自己顕示欲がだんだん抑えられなくなる
──CRUNCHの音楽は、ネット経由で海外にも広がっていきました。何かきっかけがあったのでしょうか?
川越 SoundCloudにアップした曲を、試しに音楽を紹介しているブロガーに送ってみたら、「Music Alliance Pact」と言う世界のインディーミュージックを紹介する「The Guardian」紙の企画に掲載されたんです。あとはブログ「Make Believe Melodies」の執筆者で「Pitchfork」のライターでもあるパトリック・セントミッシェルさんがすごく気に入ってくれたり、音楽レーベルのCall And Response Recordsのオーナー、イアン・マーティンさんが気に入ってくれて「The Japan Times」で記事を書いてくれました。
堀田 「Blue」という楽曲は2ちゃんねるをもっとオープンにしたような海外の掲示板サイト「reddit」でも話題になって、2万回以上再生されて。それもびっくりでした。
──やはりネットの力は大きいですね。
川越 ネットで多少話題になってからnever young beachやD.A.N.と競演できたり、トクマルシューゴさんと一緒に野外フェスに呼んでもらえたり、Yumi Zoumaのような海外アーティストの来日公演にも誘ってもらったりしました。でも、それはあくまできっかけで、地元の名古屋でいろいろな人と実際につながって、助けてもらえたからこそ広がった気がします。「Blue」のミュージックビデオを撮ってくれた岩田隼之介さんも、「撮らせてください」って連絡してくれて知り合えたんです。
堀田 地元にあるレコード屋さんFILE-UNDER RECORDSの店長、山田岳彦さんもすごく親身になって応援してくれました。自主制作で作ったCDは名古屋のタワレコとFILE-UNDER RECORDSで同じくらいの枚数売れてるんですよ。
──では、サレンダーさんはいつからマンガを描き始めたのでしょうか?
橋本 2013年くらいから4コママンガを描いてブログとかに上げてたんですけど、「オモコロ」っていうWebサイトに参加させていただいて、それから4コマ以外もいろいろ描き始めた感じです。
──それ以前は遊びで描くぐらいだった?
橋本 小学生のときは描いてたんですけど、「マンガを描く」ってことに恥ずかしさを感じるようになってしまって、ずっと何もせずにいました。で、普通の理工系の大学を出て、普通に就職したんですけど、二十何年間貯めてきた自己顕示欲が抑えられなくなり、「このまま死んじゃうのもな」って思って、ちゃんと描いてみようと。
──近年はネット発のマンガ家も増えましたよね。
橋本 もともとネットには疎くて、紙の雑誌しか読んでなかったので、そういうムーブメントが起こってることもよく知りませんでした。でもネットで4コママンガとか調べると、公開してる人があちこちにいて、その中でも「オモコロ」というサイトで4コマを描いている方々が一番面白いなと思ったので、原稿を送り、描かせてもらえるようになったという感じです。ホントにラッキーだったと思います。
──近年では単行本の出版、雑誌での連載と、活躍の幅をさらに広げています。
橋本 初の単行本「恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。」は締め切りがタイトで命の灯火が消えかけました(笑)。単行本の作業ではいろいろな人と関わったり、助けてもらったりすることが非常に多かったので、「これで売れないとあまりに申し訳なさすぎるな」と思い、けっこう必死に宣伝しました。
川越 私たちも宣伝をがんばらないと。TwitterやInstagramもしっかりやったほうがいいって、アルバムのミックスを担当してくれた荒木(正比呂)さんに言われたし……この記事もいっぱい拡散しなきゃ(笑)。
リスナーに想像の余地を残すことは大切
──サレンダーさんはマンガを描くうえで、ご自身の中でのテーマのようなものはありますか?
橋本 これと言ってないのですが……基本的には「自分はこう思われているだろうから、先回りして自分から言って楽になってやるぞ」って感じとか、「世界のみんながこんなんだったら楽なのにな」という感じで、自分のセコイところ、みっともないところを肯定するために描く感じです。非常に個人的で傲慢な理由だと思いますが。ただ、例えば会社の優秀な先輩とかでも、帰り道が同じになりそうだから乗るエレベーターをずらすとか、何かしら小さなセコイことはけっこうみんなやってますよね。そういうのを見ているとなんか人間っぽくて愛おしいし、読んだ人もマンガを通して何かしら肯定されたような感じになればいいなと思います。
──CRUNCHはアルバム「てんきあめ」の制作にあたって、テーマや青写真はどの程度ありましたか?
