大阪発のスリーピースパンド・ブランデー戦記をご存知だろうか? 2022年8月に蓮月(G, Vo)、みのり(B, Cho)、ボリ(Dr)の3人で結成されたブランデー戦記は、2023年1月に活動を本格化させると、同年8月に1st EP「人類滅亡ワンダーランド」をリリース。年末には「バズリズム LIVE 2023」や「COUNTDOWN JAPAN 23/24」といった大型フェスのステージに立つなど、脅威的なスピードで音楽シーンを駆け抜けてきた。
そんなブランデー戦記から昨年12月に配信シングル「ストックホルムの箱」が届けられた。音楽ナタリーではシングルリリースを記念した特集記事を展開。1月に開催されたライブツアー「はじめましてクアトロツアー」のうち東京公演に足を運んだライター・天野史彬のレビューをもとに、ブランデー戦記というバンドの背景と、「ストックホルムの箱」に込められたメッセージを紐解いていく。
文 / 天野史彬
ブランデー戦記のステージに見る、バンドの背景
ブランデー戦記。この不思議な名前のバンドのライブを、2024年になってすぐの1月4日に東京のライブハウス・渋谷CLUB QUATTROで観た。このライブはブランデー戦記が企画したツアーの初日公演で、チケットがソールドアウトした会場は観客でいっぱいだった。見る限り、若い音楽ファンが多くいた。ゲストに招かれていたTHEティバが先にステージに立ち、架空の国の広大なハイウェイが見えるような素晴らしい演奏を聴かせたあとにブランデー戦記は現れた。登場SEは、オルタナティブロックの先駆者的バンド・The Pixiesの「Where Is My Mind?」。1988年にリリースされたアルバム「Surfer Rosa」に収録されている楽曲で、平均年齢20歳だというブランデー戦記にとっては「自分が生まれる前に生まれた音楽」ということになるだろうが、直訳すれば「自分の心はどこにある?」と名付けられたこの曲に対して、2020年代に活動する日本の若きロックバンドの3人も、シンパシーや憧れを感じているのかもしれない。実際、この日のライブの1曲目に演奏された「サプリ」という曲で、ブランデー戦記はこんなふうに歌っている。
二十年生きただけの小娘が
世界を知った気になるな
三十年前のものに憧れる
仕方が無いな(ブランデー戦記「サプリ」)
「サプリ」は静かなギターの弾き語りで始まり、途中でベースとドラムが合流し、そこから激しく疾走する。まさにThe Pixiesのように、肉体的なサウンドによって精神や感情の不安定な輪郭をかたどっているような曲。自分たちの手で自分たちのことを語っている、と感じさせる曲である。SEでThe Pixiesを流しているだけでなく、ブランデー戦記の歌詞には彼女たちの世代としては珍しい単語が出てきたりする。例えば「サプリ」と同じく2023年にリリースされた1st EP「人類滅亡ワンダーランド」に収録されている「黒い帽子」という曲。ポップなリズムとヘビーなギターが重なるこの曲で、ブランデー戦記はこんなふうに歌っている。
暗いニュース もう見たくない
淀んでるこの街が嫌い
こんな時間からバカが歩いてる
私に何か喋ってる
ストロークス聴いて涙を堪える(ブランデー戦記「黒い帽子」)
ここに出てくる「ストロークス」というのは、アメリカのロックバンド・The Strokesのことと理解して、まず間違いないだろう。サウンド面でThe Strokesを参考にするバンドは今も多いと思うが、ブランデー戦記は歌詞における心象風景の描写の中でThe Strokesを登場させている。いわば“心の問題”としても、The Strokesを扱っている。この「黒い帽子」でつづられるような景色が、作詞を手がける蓮月(G, Vo)にとって実体験なのかどうかは私には定かではないし、虚構も現実も入り混じっているのだろうと推測するが、そのうえでブランデー戦記の歌詞は、その質感において強烈にリアルなものとして、“本当のこと”として、私には感じられる。「黒い帽子」のサビはこうだ──「ヘイ、ホールデンよ側にいて / 置いて行かないでよね / TVショーのロックンロールスターが笑顔になってしまっても」。「ホールデン」とはJ・D・サリンジャーの小説「The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)」(1951年)の主人公、ホールデン・コールフィールドのことだろう。時空を超えて、悲しみが重なっている。
昔のバンドや小説の名前を出すことで「ブランデー戦記は昔のことをよく知っているバンドだ」なんていうことを言いたいわけではない。固有名詞を並べ立てて「君、わかってるねえ」なんて言ってくる連中の言葉は無視していい。大事なことは、ブランデー戦記というバンドは“今”に居心地の悪さを感じているのではないか、ということである。だから、ブランデー戦記は疾走するのだろう。話をライブに戻すと、ステージ上のブランデー戦記は、彼女たちの速度で生き抜いていた。MCでわかりやすくエモーショナルなメッセージを言うこともなければ、過剰な演出が施されるわけでもない。ゆるいMCを挟みながら、黙々と曲を演奏していく。蓮月はうつむいてギターソロを弾く。速いか遅いかが問題なのではなく、大切なのは“自分たちの速度”であること。そんなステージングだった。
