adieu(=上白石萌歌)「adieu 3」レビュー|多彩な作家陣とともに描き出す、大人へと変わりゆく22歳の現在地

adieu(=上白石萌歌)の3rdミニアルバム「adieu 3」がリリースされた。

数々のドラマや映画、CMに出演し、今や若手女優として磐石の地位を築いたかのように見える上白石萌歌。しかし彼女は女優業の傍ら、adieuとして数々の楽曲を発表しており、アーティストとしても精力的に活動している。adieuの作品には毎回さまざまなアーティストが参加しており、楽曲提供陣もadieuを作り上げる重要な要素の1つだ。そして今作「adieu 3」もまた、小袋成彬、澤部渡(スカート)、塩入冬湖(FINLANDS)、柴田聡子、クボタカイ、ヤナセジロウ(betcover!!)といった魅力的なメンバーがそろっている。そんな「adieu 3」のリリースを記念して、音楽ナタリーはadieuの活動にまつわるレビューを公開。プロジェクト始動から現在までの変遷をたどりながら、adieuというアーティストや「adieu 3」の魅力を紐解いていく。

文 / 石井佑来

“adieu”としての音楽活動

上白石萌歌の歌声が多くの人に知られるようになったのは、adieuとしての活動を本格的にスタートさせる約3年前、2016年冬のこと。KIRIN「午後の紅茶」のCMで披露されたCHARA「やさしい気持ち」のカバーがきっかけだ。駅のホームにたたずみながら「やさしい気持ち」を歌唱する彼女の透き通るような歌声は大きな注目を浴び、その後彼女は人気女優への階段を駆け上ることとなる。そして彼女は17歳という年齢以外のプロフィールを一切明かさず、2017年8月にadieuとして1stシングル「ナラタージュ」をリリース。約2年にわたる沈黙を経て、2019年9月に「申し遅れました私、adieuと申します。愛する音楽を続けてまいります」と自身がadieuであることを明かしつつ、音楽活動を本格的にスタートさせたのだった。

「やさしい気持ち」のカバーが注目を浴びてから、音楽活動を本格始動させるまで約3年。その期間の微妙な長さには、彼女や周囲のスタッフの音楽活動に対する慎重さとこだわりが表れているのではないだろうか。本業の傍ら音楽活動を行う女優は少なくないが、adieuというプロジェクトへの力の入りようは、いわゆる“女優の音楽活動”とは一線を画しているように感じられる。すでに世間に広く知られている“上白石萌歌”という名前を使わず、“adieu”という別名義で活動していることも、あるいはそんな意思の表れかもしれない。そもそも彼女は“上白石萌歌”として2015年にアニメ「はなかっぱ」の主題歌「ス・マ・イ・ル」でCDデビューしており、それ以降も米津玄師作「パプリカ」の歌唱を担当したり、aikoが作詞作曲を手がけたFM802のキャンペーンソング「メロンソーダ」にさまざまなアーティストとともに参加したりと、adieu始動以前よりたびたび音楽に携わってきたのだ。そんなふうに“女優・上白石萌歌”の活動の延長線上として音楽活動を行うこともできたはず。しかし彼女はあくまで“adieu”として愛する音楽を続けるという道を選んだ。その背景に、音楽に対する並々ならぬ思いとこだわりがあったであろうことは想像に難くない。

