小袋成彬×Technics|レコードで音楽を聴くことの喜び、最新作「Zatto」で歌う等身大の自分

世界中のDJやミュージックラバーが全幅の信頼を寄せてきたTechnicsのターンテーブル「SL-1200」シリーズ。2019年から活動拠点をロンドンに移した小袋成彬もまた、「SL-1200」ユーザーの1人だ。彼はロンドン移住後、ジャズを中心に古今東西のレコードを蒐集するようになり、DJとしての活動も本格化させた。

3月にはアナログとしてもリリースされる小袋の新作「Zatto」は、彼が数々のレコードから受け取ってきたインスピレーションが土台となっている。小袋自身、「後世に語り継がれるような究極のレコードを目指して作ったアルバム」と語るこの作品には、音楽に対する小袋の情熱と愛情が詰め込まれている。「SL-1200」の最新モデル「SL-1200MK7」で小袋の愛聴盤を聴きながら、新作のことやレコードで音楽を聴く喜びについてたっぷり語ってもらった。

ナタリーとパナソニックの連載企画「デジナタ」では、アーティストや俳優らに最新型のAV機器を使ってさまざまなコンテンツを楽しんでもらう企画を多数展開中!

取材・文 / 大石始撮影 / Goku Noguchi取材協力 / club bar FAMILY

Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

世界中のDJがプレイする現場で使われ続ける「SL-1200」シリーズの最新機種。ダイレクトドライブモーターやプラッター、シャーシなどすべてを一新しながら、トーンアームや各種操作スイッチなどの配置は「SL-1200」シリーズのレイアウトをそのまま踏襲し、これまでと変わらない操作性を実現している。ボディはブラックおよびシルバーの2色展開。

ロンドンで触れたレコードの魅力

現在ロンドンに住む小袋はレコードに囲まれた生活を送っている。馴染みのクラブでDJをし、仲間の家でお気に入りのレコードを聴くという日々の中心には常にレコードがある。小袋はレコードに取りつかれるようになった経緯をこう話す。

「レコードを集めるようになったのはロンドンに行ってからなんですよ。いくらデジタルで掘ってもたどりつけない曲があって、そういうものを聴きたければレコードを買うしかないんです。例えば100枚ぐらいしかプレスされないリミックスとかね。レコードの世界にのめり込むようになったのはフローティング・ポインツが主宰しているレーベル・Melodies International周辺の人たちと出会ったことが大きいです。彼らにレコードの魅力を教えてもらいました」

小袋成彬

そんな中でも小袋にとって忘れられないレコード体験があるのだという。

「ロンドンに以前、フローティング・ポインツが住んでいた家があって。そこには今、Melodies Internationalのボスが住んでるんです。自作のミキサーやフローティング・ポインツの機材がそのまま残っているんですけど、それでレコードをかけてくれたことがあって。あの感動はいまだに忘れられないですね。そのときはドン・チェリーを聴かせてもらったんですけど、今までデジタルで聴いていたものとはまったく違う体験でした。音の粒立ちが丸くて、音が温かいというのはこういうことかと。音を物理で聴く感じというか、キックの音も音波となって体を突き抜けていくような感じがして。それからどっぷりレコードにハマってしまいましたね」

「レコードを聴くってすごく温かい行為」

小袋が近年交流を深めているのが「Travelling sound system」を謳うパーティークルー・Giant Stepsの面々だ。彼らもまたレコードに強い愛着を持ち、レコードでのDJプレイにこだわっている。彼らとの交流を通じ、小袋は“レコードで音楽を聴く”という行為そのものにのめり込んでいく。

「みんな音楽に対する愛が尋常じゃないんです。誰かの家に遊びに行って、そこでレコードを聴くってすごく温かい行為だと思うし、デジタルではたどり着けない領域ですよね。Bluetoothで音楽をかけるのとは違う。わざわざレコードをターンテーブルの上に乗せて、針を落とし、音で友達をもてなす。その行為自体が尊いと思うんです」

現在、小袋は主に1970~90年代のジャズのレコードを集めているのだという。パーティの現場だけでなく、自宅でリラックスする際もレコードを聴く生活を送っている。

「ジャズのレコードをかけながら、大谷翔平の試合を無音で流し、お酒を飲むという感じ。レコードはいっぱい買うんですけど、1回も針を落としてないものもけっこうあるから、そうやってラフに聴きながら『あのレコードとつなげられるかも』みたいにチェックすることが多いかな。だから家では音を楽しむというより、DJのことを考えながらかけていることが多いかもしれません。あと、作品の制作期間中はインスピレーションを求めてレコードを聴くこともあります。このブルージーなコード、いいなとか」

