クレイジーケンバンドの「NOW」|過去と未来から見た現在地 CKBの“今”を閉じ込めた20thアルバム

“JOY”じゃなくて「女医」

──ではここからアルバムの曲についてお伺いします。まず1曲目「サムライ・ボルサリーノ」は、歌詞に名作映画のタイトルがたくさん引用されていますね。

ステイホーム期間中に観たアラン・ドロンの映画の邦題を羅列しました。「太陽がいっぱい」とか「太陽はひとりぼっち」とか、どれも邦題がすごくよくて、それだけでTシャツにしたいくらい(笑)。“文字霊”というか、文字に力があるタイトルが多かったので、歌詞に使いたいなと。

──そんな中に「Go toか Stayか」「禍が明けたら ハグしよう」といった“今”を感じさせる歌詞も登場します。

「海外も行きたいし、海水浴も行きたい。アレもしたい、コレもしたい」という思いの爆発感をイメージして、それを「Burning Love」という言葉に込めました。

横山剣(クレイジーケンバンド)

──続いて「ヨコスカ慕情」。この曲には「Love Is a Many Splendored Thing」という洋題が付けられていますが、これは映画「慕情」のそれですね。

そうです。ジェニファー・ジョーンズが香港の女医、ハン・スーインを演じた映画「慕情」の原題です。でも曲の中で主人公が丘から見下ろす風景は、阿木燿子さんの世界、つまり(山口)百恵ちゃんの「横須賀ストーリー」に出てくる「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が 見えるでしょうか」のちょっと昭和な横須賀の海です。ハン・スーインの横須賀版みたいな。全部僕の妄想ですけど(笑)。この曲はそもそも「IVORY」のアネックス的に思い付いた曲なんです。だけど「IVORY」で使っているヒップなビートよりも、もう少しいなたいシェイクな感じにしたほうが“ダサカッコよさ”が出るかなと思って。あと最近「卒業」という映画も観返したんですけど、歌詞に入っている「アルファロメオ」とか「ダスティン・ホフマン」は、その映画の要素ですね。それから、歌詞に病院を連想させる言葉も入ってますけど、これは医療関係者の知り合いに対する大変だなという思いもあったり、自分も昔喘息で入院していたこともあって、特に「咳」というワードは使いたかったんですよね。

──なるほど。歌を聴いていて“ジョイ”という言葉が耳に残ったんですが、歌詞を確認したら「女医」でした(笑)。

そうそう、喜びの“JOY”じゃなくて「女医」なんです(笑)。

──そういう細かいところまで楽しめるのがCKBのコク深さですよね。そのあと「eye catch *昨日のつづき」を挟んで「IVORY」に行くわけですが、「eye catch *昨日のつづき」にはその前後の2曲、「ヨコスカ慕情」「IVORY」のモチーフがそれぞれ使用されています。

はい。メロディは「ヨコスカ慕情」で、ドラムは「IVORY」のものをそのまま使っています。

──「IVORY」は、シングルで先行発売されたときにまず非常に音がいいなと感じたのですが、録音やミックスにおいていつもと違う部分があったんでしょうか?

そこはすごく意識したところでした。これまではパッと聴いたときには気付かないくらいだけど、歌や楽器の音を邪魔してしまう倍音が入っていたりして。これをなんとか除去したいということで、ミキサーやエンジニアにピーピーキャーキャー言いながら調整してもらったんです。少しでもそういう余計な音が除去されることで、楽器やボーカルの音がくっきり聴こえるようにとお願いしました。

──なるほど。そしてこの曲はアルバムを制作する過程でできたものの、夏に出しておきたい曲だったと。

はい。このアルバムからは4曲を先発でシングルとして発表しましたけど、それとまったく同じ音源をアルバムに入れたんじゃあシングルを買ってくれた方に申し訳ないので、アレンジをそれぞれ変更しました。「IVORY」はフェードアウトじゃなくて終点まで行くというふうにしたのと、鍵盤のフレーズを少し変えましたね。鍵盤は和音のトップノートを気に入ったものに少し変えたくらいなので、ほとんど自己満足の世界ですけど……あとはマスタリングもシングルとはだいぶ違う感じにしました。で、その次の「だから言ったでしょ」もシングルからはアレンジを変えましたけど、これはボーカルとBPMは変えずにリズム自体を変えて、ドラム、ベース、ギター、キーボードを全部差し替えました。

マイナーってカッコいい

──ではその次の「9月21日」はいかがですか?

