ブランデー戦記 2nd EPレビュー|心の機微を描く“悪夢のような1週間”で見えたバンドの新たな音楽性

大阪発の3ピースバンド・ブランデー戦記が2nd EP「悪夢のような1週間」をリリースした。

「悪夢のような1週間」を構成するのは、リード曲「悪夢のような」や既発曲「ストックホルムの箱」など全5曲。いずれの曲においても蓮月のソングライティング、メンバーのアレンジを通じて心の機微が表現されている。タイトルから不穏さが漂う2nd EPではどんな物語が描かれているのか、ブランデー戦記の活動を追う音楽ライター・天野史彬の全曲レビューで紐解く。

文 / 天野史彬

ブランデー戦記が特別なバンドである理由

ロックバンドというジャンルに新たな希望を灯したと言えるほどに鮮烈なインパクトを与えた1st EP「人類滅亡ワンダーランド」から約1年、バンドシーンで鋭い輝きを放つ3ピースバンド・ブランデー戦記から2nd EP「悪夢のような1週間」が届けられた。このクールで華やかな3人組は相変わらず、メッセージに派手な飾り付けを施すことはなく、取って付けたような生々しさで聴き手の心をつかむようなこともしない。それはタイトルを見ただけでよくわかる。どれだけ世間に置き去りにされようが、どれだけ“正しさ”を振りかざした連中が論破してこようが、そんな違和感をなかったことにできない人々への音楽を、相変わらず、ブランデー戦記は奏でている。

“相変わらず”と繰り返し書いたが、変わらないことばかりではない。変わり続けることによってこそ、変わらないものは守られる、ということもある。「悪夢のような1週間」からは音楽的なバリエーションの広がりや、歌詞表現の成熟が確かに実感できる。若さゆえの衝動や混乱、無力を噛み締めたときの苦みが剥き出しで表れた「人類滅亡ワンダーランド」と比べても、「悪夢のような1週間」の収録曲からは、微動し続ける感情を捉えるような絶妙な温度感や、醒めた眼差しからつづられる客観的なストーリーテリングがある。サウンドは厚みを増し、楽曲によっては、よりなめらかでポップな質感を持つようになった。この大胆な進化によって、今まで以上に多くの人が、ブランデー戦記が特別なバンドであることに気付かされるだろう。

ブランデー戦記

ブランデー戦記

「悪夢のような1週間」に収録された1曲1曲からは、それぞれ内気だが激しくて、1人きりで不安や悲しみ、愛を抱えて生きる人間たちの姿が浮かび上がる。時代や社会はこの個人の心の軋みを些細なノイズとして処理しようとするかもしれないが、ブランデー戦記は今にもビル風に吹き飛ばされそうな感傷の1つひとつを、そっとすくい上げ、音楽として昇華している。雑な共感を求めるようなバンドではないが、この1曲1曲の中に、あなたは“自分自身”の姿を見つけるかもしれない。「悪夢のような1週間」には、そんなことを感じさせる素晴らしい5曲が収録されている。

“成人の物語”が意味するものは

冒頭から名曲である。EPの幕開けを飾る1曲目「Coming-of-age Story」は、豊かな情感を感じさせるバンドサウンドが熱さと冷たさ、焦燥と停滞、願いと諦念……そんな一見矛盾するさまざまな要素を混ぜ合わせるようにして聴き手に伝える。確かな体温を感じさせながらも透明感のあるサウンドとは裏腹に、「なんだか今日はイライラして 君に優しく出来ない」と歌い出す蓮月(G, Vo)の、曇天空のように憂鬱な心模様をあらわにするアンニュイな歌唱が、ボーカリストとしての新たな“表情”を感じさせる。始めは淡々とした質感を持っているバンドの演奏が徐々に速度を増していき、その繊細さを損なうことなく、いつしか激しくうねる。「Coming-of-age Story」というタイトルを直訳すれば“成人の物語”となるが、ここには、大人と子供の狭間で宙ぶらりんになる若者の不安定な心の揺らぎがそのまま楽曲に閉じ込められている。「綺麗なものだけ見ていたいのに」──若さという“断崖絶壁”でそうつぶやく若者のフラジャイルを忘れまいとするように、ブランデー戦記はそこに光を当てる。

