ASCA「VIVID」インタビュー|新たな旅立ちを告げる、鮮烈な3rdアルバム (2/3)

レコーディングでの唯一の約束事は「声を張らない」

──3曲目の「上海小夜曲(Shanghai Serenade)」も新曲で、作詞作曲がBURNOUT SYNDROMESの熊谷和海さん、編曲が岸田勇気さんと熊谷さんです。BURNOUT SYNDROMESとASCAさんは、去年も「KUNOICHI」(2023年10月配信)という曲でコラボしていましたね。

もともと私はBURNOUT SYNDROMESのファンだったんですけど、幸運にも海外のイベントでご一緒する機会が何回かありまして。2022年10月にアメリカのアトランタで開催された「Anime Weekend Atlanta」で、お互いのステージを観たりお話しさせてもらったりしたことがきっかけで交流が始まって、2023年7月にブラジルのサンパウロで「Anime Friends 2023」というイベントにお互い出演するということがわかったとき、一緒に「KUNOICHI」を制作させてもらったんですよ。実はそのタイミングで、ASCAチームの中ではアルバム制作の話が始まっていたので、アルバム用の書き下ろし曲もぜひお願いしたいということはお伝えしていたんです。

──「KUNOICHI」は和風EDMといった趣きでしたが、「上海小夜曲」も曲名の通りオリエンタルで、かつチルめのEDMですね。

「上海小夜曲」も本当にいい楽曲で、これをASCAに歌わせようと思った熊谷さんのセンスがすごい。熊谷さんは「KUNOICHI」でご一緒したときから「ASCAさんは中低域あたりの歌がすごくいい」と言ってくださって、例えば「KOE」(2017年11月発売の1stシングル表題曲)や「雲雀」(2019年9月発売の5thシングル「RUST / 雲雀 / 光芒」収録曲)といった、あまり声を張らない楽曲にASCAのよさを見出してくださったんです。「上海小夜曲」もまさにそういう楽曲で、熊谷さんはボーカルディレクションもしてくださったんですけど、そのときの唯一の約束事が「声を張らない」だったんですよ。

ASCA

──「KUNOICHI」はパートナーがいる男性と、彼に恋をしてしまった女性を描いた歌詞だったこともあり、ASCAさんの歌にも情念めいたものがこもっていたように思います。対して「上海小夜曲」のボーカルは冷めているというか、あきらめが入っているみたいな。

うんうん。「上海小夜曲」の主人公は上海に出張に行って、過去に上海でお付き合いしていた人のことを思っているんですけど、かといって失恋楽曲というわけでもなくて。彼と過ごした時間をきれいな思い出として大事に抱えながら、ヒルトン上海の一室で1人、ベッドに横たわっている。そういう情景を想像しながら歌いました。楽曲ができあがったとき、熊谷さんから「最高打点を叩き出してくれて、ありがとうございます」というお言葉をいただいたのがすごくうれしかったです。

──「上海小夜曲」は歌謡曲っぽい雰囲気もありますよね。

そうなんですよ。サウンドとしては新しいのに、どこか懐かしくもある。熊谷さんはそういう絶妙なバランスで音楽を作られる方だと思いますし、ミックス作業にも立ち会わせてもらったんですけど、本当に細部までこだわられていて。歌だけじゃなくて、音にも注目していただきたいですね。

尊敬する3組のアーティストによる“恋愛三部作”

──今回のアルバムには熊谷さんの「上海小夜曲」だけでなく、阿部真央さんが書き下ろした「あなたが居ないこの世界でも」、温詞(センチミリメンタル)さんが書き下ろした「あげる」という計3曲のラブソングが収録されています。

私が心から尊敬する3組のアーティストに新曲を書き下ろしていただいたんですが、最初にオファーした熊谷さんの「上海小夜曲」が今お話しした通りがっつり恋愛楽曲だったんです。そこで自ずと流れができて、真央さんと温詞さんにも同じく恋愛をテーマに曲を書いていただいて、“恋愛三部作”という形になりました。

──ASCAさんは積極的にラブソングを歌うタイプではないというイメージがあったのですが……。

確かに。例えば分島花音さんとコラボした「偽物の恋にさようなら with 分島花音」(2018年10月配信)のように、コラボという形で恋愛楽曲を歌ってはきたんですけど。しかも、温詞さんに提供していただいた「あげる」はとても温かいラブソングで、ポップスというカテゴリーでもこういうタイプの楽曲を歌うのは初めてですね。

ASCA

──恋愛というテーマ自体はお好きなんですか?