これはEarth, Wind & Fire「September」の歌詞に「the 21st night of September」というフレーズが出てくるのと、我々の事務所・DOUBLE JOY RECORDSがレーベルとしてスタートしたのが今から25年前の9月21日だったんです。あんまり表に出してないアニバーサリーですね。あとは僕が数字的に9と21が好きなのもあります。21は3で割ると7・7・7になるし、9ってのは香港とかアジアで縁起のいい数字だったりとか……って、これはあんまり意味はないんですけども(笑)。

──サウンドとしては、かつての「JET STREAM」(TOKYO FMほか)で流れていた70年代後半のイージーリスニングにインド音楽が混ざったような不思議な印象で。

横山剣(クレイジーケンバンド)

「JET STREAM」、中学生のときにヘビーリスナーでしたよ。パーソナリティの城達也さんのマネもよくしていました(笑)。この曲はタブラとかのパーカッションのサンプル音源をループさせて貼り付けたんですけど、そのせいでボリウッド的な雰囲気がありますよね。

──僕は昔、ムード歌謡や演歌などの短調の楽しみ方が全然わからなかったんですけど、その価値観をひっくり返されたのがCKBの音楽で。「けむり」「ハワイの夜」など(いずれも1998年発表)を聴いて「こんなにコブシを効かせた短調のメロディをポップに昇華できるんだ!」と感動したんですが、その最新版が次の「紅葉」だと思っています。

ああー、うれしい。僕も昔は短調が大嫌いだったんだけど、1997年頃にAORが大好きなメンバー廣石恵一(Dr)が急に橋幸夫さんのカセットテープを「これは破壊力あっていいから」って持ってきて。で、そのまま借りてみたらそれが短調の曲だったんですけど、「マイナーってカッコいいな!」としびれたことがありましたね。

──それをポップに解釈したのがCKBの始まりであり、発明なのかもしれませんね。

ありがとうございます。あと、ノッサンはフランス・ギャルが好きなんですけど、フランス・ギャルの「娘たちにかまわないで(Laisse Tomber Les Filles)」みたいな短調の曲とか、イタリアのツイストものとかを聴いていると、日本の歌謡曲の源流にこういう音楽があるんだなとも思ったりしますよ。気持ちいいなと。

幻覚みたいなもの

──そしてそんな「紅葉」を経て、「月夜のステラ」「愛があるなら年の差なんて」といったスウィートソウルのゾーンに入ります。

「月夜のステラ」でイメージしたのは、アメリカ西海岸に居るちょっと不良な人たち。彼らがクルージングするときに聴くドゥーワップやスウィートソウルのような、いい意味でやんちゃな感じの曲にしようと思って「俺のChevyはLowriderだから」という歌詞を書きました。

──なるほど。「愛があるなら年の差なんて」は、ずばりアリーヤの「Age Ain't Nothing But a Number」から?

そうです。R・ケリーがプロデュースしたあの曲が大好きで、あの時代の、少しかったるいスローグルーヴがいまだに聴いていて気持ちいいんです。それに「年齢というのはただの番号にすぎないんだ」という意味のタイトルもすごく気に入っていて。いつか洋題に使いたいと思ってたので、ついに来たと。ちなみに日本だと錦野旦さんの作品で同じタイトルの曲があります(笑)。あとこの曲で浮かんだのは、やっぱりやんちゃなツッパリのおじさんのイメージで、現代に暮らす人なんだけど中身は昭和のままで、タバコのヤニで黄ばんでいる壁にキャロルやアグネス・ラムのポスターが貼ってある。そこに親子ほど歳の離れた女の子が住み着いちゃったっていう、そういう妄想。

──そういった歌詞の世界観は自然に浮かんでくるものなんでしょうか?