蓮月(G, Vo)

蓮月(G, Vo)

愚かな男たちへ

2曲目の「土曜日 : 高慢」は「Coming-of-age Story」同様、ブランデー戦記の進化したロックバンドとしての肉体的ダイナミズムを感じさせる1曲だが、よりダーティで、暴力的なくらいに直接的だ。歌詞は女性が男性に向けた視点でつづられているように感じるが、甘ったるいラブソングではない。むしろ、この曲は女が男へ投げる呪詛と罵詈雑言で成り立っていると言ってもいい。冒頭から女は男を「難しい言葉並べて 大事なこと何も分かってないもん あなた伝える気ないの?」と突き刺し、最終的には「さようなら あんなにかわいい男の子だったのに」と一蹴する。愚かな男に向けて発射され続ける言葉の数々──その狭間に対話を求める心や悲しみが浮かび上がるのがあまりにリアル。まだ大丈夫だろうと甘えていたら愛は知らぬ間にあきらめに変わっていた……こんな経験を持つ男は多いだろう。少なくとも私はこの曲を聴いているとあの絶望的な瞬間を思い出して、ちょっと立ちすくむ。

みのり(B, Cho)

みのり(B, Cho)

新たな音楽性が開花

3曲目「悪夢のような」は本EPのリード曲であり、メロウなAORという、これまでグランジやガレージロックのイメージが強かったブランデー戦記にとって新たな音楽性が花開いているという点においても特筆すべき楽曲だ。「悪夢のような1週間」というEPのタイトルが歌詞に登場する点においても、本作を象徴する1曲と言っていいだろう。水面にきらめくネオンライトのような甘美なメロディ、じんわりと体を揺らしにくる軽妙なファンクネス、都会的だがゴージャスになりすぎることなく、3ピースバンドの生々しい手触りがしっかり残されているところがいい。そのとろけるように恍惚としたサウンドに乗せて、「悪夢のような1週間だったわ もういいよって言ってやさしいキスして」という痛みに満ちた現実認識とそこからの逃避願望が歌われるところから、この曲は始まる。そこから展開されていく、愛と夢と逃避の世界。「消えてしまいたいmidnight あんまりじゃない? こんなのもう忘れさせてよね 痛みだって感じないくらい麻痺したい」と、この世界からの離脱を望む主人公は、もしかしたら「土曜日 : 高慢」の女性と同一人物だろうか? だとしたら、この曲は怒りと悲しみをぶちまけた「土曜日 : 高慢」のあと、再び愛の巣に帰ってきた2人の後日談と言えるのかもしれないが……実際のところはわからない。ただ、こうして収録曲を続けて聴いていると、まるで1つの景色が浮かんでくるようである。恋に落ち、働き、時に世界の残酷さに怯えながら、怒ったり疲れたり愛し合ったりしながら生きる、人間たちの姿。1人ひとり、誰しもがこの世の“果て”であることを、この「悪夢のような1週間」という作品は思い出させる。

ボリ(Dr)

ボリ(Dr)

