小袋成彬×Technics|レコードで音楽を聴くことの喜び、最新作「Zatto」で歌う等身大の自分 (2/2)

等身大の自分を歌う

「Zatto」の特徴の1つが、ロンドンで制作された作品であるにもかかわらず、“ジャパニーズソウル”であることが強く意識されている点だ。歌詞はほぼ日本語であり、曲名にも「Shigure」「Kamifubuki」「Hanazakari」など日本的なワードが選ばれている。泥臭くシャウトする小袋の姿は、1970年代から続く日本語ソウルの文脈すら想起させる。こうした方向に向かった理由について、小袋はこう話す。

「ロンドンには俺より歌がうまくて英語ができる人なんていっぱいいますし、日本語で歌うことのユニークさが自分のアイデンティティを保つうえでも重要なことだと思ったんですよ。そもそも俺にとって日本語で歌うという行為はナチュラルなことだし、無理をして英語で歌う必要もなかった。とはいえ、『Tangerine』などには英語のフレーズも入ってるし、それも今の俺なんです。日本語にこだわったというよりも、等身大の自分を歌おうとしたらこういうものになりました」

小袋成彬

長尺のスローブルース「Shiranami」などは、これまでの小袋の活動を追っている読者には驚きをもって受け止められることだろう。小袋は「ちょうどその頃、Funkadelicの『I'll Stay』や、ダニー・ハサウェイの『I Love You More Than You'll Ever Know』のようにスローなソウルを聴いていたので、こういうものをやりたくなったんです」と話すが、「立ち上がれいまや わがままや恥を捨て 最後の血の一滴が滴るまで」というストレートな歌詞は、デビュー当時の彼であれば歌うこと自体ためらったのではないだろうか。

「確かに言葉はどんどんシンプルになっていると思います。固有名詞も減ってきてるし、潜在意識の中でユニバーサルな表現を目指していたんだと思いますね。歌詞の英訳をロンドンの友人たちに伝えても反応してもらえるものというか。南アフリカで聴こうがモスクワで聴こうがちゃんと伝わるものを探っていました。ロンドンに生きる今の自分自身のアイデンティティと、みんなが感じているストラグルや苦しみ、悲しみ、喜びを歌った感じですね」

「Zatto」は2025年1月のリリース後、さまざまな反響を巻き起こしている。小袋は「海外からの反応も多いですし、好意的に受け止められている感じはしますね。あと、Spotifyのインサイトを見ると、50代以上の方が普段以上に多くて。その層に聴いてもらえているんだなと驚きました」とも話す。3月には念願のアナログ盤のリリースも決まっており、小袋自身、プレスが上がってくる日を心待ちにしている。

「早く手に取って聴きたいんですよね。自分にとっては大きなステージで活動するより、究極の1枚を作ることのほうが重要なんですよ。音楽を始めた頃は意識してなかったけど、直近の2作品はそれを目指して作りました」

TechnicsはDJカルチャーのインフラ

冒頭で触れたように、小袋はTechnicsのターンテーブル「SL-1200」のユーザーの1人だ。Technicsというブランドに対するイメージを小袋はこう話す。

「DJカルチャーを下支えしているインフラのような存在ですね。現場にあるものという感じで、1つの楽器として使われてるイメージがあります」

Technicsのターンテーブルはクール・ハークらヒップホップ黎明期のDJたちに愛用され、ヒップホップカルチャーの誕生を支えていたことはよく語られるが、ロンドンのクラブやサウンドシステムでも長年使用されてきた。日本産のブランドでありながら、グローバルに浸透し、各地のシーンを支えてきたという点において、自身のアイデンティティを大切にしながらユニバーサルに伝わるものを目指した「Zatto」と共通するところは少なくない。

「あまり意識することはないですけど、ロンドンのクラブでもTechnicsのターンテーブルを置いてるところは多いですね。向こうのDJたちからの信頼も高いと思います。『今日のタンテは何? お、Technicsだ、大丈夫』っていう。DJにとってターンテーブルは楽器のようなものですからね」

小袋が背負っているショルダーバッグは、彼の地元であるさいたま市・浦和発のブランド・KLIPTEDのもの。背面にレコードを固定するためのドローコードが付いており、小袋は「Zatto」を含むレコード4枚を入れて取材現場に現れた。

小袋が背負っているショルダーバッグは、彼の地元であるさいたま市・浦和発のブランド・KLIPTEDのもの。背面にレコードを固定するためのドローコードが付いており、小袋は「Zatto」を含むレコード4枚を入れて取材現場に現れた。

レコードに愛着を持つ小袋だけあって、「SL-1200」の最新機種「SL-1200MK7」にも興味津々。Technicsの国内マーケティング担当を務める伊部哲史氏は「MK7」のアップデートポイントをこのように語る。

