映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」O.S.T.発売記念 安部勇磨(never young beach)×イシグロキョウヘイ(アニメーション監督)対談|「この国に生まれたからこそ作れるものがある」

グラフィックアートのようなポップなビジュアル。音楽に対するこだわり。オリジナル劇場アニメ「サイダーのように言葉が湧き上がる」は、日本のアニメ界に新しい風を吹き込む作品だ。コンプレックスを抱く少年少女のボーイ・ミーツ・ガールを軸にして、どこか懐かしくも新しい青春グラフティが展開していく。監督を務めたイシグロキョウヘイは、アニメ制作の世界に入るまでバンドを組んで本格的に音楽活動をしていたというユニークな経歴の持ち主。音楽に強いこだわりがあるイシグロは、never young beachに映画の主題歌を依頼した。never young beachが映画の主題歌を手がけるのは「ロマンスドール」に続いて2度目。アニメ作品に曲を提供するのは初めてだ。どんなふうに主題歌は作り上げられていったのか。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」の劇場公開およびオリジナルサウンドトラックのリリースに合わせ、音楽ナタリーではイシグロ監督とネバヤンの安部勇磨によるリモート対談を実施。映画の話から始まって、アニメやシティポップが「ジャパニーズクール」と呼ばれる今、日本のクリエイターはどのように世界にアピールするべきなのか。主題歌の制作秘話から2人が愛する1960年代のロックの話までたっぷりと語り合ってもらった。

取材・文 / 村尾泰郎

“恋愛”というより“自己を確立する青春”

──まず監督に伺いたいのですが、今回どういった経緯でnever young beachに本作の主題歌「サイダーのように言葉が湧き上がる」を依頼することになったのでしょうか。

イシグロキョウヘイ まず、大貫妙子さんに劇中歌の「YAMAZAKURA」をお願いしていたんです。これは作中に出てくる女性シンガーが1970年代に作った歌という設定なんですけど、70年代といえば日本のシティポップが生まれた時期なので、五輪真弓さんや荒井由実さんとかいろいろ聴き直してみたんですけど、大貫さんの歌が一番しっくりきた。それで大貫さんの「春の手紙」という曲を聴きながらシナリオを書いていたので、映画でご本人に歌ってもらえると最高だな、と思って。ダメ元でお願いしたら、ラッキーなことに受けていただけたんですよ。それで、じゃあ主題歌を誰に頼もうか、となったときに、シティポップという音楽的な文脈を物語と同じ今の時代に受け継いでいるアーティストにしたい、と考えてネバヤンにたどり着きました。音楽ファンには、わかってもらえるんじゃないかと思って。この話、安部くんにしたっけ?

安部勇磨(never young beach) 初めてちゃんと聞いたと思います。うれしいです。

──監督は以前からネバヤンを聴かれていたんですか?

イシグロ もちろん。アニメの演出家仲間にネバヤンのファンがいて、僕が60~70年代の音楽が好きだという話をしたときに、「じゃあ、ネバヤン超オススメだよ!」って教えてくれたんです。それで「SURELY」を聴いたら、「すげえカッコいい!」となって。

安部 そういえば、打ち合わせのときに「SURELY」の話をしましたね。

──主題歌の打ち合わせではどんな話をしたんですか?

イシグロ 物語の説明だったり、あとはキャラクターの心情みたいなもの。「なぜこの物語を作ったのか?」ということは、けっこう細かく話をしました。例えば「恋愛映画のように見えるけど、これは自己を確立する物語なんだよ」っていう話をして、安部くんが紡いでいく歌詞の世界観が“恋愛”っていうより、“自己を確立する青春”的な内容になってほしいなと思っていたんです。

安部 この映画を初めて観たとき、自分が10代の頃のことを思い出したりして、すごくよくわかるところがあったんです。恋愛という要素もあるけれど、それは自分に自信を持ってから先のことだという気がして。僕自身、恋愛よりも自己を確立することに興味があったので、自然とそういう方向で歌詞を書きたいと思いましたね。

──歌詞に「ありのままでいいじゃないか」という一節がありますが、チェリーとスマイルに向けた先輩からのメッセージという感じになっていますね。

チェリー。映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
スマイル。映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

イシグロ 最高だよね!

安部 ありがとうございます。でも、そのひと言もすごく難しくて。僕自身、「ありのままでいい」と思いつつ、ありのままじゃないときもたくさんあるし、いろいろ添加物を加えたような表現だと押し付けがましくなるんじゃないかなと思ったんです。だからサウンドもあまりリッチにせず、ある程度、(主人公の2人に対して)距離を置いて歌ったつもりです。

イシグロ それはレコーディングのときも話してたね。それを聞いて「すごくわかる!」って思った。あと、サビにタイトルをそのまま入れるっていう、この超ド直球な感じが青春っぽくてすごくいいと思いました。しかも、サビの頭に来るから印象に残る。

安部 最初、タイトルをサビに置くのってベタかなと思ったんですけど、できたメロディをハミングで歌ってるときに、サビにタイトルを入れてみたら、ものすごくしっくり来ちゃって。映画のタイトルなんですけど、歌詞として全然成立する言葉なので違和感なく使えましたね。

ギターはアニメでいうとセリフに近い

──しっかり打ち合わせをして曲作りをされたようですが、監督とのやりとりはいかがでした?

安部 まず打ち合わせのときに監督が直接会いに来てくれたのがうれしかったです。いろんな方々が関わる仕事だと、曲を発注してくれた本人に会うことが難しくて、間に人が入ってメールでやりとりすることがあるんですけど、僕はそういうのがすごく嫌なタイプで。「イシグロ監督はこういう人なんだ」ってわかったうえで作業するのであれば、何か言われても直接お会いできたからこそ「こういう人だから」って納得できるし、がんばろうって思えるんですよね。

イシグロ 大貫さんとも直接お会いして打ち合わせをしたんですけど、作品に寄り添ってもらうためには、自分の根っこにある「音楽が好きだ!」という気持ちを伝えることが大事だと思っているんです。

安部 監督は自分たちのことを理解してくれていて、すごくやりやすかったですね。今までのnever young beachのイメージだと、エレキギター3本でベロベロ弾いて……という音像をイメージしている方がけっこう多いんですよ。今回はアコギがメインになってて、わりとあっさりした音なので、監督に「これだとちょっと迫力ないなあ」って言われたらどうしようと思ってたんですけど、「すごくいい!」と言ってくれて。

左よりチェリーとスマイル。映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」より。©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

イシグロ 当時のネバヤンの方向性で曲を作ってくれさえすれば、どういうサウンドになったとしても、絶対自分の作品にハマると思っていました。ギターの音色って重要で、ギターはアニメでいうとセリフに近い。アコギだろうがエレキだろうが音が立つじゃないですか。ネバヤンのギターの音の方向というか音色の作り方は意識してて、「お願いするときは音色の話はしたいけどしない」と決めてはいたけれど、自分が何を求めているのか滲み出ちゃった部分はあったと思います。レコーディングのとき安部くんが買ってきたギブソンを使えてよかったよね。正解だった。

──レコーディングのためにギターを買ったんですか?

安部 レコーディング前からアコギでやろうとは思ってたんですけど、自分が持ってるアコギの音を試したらイメージとちょっと違ったんです。「なんかいいのないかな?」と思ってデジマートを見てたら、すごく気になるギターを見つけて実際お店で弾いてみたら「あ、これなんか使えそうな気がする」となって。安い買い物じゃなかったんですけど、テンション上がっちゃって(笑)、それで買って弾いて見たらスパッとハマったんです。