多彩な作家陣とadieuの歌声の化学反応

そして何より、adieuというプロジェクトを語るうえで特筆すべきは、楽曲提供陣のラインナップだ。adieu本格始動後の第1弾作品であるミニアルバム「adieu 1」。そんな大事な場面で彼女が迎え入れたのは、小袋成彬、澤部渡(スカート)、塩入冬湖(FINLANDS)という、オルタナティブなシーンで高い評価を受けるアーティストたちだった。1stシングル「ナラタージュ」でタッグを組んだのが国民的バンドのフロントマン・野田洋次郎(RADWIMPS)であることを考えると、いささか意外な顔ぶれではあるが、「ナラタージュ」リリースから本格始動までの沈黙の2年の間に、adieuというプロジェクトのアーティスト像と進むべき方向がじっくり再考された末の決断なのだろう。そしてその後も彼女は、100名限定で開催された初のライブイベント「adieu secret show case [unveiling]」にてサポートギターに君島大空を迎えたり、2ndミニアルバム「adieu 2」で君島、カネコアヤノ、古舘佑太郎(The SALOVERS、THE 2)から楽曲提供を受けたりと、その方向性を強めていき、上白石萌歌のファンのみならず音楽好きを巻き込みながら話題を集めるようになる。「adieuが次にコラボ相手として迎え入れるのは誰なのか」、今となってはそんな注目の仕方をしているリスナーもたくさんいるはずだ。

そんなふうに、adieuというプロジェクトが上白石萌歌のファンの外側にも届いているのは、オルタナティブなシーンで才能を遺憾なく発揮するアーティストたちを起用し続ける一貫性と、そのチョイスの“的確さ”の賜物だろう。それは、adieuを周囲で支えるスタッフたちのアンテナの感度の高さや慧眼に裏打ちされたものであることは間違いない。しかしそれだけでなく、adieuというプロジェクトは、上白石本人の意向がしっかり反映されたプロジェクトでもあるのだ。その証拠に、adieuについてつづられた資料のプロジェクト概要には「彼女の趣向・アンテナを頼りに、彼女の表現したい音楽に様々な音楽家、映像作家、写真家、クリエイター達が巻き込まれていき、作品として昇華していく」と記されている。彼女が自らラブコールを送ったことにより、敬愛するカネコアヤノからの楽曲提供が実現したことは、その一例としてとてもわかりやすい。ちなみにカネコアヤノがほかのアーティストに楽曲提供を行うのは現時点でadieuの「天使」が最初で最後であり、そういった意味でも彼女のラブコールがもたらした成果はとても大きい。

また藤井風の楽曲プロデュースなどでも知られるYaffleと本格的にタッグを組んでいるのも見逃してはいけないポイントだ。Yaffleは、Tokyo Recordingsとして参加した作品を含めて、1stシングル「ナラタージュ」からほぼすべての楽曲でアレンジを担当。adieuの作品に一定の統一感とポピュラリティをもたらしているという点において、彼の貢献は計り知れないものがあるだろう。

と、ここまでadieuを外側から支える作家陣について筆を割いてきたが、もちろん彼女の作品の中心に据えられているのはadieu本人のボーカルだ。多彩なコンポーザーに囲まれながら、バラエティに富んだ楽曲群に乗せて紡がれる清らかな歌声は、楽曲提供者の持つ作家性と美しい化学反応を見せている。例えば前述の「天使」。一聴しただけでカネコアヤノによる楽曲だとわかりそうなほどコードやメロディに個性が色濃く出ているこの曲を、adieuは力強いカネコのボーカルと対極にあると言っても過言ではないような、ガラス細工のように透明かつ繊細な声で歌い上げている。そのほかにも、あどけなさの残る素朴な歌声が君島大空特有の細かく上下するメロディの複雑さを際立たせる「春の羅針」、古舘佑太郎に「いつの日か誰かが、この曲を遠くまで連れてってくれるような気がしていた」「adieuさんが歌う『愛って』を聴き、彼女の歌声に思わず、僕の予感は当たっていた!と確信せざるを得ませんでした」と言わしめた「愛って」など、どの曲もadieuのボーカリストとしての魅力と、作曲家の個性が絶妙に噛み合っているのだ。adieuというプロジェクトは、例えば「第一線で活躍する女優がアーティストをフックアップする」というような一方的な関係性ではなく、作曲家とボーカリストがお互いの魅力を引き出し合う、理想的なバランスで成り立っているのではないだろうか。

