beautiful
  3. Bitter End
  4. Rain
  5. Do You Remember ?
  6. Dancing In The Moonlight
  7. Stay With Me
  8. サヨナラ、そして、アリガトウ
  9. Hero
  10. Lily
EGNISH presents「OUR UNION」-未来を担う子供たちへ-

2012年3月11日(日)宮城県 仙台MACANA
OPEN 17:00 / START 17:30
<出演者>
EGNISH / ゴーストノート / FAT PROP / RUNNERS-Hi / JINBEY [OPENING ACT]
料金:前売2000円 / 当日2500円

EGNISH(いぐにっしゅ)

2002年に佐々木一史(B, Vo)と渡邊繁和(G, Vo)を中心に結成された仙台在住のロックバンド。哀愁あふれるメロディを英語詞で歌い、パンクロックを軸にしつつ、ダンスミュージックなど多彩なジャンルの要素も取り込んだサウンドを作り出す。地元・仙台ではKen Yokoyamaや10-FEETと共演し、2009年には仙台の野外フェス「ARABAKI ROCK FEST」のメインステージに出演。仙台在住ながら東京・Shibuya O-WESTのツアーファイナルを大成功に収める。2011年にはサポートメンバーとしてEGNISHを支えてきた鈴木志穂(Key, Cho)が正式加入し5人編成に。東日本大震災からちょうど1年後の2012年3月11日に、初の全編日本語詞アルバム「The World」を発表する。