セットリストの最後の2曲、ブランデー戦記の名を一躍知らしめた「Musica」と最新シングル曲「ストックホルムの箱」を演奏するに至って、バンドは猛烈な速度で駆け抜けていった。“今”を振り切るように。では、“今”に居心地の悪さを感じる若者たちが連れてくるものは、何か?──それはきっと“未来”と呼びうるものである。
若きロックバンドが見つめる視線の先に
ブランデー戦記は2022年8月に大阪で結成されると、その年の暮れにメンバー自ら撮影と編集を手がけた「Musica」のミュージックビデオをYouTubeに公開。1カ月で100万回再生を突破するほど大きな話題となった。「Musica」のMVはとても手作り感あふれるものである。この曲がレコーディングされた当時のバンドの日常を映し出したであろう温かみのある映像と、「私がクラシックを分かるようになったら結婚してくれる?」──そんな言葉で歌われる大人と子供の狭間からこぼれ落ちる悲しくもロマンティックな思いが、融和している。タイトルからも察するに、歌詞は人間同士の関係という以上に“人と音楽”の関係を表しているのかもしれない。
楽器のアンサンブルやコーラスのハーモニーに見られるこだわりと、余計な装飾を施さないサウンドの生々しさ、ザラついたロックな手触りを持ちながらも、リズムやメロディに表れてくる“歌謡曲的”とも言えるような艶やかさ。「Musica」はブランデー戦記にとって初めてリリースした楽曲だが、この曲の時点で、彼女たちの音楽的な魅力は強く発揮されている。2023年8月には「Musica」も収録したEP「人類滅亡ワンダーランド」をリリース。同作のタイトルは「Musica」の歌詞から取られている。そして、2023年12月に配信シングル「ストックホルムの箱」を発表し、2023年の暮れには大型カウントダウンフェス「COUNTDOWN JAPAN 23/24」に出演した。
現時点での最新曲となる「ストックホルムの箱」。この曲の歌詞のモチーフになっているのは、精神医学用語で「ストックホルム症候群」と呼ばれる症例のようだ。誘拐や監禁などによって拘束された被害者が、加害者に対して同情や好意、依存心といった感情を抱く現象。1973年にストックホルムの銀行で発生した強盗による立てこもり事件に端を発して、この名が世間に広まったという。シングルのジャケットに「BRANDY BANK」と刻まれたサインプレートが見えることからも、「銀行強盗」という設定がこの「ストックホルムの箱」にはあることが想像できる。ハーモニーが際立ち、一段とダイナミックになったサウンド。蓮月が書いた歌詞は、何かに囚われた人間の状態をつづっているようだ。
被害者⾯させてよ
誠実さなんて不純物
⼩説に出る悲劇のヒロインはきっとかわいい
私芸術に⽣きたい(ブランデー戦記「ストックホルムの箱」)
歌詞は架空の物語のようであり、蓮月が自らの心の内側を精細に観察することで書かれたものという印象も受ける。どちらにせよ、彼女は1人の人間の、愚かしくも気高い心の在りようを見つめている。その眼差しの鋭さと優しさが、「ストックホルムの箱」を名曲にしている。この曲は「こう生きろ」なんて偉そうに歌っていない。「こう生きたい」と叫んでいる。「どう生きたいか」を歌うことができるのは、作り手が「どう生きるべきか?」と自分に問うているからだ。何が正しいか、何が間違っているか、そんなことを歌っている曲ではない。あからさまなメッセージがあるわけでもない。ただ、ブランデー戦記は見つめている。何かに縛られて軋む肉体と心を見つめている。交わされる愛と痛みを見つめている。1つの不器用な迷える魂が、悲しみと恍惚の中で強烈に燃焼する、その瞬間を見つめている。
さっき「歌詞は架空の物語のよう」と書いたが、「ストックホルムの箱」に描かれているものは現実である。「本当にこういうことがあったかどうか」という話ではない。ストックホルムで起こった強盗事件がどうこうという話でもない。そういうこと以上に、この歌は現実を歌っている。人の弱さという現実を。大人なんていないという現実を。死と暴力という現実を。心という現実を、歌っている。その現実を見つめる眼差しが、とても美しい。
プロフィール
ブランデー戦記(ブランデーセンキ)
2022年8月結成、蓮月(G, Vo)、みのり(B, Cho)、ボリ(Dr)からなる大阪発の3ピースバンド。同年12月にYouTubeに公開された、メンバー自らが撮影と編集を手がけた「Musica」のミュージックビデオがわずか1カ月で100万回再生を突破するなど注目を浴びている。2023年1月に本格的に活動をスタートさせると、8月に1st EP「人類滅亡ワンダーランド」をリリースし、8月から9月にかけて初の全国ツアー「ブランデー戦記 pre.1st EP『人類滅亡ワンダーランド』release tour」を開催した。12月には最新曲「ストックホルムの箱」をリリースし、年末には大型フェス「COUNTDOWN JAPAN 23/24」へ出演。2024年1月には東名阪のCLUB QUATTROでライブツアー「はじめましてクアトロツアー」を開催した。
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