堀田 半分くらいはもともとあった曲で、自分たちのベスト盤的な感じで録音していきました。あと、Yumi Zoumaと対バンしたことは大きくて、残りの新曲はちょっと洗練させると言うか、音数を少なくした曲を作ってみたりしました。例えば「ウタカタ」はバンドサウンドなんだけどバスドラを入れなかったり、ちょっと変化を持たせるようにしていて。Yumi Zoumaのやってることって、多くの人に聴いてもらえる音楽だと思うので私たちもその点を意識しました。
──より開かれた作品を意識したと。
堀田 最近フィッシュマンズのベスト盤「空中」「宇宙」を聴いていて。どちらもDisc 2にデモ音源が入ってるんですけど、例えば佐藤伸治さんが作ったデモとバンドによる完成バージョンを比べると、佐藤さんの鬼気迫る雰囲気を薄めて一般受けするアレンジにしてあると思うんです。曲の核となる本質の部分はデモの段階でもう十分すぎるくらいあって、ダイレクトに出すぎてる。コアなリスナーはそのほうがいいかもしれないけど、一般のリスナーはそうではないから、あえて隙間を作って風通しをよくするというか。そういった作業がすごく大事なんじゃないかと最近思います。作り込みすぎず、音を重ねすぎず、リスナーに想像の余地を残すことは大切だなって。
──川越さんはどのような気持ちでアルバム制作に臨みましたか?
川越 すごく感覚的な表現なんですけど……何気ない隙間みたいな空間で淡く光るような曲が作りたかったんです。小さな物語を想像して音にした歌のようなものをメンバーに聴いてもらって、一緒に演奏してアレンジを考えて形にしていきました。
──バスドラを抜いたという「ウタカタ」に関してはいかがでしたか?
川越 けっこう大変でした。ベースラインはみんなで考えて、ピアノで弾いてもらったものを参考に私がベースを弾いた感じ。ベースラインはメロディーっぽく入ることでまとめていきました。
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「つらい」を押し続ける気力も、「ハッピー」を押し続ける気力もない
- CRUNCH「てんきあめ」
- 2017年11月22日発売 / THANKS GIVING
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[CD]
2160円 / DQC-1590
- 収録曲
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- Simple Mind
- Blue
- 通り雨
- Holiday
- 人魚と海
- ウタカタ
- Sunny
- 君からの合図
- Eternal
- サレンダー橋本「恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。」
- 2015年10月28日発売 / 小学館クリエイティブ
- サレンダー橋本「働かざる者たち」
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Webサイト「コココミ」にて連載中
- CRUNCH(クランチ)
- 堀田倫代(G, Vo)、川越玲奈(B, Vo)、神野美子(Dr, Cho)の3名によって結成された愛知・名古屋出身のロックバンド。シティポップやポストパンクから影響を受けたサウンドを特徴とし、これまでに「The Guardian」や「beehype」、「The Japan Times」など海外のさまざまなメディアで紹介され話題を呼んできた。Bandcampを中心にオリジナル楽曲を発表しつつ、2014年には松石ゲル(PANICSMILE)をプロデューサーに迎え、初の全国流通盤となるミニアルバム「ふとした日常のこと」を発表。2017年11月22日には荒木正比呂(レミ街)プロデュースによる1stアルバム「てんきあめ」をリリースした。
- サレンダー橋本(サレンダーハシモト)
- “意識低い系作家”と呼ばれるマンガ家。2013年より自身のブログにて4コママンガの発表を開始し、同年Webメディア「オモコロ」 にて4コママンガ、短編マンガの連載をスタート。2015年には小学館から初の単行本「恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。」を発表した。2017年3月からは秋田書店「ヤングチャンピオン」にて、“クズ会社員あるある”を描く「明日クビになりそう」、Webサイト「コココミ」にて「働かざる者たち」を連載中。