地獄と天国のその先は

4曲目「Twin Ray」は、怒りと喧騒を表現した「土曜日 : 高慢」、愛とエスケーピズムを歌った「悪夢のような」の2曲を通して地獄と天国を行き来した感情が、再び日常的な生活の場所に戻ってきたことを告げる、そんな1曲である。激しく感情を燃焼させた激動の週末を経て、再びやってきた月曜日の朝──そんなイメージをしてもいいのかもしれない。サウンドもまた平熱感のあるポップさを持っている。ただ、この曲の主人公はアイスコーヒーを流し込みながら平静を保とうとしているが、どうしたところで、今にも“常識”や“正論”という枠組みからはみ出してしまいそうな過剰な心を抱えていることも、また確かだ。蓮月はそんな主人公の心の世界を歌う──「オフィスに電話していい? 働くあなたを感じたいの」「もう君のことばかり考えてる 二人でひとつだもの」。彼女は流れてゆく社会の時間とはまた別の時間を生きている。タイトルの「Twin Ray」は、スピリチュアルな世界で“運命の相手”という意味を持つ言葉だという。

ブランデー戦記

ブランデー戦記

“悪夢のような1週間”の結末は

EPを締めくくる5曲目には、昨年12月に配信リリースされたシングル曲「ストックホルムの箱」が収録されている。この曲が最後に配置されたことで、EPは見事な終着点を見出している。もしかすると、EPの1曲目「Coming-of-age Story」と最後を飾る「ストックホルムの箱」は、まさに“ツインレイ”な関係といえる運命的なつながりを持つ2曲と言えるかもしれない。なぜならこの2曲はどちらもが、人生という暗闇に惑い、決死の思いでこの世界と対峙し、その無防備な魂をさらけ出す若さという名の愚かしさと美しさを描いているから。「ストックホルムの箱」は、誘拐や監禁などによって拘束された被害者が、加害者に対して同情や好意、依存心といった感情を抱くストックホルム症候群と呼ばれる現象をモチーフにしている。ブランデー戦記はこの曲の主人公に“箱庭での死”という、残酷なようでいて、ある意味では最も救済的なエンディングを与えている。だが、このEP「悪夢のような1週間」を通して聴いたとき、ここにはまた違う物語の続きが浮かび上がってくる。もし「ストックホルムの箱」の主人公を生かし、その後の人生を歩ませたとしたら? もし「ストックホルムの箱」の“私”が「Coming-of-age Story」の“僕”と出会い、恋に落ち、ともに現実を生きようとしたら……? 「土曜日 : 高慢」「悪夢のような」「Twin Ray」の3曲は、ブランデー戦記が「ストックホルムの箱」と「Coming-of-age Story」の主人公たちに与えた“生きる”という選択肢そのもののような気がしてくるのである。

そして同時に、EPの最後に聞こえてくる「ストックホルムの箱」は思い出させる。嘘と忘却によって汚れることを拒み、永遠の純粋さと完結を求めた“私”が、この世界には確かにいたことを。

もちろん、ここに書いた解釈はバンドが表明していることではなく、作品を聴いた私が勝手に解釈して書いたことである。なので鵜呑みにする必要はないし、これを正解としてこの素晴らしい5曲を聴く必要もない。だが、確かにこれは言える。ブランデー戦記はその進化した音と言葉で祝福している。愛と痛みを抱えながらこの世界に立つ、すべての“果て”を。

ライブ情報

ブランデー戦記pre. 2nd EP Release Tour 2024

  • 2024年8月24日(土)東京都 LIQUIDROOM
    <出演者>
    ブランデー戦記 / w.o.d.
  • 2024年8月25日(日)大阪府 BIGCAT
    <出演者>
    ブランデー戦記 / 礼賛

プロフィール

ブランデー戦記(ブランデーセンキ)

2022年8月に結成された蓮月(G, Vo)、みのり(B, Cho)、ボリ(Dr)からなる大阪発の3ピースバンド。同年12月にYouTubeに公開された、メンバー自らが撮影と編集を手がけた「Musica」のミュージックビデオがわずか1カ月で100万回再生を突破して注目を浴びる。2023年1月に本格的に活動をスタートさせると、8月に1st EP「人類滅亡ワンダーランド」をリリース。最新作は8月リリースの2nd EP「悪夢のような1週間」。同月には東京と大阪で「悪夢のような1週間」の発売記念ライブを行う。