“少女”と“大人”の狭間で揺れるadieuの姿

そして、9月にリリースされた最新作「adieu 3」は、そんな思いを確信に変えるのに十分な作品だ。本作では小袋成彬、澤部渡、塩入冬湖との再タッグや、シングル「灯台より」以来2度目となる柴田聡子からの楽曲提供が実現。また年初に発表されたクボタカイとヤナセジロウ(betcover!!)によるナンバーも収録されている。相変わらずブレることのない楽曲提供者のラインナップに目を引かれるが、中でも注目すべきはヤナセジロウの起用だろう。ダブやサイケ、ノイズなどを飲み込んだフリーキーなサウンドで注目されているbetcover!!のヤナセジロウが、国民的な人気を誇る若手女優に楽曲提供を行う。そんな意外性のある組み合わせは、多くのリスナーを驚かせた。adieuスタッフのTwitter公式アカウントでは「もともとbetcover!!の音楽ファンでもあったadieuが同世代である柳瀬二郎さんの才能に痺れていたところから曲を書いていただくことになりました」とつづられており、やはりここでもadieu本人の意向が反映されていることが明らかになっている。そんなヤナセジロウによる楽曲「旅立ち」は、betcover!!の隠し持つメロディアスな一面を存分に堪能できるような1曲だ。

adieu「adieu 3」ジャケット

adieu「adieu 3」ジャケット

そのほかにも「この命は呪いか愛だ」というフレーズが印象的なバラードナンバー「穴空きの空」、澤部渡のソングライターとしての手腕がこれでもかと発揮された「景色 / 欄干」、adieuの流麗な歌声が激しいギターサウンドやドラムプレイと絡み合う「ひかりのはなし」など、個性あふれる楽曲が立ち並ぶ。そしてそのどれもが、“少女”と“大人”の狭間で揺れる22歳の女性が歌うことで、一際大きな輝きを放っている。リード曲「夏の限り」は、柴田聡子が「“若い”ということ」を思惟しながら、「若さとは逆にとても大人びた状態」という独自の解釈を持って紡いだ楽曲だという。過去に柴田が歌詞を手がけた琴音「飛行機」やRYUTist「ナイスポーズ」がそうであったように、ここでもまた柴田は少女から大人へと変わりゆく歌い手の“今”を鮮明に切り取る。そんな「夏の限り」が“若さ”を歌った曲ならば、その対極にあるのがラストに収録された小袋成彬による「ワイン」だろう。「ただ抱きしめて ダーリン」という言葉を幾度となくリフレインするこの楽曲から覗いて見えるのは、adieuの成熟した一面だ。フランス語で「さようなら」を意味する“adieu”。そんな別れの言葉は、刻一刻と大人へ変わりゆく今の自分自身に向けたものなのかもしれない。そんなことを考えてしまうほど、この「adieu 3」には、22歳の女性が持つ、ほんの一瞬の輝きや不安定さが克明に描き出されている。

そしてadieuは9月から10月にかけて自身初のツアー「adieu Tour 2022 -coucou-」を行う。どうか「adieu 3」に耳を傾けるとともに、ぜひツアー会場に足を運んでみてほしい。きっとそこには、もう二度と見ることができない、刻々と変化し続ける彼女の貴重な今の姿があるはずだから。

公演情報

adieu TOUR 2022 -coucou-

  • 2022年9月24日(土)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
  • 2022年10月10日(月)大阪府 なんばHatch

プロフィール

adieu(アデュー)

女優として活動する上白石萌歌の“クリエイティブコンソーシアム”。2017年10月に素性を隠した状態で野田洋次郎(RADWIMPS)の提供曲「ナラタージュ」をリリースしデビューを果たす。2019年9月にadieuの正体が自身であったことを明かしつつ、音楽活動を本格始動させることを発表。同年11月にミニアルバム「adieu 1」をリリースする。その後も2021年6月に「adieu 2」、2022年9月に「adieu 3」と1年ごとにミニアルバムを発表。小袋成彬、澤部渡(スカート)、カネコアヤノ、君島大空、柴田聡子といったアーティストを起用し話題になる。また、ほぼすべての楽曲のアレンジにYaffleが携わっている。2022年9月から10月にかけて初のツアー「adieu Tour 2022 -coucou-」を開催する。