「『MK7』はケーブルを着脱できるようになっているんですよ。今までのモデルは直付だったんですけど、これにより自分なりのカスタマイズができるようになりました。それと回転性能もよくなっているので、音質もだいぶ違います。ピッチコントローラーも±16に変更可能ですし、78回転にも対応しているのでSPもかけられますよ」

小袋は以前、「MK7」を触ったことがあるそうだが、音質のよさに驚いたという。「針の違いなのかと思っていたら、ターンテーブル自体で音が変わると知って驚きました」とそのときのことを回想する。

小袋成彬が愛聴するレコード3選

最後に小袋の愛聴盤から1曲ずつを選んでもらい、この「SL-1200 MK7」で再生してみよう。いずれも小袋にとって指標となるレコードである。

Black Messiah / D'Angelo And The Vanguard(2014年)

「10年以上前のアルバムですけど、ディアンジェロの最新作です。『Zatto』と同じエンジニア(ラッセル・エレバド)が作っているので、こういう音になるだろうなという鳴りの参考にしていました。ラッセル・エレバドはデジタルプラグインを一切使わないんです。温かくて太くて腰がある。そういう音ですね」

D'Angelo And The Vanguard「Black Messiah」

D'Angelo And The Vanguard「Black Messiah」

Directstep / ハービー・ハンコック(1979年)

「俺のDJを聴いたことがある人は『またこれかよ』と思うかもしれないんですけど、これ、マジで最高なんですよ。日本のCBSソニーがダイレクトカッティングで作った作品で、日本人スタッフも関わってます。笠井紀美子の『Butterfly』をハービーのバンドで録音したとき、ついでに録った盤なんですけど、この音源はサブスクにもないんです。これ、けっこういろんなところで紹介しているので、そろそろレコードの値段が上がっちゃうかもしれない。買うなら今のうちですね。『Shiftless Shuffle』はDJでよくかけます」

ハービー・ハンコック「Directstep」

ハービー・ハンコック「Directstep」

Kamasi Washington, Gregory Porter / Kai Alcé Interpretations(2019年)

「カイ・アルセっていうアトランタのハウスDJがいるんですけど、その人がカマシ・ワシントンの「Askim」という曲をリミックスしていて。その音源「Askim(Kai Alcé Interpretations)」が入ったレコード(2019年)を持ってきました。これが涙が出るほど感動的なハウスなんですよ。これを聴ける人生ってうれしくないですか? このソウルフルでスピリチュアルな感じをレコードで聴けて、ありがてえって思っちゃうんですよね。DJでもめっちゃかけます。かけすぎてバレてきてるから、これ級のレコードを探さないといけないんです」

Kai Alcé Interpretations「Kamasi Washington, Gregory Porter」

Kai Alcé Interpretations「Kamasi Washington, Gregory Porter」

レコードをかけ終わったあと、小袋は「この3枚に並ぶものをいつか作りたいんですよ」と呟いた。“後世に語り継がれるような究極のレコード”を目指す小袋の音楽の旅はまだまだ続く。

小袋成彬
Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

世界中のDJがプレイする現場で使われ続ける「SL-1200」シリーズの最新機種。ダイレクトドライブモーターやプラッター、シャーシなどすべてを一新しながら、トーンアームや各種操作スイッチなどの配置は「SL-1200」シリーズのレイアウトをそのまま踏襲し、これまでと変わらない操作性を実現している。ボディはブラックおよびシルバーの2色展開。

公演情報

Nariaki Obukuro Japan Tour 2025 "Zatto"

  • 2025年3月15日(土)大阪府 ユニバース
  • 2025年3月16日(日)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2025年3月22日(土)東京都 LIQUIDROOM
  • 2025年3月29日(土)福岡県 BEAT STATION
  • 2025年3月30日(日)福岡県 BEAT STATION
  • 2025年4月3日(木)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2025年4月6日(日)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
  • 2025年4月11日(金)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

小袋成彬(オブクロナリアキ)

1991年生まれ。埼玉県さいたま市出身、イギリス・ロンドン在住のミュージシャン。繊細かつ力強い歌声と綿密なアレンジスタイルが特徴的で、日本と海外の音楽シーンをつなぐ活動を展開している。立教大学を卒業後、プロデューサーのYaffleとともに音楽プロダクション「TOKA」を設立。柴崎コウやOKAMOTO'Sなど数々のアーティストの作品に携わっている。2018年に宇多田ヒカルをフィーチャーしたシングル「Lonely One」でメジャーデビュー。2018年4月発表のデビューアルバム「分離派の夏」は「第11回CDショップ大賞2019」、2021年のアルバム「Strides」は「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS」にノミネートされた。2019年以降、活動拠点をイギリスに移し、ジタムやDreamcastmoeなど世界各国のミュージシャンとのコラボレーションを展開。2024年1月に3年ぶりとなるフルアルバム「Zatto」をリリースし、2月には初のエッセイ集「消息」を発表した。