歌い手でシンガーソングライターの島爺と、ボカロPとして人気の作曲家・ナナホシ管弦楽団が新ユニット・カロンズベカラズを結成。8月30日にデビュー曲「かろんずべからず」を配信リリースした。
これまで何度も楽曲制作をともにしてきた島爺とナナホシ管弦楽団。彼らが楽曲提供やライブ出演を通して交流を始めたのは2017年頃で、この時点ですでにユニット結成の構想が練られていたという。親交を深める中でアイデアを熟成させ、このたび満を持してユニット・カロンズベカラズとしての活動を本格化。デビュー曲「かろんずべからず」の配信と合わせて公開されたミュージックビデオは楽曲の世界観が見事に表現されており、島爺が初めてその素顔を公開しているのも見どころだ。
音楽ナタリーでは、島爺とナナホシ管弦楽団にインタビュー。カロンズベカラズ結成の経緯や、デビュー曲「かろんずべからず」の制作風景について話を聞いた。
取材・文 / 杉山仁撮影 / 国府田利光
島爺とナナホシ管弦楽団、お互いの印象について
──これまでの関わりの中で特に印象に残っているのはどんなことですか?
ナナホシ管弦楽団 僕は実際に島爺さんにお会いしたときが衝撃的でした。それまでは歌声しか知らなかったですし、「82歳とは聞くけれどもいったいどういう人なんだろう?」と(笑)。
島爺 ははははは。
ナナホシ管弦楽団 確か島爺さんの初のワンマンライブ「冥土ノ宴」(2017年開催)に向けて準備をしているときで、スタジオに行くために駅のタクシー乗り場で待ち合わせしたんです。そしたら待ち合わせ場所にいるのはお爺さんではなくて、体がゴツいめちゃくちゃいかつめの人で。「えっ、島爺さんってこんな人なの!?」と衝撃的だったんですよ。そのときはまだ僕の中で歌声とビジュアルが一致しなくて、スタジオで歌ってもらって初めて「本物の島爺さんだ!」とわかったという(笑)。それが本当に印象的でした。実際に話してみると、めちゃくちゃ優しい人だったんですけどね。
島爺 当時、平和島かどこかの駅で待ち合わせをしたんですよね。
ナナホシ管弦楽団 そうそう。もちろん、島爺さんのことはそれ以前から知っていて、その魅力を知るきっかけは僕の楽曲「あの娘のシークレットサービス」(不純異性交遊P名義 / 2012年)の“歌ってみた”を上げてくれたときでした。あの曲は終盤に「いやんもう」みたいなフレーズが入りますけど、男性のシンガーさんであそこに全力を投球してくれる人はいなくて。島爺さんの“歌ってみた”を聴いたときに、遊び心も含めて素晴らしい方だなと思いました。テンポの速い曲ですし、僕としては最初は歌ってくれる人がいるとも思っていなくて。「とんでもないやつがいるな」と思ったのを覚えています。
島爺 あの曲は歌よりも「いやんもう」のテイク数のほうが多かったかもしれないです(笑)。早口になるパートがあって難しい曲でしたけど、歌っていてすごく楽しかったです。
ナナホシ管弦楽団 島爺さんはよく「歌っていて楽しい」と言いますよね。やっぱりそこを本当に大事にしている人なんだなと思います。
──一方で、島爺さんがナナホシ管弦楽団さんの魅力を感じた瞬間と言いますと?
