映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」O.S.T.発売記念 安部勇磨(never young beach)×イシグロキョウヘイ(アニメーション監督)対談|「この国に生まれたからこそ作れるものがある」

作画アニメと60年代の音楽は通じるものがある

──監督の場合、10代の頃からバンドをやっていて、アニメの世界に入るまでは音楽で食べていくことを考えていたというくらい、音楽に熱中していたというのも大きいですよね。

イシグロ そうですね。今日は音楽の話ができると思っていろいろCDを持ってきていて(笑)。安部くんに聞きたいことがあったんですよ。ちょっといいですか?

──どうぞ! ここからは監督がインタビュアーということで(笑)。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©︎2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

イシグロ すみません(笑)。俺は1980年生まれで今年で41歳なんだけど、安部くんは10歳くらい下だよね?

安部 そうです。1990年生まれです。

イシグロ 最近、自分の中で気になる疑問があって。俺が高校生のときって95年から99年の間くらいで、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとゆらゆら帝国がめちゃめちゃ好きだったの。その影響で自分の中では60年代後半の音楽が超クールなんだけど、10コ下の安部くんは、もしかしたら70年代が好きなのかな?

安部 僕は60年代のほうが好きですね。

イシグロ マジで!? そうなんだ。

安部 70年代も好きですけど、70年代より整理されてない60年代のパワフルな音質が好きで、そこにミュージシャンの汗とか匂いが詰まっているような気がするんですよね。それが70年代になるとちょっとだけ洗練される。それはそれでカッコいいんですけど、僕は60年代の空気に惹かれてしまって、使っている機材も60年代のものが多いんです。

イシグロ 60年代の前半と後半って、録音技術が圧倒的に違うじゃない? 65年から70年の5年間で一気に変わる。

安部 そうですね。ギターとかマイクとかいろんなものがバーッと発展していった時代だから、宝箱みたいな感じがあって。そいういう60年代の音に電子音とかを混ぜて、「なんだ、この時代感? どこの国なんだ?」と思うような音楽をやりたいんです。

イシグロ そうかあ。10歳違っても60年代に対する印象は同じなんだね。60年代で好きなアーティストは? 俺はVelvet Undergroundが一番好きなんだけど。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©︎2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

安部 えーっと、なんだろう。ヴェルヴェッツも好きですけど、Buffalo Springfieldとか。2000年代の終わりくらいに60年代の音楽を聴き始めたんですけど、僕がこれまでいいと思ってた感覚と全然違う音楽で、何がいいのか理解できない感じが楽しいんですよ。リズムとかアレンジとかそういうのを飛び越えて、演奏している人の存在感に惹かれているんでしょうね。今の音楽ってデータが蓄積されていて、どんな音楽が好まれるのかわかったうえで作られているような気がして。でも、60年代の音楽はそういうデータを度外視して、すごくフィジカルな印象があるんです。それがいいなあと思って。

イシグロ 60年代の音楽って「人が演奏している」っていう感じが伝わってくるよね。アニメもそうで、作画のアニメって全部、人が描いているんです。だから3Dのアニメと比べると熱量が違う。もちろん、どちらがいい悪い、という話じゃないんですけどね。作画アニメと60年代の音楽は通じるものがあると思う。

──特撮とCGの違いにも同じことを感じますね。

イシグロ そうそう。作画アニメや特撮は全部人が作っていて、それが独特の魅力を生み出している。

裸のラリーズとB'zを同じテンションで楽しめる感覚

──テクノロジーの向上が、必ずしも作品のクオリティにつながるわけではない、ということですね。以前、細野さんに取材したとき、最近は戦前のレコードの空気感を再現するのがレコーディングの目的だ、ということをおっしゃっていて。安部さんの空気感の話を聞いて、そのことを思い出しました。

安部 ああ、僕も同じことをしていると思います。

イシグロ その話を映画につなげちゃうと、昔のアニメって絵具で色を塗ってたんですよ。で、塗るまでに鉛筆で描いたものを透明セルロイドに転写するんですけど、転写するときにヨレるんです。そのヨレっていうのが味わいを生んでいたんですが、今は作画をデジタルでやることが多くなって、ヨレが生まれづらい。今回の映画では、そのヨレを擬似的に再現してるんです。それは細野さんのマインドに近いかもしれない。

安部 レコーディングもアニメも歴史が始まって随分時間が経ったじゃないですか。その歴史の中でどんどん無駄を削ぎ落としていった。昔のほうが無駄を許せる余裕みたいなものがあったと思うんですよね。その無駄なことっていうのが、実は作品を豊かなものにしていたんじゃないかと思っていて。だから最近は、いい曲を作るというより、いい音を録ることのほうが大事だと思うようになってきたんです。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©︎2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

イシグロ なるほどねえ。

安部 アコースティックギターの弦をピーンってやっただけでもいい音が……その“いい音”っていう感覚を説明するのは難しいんですけどね。そこには、その場の空気とかノイズが入ってるかのもしれないけど、そういうものが録れていれば、それはすごく豊かな音だと思うんですよ。だから雑草に除草剤を撒いて排除するみたいなことをやっちゃうとよくないと思っていて。

イシグロ そうすると余白がなくなっちゃうもんね。

安部 そうなんですよね。自分がコントロールできないところで何かが起きて「えっ?」ってなる。それがモノ作りの面白さだと思うんですよ。自分が意識していなかった何かが降りてくる瞬間とか。この映画もそういうことが大切だと言っているような気がして、だから物語にスムーズに入っていけたんです。

イシグロ うれしいです。いやあ、今日は音楽の話ができてよかった。もっと話したいことがあったんだけど、また今度じっくり。僕が好きなサイケの話とか。

──監督はサイケがお好きなんですか?

イシグロ 大好きです。不失者、裸のラリーズ、WHITE HEAVEN……。だから、はっぴいえんどよりもエイプリル・フールとか村八分が好きだったりするんですよね。

──こんなさわやかな作品を作った方が! 日本のアニメ界、恐るべしですね。

イシグロ でも、小学生のときに好きだった福山雅治とかB'zに対する気持ちも忘れてないぞ、俺は!みたいな(笑)。

安部 わかります。僕もブラックビスケッツとか好きだったし(笑)。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©︎2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

イシグロ 一時は福山やB'zを封印していたときもあったんです。でも、30代に入って、ラリーズとかと同じテンションで聴けるようになった。それがエンタメの仕事をやっていくうえで大事なことだ、ということを今日の対談で一番言いたかったんです(笑)。

安部 あはは。確かにポップなものとコアなものを両方受け入れられる感覚って大事ですよね。片方だけだと視野が狭くなる気がする。そういう(ポップなものを)当たり前のように聴いていたことって、すごく大事だった気がしますね。ちょうどこの前、「森、道、市場」の帰りにB'zの「愛のバクダン」をずっと聴いてて。ブラックビスケッツもまた聴いてみます(笑)。