まず、なんとなく根岸の景色が浮かんだんですけど、荒井由実さんの「海を見ていた午後」の舞台になっているあのあたりにボロアパートがあったような気がして……実際に見に行ったらそんなのなかったんですけど、間違った記憶をそのまま利用して、その部屋から見た風景を想像してみたんです。「昔はそこから根岸湾が見えたんだけど今はマンションが建って見えなくなっちゃった」という歌詞を書きました。でも実際はそんな場所はないし、そういうことにしてみたんです(笑)。

──間違った記憶を材料に作詞されたと。

そうそう。こういうこと、けっこう多いんですよ。幻覚みたいなものですね(笑)。

──ちなみにこの曲の歌詞はメンバーのAyesha(Cho)さんとの共作ですね。どのような書き分けなんでしょうか。

これはAyeshaちゃんが自分で歌っている部分、「知らないどころか生まれてないけど」とか、2人で歌っている「蹴っ飛ばせ 世間の常識なんて」「いくつものNew Years Eve」とか、部分的に作詞をしてもらいました。僕が歌詞のニュアンスを伝えて、お互いメールでやり取りしてハマったものを使って、という感じですね。でも彼女が歌っているパートの「この部屋はずっと1970's」なんかは僕が考えてたり、その逆のパターンもあったりするので、けっこう入り組んでいます。あとこの曲は、2人で上を行ったり下を行ったりしてハモっていて。その場の思い付きでやってみたもんだから、再現が大変で(笑)。

──ハモのパートは歌入れの段階で決められたということでしょうか?

そうです。で、その手前が上だったか下だったか忘れて、行きあたりばったりで録ってるもんですから、複雑に入り組んじゃった。でもそれを超えるものがないですし、正しくハモろうとするとかえってよくなかったりもするので。

──ハモりは毎回そういった方法を取られているんですか?

はい。以前一緒に活動していた(菅原)愛子ちゃんが居たときからずっとです。

横山剣(クレイジーケンバンド)

「せーの」で合わせて

──このあとは「門松」「夢の夢」とシングル収録曲の特別バージョンが続きます。

「門松」は映画「嘘八百 京町ロワイヤル」の主題歌として書き下ろしたんですが、イメージはすべてお任せということだったので、映画を観て、その質感を曲にしました。映画に登場する“京都”や“骨董”というキーワードからイタ車のイメージが浮かんだので、お話にはまったく出てこないけど「イタリアの名車」とかを歌詞に入れてみたりして。クライアントからのクレームも一切なく、一発でOKをいただきました(笑)。

──「イタリアの名車」と「夫婦茶碗」という言葉が1つの歌詞に登場するのもよく考えたら奇妙ですよね。

ははは(笑)。でも実際、堺正章さんがやられているクラシックカーのラリーなんかでは、クラシックカーが京都の竹林を走っていたりして、親和性はあるんですよね。

──なるほど。そして「夢の夢」もアニメ「おじゃる丸」(NHK Eテレ)に書き下ろしたタイアップ曲ですね。

これもなんの制約もなく自由に作らせていただきました。でもタイアップって、実は「お任せします」と言われるよりは多少制約があるほうが作りやすい場合もあるんですよね。特に僕は詞先で曲を作るのが好きなので、詞が先にあったり、作詞だけ別の人に書いてもらうほうが意外と書けたりします。とはいえ、作曲も作詞もできたほうがやりがいはありますけどね……ちなみにサウンド的な話でいうと、「夢の夢」と「門松」はメンバーと「せーの」で合わせて録音した曲なんです。この2曲はもともと絶対にそうやって録らないとダメだと思っていたんですが、コロナの影響が出始める前に無事録り終えていたので、なんとか助かりました。

──メンバーと合わせて録音するか否かは、毎回曲ごとに判断されているんですか?

そうですね。「これは編集したほうがグルーヴが出るな」とか「これは編集ではマジックは起きないな」とかっていうのは、デモテープの段階でだいたいわかります。


2020年10月21日更新