ちなみに小袋が初めて買ったレコードは、17、8歳の頃に地元で購入したYMO(Yellow Magic Orchestra)の「サーヴィス」(1983年)だという。

「ちょうどスピーカー付きのポータブルのレコードプレイヤーを手に入れた頃で、何かレコードを買ってみようと思っていたんですよ。浦和のPARCOで中古レコード市をやっていて、そこでYMOの『サーヴィス』を買いました。三宅裕司のコントが入ってるレコード(※YMOの楽曲と三宅裕司率いる劇団・スーパーエキセントリックシアター[SET]のコントが交互に収録されている)。最初に聴いたとときは『音、悪いな』と思いました(笑)。そもそも再生しているのがポータブルのプレイヤーなので、音が悪いのも当然なんですけどね」

「Zatto」に込めたもの

ロンドン在住のミュージシャンたちと時間をかけて作り上げられた小袋の新作「Zatto」には、ロンドンでのさまざまな音楽体験が反映されている。ニューソウルやファンクの色合いも濃い音の世界は、小袋のレコードバッグの中身がそのまま映し込まれたものとも言えるだろう。

「今回のアルバムの音は昔のレコードを聴いていないと出ないものだし、曲の尺も現代の若者には耐えられない長さだと思います(笑)。今の音楽としてのキャッチーさを求めたら、長いイントロとか必要ないですよね。再生回数のことを考えたら6分の曲なんて作らず、2分の曲を作ったほうがいいですし」

小袋成彬

音の質感にも小袋のこだわりが詰まっている。ミックスを手がけたのはディアンジェロの名作「Voodoo」(2000年)を担当したラッセル・エレバド。レコーディングエンジニアはStereolabのドラマーでもあるアンディ・ラムゼイが務めている。

「現代のトラップを聴いたあと今回の音を聴くと、すごく音が小さく感じると思うんですよ。その代わり音のレンジが広い。デカい音に合わせてピークを作っているので、最大音量にすると気持ちのいい音にしてあります。そこはこだわりました。音圧が低くて、音のレンジが広いという感じ。これ以上音圧を上げるとポップにはなるんですけど、何か違うんですよ。塩味が強いとおいしく感じるけど、食べ続けているとしんどくなるじゃないですか。そういう感じです」

小袋成彬が考える“理想の鳴り”

2025年1月15日、小袋は「Zatto」について自身のXでこう投稿している──「後世に語り継がれるような究極のレコードを目指して作ったアルバムです。理想の鳴りを追求するため、現代最高のメンバーがこの一枚に集結しています。ぜひたくさんの人にレコードの素晴らしさを体感してほしいです」。この“究極のレコード”を目指した理由について、小袋はこう話す。

「データはいつか消えるかもしれないけれど、レコードはモノさえ残っていれば生き続けると思うんですね。本当に耳のいい人が大切に聴き続けてきたレコードを集める中で、そのラインナップに少しでも近付けるような作品を作りたかったんです。自分のソウルを全部注ぎ込んだ1枚を作るというのが目標。今回それが達成できたとはとても思えないんですけど、そういう気持ちで作りました」

小袋成彬

では、小袋が考える“理想の鳴り”とは? 彼は作品の背景も含め、このように語る。

「俺がいつも遊んでいるクラブのスピーカーで鳴らしたときに、最高の音が鳴るもの、それが理想の鳴りですね。あのスピーカーとミキサーでかけた瞬間、『これはなんだ?』と引き込まれるようなもの。あと、音楽的には同時代性があるものを意識しました。誰もがインフレに困っていて、どこかで戦争が起きていて、音楽がないがしろにされる世界の中で、それでも音楽をやっている同世代のミュージシャンと一緒に作った感じというか。演奏のうまい / 下手が重要なんじゃなくて、同じソウルを持った連中であることが大事だったんです」

ドラムはロンドンのアフロジャズグループ・Kokorokoのアヨ・サラウらが担当し、数曲では香港出身のティージョー・マン・チェンによるブルージーなギターを聴くこともできる。さまざまなミュージシャンが参加しているが、いずれもロンドンで生きる同世代ばかりだ。その意味でも本作「Zatto」は2024年のロンドンで生まれた音であり、ここにはロンドンという都市の現状と、世界の在り方が濃密に映し込まれているのだ。

次のページ »
等身大の自分を歌う

2025年3月24日更新