島爺 「あの娘のシークレットサービス」を歌わせていただいたあと、ナナホシ先生の作品をさかのぼって聴くようになったんですけど、ナナホシ先生の曲ってハードロックな面もあればポップな面もあって、いろんな遊び心が盛り込まれているんです。しかも調べてみたら年齢も若そうだったから、最初は「いったいどういう人なんやろう?」と思っていました。それで「会って話してみたいな」と思うようになって。
ナナホシ管弦楽団 最初はお互いに「謎な人だな」と思っていたんですね。
島爺 初めてお会いしたときはイメージとのギャップに驚きました。その日のナナホシ先生はまるで新入社員のような短髪の好青年という印象で、僕がイメージしていた「尖った人」とは全然違っていたんです。しかもナナホシ先生は普段しゃべっているときはすごく低姿勢なんですよ。リハーサルのときも「じゃあ、よろしくお願いします」と丁寧に言ってくれるようなタイプの方で。それで意外に思っていたら、本番に入った途端に「おい!」みたいな雰囲気になって、「ああ、この人ステージに上がったら人が変わるタイプなんや」と思いました(笑)。
ナナホシ管弦楽団 僕からすると、逆に島爺さんは裏表が全然なくて、まるで楽屋のテンションのままステージに上がっていくような雰囲気で本当にビックリしました。たぶん、この人のまとっている雰囲気は、マスクを被っているからこうなっているとかそういうことではなくて、自分の芯の部分から出てきているものなんだなと思います。
楽曲制作はキャッチボールというよりドッジボール
──お互いに、アーティストとして感じる魅力についても教えてください。
島爺 ナナホシ先生にはクリエイティブ全般において全幅の信頼を寄せています。知れば知るほど「この男はいったいどこまでいくんかな?」と、見ていてずっと面白い感覚があって。いまだに「こんな曲も作れるんや」と驚くことも多い。かと思えば小説も書かれますし、いろんな角度から攻めることができる人という印象です。そのうえで、どれも借りものではなく核の部分に岩見陸という人間がちゃんとある、そこがすごく魅力的だと思います。
ナナホシ管弦楽団 島爺さんは、「よだか」(映画「東京アディオス」主題歌)でご一緒したときに、“歌い手・島爺”というよりも、“歌うたい・島爺が持つ歌心”をモロにくらったような感じがしたんです。「よだか」は僕の普段の作品にはあまりない歌謡曲の要素がある楽曲で。弾き語りのときも感情を掻き立てるような歌声を聴かせてくれますし、まだまだ見せていない部分があるんだろうなと。
──お二人で楽曲制作を続けていく中で、昔と比べて変化を感じる部分はありますか?
ナナホシ管弦楽団 うーん、僕はそんなに変わった感じはしていないですね。
島爺 そうですよね。基本的には、僕を題材にして「遊んでください」ということを伝えると、先生がバッチリなものを返してくれるという感覚です。
ナナホシ管弦楽団 ただ、昔と比べると少しだけ作曲の際に島爺さんが歌うときの語感やリズム感のようなものを意識するようにはなりました。
島爺 それは僕も感じます。僕が歌いそうなニュアンスとか、歌いたそうな節回しを意識して作曲してくださるようになっていますよね。最初はそんな感じじゃなかったですから。
ナナホシ管弦楽団 ただ、こっちはそのつもりでやっているんですけど、島爺さんは島爺さんで、毎回予想を超えてきてくれるので。島爺さんならこんな感じで歌うだろうなと、ある程度想像しながら曲を書いても、実際に上がってくるものは絶妙に同じものにはならない。自分が想定していた島爺さんの歌とは違うんだけど、曲にはそれがマッチしている、という不思議な現象が毎回起きるんですよ。
──なるほど。島爺さんが毎回変化しているために、ナナホシさんの想定とは違ったものになっていくんですね。
ナナホシ管弦楽団 そうなんです。「ここはこう歌うだろうな」と僕が用意したところを、「わかって外してきているのかな?」と思うくらいです。
島爺 (笑)。無理やりではないんですけどね。ただ、「こういうことを想定してるんだろうな」とは感じるので、「もっと上に行くにはどうしたらいいんやろ?」とは考えています。
──キャッチボールのようにやりとりしながら、お互いに変化していると。
ナナホシ管弦楽団 キャッチボールというより、ドッジボールかもしれないですけど(笑)。