好きです。例えば温詞さんとは2時間ぐらい恋愛話をして、「“許す”ことって、最大の愛だよね」という共通点を見出した結果できたのが「あげる」なんですよ。真央さんはプライベートでも仲よくさせてもらっているんですけど、同じように楽曲を書き下ろしていただく前にお互いの恋愛観を共有したりしました。

──熊谷さんと恋愛話は?

1回もしていません(笑)。それがまた面白いんですけど、もともと熊谷さんは女性目線の歌詞を書くことが多くて、「KUNOICHI」も半分は女性側の恋心を描いているので、そこからの流れはあったと思いますね。

こういう旋律をずっと歌ってみたかった!

──阿部真央さんは過去に「NO FAKE」(「百歌繚乱」収録曲)と「regain」(「百希夜行」収録曲)という、いずれもアッパーなロックナンバーをASCAさんに提供されていました。しかし今回の「あなたが居ないこの世界でも」は、物憂げなバラードですね。

今までと正反対の楽曲を書いてくださいました。私は中学の頃から真央さんの楽曲を聴いてきたんですけど、中でも失恋楽曲が大好きで。音数が少ない中で、真央さんのボーカルだけで泣かせてくれるんです。そういう楽曲を作っていただきたいですとお願いしたところ、デモの時点で「こういう旋律を私はずっと歌ってみたかった!」と感激するほど素晴らしい楽曲をいただきまして。もう、私が真央さんのボーカルから学んだことを出し尽くすしかないなと。それは、簡単に言えば淡々と歌うことなんです。ボーカルに感情を乗せないと言うと語弊があるかもしれませんが、淡々とした歌声によって悲しみにどっぷり浸ることができる。そういう体験を、私は真央さんの歌でさせてもらったんですよね。

──淡々としつつ、非常にデリケートなボーカルですね。しかも伴奏はピアノのみという。

ピアノとボーカルだけというのも初挑戦ですね。アレンジはミトカツユキさんで、ピアノもミトさんが弾いてくださったんですが、本当に神経を研ぎ澄ませながら、すごく集中して歌えました。今回は初めて真央さんにディレクションもしていただいたんですけど、真央さんは説明の仕方がまさに“アーティスト”なんです。例えば「今、声を当てる場所が後ろのほうにあるのを、もうちょっと前にしてみようか」って、わかります?

──わかりません。

私も「え? わかんないわかんない」と思いながらとにかくやってみたら「ああ、そういうことか!」みたいな、そういう発見がいくつもあるんですよ。真央さんはボーカリストとしても尊敬しているので、レコーディング中もいろんな学びがあって、本当にいい時間でした。

──そうしたディレクションに応えられるASCAさんも勘がいいのでは?

どうなんでしょうね? 素直に「とりあえずやってみよう!」みたいな姿勢がよかったのかな? 素直なだけが取り柄なので(笑)。

ASCA

──「あなたが居ないこの世界でも」は失恋に伴う喪失感を歌っていると思いますが、こういった心情にASCAさんも共感できる?

もちろんできます。私の体験がもとになっている歌詞でもありますし、恋愛に限らず、1人のシンガーとして活動していくうえでどうしても手放さなきゃいけないものがあったり、今の自分のままではいられないこともあったりする。そういう私の気持ちを汲み取って書いてくださった、すごく愛を感じる歌詞ですね。しかも、悲しみに浸ってはいるけれど、最後の最後に希望を見出してくれるのが真央さんの真骨頂だと私は思っていて。「あなたが居ないこの世界でも」も、最終的には「ちょっと、先に進んでみようかな」と静かに前を向ける、大好きな曲になりました。